ホタル軍第三部隊、A-2作戦展開せよ!(卅と一夜の短篇 第16回)
一匹のホタルが蜘蛛の巣に引っかかっていた。ベタベタとする粘着質な糸に身を封じられ、パニックを起こしているようだ。気を動転させて尻をピカピカ光らせていた。
ホタル界での大手新聞に「ホタル日報」というものがある。蜘蛛の巣マップや飛行注意情報なども記載してあり、働くホタルたちにはよく読まれている新聞だった。しかし先のホタルが引っかかった場所は蜘蛛の巣マップには載っていなかった。このホタルは何も知らずに飛行し、不運にも引っかかってしまったのだった。捕らわれたホタルは必死にもがく。しかし、もがけばもがくほど蜘蛛の糸はその身に絡みつくのだった。
蜘蛛の糸は有能だ。獲物を捕らえ、その振動で「捕獲」の合図を家主に送る。非力な虫は捕まったが最後、もうなす術はなかった。ホタルはピカピカ尻を光らせた。もしかしたら誰か気づいて助けに来てくれるかもしれない。なんとしても逃げたいホタルは、必死に尻を光らせた。しかしその光は、虚しく夜の草はらを照らしただけだった。
ホタルが諦めかけたその時、二匹のホタルが助けに参じた。粘着質な糸を避け、周囲を監視しつつ、素早く的確にホタルを救出する。なんと見事な腕前。こういう不測の事態のために特殊訓練されたホタルたち。ホタル救出部隊の隊員だった。
両脇を隊員に支えられて蜘蛛の巣から急いで離れた。こうして無事、一匹のホタルは一命を取りとめたのだった。
◇
「近々、人間がホタル乱獲の準備を始めるようだ」
この衝撃的な情報がホタル界に波紋を呼んだ。ホタル史において、人間の存在は天災と同じくらい脅威的なものだった。乱獲、虐殺、売買。考えるだけでも身の毛がよだつ。
有事が近いのであれば、多くのホタルたちに対して注意を促さなければいけない。それだけでは対処しきれないだろうと、一部のホタルはさらに危機感を募らせた。そこで、現存するホタル救出部隊の規模を大きくして、ホタル軍隊を作ろうとの案が出た。軍の設立には概ね賛同が得られたものの、議論は絶えなかった。一番の論点は軍隊はどこまで武装するべきかかだった。軍隊設立はあくまでホタルたちを守る事を目的としている。攻撃手段が多いほど守備力も総じて上がるが、過度な武装は他の虫との軋轢を生む。そのバランスが難しかった。
「我々もスズメバチのように毒針を装備するべきだ! 強い攻撃手段を持ってこそ、最大限に自衛を高めることが出来る。我々が毒を持っている事を人間に知らせれば、あやつらはむやみに我々を捕獲することはない。攻撃されてから身を守るのではない! 『そもそも攻撃させない』環境が必要だ!」
この意見には、多くの反対意見がでた。というのも、ハチや蜘蛛を始め、毒を持つ恐ろしい虫たちに、多くのホタルが被害にあっていたからだ。家族や仲間を毒で亡くしたホタルたつは、悲しさや虚しさがこみ上げ、この意見に賛同できなかった。
確かに毒針は強力な武器だ。人間はおろか、他の虫や動物を抑制する力を持つことが出来る。しかし、基本的にホタルは争いを好まぬ平和的な虫であった。しっとりとした初夏の夜空に、幻想的な光を灯すことを誇りとしていた。世にはいろんな虫がいるが、尻を光らす虫なんぞそう多くはない。オスたちはその自慢の尻をピカピカと光らせ、優雅に空を舞い、メスたちを魅了した。他の虫にはない、素晴らしい文化だった。それゆえに、人間やほかの虫から標的にされることが多々あった。様々な苦汁を舐めた。つらかった。世に絶望したこともあった。……だからこそ、ホタルはそのような存在になりたくなかった。
これはホタルの美点であり、そして最大の弱点でもあった。人間からしたらホタルがどんな考えを持ってていようと関係ない。毒を持った危険な虫なら近づかないし、美しい虫なら何十匹でも捕まえる。「こちらが攻撃しないのだから、相手も攻撃しないだろう」は通用しない。そのものにとって、有益かそうでないかで対応が変わるのだ。
利用すると有益で、かつ相手が抵抗しないのなら。
どういう事になるか想像してほしい。
◇
