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Low-who who  作者: りうむ
第二章・おじいさんとおばあさんの元を離れて
8/30

5.兵器はそれをナミダと呼んだ

「久しぶりね、Kg-8、『ハヅキ』」

 ぼさぼさに乱れた黒髪の少女――それでも容貌は美しく、身なりを整えれば百人に百人が振り向くであろう――が、狂気のこもった瞳で笑みを浮かべる。

「今の私はハヅキではありません。かぐやです」

 先程の少女とは対照的に、流れ落ちる水を糸にしたかのような美しい黒髪の美少女――かぐや姫は微笑まない。

 二人はともに月で「地上侵攻用兵器」として作られた者たちだった。

「ハハッ、そんなふざけた名前気に入っちゃって。すっかり地上の空気に染められちゃったのね!

……どうしたのよ、せっかく17年ぶりの再会だっていうのにそんなしけた顔しちゃってさ」


 一人は99%理想的な状態に仕上がった試作体でありながら「誤作動」を起こし自ら地上に降りた者であった。

 もう一人は攻撃性の高さゆえに、一時は破棄されそうになったものの、制御可能と判断されて生き長らえ、地上に送り込まれた者であった。


「Kg-10『カンナヅキ』……私を破棄しに来たのですか? それとも捕獲しに来たのですか?」

 ボサボサの黒髪の美少女――カンナヅキはまた笑いながら、

「うーん、どっちでもいいって言われてたけど――昔からあなたのこと、バラバラにして破棄してやりたいって思ってたのよね。

 優等生ぶっちゃってさ……ほんとウザいのよ、そういうのッ!」

そう叫ぶや否や、突如カンナヅキの周りに現れた無数の光の矢が、一斉にかぐや姫に襲いかかった。

 光の矢は地面に突き刺さるや否や、次々に爆発し、周囲一帯が爆炎と煙で覆われる。カンナヅキは爆炎の中で高らかに笑っていた。

「あっはっはっはっ! まさかこの程度の攻撃で終わりじゃないわよね!?」

「それはこちらの台詞ですよ――まさか、本気を出してこの程度じゃないでしょうね?」

 その声がどこからともなく響いたと同時、爆炎は一瞬にして、まるで凍りついたかのように揺らめくのをやめていた

 直後、動かない炎の間をすり抜けてかぐや姫が姿を現した。その美しい立ち姿には煤一つついていない。

「そうだよ……そう来なくちゃ面白くないよ、ハヅキぃ!」

 カンナヅキは叫びながら、かぐや姫に向かって駆け出す。

 その瞬間、かぐや姫の体が激しく発光し、カンナヅキの体が何かに縛られたかのように動かなくなった。

「!?」

「てえぇいっ!」

 動きを封じられたカンナヅキに、かぐや姫は駆け寄り、回し蹴りを炸裂させる。

「ぐ、はっ……!」

 カンナヅキは地面を滑って倒れた。対するかぐや姫は着地し、再び身構える。

 しかし地面に倒れたカンナヅキの表情には不敵な笑みが浮かんでいた。

「能力に目覚めていたというのは本当だったようね……ふふっ、でも今のでその能力がだいたいわかったわ」

「戯れ言を……」

「じゃあ、戯れ言かどうか――試してみれば!」

 起き上がり、再び駆け寄ってくるカンナヅキ。その顔には、狂気に満ちた笑みが浮かんでおり、かぐや姫には彼女の気が狂ったとしか思えなかった。

 再び、かぐや姫の全身が発光、何かに縛られるようにカンナヅキの動きが止まる。カンナヅキは笑顔のまま、指ひとつ動かせなくなった。

 私の能力に欠点なんかない、そう思いながらかぐや姫は身動きのとれないカンナヅキに再び駆け寄り、跳び蹴りを放つ――カンナヅキに蹴りが届くか届かないかという刹那、カンナヅキは口許を大きく歪め、また笑みを作った。

 その瞬間、カンナヅキの目前に光の矢が出現した。

「!?」

 かぐや姫は驚きに目を見開く。

(そんな!? カンナヅキはまだ動けない、能力も使えないはず……)

