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ほのか純情物語  作者: 桜山書房
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リレー小説の結末やいかに

第1話 はじまりの春



春の日差しが、なにげない日常になりつつある3月の下旬。

梅の満開はその時期をとうに終え、これから少しずつ桜の時期になろうとしている。

さりながら、朝は冬なみに冷え込むようなこともあるのだが。

その日は、まだまだ布団が恋しくなるような、そんな一日の始まりだった。


「ほのか~、時間、いいのかぁ?」

父の声がリビングから家中に響き渡る。


「しゅんみん、あかつきをおぼえず~」

二階から、今起きたばかりですと言わんばかりの声で返事があった。


「早くしないと、朝ごはん食べる時間ないぞー」

「げっ、もうそんな時間?やばいよやばいよ」

作ったばかりの玉子焼きをリビングに運びながら、泰造は首を横に振る。

高校に入ってもうかれこれ1年。

さすがにこの日常もいい加減変化が表れてもよさそうなものだと、常々思ってしまう。

しかし父の思いとは裏腹に、娘の行動に変化の兆しはなにも現れない。


「おはよう~」

数分の後、パジャマ姿のほのかが二階から降りてきた。

一応、髪のセットや洗顔などは済ませているようだ。

ショートヘアーはこういうとき、時間がかからずとても便利だ。

「やっぱり、まだそんな恰好なのか。朝食はせめて制服に着替えてからにしてからにしたらどうだ?」

すでに着席を済ませ、玉子焼きをほおばっているほのかは、リビングの隅にかかっている制服を箸でさす。

「だから、着替えは2階ですませればいいだろう。自分の部屋があるんだし」

返事の代わりに、今度は味噌汁をすすりながら、箸であと一切れになった玉子焼きをつついてみせる。

「本当に玉子焼きがすきなんだな」

「だからちがうって、何度も言ってるじゃん」

「おれが作った玉子焼きが好きなんだろう?」

漬物をほおばりながら、ほのかは笑顔で大きく2回うなずく。

「それはどうも」

ここまで言われると、悪い気はしない。むしろ嬉しいくらいだ。

いや、父親の下着と自分の服を一緒に洗わないでくれという娘が珍しくないという昨今。父娘二人暮らしの身としては、感謝すべきことなのかもしれない。

とはいうものの、父親に対してまったく距離をおこうとしない彼女の行動は、おそらくこのあと父を大いに困惑させることになる。


「ごちそうさまでした!」

いうが早いか、ほのかはすかさず制服がかかっている場所まで移動すると、その場でためらいの一つもみせずに泰造の前でぽんぽんとパジャマを脱ぎ捨て、着替えを始める。


「はああ」

いい加減、その習慣変えたらどうだとの忠告を織り込んで、深いため息をひとつ盛大についてみせる。

「もう少し女の子らしく、羞恥心というものを覚えたらどうだって言いたいんでしょう?」

「よくお分かりで」

「そんな時間がありません。だって、お父さんの玉子焼きを食べるまでは着替えなんて面倒くさいこと絶対できないもん」

まったく、うれしいことを言ってくれているような気がするが、やはりここは親として、しつけるべきところはちゃんと躾けねば。

「それなら、食事を済ませて、2階で着替える時間が取れるくらいもう少し早く・・・」


「おー、もうこんな時間、遅刻しちゃう。じゃあね、お父さん行ってきまーす!」

父の声をあえて遮りながら、ほのかは玄関へと向かう。

「ああ、いってらっしゃい。気をつけてな」



ドアの開閉音を聞いてほっと一息ついた泰造は、ようやく食事に箸をつけ始める。

