一話.
「頼む大月! 勉強教えてくれ!」
それが私と。 坂井くんとの始まり。
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放課後、掃除を終えて教室へ戻れば。 まだ残って談笑するクラスの人の中、一人だけ。
私の席の前に座り、全く使い古されてない教科書を用意している男の子。
「お疲れ。 きょうも頼むぜ〜!」
笑顔で他力本願。 やれやれ、なんて思いながらも教える準備をする私も。 ずいぶんお人好しなんだよね。
放課後、坂井に勉強を教えて今日で一週間になる。 なんでこうなったのかはーー
「期末で赤点3つ取ったら、夏休み補修なんだろ⁉︎ やばいよ、俺赤点4つの常習犯なのに! 頼む大月! お前に俺の高校最後の楽しい夏休みがかかってんだよ!!」
……と言うわけで。 そんな風に半泣きで言われたら、断るのも勇気が必要だったんだ。まぁ別に。私も復習になるからいいか、なんてくらいでお願いを受け入れた。 でも……
「作者の気持ちとか分かんねぇよ! お腹空いてたかもしれないじゃん! 遊びたかったかもしれないじゃん!」
「……坂井くん。 そんなこと言い出したら、この問いの答えがなくなっちゃうよ」
「答えがない問い…… なんか、かっこいいな!」
坂井くんはこんな風に。 結構な、お馬鹿さんで。 真剣に考えても、馬鹿なわけで。 勉強を教えてと言った本人が、勉強の妨げになっています。
「真面目にしないなら、帰ろうか?」
「ごめんごめん! 次は真面目にやるから!」
そう言う顔は、笑っている。 …可愛いな、とか思う私は本当に…… お人好しだ。
しばらくして、坂井くんは真面目に問題に取り組み始めた。
勉強教える側にとって。相手が問題を解いてる間は、とても退屈な時間。 質問がない限り、することがない。 でも、私個人の勉強をすると質問が来た時に手間がかかりそうだから、効率が悪い。 だから、私は黙って待つことにしてる。
……半分ほんとで。 半分嘘だよ。
私がこの場で個人的に勉強するのは、効率が悪いこと、それは本当に思ってる。 だから、坂井くんからの質問を待つ。 でもこの時間が退屈だなんて、思ってないんだよ。
いつも笑ってる、ニヤニヤしてる? そんな顔が、この時はすっごい真面目で。 そういうのが見れて、少し嬉しかったり。 意外と字が綺麗、なんて発見が出来たり。 目にかかりそうな前髪、触ってみたくなったり。
作者の考えじゃなくて……
私の今の考え、分かりますか?
……なんて、考えたり。 …私も、相当バカだなぁ……
「……んんっ! 今日はこれくらいにしとこーぜ! 俺、疲れましたわ」
「うん。 続きはまた明日ね」
「うへぇ。 これ、いつまで続くんだよぉ」
…悪気はない、素直な気持ちなんだよね。 分かってるよ、けど…… ちょっと、胸が痛くなる言葉。
「……自業自得だよ。 テストまであと一週間なんだからさ。 私も出来るだけ協力するから」
「大月、あざす! じゃ、また明日な!」
そう言って、手を振って教室を出て行く。 私はそれを、同じように手を振って見送った。
「…ずっと、続いてもいいんだけどな」
誰もいない教室で、一人呟いた。 期間限定の、君のそばにいられるこの時間。 それが終わるのが嫌だと、思うようになっている。……私は、わがままだなぁ。
また明日。 何気ない言葉、でも私にとっては約束の言葉。 今の私には、それが何より嬉しいんだ。
短編のつもりが、想像が膨らんだのでちょっとだけ… 長めに書かせていただきます。 お付き合いいただければ幸いです!