第100話 消毒は大事!①
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記念すべき100話目です!
本日7月23日の14:00から8月6日の13:59まで、「今日の一冊」でこの小説が紹介されなています!
https://syosetu.com/issatu/index/issatuid/93
一度見てみてください^^;
アリスティア十二歳、皇国暦四二二年三月。
新年の祝賀パーティーから二ヶ月が経つが、まだ噂は下火にもなっていない。相変わらず皇宮内の女官までもがアリスティアを生暖かい目で見てくるし、兄の抱える諜報部隊からの報告でも、皇宮内は勿論の事、あちこちのサロンでも未だに皇太子が如何に婚約者を溺愛しているか、新年の祝賀パーティーで側近や第二皇子から語られた内容や皇太子のその時の言動もつけて事細かに話されているらしい。
アリスティアとしては早く噂が下火にならないかと思っているが、「人の噂も七十五日」という言葉が前世の時代にあったな、と思い出し、あと一ヶ月半は我慢なのかと少々やさぐれかけていた。
しかし、仕事はしなければならない。給料も貰っているんだし、と内心の荒れた気持ちを押し隠し、書類に向かいあった。
今、アリスティアが取り組んでいるのは、基幹大病院の設立と、消毒の有効性についての提言である。
フォルスター皇国には、病院はあるものの大病院はなく、そのせいかいつも病院は混雑している感じだった。
先月の事を思い出す。
その日、クロノスの様子が朝からおかしかった。顔が赤く、目も潤んでいて、言動もボーッとしていたが、何でもないと言って仕事を続けていた。
しかし、ミスを連発し、更には昼前に倒れてしまった。
すぐに医務官が呼ばれ、診察して貰ったら風邪だとの事で、「薬を飲んで寝ていて下さい。あと、薬は今日と翌日の分しか処方できないので、病院にかかってください」と言われていて、後日誰が付き添うかと言う中で、専属護衛もいるアリスティアが引き受けてついていった。
その時に市井の病院を目にしたのだが、日本の大病院もかくやというほど混んでいるのを見て驚愕したのだ。
単科病院でここまで混むのは酷いと思ったのがきっかけで、大病院が必要な事、あと、そもそもの消毒も必要だと思ったのがきっかけである。
なかなか纏めるのが難しい提言で、先月クロノスが風邪を引いてからおよそ三週間が過ぎていた。
「でもやっと纏まりそう」
アリスティアはひとりごちた。
【基幹大病院の設立と、病気予防の方策】
書類に書いた字を読み返す。
基幹となる大病院の必要性と、予防できる病気は予防して病院の混雑緩和をし、国民の病気に対する免疫を高める事を目的としていた。
最後の方で、アルコール消毒の有効性も書いて、やっとアリスティアは羽根ペンを置いた。
インクを風魔法と火魔法の合わせ技で乾かす。アリスティアが作った魔術で、ドライヤーをイメージして作ったから、「乾燥」と名付けている。
乾いた書類を持ち、皇太子の執務机の未処理分の山に乗せる。
これで皇太子が読んで決裁が下れば宰相府に回される。
アリスティアはひと仕事を終えた気分になり、別の仕分け待ち書類を手に取って仕分けを始めた。
☆☆☆☆
「ティア」
暫く書類の仕分けをしていたら、皇太子に呼ばれた。
ルーカスの執務机まで行く。
「今回の提言についてだがな」
口を開いた皇太子は、ちょっと困り顔になっている。これはダメだったか、と少し残念に思った。
「ティアの言いたい事もわかるのだが、大病院を建設すると、建築費と医者の月給、運営費を考えると現行より医者代が高くなる。そうすると、ティアの目指す平民でも低所得層への医療の浸透はできなくなる。却って低所得層が病院にかかり辛くなるぞ」
「そうですか……」
「だが病気予防という観点は面白い。予算も少なく済む。しかしこの世界には消毒用アルコールというものは存在せぬ」
「でしたら作ればいいと思いますわ」
「では、消毒の件で提言書を書き直す事」
「かしこまりましたわ」
【基幹大病院の設立と、病気予防の方策】と書かれた書類を自分の執務机に持ち帰り、新しい紙を広げる。
皇太子にダメ出しされた時には既に大病院の設立は諦めていた。
だが、消毒で提言書を書き直せと言われたのなら、消毒が如何に大事か、提言書に書き連ね、学校を中心として消毒を徹底させる雰囲気を作り上げよう、と決心した。