娘が出かけるまでは、あれやこれやでとても自分のことまで手が回らないのだ。

だがその刹那。

「そういえば今日からだよね」

ドアがふたたび開く音とともに、玄関から声が聞こえてくる。

「ん?ああ、そうか。そういえば今日からだな」

「もう、忘れてたでしょう。今日は終業式で早く終わるから、多分2時くらいにはいけると思う」

「うん、分かった。すまんなほのか、よろしく頼むよ」

「何言ってんの。これはわたしのために、わたしがやりたいことなんだから。お父さんが謝ることなんかじゃないよ」

「そうか。そう言ってくれると、こちらとしては気が楽になるよ」

ほのかはその言葉にはなにも応えず、ただもう一度行ってきますと言って、改めて出かけていった。


ーーー


首都圏北部の海沿いの県にある桜山市。

ここが泰造の故郷であり、今の住まいでもある。

そこで彼は喫茶店を経営しているのだが、4年前までは東京の大手電機メーカーに勤務していた。

営業職で課長代理を務めていたが、長引く不況のために会社は大規模なリストラを実施。

その矢面に立たされたのが営業部門だった。

中国や台湾などのメーカーに押されての業績不振という事情もあり、営業職への風当たりは相当なものだったのだ。別に営業が怠慢だったから売り上げが伸び悩んでいたわけでないことは周知の事実ではあるのだが、会社上層部はそうは判断していないという社内の雰囲気が醸成された。

この決定を上層部は部長に。部長は課長に。課長は課長代理である泰造に、リストラの対象候補を挙げるように指示を出す。

誰をクビにするのか、その候補を挙げる。こんな後ろ向きな仕事はそうあるものではない。

悩んだ末、泰造は自らの部署から挙げるべき候補1名の名前を自分として提出した。

上役からの評判もよく、これまで順調に出世をしてきた泰造に会社は退職を望んではいなかった。希望するのであれば課長に昇進させてもいいとの内示もあった。だが彼の意志は固かった。内々にだれそれが候補にいいのではなどと言ってくる上司や部下たちに、いいかげん愛想がつきていたのだ。

彼は常にポジティブシンキングをモットーとしている。だから、よほどのことでもない限り彼の思考がマイナスに向かうことはない。だがそんな彼をしても、この会社は度し難いほどの腐ったバナナにしか思えなくなってしまっていた。腐ったバナナの中にいたら、自分までも腐っていってしまう。それだけはなんとしても避けたかった。

多少多めに退職金をもらい、都内に買ってあったマンションを売却し、泰造の実家である桜山市に家族と引っ越してきたのが4年前。ほのかが小学校を卒業する時期でもあったので、ちょうどいいタイミングでもあった。

もらった退職金で空き家になっていた実家をリフォームし、かねてよりの憧れであった喫茶店を家の近くでオープン。彼が好きなジャズやクラッシックを流し、彼が好きなコーヒーや紅茶を提供する。そんな夢を泰造はいつのころからか想い描いていた。

それを実家である桜山市で実現したのだ。

そしてこれで家族と一緒にいられる時間も増える。

東京での泰造はまさに仕事に明け暮れた毎日で、週末の家族サービスなどまるでする機会がなかった。それだけにこれも彼にとって大きな幸せを感じさせた。

桜山への移住。

彼にとって喜ばしいことばかり、のはずだった。

しかし、現実はそう甘くはない。いくつかの副作用が発生し、そのひとつが予想以上の経営不振だ。

3年もすれば経営も安定し、貯金を切り崩した生活からも多少は脱却できるだろうとふんでいたのだが。

「まあ、そのうちそのうち」

彼の気持ちは前向きだった。

(おれの細かなことに拘らない性格が、今をこれ以上悪化させない砦になっているのかもしれないな)

