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05

 数日後、エーイチと待ち合わせてカフェに入った。

予約していたようで、個室に案内された。

向い合ってソファに腰掛けると、エーイチが神妙そうに謝ってきた。


「ごめん、ミチさんが女だからってこんなに騒がれるとは思わなくて。」

「いや、よく考えたら自分の責任だし。ランチおごってくれるし。」


 ミチホはにこやかに笑って冗談めかして、場を和ませようとしてみたが、

エーイチはものすごく反省しているのか、真剣な顔のままだった。


「ミチさん」

「ん?」

「好きです。付き合って下さい。」


 エーイチ……なんでやねん!

ミチホは心の中でツッコミを入れざるを得なかった。

思わず手も動きそうになったぐらいだ。


「エーイチ、会ったばかりの、よく知らない人に、そんなことを言うものではないよ」


 とりあえず年上らしく窘めてみる。


「だって、ミチさん、俺のこと食ってくれるって」


 童貞をからかったら本気にされてしまった。

ミチホの失態である。

エーイチは頬を赤く染めていてかわいい。


 ミチホはどう対応するか、脳がフル回転で動いている。

だが、軽くパニックになっているので正しい判断は難しいだろう。


 ミチホにかなり責任があるのは間違いない。

確かにエーイチを好ましく思っている素振りもしていた。

口でも色々と言ってしまっている。


 ミチホはニヤッと笑って意地悪く言った。


「エーイチ、わたしに食われたいんだ」


 エーイチはうろたえながら、しどろもどろに話す。


「いや、だって、ミチさんがそういうこと言うから、ミチさんを見るとドキドキするっていうか。」


 ヤリたい盛りの男子の欲望に火をつけてしまったらしい、か。

ミチホは現状を把握した。


 オッサンくさい言動のミチホでも、いちおうほんの少し乙女の部分はあるので、

とにかくヤリたいです!と言われても、あまり嬉しいものではない。

しかも弟にような相手だと、なんだか犯罪のような気がしてしまう。

引き下がって欲しいと願いながら、ミチホはまた忠告してみた。


「最初は、本当に好きな人としたほうがいいと思うよ?」


「ミチさんのこと、好きだから。」


 かわいいエーイチに上目遣いで言われると、ミチホはちょっとときめいてしまった。

うーん、断ると可哀想かもしれない。私のせいだし。しかし、どうしよう。

でも、かわいいな。本当に食っちゃおうかな。


 ミチホはハッキリと断ることが苦手だ。そして押しに少し弱い。

所詮、若干二十歳の若い女である。

ミチホは立ち上がって、そっとエーイチの頬に触れて、薄い唇に軽くキスをした。


「お味見してやろう」


 そう言って、もう一度口付けた。

そっと舌を入れて、上唇を中から撫で上げる。

エーイチも軽く舌を出してきたので、ミチホの口の中で優しく愛撫する。唾液が甘く感じる。

唇を唇で挟んでみたり、ふわりと左右に撫でるように動いてみたり。


 エーイチはキスが下手ではないようだ。ミチホはどう動いてくるか確認していた。

キスが下手な人は、やたら口を大きく開けて、口の周りを舐めまわしてくる。

口の周りの皮膚に唾液がついてカピカピになるのは嫌なものだ。


 やたら舌を口の奥に突っ込もうとしてくるのも駄目だ。

舌に力を入れて硬くなってしまうと、それだけで気持良くない。

簡単に「下手くそ!」と注意できるものではないのだ。

変な情報に惑わされず、自分がどうされたら気持ちいいかで考えなくてはいけない。


 そんな考え事をしながら、ミチホがテキトーにキスしていたら、

エーイチは瞳が潤んで艶っぽい表情になっていた。

うーん、エロかわいくなったもんだ。面白すぎる。

ミチホはなんとなく、自分が悪女になったような気がした。


 唇をそっと離して、ミチホがソファに座り直すと、エーイチは立ち上がった。


「ごめ、ちょっとトイレ」


 やっぱり童貞には刺激が強すぎたよね。そうですよね。


 童貞じゃなくても、エロいキスはその後の我慢が難しい。

唇には神経が集まっており、かなり敏感な部分と言える。

雰囲気作りにも最適で、気分も盛り上がるため興奮状態に陥りやすい。


 ミチホがヒマそうにランチメニューを眺めていると、

エーイチがまだちょっと頬を赤らめながら戻ってきて言った。


