二話.
期末テストは明日から。
放課後、私はいつものように坂井くんに勉強を教えている。 坂井くんは、時々話をそらしながらも真面目に聞いてくれている。
今日が最後。こうして向き合って、当たり前のように会話する。 明日には、もうこの時間が無くなるんだ。 ……なんて、思ってみても。 実感が湧かない、最後って言葉だけが頭に浮かぶだけで。 悲しいとか、寂しいとか。 そんな感情も出てこない。
それが当たり前だから。 私は、そんな風に結論を出しているのかもしれない。 少しの間、坂井くんと一緒の時間があった。 ただ、それだけのこと。 それだけ……
小さな感情。 でもそれは、私が坂井くんに抱く気持ちを大きく変えた。 悲しくはない、寂しくもない。 ただ、小さなお願いが出来た。
テストが終わっても。 こうして、君に話しかけてもいいかな? 話題なんて思いつきはしないけど。
何が好きなの? 何が嫌いなの? 得意なことは? 苦手なことは? そんな小さなことも知らないから。
そんな、小さな質問。 この時間が終わっても、聞いてもいいですか? 君のことがもっと知りたい、素直にそう思うから。
「……終わったぁ! どうかな、当たってる?」
大きく背伸びをして、坂井くんはそう言った。 私は彼のノートを覗き込み、解答を見ていく。
……うん。 間違ってる部分もあるけど。 これだけ正解してれば、赤点は取らないと思う。
「……うん。 大丈夫だと思う。 あとは本番落ち着いて書けば赤点は無いと思うよ」
「まじ? よっしゃ! 待ってろ夏休みーー!!」
嬉しそうにそう叫ぶ。もう補習をまぬがれた気分になってる、本番ミスしないといいけど………
「にしても。 大月は頭良くて羨ましいぜ。 赤点とか取ったことないだろ?」
「…まぁ、普通に勉強していれば取らないと思うんだけど。 でも、私は赤点でもそうじゃなくても夏休みは学校には来るんだけどね」
「はぁ⁉︎ なに、大月でも補習あんの⁉︎」
「……進学用のね。 参加は自由だから、受けるだけ受けようかなって思ってるんだ」
「ふーん。 真面目だねぇ」
そこで会話が途切れて。 私は、やっとこの時間の終わりを実感した。 何か、何か言わないと。 そう思っても言葉は出ない。 出ないと終わっちゃう。 また明日、いつもは嬉しかった言葉が今日は喜べなくなる。 何か話さないと………
「………うし! 俺、先帰るな!」
「……うん」
「テスト、お互い頑張ろうぜ!」
坂井くんは、笑顔でそう言った。 私は小さく頷いて…… 臆病な自分が嫌になった。
「また明日な!」
明るくそう言う君に、私は小さく手を振って。 誰もいなくなった教室、さっきまで目の前には君がいた。 そう思って、やっと悲しくなれた。
「………好き、です」
きっと、君に伝えられない言葉。 君がいた、その席に向けてその言葉を告げた。
君はきっと赤点は取らないよ。 頑張ってる姿を、たった一週間だけど見てきたから。
赤点ばっかりでも、私には合格点。
だって、君は。 君って存在は。
私に恋を、教えてくれたから。