11時の開店に合わせ、諸準備を進めながら泰造はそう思った。


ーーー


「ねえねえ」

終業式がおわり、帰り支度をしていたほのかのところに友人ふたりが声をかけてきた。

「このあとみんなで買い物に行こうと思ってるんだけど、ほのかもどうかなと思ってさ」

一瞬少し迷った顔をしてみせたが、すぐに笑顔を作った、

「ごめん、わたし今日からバイトなの。ほんとごめんね」

二人を拝むような手つきをみせながらも、彼女の笑顔は変わらなかった。

「ああそうか。今日からお父さんのお店を手伝うんだったね」

「そうなの。ほんと、二人にはゴメンなんだけど」

「いいなあ、バイト。わたしも雇ってもらうようにお父さんに頼んでくれない?」

「やめなよ。そんなことしたら、ほのかの密やかな野望が叶わなくなっちゃうから」

「野望?」

きょとんとするほのか。

「そ、野望。ファザコンほのかの密やかな野望」

「やめてよ。わたし、そんなじゃないから」

「えー、そうかなあ」

二人は細い目で対象者を見る。

「そうだよ。そもそもなんでそんな風に思われるのか、全然わからないし」

ここで不本意なイメージはなんとか払拭したい。

「だって、ほのかの話の中で、お父さんが出てこないことなんてないし」

「だって、家に帰ってもお父さんと普通に会話するっていうし」

「だって、お父さんの前で裸になってもなんとも思わないらしいし」

彼らの鋭いと思える張り手の三連続攻撃に対し、なんとか土俵際で踏みとどまろうと試みる。

「それって、どこの家庭でも同じじゃないの?普通でしょ」

二人は同時に首をぶんぶん横に振りながら、そしてこれまた同時に

「全然普通じゃない」

「そ、そうかなあ・・・」

「はい、そうです!」

「そ、そうなんだ・・・」

「はい、そうです!」

二人は勝ち誇った笑顔でそう言った。

(いやいや、ここで全面降伏するわけにはいかないでしょ)

