7.御幸、性犯罪者になる
「「「えぇぇぇぇぇぇっ?!!」」」
転校生さん改め相川さんが放った衝撃発言で、ややあって沈黙から解放された一年教室はすぐさま騒乱の坩堝と成り果てた。
ある者は思わず立ち上がりかけ、またある者は椅子ごと後ろに仰け反る。かく言う俺も、表面上はクラスメイト達からの好奇の視線に辟易する風を装いながら、内心では最早オーバーリアクションで表現できるレベルを超えて驚愕していた。
(う、嘘だろ? あの転校生さんが俺と同姓同名って……いや、“ゆき”の部分は違うみたいだけど……)
とは言え、メタボコンビが相川さんの名前を頑なに伏せ続けてきた理由を真面目に考えれば、こうした事態も想定できなくはなかったのかもしれない。
キラキラネームだから過剰反応するなと言いたかったならむしろ事前に勧告していただろうし、逆に大勢の前でネタにするつもりだったというのも加藤の性格上有り得る話ではない。
加えて決め手となっていたのは、俺が自己紹介をした時に相川さんが見せた反応。
『相川、御幸……本当にそれが、あなたの名前なの……?』
その言葉が脳裏に蘇ったのと同時に、真っ白なグラウンドで二人向かい合っていた時の情景が去来する。
(そっか、あの時は相川さんもびっくりしてたんだな……)
いち早く顔見知りになった転校生が自分と同じ名前だったという、ジュブナイルでもそうそう類を見ない稀有なシチュエーション。
“アイカワミユキ”という読みが被る事自体なら、さほど珍しくはないかもしれないが、こういったある種運命的なボーイミーツガールに密かに憧憬を抱いていた分、俺がその当事者になれたという驚きは並大抵のものではなかった。
「んふふふ、皆さん驚いてますねぇ。えー、では相川さん? 早速ですが、席はどの辺をご所望ですか? まぁえーと、滞在する期間が期間ですし、あー、出来る限りは君の意志を尊重しますが……」
そして、この状況を作り出した元凶たる加藤は、俺達が期待通りの反応をしてくれたことにすっかり気を良くしたようだった。
サプライズが成功したから後はもう満足だとでも言うように、喜色満面で相川さんに席位置の希望を伺う。
と、
「ちょーっと待ったァ!!」
つと、俺の後ろ側の席から不満の声が上がり、他のクラスメイト達の空騒ぎが止む。
振り返って見ると、先程も一番うるさかったアホの良がガタッと立ち上がり、意気揚々と何やら喚き始めた。
「御雪さん、そりゃあんまりだぜ。ほら、これから皆と友達になんのに、名前だけ言ってハイヨロシクってのは寂しくね?」
ほう、アホにしては中々真っ当な事をほざきやがる。確かに、相川さんに関してはまだ名前しか判明してないし、個人的な趣味嗜好とかにも触れさせてもらった方が皆も取っ付きやすくなるだろう。
それを聞いて、加藤も思い返したように「ここは一つ」と促す。
しかし。
「…………」
当の相川さんは、特に興味の無い子供向け番組でも眺めているような無表情で、じっとアホのアホ面を凝視するのみだった。
「あ、オレの名前さ、矢島良ってんだ! 小学校までは野球部のセンターで、今年からは吹部でドラムとかやってんだけど……あーいやいや、今はオレの話がしたいんじゃなくって」
「……………………」
「いやさぁ、二週間だけっつっても、お互い同じ教室で青春する仲間っしょ? オレら御雪さんと仲良くなりたいし、御雪さんの事色々教えてほしーんだ、な?」
「………………………………」
「だ、だからあの、趣味とか特技とか言ってくれたら嬉しいなーなんつって……アハハ……」
「ない」
「へっ?」
「趣味も……誇れることも、何もない」
せっかくの友好的な質問をさらりとはね除け、力なく着席したアホのみならず、教室にいる全員をも重苦しい沈黙に叩き落とす相川さん。
と、ここですっかり空気と化していた坂本が口を開いた。
「じゃーあ、相川サーンの自慢の持ちネタでもいいデスヨ? 一発芸とか、面白い出し物とか」
そっちのがハードル高くないか?
という俺の疑問さえはね除けて、何かしら話さないと席を選ばせてすらもらえないと悟ったらしい相川さんは、教壇の脇を離れてスタスタ歩き出し、俺の席の正面で立ち止まった。
「……あーっ……」
わざとらしい感嘆の声を上げ、のろのろと俺を指差す。
な、何だ? 助けてほしいなら協力はするけど、生憎と俺に笑いのセンスは————————
「……今朝の、パンツ覗き魔」
「ちょーっと待ったァ!!?」
今度は、俺が勢い良く立ち上がる番だった。
「いやどういうつもりだよ相川さん!?」
「御雪でいい」
「じゃあ御雪さん!! 持ちネタ披露しろって言われたのに、なんで俺が絡んだ事実無根の作り話を」
「御雪でいい」
「じゃあ御雪ィィイイ!!! 仮にも命の恩人に向かって……」
「ほほう。つまり、命の恩人という立場を笠に着てセクハラに及んだ訳だな」
「こ、康介?! おまっ、人をおちょくるにもタイミングってもんが……!」
必死に抗弁するも時既に遅し。康介の余計な一言で完全なる真顔になったひかりを始めとし、周辺の同級生達が机ごと俺から離れていく。
マズい、誰か味方になってくれそうな人はいないのか? 康介は前言を撤回する様子もなく素知らぬ顔でそっぽを向いてるし、悠斗は机に顔を伏せて大爆笑してるし、アホは嫉妬の眼差しがただただうざったい。
で、他にはドン引きしてる約半数を除けばクスクス笑ってるのがもう半数くらいと、あと一人だけ普通に赤面してわたわたしてるのは……ん、待てよ?
(……笑い? 皆のうち半分が、笑ってる?)
あ、なーるほど。今のやりとりが《面白い出し物》という条件を満たし、結果自分は席にありつけるようになったと。いやー大したもんだ、御雪さんは頭が回る上に高度なユーモアセンスをお持ちで……
「ってなる訳ねぇだろあんまりだぁぁあああ!!」
頭を抱えて仰け反ったのち、孤島と化した机に拳を打ち付けて、項垂れる。
「お願いします……後生だから、俺の無実を証明して下さい……」
すると御雪さんは、分かっていると言うようにこくこくと素早く頷き、
「ミユキは……私に変なこと、してない」
「で、でしょ……? 普通に自己紹介しただけだし……」
「そう。ミユキに……おっきいの差し出されて、握っただけ……」
「いや待ってそれ握手のことだよね? え、もしかしてさっきのネタまだ続いてる?」
「……? それは、どういう……? あっ、そのあと……」
自分がいかに凄まじい台詞を口走ったかをまるで理解していない様子で、かくりと首を傾げる相川さん。
それから一呼吸置いて彼女が投下したのは、多感な中学生にますます甚大なインパクトをもたらす超弩級の核弾頭だった。
「……濃くて熱いの……いっぱい飲んだ……」
こうして、朝から《誘拐未遂犯》として学校中で語り草になっていた俺は、助けた美少女の手によって晴れて《性犯罪者》へとランクアップを果たしたのであった。




