新たな世界で、“無力”さを知る
※死亡描写が含まれております。閲覧には注意してください。
俺の名前は“烏丸 武人”。“とりまる”と呼んだ人は素直に出てきなさい。
現実で通り魔に撲殺され、それから気が付けば、俺はこの見たことがない世界に飛ばされていた。
俺は“そこは異世界だ”と判断することで、頭の中の整理を単純化させた。
とりあえず、立ち止まっていても仕方がないので、俺は足を進めて森の出口を探す。
人が多い場所なら、ここはどういうとこなのか情報を得やすい。
それに、このステータス画面を見るに、恐らくここだと何かしらのモンスターがいると推測される。
奥まで見えないほど、薄暗い森なんだ。それに、木陰に隠れて強襲……何てものもある。
まだ何も装備されてねぇし、出来るだけエンカウントしたくない。極力、音を立てずに進んでいく。
……でも、これだけ広ければ迷いそうだな……目印みたいなのがありゃいいけど……
鞄は現世に置いていかれたから何も持ってないし……どうしたものかとポケットの中を探っていると、生徒手帳が手に当たる。
(この紙を破ってどこかに置けば、目印になるかもな)
生徒手帳を開き、ページを一枚破る。
一応、メモ欄のページだけは置いておきたい。ここであったことを記録しておけると思うから。
日付は俺が死んだ日なのかそれともそれより前か後なのかわからないし、あっても使わないと思うので、そのページを破って目印に置いておく。
これなら、迷ったとしても困ることはないだろう。
「貴様! そこで何をしておる!」
「?」
目印を作っていると、不意に後ろから声を掛けられる。
声色から察するに、結構年老いた男の声だな。後ろを振り向き、相手を視認する。
「見慣れぬ格好だな……まさか、新たな“帝国軍”の差し金か……?」
そこにいたのは、鋼の鎧を纏った、如何にも厳格そうな老人が剣を構えて立っていた。
それに、ソイツが言ってた“帝国軍”……後に何か大切なワードになるかもしれないな。覚えておこう。
とりあえず、ここに来て初めて人に会った。怪しまれないように、話を進めたほうが良いな。
「違う。この森に来て、道に迷っているただの旅人だぜ?」
それらしい嘘を吐き、自分がその“帝国軍”に所属していない、ただの旅人だという設定で話を進める。
最も、道に迷っているということは事実だ。誰かの協力は欲しいし、状況の整理したいから出来れば早く安全な場所に行きたい。
これを信じてくれりゃいいんだけど……
「旅人じゃと……?」
しかし、その嘘が通らなかったのか老人の顔がより警戒の色を表す。
もし、いつ切りかかられても回避できるように、一歩後ろに下がって距離を取る。
「……そうかそうか。それはすまんかった」
「……えっ?」
でも、どうやらその心配は杞憂に終わる。
帝国軍とやらの配下じゃないと信じてくれたらしく、老人は剣を鞘に納めてゆっくり俺に近づく。
「すまんな。君の着ている服が、どうにもこの周辺で見ぬ服じゃったから、つい警戒してしまった」
「……まぁ、気にすんな。誤解が解けたようで何より……」
老人は表情を柔らかくし、警戒してしまったことに詫びを入れる。
この辺で見ない服ってことは、やっぱりここは異世界なのか……この老人だって、西洋の騎士が着てそうな鎧着てるし……剣も、ゲームとかでよく見る直剣だし……
周りの住人がどんな服を着ているのかまだ知らないけど、この服装のままでは怪しまれやすいってことだけはわかった。
「この森で迷っていると言っていたな。私で良ければ、詫びの代わりに出口まで案内させてくれぬか?」
「マジ? じゃあ、頼むわ」
「うむ」
思った以上にうまくことが進み、内心拍子抜け感が否めないが……
でもまぁ、潤滑に事が進むことは良いことだ。今は安全な場所に、足早に向かおう。