ほのかはここで軽く姿勢を改めた。

「じゃあさ、百歩ゆずったとしてよ?」

「うん?」

二人はお互いの目を合わせながら自然に返事をすると、

「仮によ?仮にわたがファザコンだったとしてさ、その、わたしの野望って何よ」

「えっ、分かってないの?」

「うん、まるで分らない」

「またまたあ、おとぼけを~」

少しムッとした気持ちになったが、それを表面にだしたらそれこそ相手の思うツボ。

図星だからと言われるに決まっている。

あくまでも平静を装って、

「本当に分からないんだって。なんか完全に勘違いされている気がしてしょうがないんだけど」

ふたりはしばらく黙っていると、一人が

「じゃあさ、今日お父さんに会ったら、わたしがバイトができるように頼んでみてよ。いいでしょ?」

「えっ、あっ、それはそのいいけど・・・」

「ほら、その反応がすべてを物語ってるって」

「いや、そうじゃなくてさ、それは、そのう、うちには多分二人目のバイト代を出す余裕はないと思うし、それに学校の許可も必要だしさ」

「まあいいってことよ。あんま細かいことは気にしなさんな。どうであろうと娘が親の仕事を手助けするなんて、今の時代じゃ美談に入る話なんだからさ」

「う、うん」

「お、そろそろわたしら行くわ。校門で待ち合わせしてるんだ。じゃあね、ほのか」

「う、うん」

「仕事、頑張ってね」

「うん」

「イケメンお父さんによろしく言っておいてね」

「う、うん。うん?」

去り際の頼まれごとに思わずうなずいてしまったが、うまい返事ができない。

すでに廊下に出て行こうとする二人の背中をみながら、これまでに経験したことがない感覚になっていることに気づいたからだ。



泰造が経営する喫茶店はランチタイムをそろそろ終えようとしていた。

この時間、お客はもういなくなっている。

「今日は5人、か」

これまでの実績からすると、多くもなく少なくもない。

洗い物をしながら、今後の戦略を思わず考えてしまう。

ここ最近、開けても暮れてもそのことばかりが頭にうかんでしまうのだ。


「お父さーん、来たよー」

ドアの開く音と、付けてある鈴の音が聞こえたと同時に大きな声が店内に響く。

「あれ?おとうさん?」

広いとは言えない店内でだれかいれば、聞こえないはずはない。

「おとうさーん、いないのおー?」

中に足を踏み入れてみると、泰造がキッチンからエプロンで手をふきつつ出てきた。

「なんだ、いるじゃん」

泰造はかぶりを振る。

「うん?どうしたの?おなかでも痛いの?」

今度は右手で額を抑え、軽くうなだれながら

「ほのか、ここはどこだろうね」

「へ?お父さんの喫茶店、だけど」

「おれはここではお前の父親じゃあない、言いたいこと分かるな?」

「ああ、そういうこと。じゃなんて呼べばいいんだろう、マスター?」

「まあ、そんなところだな」

「そんなことで、返事をしてくれなかったんですか?マスター」

「それもある。でもそれ以上にあの場で大声をだしたことが問題なんだ」

しばらく考えてから

「そっかあ、喫茶店は静かにお茶を飲んだり、おしゃべりする場所だもんね」

「その通りです」

「でもお客さんいなかったよね。だからわたし、いいかなって」

「いてもいなくても、だめなんです」

「なるほど」

「わかってくれて嬉しいよ」

「でも、お客さんがいないことは問題だよね」

「ま、まあそれはそれで問題なんだけどな」

泰造は頭に手を当てぽりぽりとかく。

「あのさ・・・じゃない、あのマスター。わたし、アイディアあるんです。聞いてくれます?」

「おお、なんかあるのか。ぜひ教えてくれ」

こほんと軽く咳払いをして、真顔で

「せっかく、こんな可愛いウエイトレスが働きはじめるんだから」

うん、と思わず聞き返してしまう。

「おまえ、可愛いのか?」

妙な質問だとは分かっていたが、それでも言ってしまった。

ぷくう、と頬を膨らませながら

「可愛いんじゃないですかぁ?この前も先輩から付き合ってくれっていわれたし」

「へえ、そうなのか。それは初めて聞いたな」

「だろうね、言ってなかったから」

(ほう、そうか、なるほど)

父親に言いそびれているということは、たとえそれが親でも異性である以上恥じらいがあったのだろう。

泰造は娘が男性というものをちゃんと認識できると知って、心から安心した。

にしても、そう言われるとそうなのかもしれないな、と思ってもみる。

しげしげと娘をながめてみると、相手はそれにあわせて自慢のショートカットヘアーを指でさっとかき上げたり、らしいポーズをとりながら、しなって微笑んでみせる。

そんなことをしてくれとはまるで望んではいないと思ったが、なんとなく様になっているような気はした。

「で、それでお前が可愛いとして、それでどうだと?」

なんとなくの予想はつくが、それでも一応聞いてみる。

「当然、この可愛いウエイトレスちゃんを、最大限利用するんですよ~、マスター」

「だから、どうやってと、聞いているだろう?」

「分からないかなあ。ほら、うちのウエイトレスの制服ってさ、妙に清楚でしょ?それをいっそ際どいものに変えちゃんです!」

発言者はどうだこれはと言わんばかりだ。自慢げに腰に両手をあてている。

「お前にミニスカートをはかすとか?」

「そうそう。あと胸元をもっと強調してみるとか」

「おまえ、ないだろう」

やばい、言ってしまった、と思った。しかし後の祭り。

「あるもん、ちゃんと。見る?」

「毎朝見てるからいい」

「いや、ちゃんと見たことはないでしょう」

「あるぞ。お前が小学4年生くらいまでは一緒に風呂に入ってたじゃないか」

「いつの話ですかあ、それはあ」

「6年くらい前かな。まあ大して変わらないよ」

泰造は、心の中で頭を抱えた。

(さすがにこれは怒るか?)

