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ハルサキ

作者: 織子

ひたすらに旦那さんが寂しがる短編です。

「どうでしょうか? 似合いますか?」

彼女は着物の袖をヒラヒラとさせ、うふふと笑った。


せっかくの成人式なんだから振り袖を着ていけばいいのに、彼女が借りたのは桜色の留め袖だった。

そのことを言うと、だって、と彼女は微笑む。

「だって、振り袖は未婚の女の子が着る服ですよ。

私はもうあなたのお嫁さんなんですから。


嬉しいの。あなたのおかげで着れる留め袖なんですから。」


微笑む彼女はとても、とても綺麗だった。


**

あっ、と言って彼女は手のひらを天へ向ける。



「雪…」

「ですね。 酷くならないうちに行ってきます。

それにしても… ハルさん、本当に大丈夫ですか?」

彼女は明日の成人式のために、二日間家を空けるのだ。

「おいおい、見くびらないでくれよ。 これでも大学時代は一人暮らしだったんだから。二日間くらい何ともないさ。」

そう言ってもひたすら僕の事を心配する彼女に苦笑したが、そんな彼女だからこそ愛おしかった。




「ほらほら、そろそろ行かないと電車遅れるよ。」


「あら、大変

じゃあ行ってきます。


冷蔵庫に私がいない間のご飯入ってますから、ちゃんと食べて下さいね。

それから、火の元には気をつけて下さい。

えっとそれから…」

「はいはい、分かったから行ってらっしゃい。

気をつけて行ってきてよ。」

「はい、行ってきます。また連絡しますから。」

そう言って彼女はドアの向こうに消えた。

キャリーバッグの車輪の音が遠ざかっていく。

そしてその音が聞こえなくなると、無性に寂しくなった。

部屋が広くなったようだ。


冷蔵庫を開けると鮭の塩焼きとほうれん草のお浸しが入っていたし、コンロの上の鍋には豆腐が浮いた味噌汁が入っていた。

炊飯器のご飯はまだ炊けていなかったが、僕が夕飯を食べる頃には炊けているだろう。


彼女が独りぼっちだった僕の奥さんになって1年。

これが「当たり前」になっていた。

3年前の僕はこんなこと想像していただろうか。

こんなに早く結婚するなんて。

そして、彼女の存在が僕の中でこんなにも大きくなるなんて。


「ダメだな、たった2日間なのに。」

彼女のいない寂しさを埋めるために、僕はテレビをつけた。




その日の夕飯後に彼女からメールが来た。


『今、泊めてくれる友達のお家に着きました。

心配しないで下さいね。』

その短いメールが嬉しくて、機械音痴の彼女が必死に打っていることを思うと、自然と笑みがこぼれた。




そして翌日、留め袖姿の彼女の写真(友達に手伝ってもらったそうだ)がメールと共に送られてきた。


『明日のお昼には帰るつもりでしたが、雪の影響で遅れそうです。

明日の夕ご飯はお鍋です。買い物をお願いします。

材料は白菜、もやし、しめじ………』

…人使いのあらい妻だ。

窓の外を見るとまたチラチラと雪が降ってきた。

寒い思いをしていないかと彼女のことを想った。



寂しくなって、またテレビをつけた。

今日、明日と全国的に今年一番の寒さとなるそうだ。日本全体をマイナス百何度の冷気が覆っていた。



**

翌日は平日のため、彼女の言い付け通り朝食を食べてさっさと家を出た。

雪は降り続く。天気予報の通りかなり寒い。


それでも家から徒歩15分の駅に行ってみると、電車の遅れはそんなになかったので助かった。

職場までは電車で2時間ほどかかるのだ。



車窓からの景色は一面真っ白だった。

その光景が初めは珍しく魅入っていたのだが、次第に見慣れて暇になってしまったので携帯をいじってやり過ごした。



朝のニュース番組では、今日いっぱいは、東北地方から近畿地方にかけて雪が降り続く見込みだと言っていた。



昼休み、朝のうちに駅で買ったコンビニ弁当を食べながらメールをチェックすると彼女からメールが来ていた。



『今から新幹線乗ります。こちらは大丈夫なのですが、そちらの雪が凄そうなので、やはり遅くなりそうです。

夕ご飯の買い物お願いします。』



夕飯の今日は定時に帰らしてもらって、帰りにスーパーに寄ろう。


そのために今日の分を早く終わらせなくては。

弁当を掻き込むと僕は一足早く仕事を始めた。





「お疲れ様です。」

何とか仕事を終わらせて、職場の近くのスーパーにて鍋の材料を買った。


再び車窓から眺める街は、未だ白い世界だった。

もちろん道は除雪してあるのだが、家々の屋根はどこも真っ白だった。

雪がちらついている。今夜も冷え込みそうだ。



家に帰ってもまだ灯りがついていなかった。

彼女はまだ帰ってきてないようだ。

雪さえ降らなければ今頃彼女と会えたのに。

とりあえず買ってきた鍋の材料を冷蔵庫に入れて、濡れた靴に新聞紙を詰めて、ストーブをつけて。

ええとあとは…

やることがなくなってしまった。

ダメだ、やることがなくなると、とたんに寂しくなってくる。

テレビをつける。

お笑いタレントのばか笑いが家に響く。

チャンネルを変えてやろうと思ったが、番組欄を見るかぎりこの番組が一番マシのようだった。



けれどもすぐに飽きてきて、先に風呂に入ろうかと思っているその時に、メールが来た。彼女からだ。



『今最寄り駅に着きました。

遅くなってすみません。



帰ってすぐに鍋作りますね。』


マンションの通路からガラガラとキャリーバッグを転がす音がする。

その音は僕の家の前で止まった。

ガチャリ、

「ハルさん、ただいま。」



いつのまにか雪は止んでいた。


簡単に登場人物紹介

春一さん(ハルさん) 25歳 会社員 しっかり者 サキさんのコロッケが好き。


咲子さん(サキさん) 20歳 パート 天然さん

大人っぽくなりたい

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