第101話 消毒は大事!②
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アルコールは発酵させる事により作られる。これはここでも同じで、原材料はデンプン質を多く含む植物が適している。例えば小麦、例えばとうもろこし、或いはサトウキビなど。どれも大量栽培ができるものだ。
それを発酵させればアルコール飲料ができる。
今回はその出来たアルコール飲料を更に蒸留する事により、九十三パーセントのエタノールが出来上がる。
それを更に適当な処理をすると純度九十九・五パーセント以上の無水エタノールができる。
紙に思い出した事を書いてみたアリスティアだったが、これで合っているのかどうかもわからない。
とにかくやってみるしかなかった。
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ルーカスが度数の高くない蒸留酒をケース単位で購入してくれた。それに、蒸留用の丸底フラスコ、ト字管、温度計、冷却器、蒸留液を溜めるためのフラスコなど、必要な器具を揃えて貰った。熱源用魔石は、幼い頃に魔物を殲滅した時に得たものが万単位で保存庫に入っているので、それを使うつもりである。その魔石に火魔法を閉じ込めた。
作業員は自分だけだと思っていたら、学園祭以降に付けられた近衛騎士団第一連隊独立第三中隊特別護衛部隊の、担当護衛騎士たちも手伝ってくれる事になった。
ちなみにこの独立第三中隊は全員獣人と竜人で編成されている。アリスティアのトラウマに対応して作られた専属護衛部隊だからだ。
アリスティアはフラスコやト字管などを組み立てて行った。丸底フラスコには蒸留酒を入れ、熱源の魔石をその下に置く。魔力を僅かに流し込めば、魔石は閉じ込められた火魔法を発動し、コンロの様に熱を発し始めた。
蒸留酒はどんどんと温度が上がっていく。やがてアルコールの沸点である七十八・三七度を超えると冷却水で覆われたト字管を通った蒸気が、蒸留液を溜めるためのフラスコに液体として垂れてきた。
この液体が純度の高いエタノールで、それでもまだ九十三パーセントまではいかないであろう事は想定内である。
これを何度か繰り返すと九十六パーセントまでアルコール濃度を高める事ができるだろう。
火魔法を閉じ込めた魔石に、また魔力を微弱に流し込み、火力を弱める。
それで様子を見ていたら、蒸留用のフラスコの中の蒸留酒は三分の一以下まで減っていた。
残った液は廃棄用のバケツに入れ、溜まった蒸留液は瓶に詰め、蒸留用のフラスコにまたルーカスに用意して貰った蒸留酒を入れる。そして蒸留酒からアルコールが蒸発して蒸留液を受けるフラスコに溜まって行くのを見ていた。
作業用に借りた部屋は、皇太子執務室にほど近い小広間で、広さは教室二つ分くらい。その中で、アリスティアと近衛騎士団第一連隊独立第三中隊の護衛騎士四人が、各々の前に設えられた長机に器具を載せて、エタノールの精製を行っていた。
ルーカスに用意して貰った器具は五人分。なので、アリスティアと近衛騎士四人での作業となる。作業員になれなかった他の騎士は、通常業務の護衛となるのだが、皆一様に作業員になった騎士たちを羨んでいた。
こんな地味な作業に就ける事を羨むとは、アリスティアの護衛は嫌だと言うのだろうか、と少々憮然としてしまう。
「アリスティア様、それは違います! 我らはアリスティア様の護衛となるべく竜の国からこの国へ来ました。自分たちの意思で、です! 作業に就ける者たちを羨んだのは、アリスティア様のお側に寄れるからです」
護衛について立っている獅子獣人の騎士が恥ずかしそうに告白した。
まるで心を読んだみたいに答えられて、アリスティアは目を丸くしたのだが、実際は口に出ていたらしい。
今後は気をつけなければ、と内心で決意し、アリスティアは赤らんだ顔を俯かせた。
暫く同じ作業を繰り返し、ワインの空き瓶五本に精製したエタノールを詰めたところで、一回目の精製が終了した。
その精製したエタノールの純度を測るのは、デジタル機材がないこの世界では厳しい。だから純度を測る魔術を作成済だ。純度測定と名付けた魔術は、試しにエールを測ったところ七パーセントと表示されたから、ほぼ正確に測れる事が証明されていた。
「純度測定」
精製したエタノールに魔術をかける。
目の前に展開している半透明の映写板に数値が表示される。
示している数値は六十二パーセント。
まだまだ精製が必要だった。
すぐにワイン瓶に入れたアルコール度数六十二パーセントの蒸留酒を、また蒸留用のフラスコに入れ、何個目かの火魔法を閉じ込めた魔石に微弱な魔力を通す。
アルコールの沸点を超えて蒸発したエタノールの蒸気がト字管を通り、冷却水の中を通る冷却管に差し掛かって冷やされ、それが雫となって受け側のフラスコに落ちる様をじっと見つめていた。
暫く同じ作業を繰り返し、二回目の精製が終了したところで、その日の作業は終わりとなった。
明日も同様の作業をしなければならない為、小広間はそのままにするが、器具を盗まれたり壊されたりしないか心配していたら、護衛騎士が二人組になり、夜間警備をする手筈になっていると聞かされた。
すべてルーカスの手配と聞くと、ルーカスにも特別警護部隊の面々にも非常に申し訳なくなる。しかしこういう場合は、素直に感謝の気持ちを伝えた方がいい。
「皆さま、お仕事とはいえお疲れ様ですわ。感謝しております」
笑顔で軽く会釈すると、護衛騎士たちが感激し始めた。
「やはりアリスティア様はお優しい!」
「私らの様な下々の者にも分け隔てなく接してくださる。まさに女神の化身だ!」
「アリスティア様の護衛に立候補して良かった! 選抜に受かって良かった!!」
余りの感激っぷりに、アリスティアが引き始めた頃、皇太子がホールに現れた。
「ティア、終わったのか?」
「今日の分なら終わりましたわ。でもアルコールの度数がまだ低いので、明日も引き続き作業が必要です」
「一日で終わるなどと考えてはおらぬ。数日はかかると思うておる故、心配せずに精製に励むと良い」
そして、ルーカスはアリスティアの肩を抱き、エルゼ宮へと転移した。
☆☆☆☆
翌日、また昨日と同様の作業を行う。材料は六十二パーセントになった蒸留酒だ。
無心に作業して行き、何度めかの精製終了を迎えた。
すぐに純度測定をかけてみる。
結果は九十三パーセント。
やっと第一の目標値になった。
しかしこれが最終目標値ではない。
九十九・五パーセントが最終目標値となる。
その為にも蒸留を繰り返さないと。
その思いから、アリスティアは再度蒸留を始めた。
約二時間後、精製を終えた蒸留液に、アリスティアは純度測定をかけた。
結果は──九十三パーセント。
数値は変わっていない。
アリスティアは何度も何度も蒸留を行い、エタノールの純度を高めようとした。
しかし、すべて九十三パーセントでとどまっている。
数日かけて作業を続けたが、九十三パーセントを超える事はなかった。
アリスティアはそこで認めざるを得なかった。
無水エタノールは作れない。おそらく何か知識で足りないものがあるのだ、と。
純度九十三パーセントのエタノールで満足しなければならない事に、彼女の矜持は甚く傷ついたが、この器具も知識も足りない中で、よくここまで純度を高められた、とルーカスに慰められては、苦く笑って受け入れるしかなかった。
アリスティアのやったエタノール精製方法を書類にまとめて提出した後、それを元に研究施設兼エタノール精製所が作られ、本格的に純度九十三パーセントのエタノールが作られ始めたのは数ヶ月後であった。
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