父の予想通りか、いやそれ以上か。紛然とした様子の娘は、おもむろに薄手のセーターを脱ぐと、次はブラウスのボタンに手をかける。

「ちょ、ちょっと待て」

「いやあ、待たない。だって信じてくれないんだもん」

怒り心頭といった感じだ。

「小学4年生と変わらないといわれて黙っていたら、女子高生のコケンに関わる!」

ボタンはもう半分以上が外れてしまっている。

なんだ、意外と難しい言葉も知っているんだな、などと今はどうでもいいことに感心しながら

「分かった、それはおれが悪かった。お前はある。ちゃんとある」

「どれくらいあるの?」

「そりゃあもう、立派にある。うん、実に立派にある。な、これで許してくれ。いや、本当に申し訳ない。お前はもはや立派なレディーだ」

「分かっているのなら、それでよろしい」

手を止めて、落ち着きをみせてきたほのか。ようやく泰造は胸をなでおろす。

いやはや、妙な汗をかいてしまった。


「ということで、話は戻りますが、マスター」

戻さなくて全然いいのに、と思いながらも

「うん、はい」

「わたしのアイディア、どうでしょう、マスター」

「はい。予算等を考慮し、検討に入ってまいるように善処いたします」

「えーっ、すぐに採用してくださいよ~、マスター」

「検討するように努めてまいる準備をしてまいります」

「なんだあ、その準備って。要するにやる気はないということじゃん」

「いやあ、そんなことはないぞ。貴重なご意見を拝聴させていただきました」

ここでまた、新人ウエイトレスがへそを曲げてしまったらたまったものではない。

だが当人はまだ納得いかない様子だ。ここは話を別にそらさなければ。

「まあまずは店の施設やサービスについて一通り説明しておきたいんだがな」

腕を組んでいる新人さんの返事はない。

仕方がない。ここはそれなりにまともな回答をしなくては。

「分かったよ。あたらしい制服についてはまた改めて相談させてくれ」

「本当に検討してくれるの?」

まだ訝しんでいるようだ。

「ああもちろん。店をなにか変えていこうとは思っていたから、制服を変えるというのはいいアイディアかもしれない」

「約束だよ?」

「ああ、約束する。検討は真剣にしてみるよ」

どこぞのファミレスじゃあるまいし、娘に色気丸出しみたいな恰好をさせるつもりは毛頭なかった。そもそもそんなことをしてしまったら、店の雰囲気を根本から損ねてしまう。だが、制服そのものを変えるということは、いいアイディアかもしれないと思っていた。

笑顔になったほのかは、泰造が説明しだした店内施設などについて、メモをとりながら耳を傾け始めた。



<作者自己紹介>

ペンネーム:あむろ遼太郎

東京都出身。だが、人生の半分を地方都市でくらす。舞台のモデルとなっている都市に数週間前に移住してきた。街のどこに行っても素敵なところばかりで、できれば定住したいと考えている。

周囲の人をだまくらかして、上手くリレー小説をはじめさせることに成功した首謀者。

ほのかがこのあと、どのような展開の中でどのような経験をしていくのか。

気になって仕方がない、おそらくはこの物語の一番の読者(?)。

趣味は将棋と街あるき。今年はなんとしてでもダイエットをせねばと、泰造の経営戦略なみに真剣に思っている。





第2話 ほのかのお客様


一通り説明が終わって・・・

ほのかは、父の拘りに「さすが!」と感心するばかりだった。16年間、、、と言っても記憶にあるのは10年そこそこではあるが、一緒に生活していて、泰造の音楽好き、珈琲好きはそれとなく知っていたが、ここまで拘りがあるとは全く知りえない姿であった。

改めて尊敬し、彼の思いを何としてでも沢山のお客様に届けなければならないという妙な使命感を覚えたのであった。

しかしながら、3年もやっていて一日5人のお客様しか来ないとはどういうことなんだろう?と不思議に思ったほのかは、

「ねぇ、ねぇ、マスター・・・・、あっ、マスターさん」

「”さん”はいらないから」

「はい。」「どうしてお店が繁盛しないか?考えたことありますか?」

とストレートに聞いた。

痛いところをいきなり付かれた泰造は、言葉につまりながらも

「それはだなぁ、客が音楽の良さを出来ないんだなぁ。それから、本物の珈琲の味がわからない。それから・・・観光客がそもそも少ないのが問題だ!」

「うーん、じゃ、マスターはお客様が悪い!って思ってるんですか?」

と、またまた鋭い指摘。

ま、ここは議論しても解決策がないと思った泰造は、

「まぁまぁ、また改めて考えることにします。」

と話を打ち切った。


ほのかは、これはどうやら制服を”わたしらしく”するだけでは解決しない問題かと思いながらも、かわいい制服を楽しみにするのであった。



泰造の喫茶店は、桜山市がヤマザクラの名所として全面的にアピールしている地域へのアクセスの拠点となる駅近くにある。

桜の咲く時期には、約1か月間に2万人ほどの観光客が訪れるので、それなりにお客様は入るのだが、桜が終わればさっぱりなのである。通年、何かしらの観光で賑わうことが町の課題でもあった。



今日は3月最後の金曜日、今年は例年より寒く2月には雪が積もったり、朝零下になることも多く、桜の開花も遅くなるようだが、町は桜の開花を待ってましたと言わんばかりに盛り上がりをみせている。泰造の喫茶店はジャズやクラシックが流れる店ではあるが、桜の季節には桜にちなんだ音楽を選曲してかけるようにしている。

