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06

 ミチホはチャットにあまり入らなくなった。

どうでもいい奴らからPM(プライベートメッセージ)がやたら入ってくるようになり、まともな会話ができないからだ。

「今日どんなパンツ履いてるの?」とか「何カップなの?」とか。


 本気でめんどくせぇ。ドン引きにも程がある。他にかわいくて性格のいい女とかいっぱいいるだろうに何故自分なのか。


 顔は主観や好みがあるのでなんとも言えないのだが、エロそうな女というのは普通の女より声をかけやすいものだ。

ミチホはノリで下ネタを連発していたこともあり、エロいイメージがついてしまっていた。


 ちなみに、ミチホの下ネタときたら、「勃った時の角度がもう若くない」とか、「デカけりゃいいってもんじゃないのだよ」とか、「遅漏は嫌われるんだぞ」とか、「やっぱり尻だよね」とか、「熟女の良さがわからないとはお子様だな」などという、

それはそれは女とは思えないような発言ばかりであったのだが。

後悔先に立たず。バレてしまったものは仕方ないと、チャットを自粛することにしたのだ。


 しかしまだ長い大学生の夏休み、ゲームだけちょこちょこやるのもヒマすぎる。

遊ぶ気まんまんでバイトもあまりやる気がなかった。もともと、たまに単発の日雇いアルバイトをする程度だ。

携帯型ゲーム機の購入も視野に入れつつ、エーイチで遊ぶことにする。


「エーイチー。ヒマなんだけど。ウチで勉強しない?」


 エーイチに電話をかけてみる。受験勉強を真面目に頑張っていたようだ。


「ん、いいよ」


「イタズラしてあげるよ。ぐへへ。」


「おい!勉強させる気ないじゃん。」


 エーイチが苦笑しているのがまた、楽しい。

ミチホは、さきほどまでの鬱々とした気分も晴れやかになり、ほんのりと幸せを感じた。


 ミチホはいちおう軽く部屋を掃除した。

築年数は経っているが、1DKの部屋で一人暮らしをしている。

部屋は殺風景に見えるほど何も置いてない。

ミチホは面倒くさがりで片付けも苦手なので、ものを増やさないようにしているからだ。


 自分のキャパシティを超えた容量の荷物は、汚い部屋を産む。

ミチホが把握できるものの数は、他の人より少ないかもしれない。

実家の部屋はモノだらけで汚いものだったが、引っ越しの際にほとんど処分した。

思い出などに執着するタイプでもなかったからだ。


 掃除もそんなに好きではないので、潔癖症の人から見ればアラが目立つかもしれない。

でも面倒なので頑張らないミチホは、テキトーに掃除をやっつけると、エーイチが来た。

ちゃんと勉強道具を持ってきているようだ。


「お、ちゃんと持ってきてる。エーイチは偉いね!」


「ミチさんが勉強しにこいって言ったじゃん。」


 エーイチをしっかりクーラーがきいた部屋に入れ、冷たい麦茶を出してやると、

きちんと勉強をはじめた。エーイチを眺めていると、勉強をしつつも目が色っぽく見える。

これは……イタズラに期待されているとミチホは思った。


 期待されているとなると、とりあえず頑張りたくなるミチホである。

しかし、あまりにやりすぎて勉強の邪魔になるのもいけない。

ひとまず、少しは様子を見ていようとミチホは思った。


 小一時間ほどエーイチを視姦していると、さすがに気になるようでエーイチがミチホを見て言った。


「あんま見ないでよ。」


 確かに見続けられたらやり辛かろう。


「いや、勉強してるエーイチってカッコイイなって思ってさ。」


 ミチホはサラっとうそぶいて、ニヤっと笑った。

照れながらも嬉しさを隠し切れないエーイチを見て、ミチホはそっと触れるだけのキスをした。


「今日頑張ってたら、帰る前にまたしようかなー。」


 エーイチはカッコイイと初めて言ってもらい、ご褒美もあると匂わせて、しっかり頑張ってくれるだろうと