 だがかぐや姫にはもう、どうすることもできない。

「うっ……!」

 直後、放たれた光の矢がかぐや姫の胸を穿っていた。

「あはは……あははははははは!」

 カンナヅキの笑い声が響き渡る。

「あ……ぐっ……」

 傷口を押さえ、かぐや姫は膝を折る。

「へぇ……あの一瞬で急所を逸らしながら、矢の爆発を能力で抑え込んだのね。さすがは優等生、ってところかしら? ふふっ、でもその傷じゃもう戦えないわね」

 傷口を押さえるかぐや姫の指の間から滴り落ちるのは赤い血ではなく、水のようにサラサラした透明の液体。かぐや姫が人間でないことの証明だった。

「いいわ、気分がいいから冥土の土産に教えてあげる。ハヅキ、あなたの能力は『ものの干渉を止めさせる』ものでしょ。

 だけど能力を使っているとあなたもその対象に干渉できなくなる。だから攻撃の瞬間に能力が解けるのよ」

 かぐや姫は愕然とした。自分がいかに自分の能力に対して無自覚であったかを思い知らされた。

「まあ、不要なプログラムを持ったまま地上に降りちゃった出来損ないのあなたならこの程度なのも仕方ないわね、あははっ」

 カンナヅキはまた高らかに笑った。カンナヅキのその言葉に対し、

「ちが、い、ます……」

かぐや姫が、息も絶え絶えに呟いた。

 それを聞いたカンナヅキの笑みが消える。

「違う? 何が? ああ、まだ優等生気分なんだね。いい加減認めなよ、自分が出来損ないだって」

「違いま……ごふっ……『愛』は、不要ではありません!」

 かぐや姫は体液を口から吐きながらも、叫んだ。

 カンナヅキはきょとんとして、

「ふふふ、あははははは!」

再び笑い出した。

「く……」

 かぐや姫は地面に手を突いた。意識が遠退いていくのがわかる。指先から感覚がなくなっていき、視界がぼやけていく。

「愛が不必要じゃないって? あはは、甘えないで。私たちはみんな一人で生まれて一人で生きて一人で死んでいくの。他人なんて関係ない。誰が生きていようが死んでいようが、関係な……」

 その時、カンナヅキの全身がなにかに縛られたかのように動かなくなった。

 見れば、かぐや姫の全身がまた激しく輝いていた。

(ハヅキ、あんな状態で能力を!?)

「私たちは決して……一人じゃありません……一人じゃ……いられないんです」

 かぐや姫はふらつきながらも立ち上がり、カンナヅキに近づいていく。カンナヅキにはかぐや姫のその姿が、どういうわけか怖くてたまらなかった。

「や……やめて……来ないで」

 動かないはずの全身が震えた。さっきは感じなかったはずの恐怖。それがどこからやってくるのか、カンナヅキにはわからなかった。

「私たちは……」

 かぐや姫の全身を包んでいた光はすでに消えている。カンナヅキを縛る力は、すでに存在しなかった。しかしカンナヅキはどういうわけか動くことができない。

「来ないでっ……!」

 絞り出すように叫んだその時、

「あっ」

かぐや姫の胸に刺さった光の矢が消えた。

 その声がかぐや姫のものだったか、カンナヅキのものだったかはわからない。光の矢が消えたことにより、傷口から急激に透明の液体が噴き出し、かぐや姫は糸を失った繰り人形のように崩れ落ちた。

 カンナヅキにはその様子がスローモーションのように感じられた。

「ハヅキっ……!」

 カンナヅキは無意識にかぐや姫を受け止めていた。

「なんなの……これ、なんなのよ……!」

 自分の行動に向けてなのか、それとも自分の胸の中の恐怖に向けてなのか。カンナヅキはやり場のない感情を叫ぶしかなかった。

「こふっ」

 かぐや姫の吐いた体液がカンナヅキの頬を濡らす。はからずも二人は抱き締め合うような形になっていた。

 どくどくと絶え間なく流れる液体は温かい。カンナヅキは同じ液体が自分の頬を滑り落ちていくのを感じた。恐怖はまだ消えなかった。

「……私たちの体を流れるこの液体は……『ナミダ』と言うようです」

 ぽつり、かぐや姫が呟く。

「……あなたは死ぬの? ハヅキ」

 カンナヅキはそう言って、自分の声が震えていることに気づいた。

「はい」

 かぐや姫は頷いた。

 かぐや姫の傷口から溢れ出す「ナミダ」は未だ勢いを弱める気配がない。カンナヅキはそれをぼんやりと眺めていた。

「……怖い」

 ぽつり、つぶやく。

「まるであたしの中に何かが『亡い』みたいで、怖い」

「それが……『愛』のあるべき場所なのです」

 優しく、まるで絵本を読み聞かせるかのように、かぐや姫が応えた。

「私たちは一人じゃありません」

 もう一度、かぐや姫は繰り返した。

 殺戮のために生まれたはずの兵器が抱き合っている――それは不自然な状態だったはずだ。だが、カンナヅキは不思議と不快に思わなかった。

 しかし胸の内の恐怖は消えない。何かが欠けたような感覚も埋まらなかった。

「ねぇ」

 カンナヅキはふと、口を開いた。

 初めて気づいた感覚。それまでは気にも留めなかった感覚。かぐや姫の言葉を聞いてから、突然表に出てきた感覚。

(ああ、そうか)

 カンナヅキは気づいた。

(一人で生きて一人で死ぬのが怖くなったんだ……私、生きてるんだ……)

 そう自覚すると同時、

「生きるって……愛するって、どうすればいいの」

自然に言葉がこぼれ落ち、再び頬を温かい液体が伝う。このとき、カンナヅキはその液体が自分から流れ出ているものだとは思ってもいなかった。

「私にはやっぱり誰かを殺すことしかできないんじゃないの……?」

 そう言ってカンナヅキが悲しげに目を細めると、かぐや姫が微笑んだ。

「でも……私は……」

 かぐや姫はカンナヅキを抱き締めた。カンナヅキは自分がかぐや姫を自然と抱き返しているのがわかった。

 やけに風が冷たく感じる。そろそろ雨が降るのかもしれなかった。

 かぐや姫はそれから、嬉しそうに呟く。


「あなたのお陰で、一人で死なずに済みました」


 「ナミダ」にまみれたカンナヅキの腕の中、かぐや姫――ハヅキは温度を失っていった。

 その表情がとても嬉しそうな笑顔だったことを、カンナヅキだけが知っている。

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