毒針武装をせず、どうやったら非力なホタル達を守ることができるのだろうか。様々な知恵を出し合っていった。そうしている間にも時間は刻々と過ぎていく。
「安全に誘導すると見せかけて、本当は人間に我々ホタルを引き渡すつもりではないか?」
「もしかして他の虫と戦争するつもり!? この虫殺し!!」
前述したとおり、ホタルが平和を好む虫であっても、全てのホタルがそうだとは限らない。なかには変なホタルだっている。あくまで、平和的なホタルが多いというだけだ。極少数だが他の肉食の虫と密かにつながっているホタルだっている。
「ホタル軍隊だと? 余計なことを……」
このあくどいホタルは裏で蜘蛛とつながっており、定期的に何も知らぬホタルを蜘蛛の巣へ送り込むことによって自身の安全と、報酬を手に入れていた。ただでさえ最近のホタル救出部隊には蜘蛛側から非難の声が上がっている。軍隊など結成されたら、さらに蜘蛛の恐ろしい矛先が自分に向くだろう。もしかしたら自分が殺されるかもしれない。ホタル軍隊を結成させるわけにはいかない。
あくどいホタルは蜘蛛によって得られた富のおかげで発言力が大きかった。新聞や放送局へ、巨大なコネを持っていたのだ。そして忠実な仲間も大勢いた。
「現在準備が進められているホタル軍隊は本当に必要なのか? 人間襲撃の情報はデマではないのか? 我々ホタルをだまして、もっと恐ろしいことをしようとしているのではないか?」
「自衛のためのホタル軍隊と言っているが、本当は侵略目的ではないか。我々ホタルと領地争いしている他の虫に軍隊をしかければ、他の虫だって黙ってない。報復だって充分にありえる。多くのホタルが死ぬことになる。だとしたら、我々が今享受している安全で平和な暮らしは、軍隊によって壊されることになるのだ!」
「目を覚ませ! 平和ボケしたホタルたち! 軍隊は、我々ホタルを破滅へ導いている!」
彼らは連日このようなことを、ホタル日報で、街頭演説で、ホタル放送で発信しつづけた。軍隊の設立を発表したホタルを集中的に非難した。全てはあのあくどいホタルの保身のためだ。
軍隊支持派は応戦したが、遅かった。
「そんな嘘、誰が信じるものか」
「みな、ちゃんと真実が分かっている。ほっといてよい」
有識なホタルたちはそう考えていたので、当初反対派の意見がでても放ったのだ。このままではマズい。そう気づいた時には遅かった。結果、多くのホタルが騙され、反対派の意見を鵜呑みにしたのだ。真実であろうとなかろうと声がでかい方が勝つ。嘘でも言い続ければ真実になる。このような誠に恐ろしいものがまかり通った瞬間だった。
世論はホタル軍隊排除派が多数を占め、ついにホタル軍隊は日の目を見ることなく解体された。世論の矛先はホタル救出部隊にも向けられ、規模の縮小を余儀なくされた。
「虫殺しは出て行け!」
中には心ない言葉で、隊員を誹謗するものもあった。ホタルを守るために結成された部隊だったはずが、どうしてこうなったのか。隊員は悔しさに震えた。そしてそのうち、彼らを見かける事はなくなった。
あくどいホタルはほくそ笑んだ。今日も今日とて富を増やし仲間を増やし、そして、何も知らないマヌケなホタルを、蜘蛛の元へと届けていたのであった。
◇
ある日の夜、ホタルたちを恐怖のどん底に落とす事態が発生した。
人間の襲撃だった。
大勢の人間の子どもが、巨大な虫取り網を持って、ホタルの居住区に近づいてきたのだ。彼らは無邪気な笑顔でホタルたちを追いかけ始めた。その背後には保護者と思われる人間が数多く控えている。人間たちは自分の子供が安全に、かつホタルを大量に捕獲できるように見守っているのだ。恐ろしいことに虫かごもたくさん用意されていた。
ホタルたちは絶句した。人間襲撃のウワサはデマじゃなかったのか? 身の安全のために軍隊や、救助部隊に反対したのに、私たちのやったことはいったいなんだったんだ? ホタルたちはパニックになった。みな右往左往し、恐怖のあまり尻をやたらめったら光らせた。人間の子供たちは、そんな愚かなホタルたちを捕まえようと網を振り回す。