☆☆☆☆
消毒の必要性と、有効性、消毒用アルコールの必要性をまとめていく。
消毒用アルコールは、確か九十九・五パーセントが無水エタノールだったはずで、水分の混ざっているエタノールは確か九十三パーセントだったはず。
前世の記憶から、なんとか引っ張り出すが、ちょっと曖昧になって来ているから、自信がない。
消毒の概念はこの世界では薄いようで、せいぜい傷口を水で洗う程度で、ブランデーなどの蒸留酒を消毒用に使うという事もない。
だからこそ、消毒用アルコールは必要に思えた。
羽根ペンを走らせる。
時々考え込み、別の紙に文章を書き連ね、読んでみて考える。いわゆる下書きで、それで納得できたら提言書の方に書き込んでいく。
「ティア、あまり根を詰めずとも、明日でも明後日でも良いのだぞ? とりあえずお茶の時間だ」
ルーカスがアリスティアの執務机の脇まで来て、これ以上仕事しない様に羽根ペンを彼女から取り上げた。
ペンを取り上げられてはアリスティアも仕事を続けられない。
仕方なく椅子から立ち上がったら、ルーカスに抱き上げられ、左腕に座らされた。
「ルーカス様、降ろしてくださいませ!」
「断る。給餌は半身の雄の特権だからな。ティアに給餌していいのは私だけだ」
別にアリスティアは給餌行為を嫌だとは思っていない。ただ単に抱き上げられるのが恥ずかしいだけなのだ。
自分はもう十二歳になったんだし、自力で歩けるのに、と思っているのだが、ルーカスは隙あらば抱き上げる。なぜそんなにも抱き上げたいのか、アリスティアにはさっぱり理解できなかった。
しかしアリスティアが反論しようとしている間に、執務室に置かれたソファセットに着いてしまった。
ソファに座ったルーカスは、アリスティアを自らの膝の上に座らせ、腰に腕を回してホールドしてしまった。
こうなるとアリスティアが逃れる術はない。仕方ない、とすぐに膝から降りる事を諦めた。
エルナードが淹れてくれたお茶を飲みつつ、焼き菓子をルーカスから食べさせて貰い、三〇分の休憩を終えたアリスティアは、漸くルーカスから解放されたのだった。
☆☆☆☆
提言書がなかなかまとまらない。
今ひとつ説得性に欠ける気がする、と自分で書いた文章を読み直したアリスティアは眉間に皺を寄せた。
今まで練った筈の提言文章が、なんだかとっ散らかっている様な気がするのだ。
こういう時は、ルーカスではないが根を詰めずに明日に回した方がいい文章が作れる、とばかり、アリスティアは提案用ボックスに書類を入れた。
気持ちを切り替え、ルーカスの執務机にある未処理案件の書類の山から、一束掴み取って自分の執務机に戻ろうとした。
「ティア、終わったのか?」
ルーカスに話しかけられ、肩を竦めながら、まだです、と答えた。
「説得力のない文章になってしまって。でも今日はもういい文章を作れないと思い、明日に回しましたの」
「ふむ。根を詰めず、気分転換に別の仕事に取り掛かるのだな」
「ええ。未処理案件の仕分け作業をして考え過ぎた頭を冷やそうと思って」
「ならば、どうせもうすぐ終業なのだ。これ以上仕事せずとも良いぞ。ソファに座って待っていろ」
「でもまだ仕事の時間ですわ」
アリスティアが反論すると、ルーカスはため息を一つ吐いて彼女をまっすぐに見つめた。
「ティア、そなたは少し仕事しすぎのきらいがある。まだ子供なのだから、そこまでやらずとも良いのだ。ティアに仕事を振っている私が言う事ではないが、少しは手を抜く事を覚える事が肝要だぞ」
そんな事をルーカスに言われてしまうと、前世が日本人だったアリスティアは、「働かざる者食うべからず」という言葉を頭に思い浮かべてしまう。仕事中毒の気があるアリスティアだった。
☆☆☆☆
翌日、あれだけ説得力のなかった文章だったが、入れ替えたら前よりも説得力のある文章になった。
まずは清潔にする事の重要性を説き、その為には帰宅後や作業後、排泄後など汚れたあとにきちんと手洗いをし、帰宅後はうがいもする必要がある事、その習慣づけは学校で行う事を書いて、更に病気予防には消毒用アルコールでの徹底的な消毒が最も有効である、と締めくくった。
その出来た書類をルーカスに見せたら、消毒用アルコールの精製にかかる経費は申請していい事になった。
(さて、無水エタノールの精製を頑張らないと)
アリスティアは前世で得た知識を頭の中で検索し始めた。
ここまで読んで下さりありがとうございます!