「えーと、何食べよっか?」


 ミチホは心のなかで、エーイチは賢者モードになった!とナレーションした。

耳年増のミチホさんであった。



 ランチを注文して、待っている間にエーイチが唇を押さえて赤くなっている。

初めの時期のキスは、しっかり唇をこすると後から感覚が戻るのだ。

ミチホはまた、ウブでかわいいエーイチをニヤニヤと眺めてしまう。


「きもちよかった?」


 もうおちょくりたくて辛抱たまらん風情のミチホは、たまらず声をかけた。


「うん、やばかった。」


 ミチホは満面の笑みを浮かべる。喜んでもらえたのは嬉しかった。


「もっかいしたい?」


 もっかいというのは、もう一回という意味の方言である。

エーイチはミチホに羞恥と期待の眼差しを向け、小さい声で答える。


「……したい。」


 かわいすぎるエーイチの態度と、主導権を握っている自分にミチホが感動していると、

さきほど注文したランチが配膳されてきた。

おしゃれカフェによくある、量が少なくて見た目だけの普通の味のランチとは違い、なかなか美味しかった。

エーイチが一所懸命に探したのかと想像し、ミチホはさらに嬉しく思うのだった。


 ランチを終えてミチホが帰宅しようとすると、エーイチは捨てられた子犬のような表情をしている。

帰ってほしくなさそうな雰囲気がひしひしと伝わる。


「エーイチは勉強しないといけないっしょー」


 ミチホは、エーイチの柔らかい黒髪をわしゃわしゃと撫でくりまわした。

思春期の男子のプライドを踏みにじる行為とわかっているが、やめられない。


「そーだけどさ。じゃあもう一回、キスしていい?」


 最初に会った時とは違う、とんでもなく色気のある目でエーイチはミチホを見つめた。

したい気持ちはわかる。ミチホも昔はそうだった。

何時のことだったか覚えてないぐらい昔のことだが。


「じゃ、ひと目のない所行くかぁ」


 路上でイチャつきまくるモテない同士カップルのような行為をする気はない。

人通りのない、小さな神社の近くの竹林付近まで移動し、

ミチホは先ほどよりも手加減しまくったキスをエーイチに与え、耳元で囁いた。


「受験に合格したら、全部食べてやるよ」


 ミチホのセリフはやたら男前だ。チャットで素はバレている。かわい子ぶる必要も感じない。

そしてエーイチの耳に息をふぅっと吹きかける。

エーイチがビクッとするのを見て、またニヤニヤしながら帰宅した。


 たぶん、色欲が満足すればエーイチは冷静になって、別れることになるだろう。

だがしかし、いまヤッてしまえば受験勉強が手につかなくなるのが目に見えている。

かわいい弟のようなエーイチをフリーターにしてしまうのは忍びない。


 もしかしたら、時間をおけば今のような色々と勘違いしているであろう気持ちも収まってくれるかもしれない。

こういう付き合いは長持ちしないとわかっている。とりあえず、楽しくやるだけだ。


 ミチホは何事にも期待しない。諦念の気持ちがあるからこそポジティブなのだ。

勝手に期待して失望し、まわりの責任にして八つ当たりするようになったらオシマイだ。

たとえ幸せな時間に終わりが来たとしても、取り乱さず、冷静でいられるように。

ミチホは、本気にならないでいたいのだ。


 でも、素の自分を知ってて付き合ってくれるのはエーイチだけかもしれない。

別れたらきっと寂しくて、切ない気持ちになりそうだ。

ミチホはショックを和らげるべく、今後をシミュレーションした。

そして今日の出来事を反芻する。


「そういえば、……付き合うって言わなかったな。しまった。」


 なんとなくのノリで、よくある漫画の家庭教師みたいなセリフを言ってみたものの、

告白にきちんと返事をしてないので、下手するとセフレ関係みたいな状況になってしまっている。


 これは良くない状況だ。

ミチホはあわててエーイチにメールした。


「付き合うってことでヨロ」


「ok」


 短い単語だけの返信。若い女子ならキレそうなものだが、ミチホには恥ずかしがってるんだろうなーとわかってしまう。

エーイチはかわいくて素直だから行動が予測しやすいと、ミチホは考えている。

ミチホのメールもひどいものだから、そもそも文句は言えないのであるが。



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