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賢者の時間

作者: 姫草真翔

  中田賢者(なかたけんじ)の手記

  ーー以下、原文ママーー




 ブウウン……ブウウン……


 鳴り続ける携帯電話の音で私は目を覚ました。

 辺りは暗闇に包まれており、携帯に示される時間は丑三つ時を既に回りつつある。微かな光に示される番号は、覚醒し切っていない私の頭には難解な暗号の様な物に見えた。


 無愛想な音を消し去るべく、ベットから重い体をミシミシと持ち上げ、ゆっくりとボタンを押し、それをまたゆっくりと耳に当てると携帯から鳴る無愛想な鈍い音は、聞き慣れた低い声へと変化し頭の中に響き渡った。


「あ、あなたに、お願いがあって電話し、したのですが」


 名乗りもしないその不躾な声は、いまだ未覚醒な私の頭に響き渡ると、適度な相槌を打つ間も与えずに頭の中を再び駆けていく。



「私は、し、死にたくありません! どうか、そんな事はやめて、お助けください!」



「……イタズラ……もう……やめろよ」



 私の小さく振り絞った一言は闇に飲まれ、耳の中に一定のリズムが刻んだ機械音のみが虚しくこだました。




 私はこの家に1人で暮らすようになり1ヶ月程の時が経ったのだが、毎日深夜の3時に電話が鳴り出す。


 電源を切っても、音を消しても、耳栓をしていても、私の睡眠を妨げ、赤子の夜泣きのように私を呼び立てる。

 そして訳の解らない内容を残して通信はプツンと途絶える。


 電話の内容を纏めると

「死にたくない」

「あなたも一緒に死ぬ」

「死んでもなにもない」


 といった『死』という言葉だけが毎日含まれており、気味の悪さに拍車をかけた。また、声の主たる人物は()()()をしているが、分かることは少し低い男の声という物だけで、イタズラの電話にしても毎日よく飽きないと思っていた。



 しかし、気味が悪い事には代わりはないので、警察にも相談を試みようとも思ったのだが、警察という物への一種の苦手意識が先行し、結局相談できていない。気心の知れた友人なども私にはおらず、毎夜赤ん坊のお守りをしているような錯覚にすら陥っていた。


 またこの電話の後に眠ってしまうと、質の良い睡眠が取れないのか、体が重く感じたり、金縛りにあったり、体に傷が付いていたり……悪夢に唸らせたような事が何度か起きるため、自然と二度寝をしなくなった。




 二度寝をしなくなったことで、夜の時間を持て余すようになった私は、何かないかと暗い部屋の中を模索し、いつの物か分からない、ぼさぼさな毛筆と大きなスケッチブックに目を奪われた。


 そして絵を描くことが私の日課になっていくのだが、別段受賞したいだとか、売りたいのだとか、野心などがある訳では無いのだが、私の記憶に残る風景や、現実への憤りなどを描いている間は没頭し時間を忘れる事ができた。




 ある日の夜、いつものように私は赤子の泣き声で目を覚ました。

 その日はいつも違い目覚めがよかったのだろう、霞がかった頭は、いつもと違って晴れ晴れとしていたのだ。そのせいか電話を手に取りながら、ふとある事を思いついた。


 ーーこちらから話しかけてみようと。

 ーー何か先手を取り、相手を驚かせてみようと。


 決してこれまでも話そうと思わなかった訳ではないのだが、醒まして間もない頭の中には、霧が何層にもかかっているようで、私の頭の中が晴れかけた頃には私は虚無と対話することになっていた。



 内容もそこそこに、そう考え始めると私の胸が高揚していくのがよくわかった。電話を流れるように耳に当て、悪戯を思い付いた悪餓鬼のような微笑を浮かべていたかもしれない。

 そして私は、大きく深呼吸をして赤子を黙らせた。


「もう死ねよ」


 しかし、そう放った刹那、なにもかもが凍りつき、何分何時間という沈黙が流れたような気がした。

 電波を通じている筈の相手は、端からそこにいないかの様な感覚さえも、私は抱き始めていた。


 高まっていた胸も、気付けば冷たさを取り戻しつつあり、罪悪感というか、後ろめたさのような物を感じつつあったのだが、暗闇をかき消すが如く私は荒々しく続けた。



「毎日深夜の3時ーー毎夜86400秒ごとに訳の分からない電話をかけるのはやめてくれ。私は眠っていたいし、お前のその狂人じみた電話は、もう飽き飽きだ。いい加減にやめるかもう死ね」



 私は胸の中の何かを爆散させるように吐き捨てると、先刻の好奇心の様な物など消え失せているのだが、『激昴』『憤怒』『狂喜』『恐怖』そのどれとも取れるいくつもの感情が、私の身体、精神に至るまでの全てが渦巻き、私の中を腐蝕させていくような、不思議な気分を感じた。



「……ようなら……たし……」




 遠くから発せられるような小さな声が聞こえた頃には、私の頭には聞きなれた電子音が響いて、身体が軽く浮上したようだった。


 それからというもの電話は鳴らなくなり、この部屋の中には、寝ても醒めても私と静寂だけが潜在するのみとなった。

 あの夜に私が、もしも話していなければ、今もまた電話がかかってきていたのかもしれない。

 もしや霊のような物と交信していたのか、それとも本当にイタズラ電話だったのか、今となってはもう解らない。


 私は、この不思議な体験を手記と絵という形に残しここに記録することにした。






 ーー以上、被害者宅から発見された手記の記録である。


 被害者である中田賢者(なかたけんじ)(無職)は、自宅アパートにて首を吊って死亡している所を、異臭の苦情を請け部屋内に踏み入った大家に発見される。



 扉や窓は施錠されていた為、当初は自殺かと思われたのだが、部屋には何者かと揉み合ったような形跡や、身体のいたる所に傷や痣が確認された。(薬物反応なし)


 更に自宅から出てきた手記(先に記した)の記録『謎の電話』から、自殺ではなく計画的な殺人事件として捜査が始まる。


 しかし、捜査が進むに連れて手記との矛盾点が散見された為に捜査は一時中断される。


 矛盾点は以下の通り。

 


 第一に、携帯電話を所有していない。携帯会社に問い合わせるも契約の記録なし。


 第二に、被害者が描いていたとされる絵が白紙で発見される。



 また、被害者の母親が、事件よりおよそ2ヶ月程前に病で亡くなっていた事が判明した為、殺人である可能性は現在極めて低いと判断し、以降は劇場型の自殺を有力とみて捜査を再開する。




 経過報告書

 本部 宛ーー

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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