「ほのかさん、桜をテーマとした曲をリストアップしてもらえませんか?」

「はい、わかりました。でも、ジャズとか知らないし・・・」

「いやいや、ジャズでなくていいんだよ」

「なんか、あるだろ、ほら、、、aikoとか、スピッツとか」

「へぇ、マスターも若者の曲を知ってるんですね」

「そりゃ、ヒット曲くらいは、ちゃんと把握してるよ」

「そんな曲でもいいのなら、いくらでもリストアップします」


・AKB48「桜の栞」 https://www.youtube.com/watch?v=lhEK1mxOm-I

・AKB48「10年桜」 https://www.youtube.com/watch?v=4qviPle13tY

・いきものがたり「Sakura」 https://www.youtube.com/watch?v=7_UW6acbdyU

・河口恭吾「桜」 https://www.youtube.com/watch?v=7kZNdnv_haM

・コブクロ「桜」 https://www.youtube.com/watch?v=ThVqGIry-u8

・アンジェラ・アキ「サクラ色」 https://www.youtube.com/watch?v=esswWGVQe4s

・aiko 「桜の時」 https://www.youtube.com/watch?v=StC-yzxqOLs

・スピッツ「チェリー」 https://www.youtube.com/watch?v=Eze6-eHmtJg

・中島美嘉「桜色舞うころ」 https://www.youtube.com/watch?v=P1zg-7Pn17M

・FUNKY MONKEY BABYS 「桜」 https://www.youtube.com/watch?v=YXr7rFL9pv4

・宇多田ヒカル「SAKURAドロップス」 https://www.youtube.com/watch?v=jYDM0sYfqnM

・ケツメイシ「さくら」 https://www.youtube.com/watch?v=D5pyfRSyDhU

・スキマスイッチ「桜夜風」 https://www.youtube.com/watch?v=dIH65a66VSQ

・YUI「CHE.R.RY」 https://www.youtube.com/watch?v=qh9Vwj1MgtE

・Every Little Thing 「サクラビト」 https://www.youtube.com/watch?v=xh1JZjFMqLs

・西野カナ「SAKURA. I love you ?」 https://www.youtube.com/watch?v=OmZAPYX4V6Q

・Janne Da Arc「桜」 https://www.youtube.com/watch?v=dZBmi37Y8xg

・大塚愛「さくらんぼ」 https://www.youtube.com/watch?v=eGHDrlvypWg

・エレファントカシマシ「桜の花、舞い上がる道を」 https://www.youtube.com/watch?v=fa-MBPOeQbM


と、ほのかは次々に桜をテーマとした楽曲をあげていった。

桜の思い出と共に歌い上げる曲は、どれも感動的で人の心を打つものである。

また、桜が舞い散る映像は、満開に咲いていた桜の花びらが一枚づつ散っていく姿に、人生の儚ささえ感じ、心を打つものである。それは日本人のDNAがそうさせているのか?“人”であれば誰もがそうなのか?桜が織りなす風景を毎年愛でることができる日本に生まれたことに感謝すると共に、特別な思いを持っている。


あのバイオリンとギターのデュオ Jusqua Grand-pereジュスカ・グランペールが吉野のシロヤマサクラをイメージして書き下ろした曲『夢桜』を聴いて、泰造は物思いにふけるのであった。

     ジュスカ・グランペール「夢桜」

     https://www.jusqua.com/movie


泰造がいくつの頃だったのだろう? ヤマザクラを背景に手を振りながら小さくなっていく父の姿が目に焼き付いている。それ以来・・・、

父の存在のことは聞かされていない。どこへ行ってしまったのか?

まぁ、父がいなくても、こうやって立派に育っている自分がいて、かわいい娘と一緒に生活していることに何の不安や疑問もないかと言えば嘘になるが、まぁまぁ満足している。

人生なんて、なるようにしかならないし、好きなことを精一杯やっていれば、それはそれでいいのだと思いながら、どこかに小さな記憶の父を追い求めている自分がいることに、薄々感じているのであった。