ミチホはとんでもなく上から目線なことを考えているが、それはミチホなりのサービスであり、イタズラでもある。

ちょっと嬉しそうに、真面目に頑張っているエーイチを見て、ミチホはやっぱりかわいいと思っていた。


 そこへ、いきなり電話がかかってきた。

女食いまくりイケメン玉子炒飯からだ。

音がうるさいので、部屋を出ながら電話を受ける。


「ちわーっす、タマチャー」


「よう。最近チャット来てないね。」


「ああ、うん。ちょっと忙しくてね。んで、どーした?」


 ミチホは、チャットでうんざりな事だらけという事実を言いふらすわけにもいかないので、お茶を濁してみた。


「ミチが来ないなら、俺が行こうかと思って。」


「へ?うちへ?」


「うん。」


「ごめん、いま来客中だ。また!」


 ミチホは焦って、返事も待たずに電話をガチャ切りした。


 はあー。玉子炒飯の野郎は、イケメンの俺様のことを嫌いなはずがないとか、落とすまでが面白いとか、思ってるんだろうか。

男と女のラブゲームは面倒だから他所でお願いしたいものだ。

こっちはかわいいエーイチを愛でるだけでお腹一杯だというのに。


 ミチホは不機嫌になりつつ、エーイチがいる部屋に戻ってくると、

エーイチも少し不機嫌になっていた。


「タマチャーからなんだったの?」


「なんかウチに遊びに来たいんだとさ。」


「来るの?」


「とりあえず返事しないで切ったけど……。」


 エーイチはすごく怒っているようだ。嫉妬か。かわいすぎる。

かわいいけど、怒っているエーイチをどうやって扱うか悩ましいところだ。


「断らないとダメでしょ。」


「遠回しに何回か断ってるつもりなんだけどね。アハハ…」


ミチホが力なく笑うと、エーイチは立ち上がった。


「ちょっと貸して。」


 エーイチはミチホからスマホを取り上げると、タマチャーの電話番号を着信拒否にして、電話帳も消した。

ミチホとしては、着信拒否までしたら、タマチャーにちょっと失礼な気がしたのだけど、

かわいいエーイチの嫉妬や、意外と強引な所が見られてちょっと面白いから良しとした。


 対応に困り、エーイチがそれからどうするのかを見ていると、エーイチはスマホを机に置き、ミチホに近づき、ぎゅっと抱きしめた。

ミチホは驚いた。まだ少年のように細いと思っていたエーイチだったが、これまた意外に胸板が厚く男らしい。

腕もスベスベしていて気持ちいいし、体からはいい匂いがしている。


 ちょっと、ときめいちゃうね。これで腹筋割れてたら舐めまわしてやりてぇ。


 ミチホは割れた腹筋が好きなようだ。

抱きしめられているというのに、乙女のまま、ときめいていられないところがミチホらしい。


「ミチさんは、俺のだから。」


 独占欲きたこれとミチホがエーイチを見上げると、エーイチはミチホと唇を重ねた。

エーイチからしてくる初キスだ。


「もう他の男はダメだよ。」


 ミチホの頬は、カァッと熱くなった。耳まで赤くなっているかもしれない。


「……りょーかい。」


 ミチホは顔が赤くなっているのを見られたら恥ずかしいと思い、エーイチの体に顔を押し付けた。

今まではミチホがエーイチを赤くさせていたのに、イニシアチブが取られてしまったことをちょっと悔しくも思っていた。

色々と複雑な女心というか、子供心というか。


 ミチホのほうからもぎゅっと抱きしめて、顔のほてりがなくなるのを待った。

まだちょっと赤いかもしれないけど、ずっと抱き合ってるわけにもいかない。

ぱっとエーイチから離れて、ミチホは明るく言った。


「さて、勉強に戻らないとだね!」


「だな。」


 エーイチを座らせて勉強させてみるものの、なんとなくこっ恥ずかしいような、微妙な雰囲気になってしまった。

ミチホはエーイチの後ろに回り込み、背中から抱きしめるように座った。


「背中抱っこ、落ち着くでしょ。」


「うん、気持ちいい。」