「ぼけっとすんな若造! あぶねぇっ!」
今にも網で捕られそうな若いホタルを体当たりで吹っ飛ばしたのは、年老いたホタルだった。年老いたホタルはそのまま人間に捕まってしまった。
「おやっさん! なに無茶してんだよ! 今助けてやっから待ってろ!」
「……ワシはもう長くないからな、人間につかまったところで痛くもかゆくもない。そんな顔すんな。お前は生き延びて、きれいな嫁さんもらって、子どもをじゃんじゃん作れ。子どもは可愛いぞ。……ほら、逃げろ」
「おやっさん!」
大きな人間を前に、ホタルは情けなくも尻を光らせ逃げ惑うことしかできなかった。闇夜に浮かぶ光ったホタルなぞ、人間の格好の餌食だ。もし軍隊が整備されていたら少しはちがったかもしれない。だけどそんなものはない。民意で、軍を取り壊してしまったのだから。それが正しいことだと思っていた。そっちの方が多くのホタルを救えると思っていた。
ホタルたちが今更あーだこーだ考えても事態はまってくれない。人間の子供がたのしげに捕獲網を振り回している。誰も彼もが絶望し始めたその時だった。
「尻の光を消せ―っ!!」
逃げ惑うホタルたちを一喝する、大きな声が辺りに響いた。
「みんな、だいじょうぶだ! 落ち着いて尻を消せ!」
「尻の光がなければ、人間たちはホタルを見つけられない。落ちついて尻を消すんだ!」
そう声をかけていたのは、かつて軍隊の設立を提起したホタルだった。空に散り散りに舞うホタルたちへも「尻を消せ」と声をかけるホタルたちがいた。みなその光景が信じられなかった。それは自分達が非難して、弾劾して、不当に名誉を貶めたあの元ホタル軍隊の人たちだったのだ。
「どうして……どうしてあなたたちが……?」
不安におびえるホタルは彼らに問いかけた。まさか自分たちに復讐しに来たのではあるまいか。すると、隊長らしき虫がにこりと笑いかけてくれた。とてもたくましくて、さわやかなホタルだ。
「我々は、ただホタルの平和を守りたいだけです」
実は一度解体されたホタル軍は、密かに有志をつのって地下で再結成されていた。きたる有事にそなえていたのだ。もちろん、多くのホタルが反対派の意見に辟易して離れていった。それでもいたのだ。ホタルを守りたいと誠に思うものたちが。
「第一部隊! ホタルたちを避難所まで安全に誘導せよ! さあ皆さん、あの赤い鉢巻をしたホタルたちについていてください。冷静に、落ち着いて。」
「第二部隊! 全ホタルの尻消灯を確認ののち、A-1作戦を展開せよ! ススキ、川辺、蜘蛛の巣周辺など人間が手を出しにくい場所に配置後、尻をスクランブル発光! 人間をおびき寄せ避難区域から遠ざけろ!」
「第三部隊! A-2作戦展開せよ! 捨て身覚悟で人間の頬や首筋に張り付き、ホタルへの嫌悪感を増長させろ! いいか、必ず生きて戻ってこいっ!」
「第四部隊! 五匹一チームで可能な限り人間に拘束されたホタルの救出に迎え!」
「第五部隊! 各地に散って被害状況の確認をせよ! また、はぐれたホタルの救助、及び他の虫への注意喚起を行え!」
「イエッサーッ!」
訓練のたまものなのか、統率のとれた見事な動きだった。パニックを起こし逃げ回っていたホタルたちに尻を消灯させ、一か所に集めた。そして第一部隊の誘導のもと、何班かに分かれ、人間の手の届かない場所へと避難していった。なかには「私の夫が捕まったんです!」「俺の代わりにおやっさんが!」と、他のホタルの救助をもとめるものもいた。
人間撹乱作戦は順次決行された。現場の士気は高い。しかし人間にとらわれたホタルの救出は困難を極めた。頑丈に閉められた虫かごのふたが開かないのだ。救出中に人間にみつかり、逃げ遅れた救助隊三匹のホタルが新たに捕まった。
◇
一方、避難所に向かうホタルにも魔の手がしのびよっていた。蜘蛛と組んでいる裏切り者のホタル一派が、この機に乗じて毒牙をかけようとしていたのだ。部隊の目を盗んで、不安そうなホタルたちに声をかける。
「軍隊なんて信用したらいかんぞ! こっちにいい隠れ家があるんじゃ! 俺についてこい!」
