チートは痛覚消滅!?俺に愛しい痛みを下さい!!
俺は無敵だった。
交通事故に遭い、真っ白になった意識の中、神にチートという素晴らしい能力を与えられた。それが何なのか、俺に知ることは出来なかった。ただ、神は君に”とっておき”をあげる。と言ったのだ。
気づいた時、俺は湖のほとりに倒れていた。ここは、まさか異世界?俺は転生したのか?なんとか生きなければならない。そう、思った。なぜなら、前世で死んだばかりだからだ。また、あんなぽっくりと死にたくはなかった。
それから、俺の異世界での冒険が始まった。ギルドに登録し、襲われていた金髪美少女を助けてあげたり、一緒に魔物を撃退したりした。ズバッとなぎ倒すと消えていく魔物は、まるでゲームみたいで爽快だった。自分は無敵だ。そう思っていた。
どんどん有名になっていく俺。金髪美少女シャリーヌは俺にすっかり惚れてるし、気分はサイコーだった。
けれど、ある日気づいてしまったんだ。
その日は、人型の魔物を討伐に行って、そいつは鋭利な剣を持っていた。それが、俺の腕をかすったのだ。いや、この表現は正しくない。そいつを倒すことに俺は夢中になっていて、シャーリーヌに指摘されるまで、気づかなかった。
「勇者様、お怪我が……」
というセリフで、やっと気づいたんだ。俺は__痛みを感じていなかった。痛覚がなくなっていたんだ。もしかしたら、神の“とっておき”のチートって痛覚消滅なのか?ドクドクと流れ落ちる血に、俺はゾッとした。
だって__切られてもわからないから、いつの間にか死んでたりするんじゃ?
それからは、異世界を楽しむどころじゃなかった。
俺はいつでもビクビクするようになった。すっかり元の弱気な自分に戻ってしまって、シャリーヌにもきっと愛想をつかされたことだろう。
俺は死にたくなかった。
そんな時、俺が倒したあの人型の魔物の仲間が襲って来た。俺はなりふり構わず逃げた。身体能力は落ちていなかったが、やつらはどこまでも追ってくる。逃げて逃げて逃げた。気がつけば、あの俺がはじめに倒れていた湖のほとりまでやってきていた。追い詰められた!
この湖、こんなに大きかったけな?と違和感を感じる。しかし、やつらの長剣が空を切る。俺は身を低く伏せたが、額を切られたみたいだ。流れる血が、目に入り込んでくる。それでも痛みを感じない。
もう絶体絶命だった。
俺は湖に飛び込んだ。
泳ぐんだ!泳いで対岸まで渡って、逃げ切ってやる!
しかし、俺の身体は沈んでいく。ひやりとした塩辛い水が口に入る。まるで重石をつけられているみたいだった。まさか、あの痛覚消滅は泳げなくなる代償を伴うんじゃ?
俺は必死でもがいた。身体の温度がどんどん奪われていく。
冷たい。冷たい!
息が苦しい!!
必死で手を伸ばす。
死にたくない
__死にたくない
____死にたくない!!!
その時だった。俺の手はパシッと誰かに掴まれた。
それは、暖かくて意識を失っていく俺を引き上げるみたいだった。
__もう、大丈夫だ。
俺は、なぜか安心し、そして視界が真っ白に染まった。
次にふっと目覚めると、俺は真っ白な空間にいた。
ここは__
__病院だ。
よく見れば俺の手には点滴が刺さり、テレビで見るみたいな装置に囲まれていた。身体は鈍く、重い。そして、ぐっしょりと汗をかいている。
「目、覚めたんだ」
声をかけられて、そちらを見ると、見慣れた幼馴染の少女が真っ赤な目をこすっている。
「俺は、死んでないのか?」
「ばかっ。死ぬところだったんだよ?」
そうだ。この少女と一緒に下校中、よそ見をして、突っ込んで来た車にはねられたんだった。
俺の手は彼女に握られていた。そして、彼女の、赤くなった瞳は涙をたたえ、ついに決壊した。
「よかったっ。本当に死ななくて、よかった……」
後から後から流れていく雫に、俺は罰が悪くなる。
「悪かったな。まさか、ずっと泣いてたのか?」
「悪かったわね。心配するの当たり前でしょ!?」
そうか__俺が溺れたあの湖は彼女の涙だったのかもしれないな。
そんな馬鹿げた考えが浮かぶ。
彼女はこらえきれないと行った風に、俺に飛びつき、抱きしめて来た。
その拍子に、額と額が当たってゴチンと音を立てる。
おいおい。こっちはけが人だぜ?と思いつつ、俺は嬉しかった。
なぜなら__痛みがあったから。
ああ。今は痛みこそ愛おしい。
__本当に。
その瞬間、理解した。そうか、これこそが神のくれた”とっておき”だ。
俺は愛しい痛みをくれる少女を抱き返した。
主人公が、夢の中で湖が塩辛いと言ったこと、サラッと流して下さい。実際は夢見が悪くて、汗が口に入ったとかそんな感じでしょう。