「では、向かおう。こっちだ」
「おう」
踵を返し、鎧の老人は先ほど来た方向と逆の方向へと歩き始める。
木に置いた目印は、念のためにおいておくことにするか。またここに来る可能性だってあるんだし。
でも、目に入りやすい場所においておけば、誰かに捨てられる可能性も考えられるな。極力、目立たない場所に置いておこう。
そして、その置いた位置は手帳に記入して……よし、完璧。
「ふむ……遭難防止のための目印を置いていたのか……なかなか、手練れておるな……」
「……旅の経験ってやつッス」
「そうか」
旅人なんて全然嘘だけど、多分、自分のステータス画面は相手に見えていない。
それに、仮に見えていたとしても俺のジョブは疑問符で埋められている。俺だって自分のジョブがわかんないし、相手にも伝わらない。
……でも、一体何なんだろうな。俺のジョブって……
「ところで、君はどこから来たのだ?」
「えっ……?」
ヤベッ、そこまでのことは考えてなかった……
どういうべきか……“現世からここに来た”なんて言っても信じねぇだろうし……かといって見当違いの地名言えば余計に怪しまれるかも知れねぇし……
旅人だという嘘が、まさか自分の首を絞める羽目になるとは思わんだ……
「ん~……」
「……まぁ、言えぬというなら構わんよ」
「面目な~い」
そこを空気読んでくれた老人が、その話題を切ってくれた。
この老人、スッゲェ優しい……その優しさが染みて涙出てきそうだぜ。俺もこんな老人になりたい……
「では、名前だけは聞かせてくれぬか?」
「烏丸。“烏丸 武人”だ」
とりあえず、怪しまれないように答えられる質問だけは答えよう。
多分、俺の名前は……というか、日本人名はこの世界じゃ珍しい名前になるかもしれないけど……その場凌ぎの偽名使った後でバレたらそっちの方がめんどくさい。
完全に信じる気はないけど、多分この老人は大丈夫そうだし、本名を名乗る。
「カラスマか……珍しい名だな……」
案の定、やっぱりここの住民は日本人名に聞き馴染みがないようだ。なんてこった。
それでも、怪しむことなく親身に案内してくれることは心の底から感謝しよう。この人がいなかったら脱出できずにのたれ死んでたぞ、俺。
今気づいたけど、自然と空腹感薄れてるし……
「………」
「おっと、私の自己紹介はまだじゃったな……名は“アロイ・クロード”だ。“イアリス城”を守るため、騎士をやっておる」
俺の“お前も名乗れよ”と言いたげな視線に気づいたのか、鎧の老人は“アロイ・クロード”と名乗った。
そして、“イアリス城”というところがこの付近にあるみたいだ。案内しているのはそこだろう。
まぁ、ちっぽけな村よりも城下町とかの方が、兵士とかもいるし安心感が違うか。
「……名前以上の情報を、見ず知らずの俺に与えて大丈夫だったんスか?」
「大丈夫だ。見たところ、君は武器も何も持っておらぬようだからな」
「あぁ、なるほど……」
この人もこの人で、結構見てんな……
確かに、今の俺は丸腰だ。武器も防具も何もされていない。
道具欄を開いても、何も持っていないしな……武器が調達出来りゃいいんだが……
「……?」
アロイの姿を見ると、不意に簡易的なステータス画面が映り込む。
――――――――――――――――――――
名前:アロイ Lv:35
種族:人間 性別:男
JOB:ナイト
――――――――――――――――――――
(ナイト……)
しっかりとジョブが判明しているからか、俺の項目と違ってアロイは“JOB”の部分に“ナイト”と表示されていた。
俺は、少し気になったことをアロイに質問してみる。
「なぁ。ジョブって、どうやったら判明させれんの?」
「ジョブだと? それなら、戦場用のジョブに就けば最初から判明するものだが……」
「は?」
アロイの答えは簡潔だった。