ほのかが桜の曲をちょうどリストアップし終わった時、“カランカラン”とドアの開く音がして、一人のカメラマンらしき風貌の男が入って来た。

「店、やってますか?」

「はい。どうぞ」とほのか。ほのかにとっては初めてのお客様である。

「こちらの陽当たりのいいお席はいかがですか?」

「あ、ありがとうございます」

と、男は礼儀正しくお辞儀をして、ほのかが指した席に着いた。

メニューと水をテーブルに運んだほのかは、

「お客様、当店のコーヒーはマスターが厳選したコーヒー豆を使っていますので、とても美味しいです。スィーツは、地元のフルーツを使った”いちごタルト”や”いちじくのタルト”、柚子のシフォンケーキなどをご用意しています。いちごは甘くて粒の大きな”いばらキッス”、いちじくは門毛という所で作っています。柚は里山のあちらこちらになってるんですよ。いかがでしょうか?」

と、一生懸命泰造ご自慢のメニューを説明するのだった。

「へぇ、美味しそうだなぁ。地元のフルーツでお菓子を作っているんですね。じゃあ、お店のオリジナルブレンドと、、、柚子のシフォンケーキをください」

「ありがとうございます。少々お待ちください」

ほのかは得意げに

「オリジナルブレンドと柚のシフォンケーキ、お願いします」

と泰造に伝えた後、またお客様の所にやってきて話しかけた。

「お客様はカメラマンさんなんですか?」

「はい。ちょっと頼まれたことがあって、撮影に良い場所を探しているんです。あ、そうだ、君なら知ってるかも知れないね。もし分かったら教えてもらえますか?」

「私で分かることでしたら」

「大きな枝垂桜、しかも背景に古民家があるような場所。電線とかもなくて、そう、、、君のような高校生が似合う場所!  あるかなぁ?」

「この辺りは、吉野のようなヤマザクラが見れる場所があると聞いたんだけど、なんかそんな山が背景にあって、枝垂桜が風に揺れているような、可憐で爽やかな場所で撮影したいんです。」

「??? そんな場所あったかなぁ? 私達って、桜は毎年見てるけど、そんな目で見てないから、ただ桜が綺麗ねって思ってるだけで、改めて具体的にそんな場所って聞かれてもすぐには思い出せない・・・。 今度探しておきます、、か、マスターが知っているかもしれないわ」

そう言って、泰造に助けを求めた。


「実は、私の実家は桜が咲く里山にあるので、もしよろしければご案内しましょうか?

どんな場所が撮影に合うのか分からないですが、何か所か思い当たる場所があるので、ご案内しますよ。今日は、もうこの時間ですから、また来れる時に来てください。」

「ええぇ、いいんですか?」

「はい。喜んで。 今年は桜の開花が遅れているようですので、そうだなぁ、あと10日くらい後が良いかも知れません。来れますか?」

「もちろん! マスターのご都合の良い日に合わせて、また来ます」

2人は、それぞれのスケジュール帳をあけて予定を確認しあい、次回会う日程を決めたのだが、まるで学校帰りに秘密基地で集合する少年たちの様に、目を輝かせているのだった。

ほのかは、そんな二人を見て唖然としながらも、そこまで大の男が嬉しそうにしているのだから、桜の風景が素晴らしいのに違いないと思い、一人で桜を見に行ってみようと密かに思うのであった。




<作者自己紹介>

ペンネーム:奈桜

残りの人生を「桜と共に生きる」と決め、桜の仕事がしたいという思いで桜川市に地域おこし協力隊としてやってきました。

2016年の春、今までの人生を振り返り、精一杯生きて来たものの、何一つ確立できたものがないことに気づき、自分のブランドを創ろうと決心し、アパレルブランドを大手企業で立ち上げてきたKiyotaka氏に師事しました。特別ではない ”日本の日常の美” を伝えて行きたいという思いで、日本人の生活に根付いてきた桜を取り上げ『奈桜』というブランドを創り上げました。

まずは女性がイキイキと輝いていることが幸せの秘訣と、女性には必須アイテムのコスメ(美容液と化粧水)を『奈桜』というブランドの下、クラウドファンディングで皆様の応援をいただきながら開発しました。

また、「さくらアライアンスプロジェクト」を立ち上げ、桜に関わる様々な事業を結びつける仕組みを作り、日本の桜産業に貢献して参ります。

『ほのか純情物語』では、桜山市を舞台にしたストーリーを展開させ、桜の素晴らしさを多くの方々に伝え、その舞台となる実在の桜川市が『桜の聖地』となりますよう尽力して参ります。



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