草むらのかげから手をふる汚れたホタルの姿があった。
この機に及んで、なんという言い草。しかし、ホタルたちの中からいくらかはそちらに行ってしまった。怪しい奴の後につづくホタルたち。当たり前だが、それは罠だった。暗闇のなか巧妙に貼り巡られた粘着質な糸に、次々とホタルが引っかかっていった。
「あーはっは! ほんと馬鹿だねえお前ら! 簡単にだまされちまう!」
捕らわれたホタルたちはその言葉を聞いても冷静だった。それどころか違いに目配せをし、なにか無言のやりとりをしている。
「なんだなんだ、マヌケなホタル! 怖くて声も出ないか。安心しろ、この後は蜘蛛の旦那がお前らを美味しく頂いてくれるよ!」
この言葉を聞くや否や、糸に捕らわれていたはずのホタルたちがいっせいに動き出した。そして先ほどからホタルたちを馬鹿にしていた小汚い奴を、逆に糸でグルグル巻きにしてしまった。
「なんだっ!? ふざけんなこのアホども! 離せオラァーっ!」
「我々はあなた方を監視していました。同族売買罪により、現行犯で逮捕します」
◇
作戦開始から三十分経過したころ、人間たちが撤収の動きを見せはじめた。
軍の奮闘あって、たくさんのホタルが無事に逃げおおせた。しかし、軍が到着する前に捕まったホタルが多数いた。第四部隊が救助を試みるも、人間の作った虫かごの守りは鉄壁で、中に入ったものたちの救助は出来なかった。部隊は涙をのんで帰還した。彼らを責めるホタルは誰一匹いなかった。
人間の親が子供に「もう帰ろうか」と呼びかけている。それを聞いたひとりの子どもが、母親に捕まえたホタルを自慢げに見せつけた。
「ホタル、つかまえたよ! ママ、このホタルは家に持ってかえってもいいでしょ?」
子どもは瞳をキラキラさせている。ホタルを捕虜に出来たことを誇らしく思っているのだろう。母親は困ったような顔をしていた。
「あんなちゃん、ホタルさんはここで返してあげよう」
「ええーー、どうして? せっかく捕まえたのに!」
「このホタルさんだって、家族がいるかもしれないわ。あんなちゃんはママと離ればなれになったらイヤでしょう? このホタルさんだってそうよ?」
人間の言い分に、ホタル側が驚いた。こどもは頬をふくらませて不服そうにしている。
「それにね、ホタルさんは人間より生きる時間がとっても短いの。連れて帰っても、たぶんすぐに死んじゃうわ。それはかわいそうでしょ? 」
「……」
「あんなちゃん?」
「……わかった。ホタルおうちに帰してあげる」
「そう。あんなちゃん、えらいわね」
あんなちゃんと呼ばれた子供は、虫かごをあけて、中に入っていた二匹のホタルを野に放した。その光景をみていた何組かの親子も、同じように、ホタルたちを解放した。
奇跡が起こったのだ。
ただちに部隊がかけより、捕らわれていたホタルたちを避難所につれていった。なかには足が折れていたものもいたが、避難所で家族との再会を果たすと、隊員に「ありがとう、ありがとう」と涙を流して何度もお礼を言っていた。
しかし、全てのホタルが解放されたわけではなかった。不当に拘束されているホタルは五匹。人間が撤収する際、彼らも連れていかれてしまったのだ。一時は彼ら全員の死を覚悟した。が、幸運にも第四部隊を含む計四匹のホタルは、なんとか脱出に成功し、事件から数時間後に無事帰還を果たしたのだった。彼らはボロボロだった。だが部隊もその家族も、涙を流して再会の喜びを分かち合った。
ただ一匹だけが、戻ってこられなかった。
若いホタルの代わりに捕まった、おやっさんホタルだった。行方を追っていたが、長い時間が経ち、捜査は打ち切られた。きっとおやっさんは、捕虜のままその命を終えたのだろう。
事件後。正式に発足したホタル軍隊に、一匹の若者の姿があった。おやっさんが守ったあの若いホタルだった。彼は第四部隊という人間やほかの虫に捕まったホタルの救出部隊の隊長にまで上り詰めた。彼は誰よりも多くのホタルを救った。おやっさんへの償いもあるのだろう。その彼はかわいい奥さんをもらい、大勢の子供に囲まれたそうだ。