ジョブは就けば自然と表示され、戦闘用のユニットでもない限りはステータスの表記すら出ないらしい。
だが、俺のステータスには確かに、レベルとジョブ、攻撃力などのステータスまでしっかり表示されている。これはつまり、俺は何かしらの戦闘用ジョブに就いているから表示されるものだろう。
やっぱり、バグなのだろうか?より自分が何の力を持っていて、何のスキルを持っているのかわからなくなってくる。
「ふむ……なかなか珍しいケースだ……ジョブに就いていて、まだ表示されぬとは……」
「……」
ここまで歳を重ねても、前代未聞のケース。
もしかして、俺のジョブってそこまで特別なのか。ちょっと、特別感があっていいな。
「ケホッ! コホッ!」
「……? 大丈夫か?」
「ケホッ……大丈夫じゃ。少し喉の調子を整えただけだ」
「……」
まぁ、話し過ぎれば喉って乾いてくるよね。
ここら辺に湖とかありゃ良いんだけど……俺だって歩き疲れてきたし……
「だったら、速く戻って休まねぇとな」
「そうじゃな。家におる孫娘が恋しい……」
おっとここでリア充自慢されました。ぐぎぎ。
まぁ、この歳になりゃ既婚者であれば孫の一人や二人いてもおかしくねぇか。
速く帰らねぇといけねぇのは、別の理由があるんだけど……
「……!?」
考え事をしながらも森の出口へと足を進めていると、上空から異形な姿の鳥がゆっくり降り立ってくる。
槍のような武器を持ち、錆びた銅像のような赤銅色をした鳥……有名で近い魔物を挙げるとするなら、“ガーゴイル”に近いだろう。
「馬鹿な……!? “ガーゴイル”だと!? こんなところに現れるはずがないのだが……!」
あっ、当たってた。
やがて、その“ガーゴイル”は地面に着地し、こちらに鋭い眼光を向けてくる。
「キシャァアアアアアアアッ!!」
「っ…!」
鼓膜に響くぐらいの大きな鳴き声に、一瞬たじろぐ。
伝承では知ってたけど、まさか実物を目の当たりにする日が来るとは思わなかったぜ……
“ガーゴイル”って言や、結構強いんじゃなかったっけ……?俺の初戦の相手がいきなりこれか……死ねって言ってるのか……?
まぁ、どっちでもいいんだけど……
「カラスマ君! ここは私が抑える! 君は、どこか安全な場所へ退避しておくのだ!」
「……」
退避しろ……と、アロイは仰っているけど、本当に一人で抑えきれるのか……?
まぁ、レベルは俺より高いから大丈夫なんだろうけど……年齢でいえば、俺よりも数倍上だろう。
いくらレベルが高いからと言って、歳による体の衰えって誤魔化せるもんなのか?
……でも、“何の武器も持っていない俺”がいても邪魔なだけか。
「……わかった」
ここは踵を返し、身の安全のために木陰に隠れつつ退避していく。
あの時の通り魔とは違うんだ。人外な生物を相手に、丸腰の俺が向かっても自殺するだけだ。
流石の俺でもそこまで無謀じゃない。何か倒せる方法がない限り、今は立ち向かわない方が良いと判断し、距離を放していく。
・ ・ ・ ・
「っ……!」
退避していくカラスマの様子を見つつ、アロイはガーゴイルを抑えるために、盾と剣を構える。
ガーゴイルは標的をアロイに向け、翼をは翻して武器を構え、猛スピードで突撃してくる。
しっかりと盾を構え、アロイは敵の攻撃を受け止める体勢に入る。
「ぐっ……!」
何とかガーゴイルの攻撃を盾で受け止めるアロイだが、ガーゴイルは体ごと叩きつけるように突撃してきたのだ。
その威力はとてつもなく、さらに歳による衰えもあり、アロイを大きく仰け反らせた。
そんなアロイに、ガーゴイルは大木をUターンし、再びアロイに向けて突撃してくる。
「そんなに何度もやれると思うなッ!」
しかし、アロイは盾を手放すことで身を軽くし、回避行動を取ることで猛攻を紙一重で回避する。