 そのままエーイチにくっついて、たまに腹筋があるかこっそり指先で押したりして確認するミチホであった。

女性に胸を押し付けられるわ、腹をつつかれるわで、エーイチはあまり集中できなかっただろうと予測されるのだが。


 夕方になり、エーイチが帰り支度をして、玄関まで行った。


「また来るね。ミチさん見張ってないと心配だし。」


 エーイチをもてあそびまくりすぎて、色々な男を渡り歩く遊び人に思われてしまったのかとミチホは考えた。

そういうめんどくさそうなことはお断りしたいぐらいなので、甚だ心外だった。


「んー、大丈夫だよ。そこまでモテやしないしな。」


 疑われた事に不満そうにミチホが答えると、エーイチは真面目な顔で言った。


「ミチさん優しいし、話しやすいし、ちょっとエロいし。狙ってる男は多いと思うよ。」


「いやいや、顔と性格がアレだしな。ま、エーイチはいつでもおいで。」


 それ以上話せないように、エーイチの唇を唇で塞いで、舌先と唇を愛撫していく。

ちょっと怒らせてしまったのでサービスして、エロいキスをしてやった。



 エーイチが帰ってしばらくすると、知らない番号から電話がかかってきた。

誰からかわからないが、電話を受けてみると、またまた女食いまくりイケメンの玉子炒飯であった。


「なんで着信拒否すんの?」


 とても怒ってらっしゃる。ミチホの予想通りである。


「嫌なら断ればいいだろ。なんなの?」


 はぁ、胃が痛い。どうしたものか。

ミチホはなんと説明すれば良いのか悩んだ。

エーイチの名前を出すわけにはいかないし、こちらが内心いくらめんどくせぇと思っていたとしても、

そこまでハッキリとは言ってなかったから、理由もわからないだろう。彼が怒るのも無理はない。


「あー……。ごめん。」


「謝るぐらいならやるなよ!いきなりすぎるだろ」


「えーと…、彼氏にバレてね。着拒されちゃった。ごめんよ。」


「んじゃ、彼氏いない日に行くから。いつがいい?」


 ミチホは目が点になった。


「い、いやー、ごめん、他の女の二人や三人いるっしょ。そっち行きなよ。タマチャーはイケメンだしね。よりどりみどりっしょ。」


 玉子炒飯に食われたらしいチャット仲間もなんとなく把握している。

知り合った女ぜんぶ食う気なのか。若さゆえに100人切りにでも挑戦しているんだろうか。

赤い玉が出るまで頑張るつもりか。


「ミチに会いたいんだって。」


「いやいや、無理だから。ごめんねえ。」


「いつなら会えるの?」


 なんという不屈の精神であろうか。

もっとその意気は他の所に使うべきであろう。ここは頑張るところではないはずだ。

そんなに顔が良くもない、性格も良くもないミチホに断られ続けて、ムキになってしまっているのだろうか。


 しかも浮気しろって暗に言っているところが凄すぎる。

こういうのに関わると、他の男たちにアイツとヤッたとかあのときの声がうるさいとか、色々と言いふらされることだろう。

ヤンチャしてましたって感じの男は、女を自慢の種にしがちである。

まあ、言いたくなるのはわからないでもない。だが、自重せい。


 ちゃんと断っても諦めないんだから、やはり結局は着拒しかなかったわけだ。

玉子炒飯からしたら、断るのがありえないんだろうが。


 イケメンが悪いわけじゃない、むしろイケメンのほうが周りにチヤホヤされているので優しくて誠実な人が多いと思う。

玉子炒飯はいったいなんなのか。謎は深まるが、究明したいとも思わないミチホであった。


「もし彼氏と別れたら、こっちから連絡するから。んじゃ!」


 言外に二度とかけてくるなと意味を込めつつ、ミチホは電話を切って電源も切った。


「……疲れたぁー」


 しばらく知らない電話番号からかかってきたら出ないようにしようと心に誓うミチホだった。


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