通り過ぎていくガーゴイルは尻尾を使ってアロイを薙ぎ払おうとするが、アロイは剣を両手で前に構え、攻撃を受け止め、その衝撃で距離を取った。
歳の衰えはあるが、それでも人生の中で積んできた経験は多い。ガーゴイルを相手に、適正だと思える立ち回りを続ける。
「今度はこちらの番だッ!」
相手の動きを見切ってきたアロイは、反撃に転じるために前に出る。
ガーゴイルは翼をバタバタと強く振るうことで、風圧を起こしてアロイを吹き飛ばそうとするが、アロイが纏っている鎧がその風圧からアロイを守り、勢いを殺すことなくアロイは突撃する。
「てりゃぁあああああああっ!!」
風圧が弱まったところを狙い、アロイは地面を強く踏ん張って、跳躍。
十分に間合いに入ったガーゴイル目掛けて、両手で構えた剣を力強く振り下ろす。
「グギッシャァアアアアアアアッ!!」
振り下ろした剣は、ガーゴイルの顔面に大きな傷跡を残す。
その痛みでガーゴイルはけたたましいうなり声を上げ、しばらく痛みで怯んでいる。その隙を逃さず、アロイは畳みかけるように剣を振るう。
「キシャァアアアアアアアッ!!」
「ッ!? ぐおっ!!」
しかし、ガーゴイルは元は彫刻で出来た鳥の銅像。
なかなか刃は通らず、反撃に振るわれる尻尾に直撃して、アロイは弾き飛ばされる。
「ガハッ……!」
弾き飛ばされたアロイは、大木に背中を叩きつけられ、その衝撃で吐血する。
しかし、この吐血は衝撃によるダメージなどではない。カラスマと話している時で、前兆として表れていた。
(くっ……! こんな時に……!)
そう。アロイは、病に侵されていた。
その病は歳を重ねるごとに悪化し続けていたが、アロイはそれを必死に隠し続けることで、騎士として生き、城を守り続けていたのだ。
しかし、その無理が今、仇となってアロイの身体を蝕み、思うように体を動かせないでいた。
「ッ!」
しかし、敵が病の回復など待つほど甘くない。
ガーゴイルは口の中で炎を溜め、球状にしてアロイに向けて吐きだす。
「このっ……!」
アロイは、たまたま手放していた盾の横に立っており、その盾を拾って炎を防ぐ。
その火球は盾に着弾して爆発し、煙幕が立ち上ってアロイの視線を遮る。
(どこだッ……!?)
「キシャァアアアアアアアッ!!」
「ッ!? ぐぅっ!!」
アロイがガーゴイルの姿を見つけるよりも先にガーゴイルが現れ、持っていた得物でアロイを背後から殴り飛ばす。
盾ごと吹っ飛ばされたアロイは、重いダメージを受けて地面に突っ伏す。
「ぐっ……うぅっ……!」
ダメージが大きく、立ち上がることが出来ない。
そんなアロイにガーゴイルはゆっくりと近づき、トドメを刺そうと得物を構える。
命の危機が近づいているアロイの脳裏に、今までの過去が浮かび上がる。
これは罰だ。
結婚し、幸せに暮らす娘や守るべき民。愛する孫娘からも、歳を迎えれば“騎士”を辞めるように言われ続けていたこと。
しかし、アロイは病に侵されながらもこの城を……そして、民を守り続けることを選び、命の危機など顧みずに騎士を続けていたこと。
時には病に伏すこともあったが、住民を守り続けることが、“騎士として”のアロイの“誇り”だった。
しかし、最初に辞めるように言われた時に素直に諦めていれば、今頃アロイは家族と幸せに暮らせたかもしれない。
今よりもずっと長生き出来ていたかもしれない。
“誇り”など捨て、“人として”生きることを選んでおけば、病に侵されていることを隠さなくて済んだのかもしれない。
今までの出来事が走馬灯のように頭を過り、胸の内に秘めていた後悔がより大きなものとなっていく。
(すまぬ……エル……ミリア……)
ガーゴイルは、すでにもう目の前に立っている。
死ぬ間際にアロイは娘と孫に謝罪し、その死を受け入れる心構えをして体の力を……
ドオォォォォォンッ!!
「クワッ!?」
「……?」
……抜く直前に、突っ伏すアロイとガーゴイルの間に巨大な剣が通り過ぎる。
通り過ぎた大剣は大木に突き刺さり、通せんぼをするようにガーゴイルの前に立ちふさがる。
「いや~、間に合った間に合った。アロイのオッサーン。無事か?」
「カラスマ……君……?」
声がした方向を見ると、そこには退避していたであろう“烏丸”が立っていた。
烏丸は、退避する前よりもしっかりと装備が整えられ、再び二人の前に姿を現した。
「なぜ……?」
「借りを返しに来たんだよ。お二人さんにな」
アロイの前に立ちふさがり、戻ってきた理由を烏丸なりの理由で返す。
そして、突き刺した大剣を両手で持ち、引き抜いてガーゴイルと対峙する。
身の丈を超えるほど巨大な大剣なのだが、烏丸はその大剣を構えてガーゴイルと対峙する。
「いろいろ教えてくれたアンタへの借りと……」
烏丸の目が、ギラリと光ってガーゴイルを睨み付ける。
大剣を握る手が強くなっているところを見ると、烏丸は今……相当……
「さんざんコケにしてくれたテメェへの借りを返しになァ!!」
憤っていた。
完全にキレた烏丸は、地面を思いっきり蹴ってガーゴイルに接近していった。
・ ・ ・ ・
「キシャァアアアアアアアッ!!!」
耳障りな鳴き声を発し、クソ鳥は風圧攻撃を仕掛けてくる。
生憎のこと、俺の装備は鎧に比べりゃ完全に軽装備だ。風圧に耐えれるだけの重量はない。
でも、それがどうした。俺は今、完全にブチギレてるんだ。ここまでの屈辱を与えてくれたのは久々だぜ。
――どんな手を使ってでも、あのクソ鳥を八つ裂きにしてやるよ。
「ッ……!」
手に持っている大剣――“グレートソード”を、クソ鳥に向けて思いっきり投擲する。
十分なほどの質量のある武器なんだ。しかも、空気抵抗を極力受け流すように切先を向けて投擲した。
投擲された大剣は、風圧に負けることなくクソ鳥に向かって飛んでいく。
「クワッ!?」
クソ鳥は、上に飛行することで大振りの大剣を回避。大剣は、後ろにあった木に突き刺さった。
そのまま退避するように、飛行して距離を取ろうとする。
勢いを付けて突撃して殺そうって魂胆かも知れねぇけど……
「逃がすかよ……」
俺は逆に距離を詰め、大剣が突き刺さった木まで走る。
そして、突き刺さる大剣の柄に飛び乗り、木の幹を掴んでさらに高度を上げ、飛び去ろうとするクソ鳥の尻尾を掴む。
「キシャァアアアアアアアッ!!」
尻尾に捕まる俺を、振り払おうと飛び回ったり尻尾を振り回すクソ鳥。
だが、俺は尻尾を放すことはない。右手の武器スロットに湾曲した剣――“ショーテル”をセレクトし、攻撃に転じれるようにしておく。
本来、盾を持った敵に有効打を与えるために作られた“ショーテル”だが、偶然得たのがこれとあの“グレートソード”しかない。
普通の剣は、またの機会で得ることにしよう。アレもあれで需要あるし、第一これじゃ、鍔迫り合いが出来ないし。
「ッ…!」
クソ鳥は尻尾を必死に振り回す。
だが、少しは学習したのか、高度を下げて俺を大木に叩きつけようとソレ目掛けて尻尾を振るう。
これだけの大木。叩きつけられれば、俺の低いレベルとHPじゃタダでは済まない。
「ッ…!」
ドゴォォォォォォォンッ!!
しかし、尻尾を掴んだまま離さない俺は、そのまま大木に叩きつけられる。
土煙が完全に俺の姿を隠し、大木の一部に大きな凹みが出来上がり、木の幹も折れ、崩れ落ちる。
尻尾だけでここまでの威力……しかも、俺の装備は鎧じゃない。体中に痛みが走り、全身から力が抜けかける。
でも、尻尾を掴む手だけは離さなかった。
(どんな手を使ってでも……!)
「コカッ!?」
クソ鳥はもがいてももがいても、俺の手から離れることが出来ない。
それもそうだろうな……確かに、俺が何の細工もなしにコイツを取り押さえることは出来ねぇだろう。
だから、叩きつけられた場所が大木で良かったぜ……おかげで、コイツを抑えることが出来る。
「逃がさねぇって言っただろ、クソ鳥……テメェの借りはまだ返してねぇんだからよ……!」
“ショーテル”が大木に深く突き刺さり、しかも曲がった部分が引っかかってなかなか抜けずに固定されている。
この大木ごと引き抜き、飛び回れるだけの力があれば抜け出せるが、アイツにそれだけの力はねぇだろ。
俺はその抜けなくなった“ショーテル”を掴んだまま、右手で逃がさないようにクソ鳥の尻尾を掴み続ける。
「キシャァアアアアアアアッ!!」
「くっ…!」
しかし、クソ鳥は俺から離れようと必死にもがき続ける。
クソ鳥がもがけばもがくほど、俺は身を裂かれそうな痛みに見舞われる。
ショーテルを持つ手が震える……
右手に力が抜けていく……
しかし、そんな時だった。
バチバチッ……!
「ッ…!」
突如、尻尾を持つ手に雷が走る。
そして、手の甲に見たことがない紋様が浮かび上がり……
不意に、体の奥から……力がドンドン湧き出てくる。
「……」
「クワッ!?」
腕を引くと、あの鈍重そうなクソ鳥を意図も簡単に投げ飛ばす。
投げ飛ばされたクソ鳥は、ショーテルが刺さった大木とは別の大木に叩きつけられ、崩れた大木の山に埋もれた。
不意に湧き上がる、この力の正体が掴めないが……右手を見る限りでは、先ほどの紋様が消えていた。
気のせいだったのだろうか?とりあえず、今は考えている暇はない。
まだ、あのクソ鳥は殺しきれていない。バックステップで“グレートソード”が刺さった木の元に向かい、迎撃態勢に入る。
案の定、崩れた大木から物音がし、立ち上る土煙の中から影が見えだす。
これで仕上げだ……刺さっている“グレートソード”を引き抜き、両手で構えを取る。
キッチリ……確実に、貰った借りは返させてもらうぜ……!
「クッ……ワッ……ギィッ……!」
鋭い眼光をこちらに向け、クソ鳥は怒りの色を滲ませる。
おぉ、怖い怖い……まぁ、いくら睨んできたって、今はもはや虚勢にしか見えねぇけどな……
「キッシャァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
今まで以上に巨大な鳴き声を発し、怒り任せにクソ鳥は突撃してくる。
何、キレてんだよ……テメェがキレるのはおかしいだろうが……
テメェは、勝手に俺達に絡んで来やがったんだ……寧ろ……
俺の方がよっぽどブチギレてるんだ。
「さぁ、来いよ……クソ鳥……そして」
クソ鳥が間合いに入ってくるまで、大剣を構えて待つ。
相手はどうせ、怒り任せに接近して殴り掛かるしか能がねぇんだ。
人間と違って知能がない分、そう言う相手は殺しやすい。
それに、相手の身体に鋭利な刃が通らないなら……鈍重な得物を叩きつければいい。
俺の間合いに入っていくクソ鳥に向けて……
「ぶっ壊れろォッ!」
“グレートソード”を振り下ろし、地面に叩きつけた。
クソ鳥は大きな断末魔を上げ、巨大な長物の下敷きになった。ザマァ見やがれ。
やはり、鈍重な武器が効果的だったのか、クソ鳥の身体にはいたるところにヒビが入っている。
手に入れた武器が質量のある武器で良かったぜ……最初に見つけたショーテルだけじゃ、詰んでたかもな。
「はぁ……はぁ……」
それにしても、前まで普通のパンピー高校生だった俺にこの運動量はハードすぎる……
身体能力自体は、ここに来る前よりも格段に上がっていることだけが救いか……それに、せっかく軽い装備なんだし、攻撃を受けないように動き回るのがテンプレだし……
まぁ、結構なダメージ受けて……今、“HP”が3しか残ってないんだよね……あと一発、喰らうだけで死ぬな……
「っと……アロイのオッサン……!」
とりあえず、バテてる時間もほどほどにし、俺は倒れてるアロイの元へと駆け寄る。
クソ鳥を倒し終え、俺が無事であることを確認したアロイは、こちらに向けて弱々しい笑みを向ける。
「よくやったな……カラスマ君……」
「ッ……」
すでに病状は悪化してるな……話していた時から気づいていたが、この悪化はさっきの戦闘が原因か……
多分、もう手遅れだ。ここまで悪化するってことは、前々からこの病気はアロイを蝕んでいたんだろうな。引き始めで、ここまですぐ病が進行することはない。
それでも騎士を続けたってことは、そこに何かしらの思い入れやら誇りやらあったんだろうな。そこは尊敬するけどさぁ……
「ふふっ……その様子だと……私が病気に侵されていたことは……気づいていたみたい……だな……」
「……」
……いざ、こういう場面に直面したことねぇから……何て言えば良いかわからねぇや……
だから、俺は口を紡ぎ、ただただアロイの言葉を聞き続ける。
下手になんか言って、空気を悪い意味で変えちまったら……オッサンが報われねぇからな……
「……一つ、頼みを聞いてくれぬか……?」
「?」
アロイは腰に掛けているバックパックから、ボロボロになった懐中時計が手渡される。
蓋を開けてみると、その写真には老夫婦と新婚の男女二人。女性の方は、赤子を抱えていた。
恐らく、これはアロイの昔の写真だろう。この老人、アロイの面影があるから。
「これを……私の家族の元に渡してほしい……」
「……わかった」
その懐中時計を受け取り、ポケットの中にしまう。
借りを作ってくれた相手の頼みなんだ。その借りは、返さなくちゃならない。
出来る限り、相手を喋らせないように家の場所などは聞かないでおく。どうせ、後で村の住人に聞けばいいだけだ。今は、アロイが言いたいことだけを言わせてやろう。
「すまぬな……案内を……最後までできなくて……」
「……別に構わない。感謝してる」
「そうか……それなら、良かった……」
弱々しく伸ばされた手を握り返し、感謝していることだけを告げる。
こういう時……正常な人間だったらどう言うんだろう?泣いて悲しむのかな。
だったら……一滴も涙を流さない俺って、結構淡白な人間なのかもな。別に気にしてねぇけど……
……老騎士の命の灯が尽きようとしている。
最後までプライドを守り通した騎士の生が、終わろうとしている。
次第に、鎧越しに伝わる体温が失われていき、冷たくなっていく……
「ありがとう……カラスマくん……」
「?」
最後に、アロイは消え入りそうな声で俺に礼を言う。
別に礼を言われることをした覚えがない俺には、その言葉の意図が分からない。
「最後に出会えたのが……君のように“勇敢な戦士”であることを……誇りに……思う……」
「ッ……!」
やがて、握りしめる手の力が弱まり、完全に力が抜けた。
たった今、老騎士の命が尽きたのだ。握りしめる手は、かなり冷たい。
俺は、その手をゆっくりアロイの胴に置いた。
「………」
最後に黙祷をし、最後の最後まで……アロイの死を見届けた。
最後まで泣けなかった。
今日……俺は、改めて自分の無力さと、そしてまともな人じゃないという実感を得た。
いきなりブルーな話にしてすみません……
ヒロインを出すにはまだ早い気がしたので、早速おじさんを犠牲にしました。
それで、烏丸は『自覚している自分の無力さを、まるで晒されてる感じがして屈辱だった』からガーゴイルを倒したって理由です。
ちなみに、主人公『烏丸』が持つ武器は以下の通り
・グレートソード
烏丸の身の丈を超えるほど大きく巨大な特大剣。
今の烏丸の筋力では、両手持ちじゃないと振るうことが出来ないほど重い。
今作では恐らく、最も多用する武器。
・ショーテル
湾曲した剣。盾を迂回して突き刺すような構造になっており、主に盾装備の相手に使用する。
今回では、その湾曲しているという特徴を生かして、フックの要領で木に刺すという芸当までやり遂げた。
・アロイの懐中時計
アロイに渡された懐中時計。
家族の元に返すため、一時的に所持している。
以上です。閲覧、ありがとうございました。