初めて笑った日
作者:狂風師
ジャンル:雪道奴隷連行
一部残虐なシーンが含まれております。
この話は「起承転」で終わるかもしれません。
「私………いの……と、…れ…ら………6つ…奴隷………かし…」
暗く閉ざされていた扉が開かれて、2つのシルエットが映し出された。
片方は大きく、もう片方はそれより小さくて小柄だった。
僅かに聞こえていたさっきの会話から察するに、小柄な方は女の子なのだろう。
牢屋の中は一気に騒ぎ立つ。
女の子はゆっくりと歩きつつ、自分のお気に入りのものを探している。
さぞかし金持ちで、不自由なく、そして傲慢。
それに対し私は貧乏で、自由がなく、何の生きる価値も見いだせない。
けれど一度お客が来ればそれも変わる。
ここでの暮らしは暮らしと呼べない。
外の天気も時間も分からず、作業するものも何もない、何もないという苦痛だけが与えられた。
そんな暮らしから抜け出せる唯一の方法が、奴隷として買われていくこと。
買われた先でどんな仕事をさせられても、たとえそれが犯罪であったとしても、ここに戻ってこようと思うものはいないだろう。
それほどまでにみんなの精神は病んでいたし、それは私も例外ではない。
だから騒ぐ。
抜け出そうと必死で、何でもしますと自分をアピールするために。
牢屋の鉄檻にしがみ付いて、我先にと。
ここから出ても一緒にいようねと言った仲の良かった人も。
女の子は私達のいる牢屋の前で止まった。
中にいる奴隷全員に見ていたが、心なしか私を見て笑った気がする。
病んでいたから、そう見えただけかもしれない。
「歩かないと足を切り落とすことになるわよー」
外は雪が降っていた。
地面にも雪が積もり、歩く度にキシキシと音が鳴った。
薄暗い雲が覆った空なのに、それを見られただけでも嬉し涙のようなものが流れた。
これから何をさせられるのか分からないが、今は満足していた。
傲慢なお嬢様が何を言って煽ろうと、私の頭には響いてこない。
そのお嬢様は、馬車からこちらを見ている。
30人ほどの奴隷をお買いになって、全員を裸足で歩かせている。
このまま城まで連れて帰るのだと、出発前にお告げになった。
買われた奴隷は2列に分かれ、前後の人と首を鎖で繋がれた。
着ている服は布切れと変わらない。
辛うじて下着は着けているが、下だけだ。
「まだ」大きくなっていない自分の胸に、この時ほど怒りを感じたことはなかった。
私のほかにも女性の奴隷はいたけれど、どれも揺らすことのできるくらいはあった。
そう考えると、お嬢様は私と同じなのかもしれない。
などと妄想を走らせているが、さっきも言った通り、雪の積もった道を裸足で歩いている。
雪は馬に踏まれ、前を歩く人にもまた踏まれ。
そして私が踏んだ時には、小さく不気味な音を立てる。
要するに、足が冷たいのだ。
冷たさを紛らわせるためにも、悲しくなる胸の話なんかも考えた。
けれど、冷たいものは温かくならなかった。
両脇には白い帽子を被らされた屋台なんかが並んで、美味しそうに湯気を立てている。
屋台の人も、街を行き交う人も、白い息を吐きながらみんなこちらを奇妙な目で見ている。
暖かそうな服着て、靴履いて。
屋台で買った熱々のスープなんかを手に持って。
…それ欲しいな。
誰も喋らず、前からの煽りは愉快そうな声で飛んでくる。
みんな必死に歩いている中、急に後ろの方に引っ張られた。
私が引っ張られると前の人も引っ張られる。
つまり、誰かが後ろの方で何かをやらかしたのだろう。
考えられるのは2つしかない。
1つは、歩かされる苦痛に耐えきれずヒステリックを起こした。
もう1つは、歩けなくなって崩れ落ちた。
どちらにしても私達の負担が増えたことに変わりはなかった。
「構わないわ、進みなさい」
お嬢様はアクシデントを待っていたようで、声からそれが受け取れた。
言われた通り馬車は止まることなく進むが、人一人を余分に引っ張る分だけ歩みは遅れる。
固まった雪のせいで踏ん張る事もままならず、半分引きずられる様に歩いた。
冷え切った足にはナイフのように地面の凹凸が食い込んで痛覚を刺激した。
歩いた。
だいぶ歩いた。
奇妙な目つきで見る人も、雪帽子を被った湯気立つ屋台も、全くなくなり、凍った小さな川の横の道を歩いている。
街を抜ける頃には半数近くが歩けなくなり、倒れた者を引きずって歩く事は出来なくなった。
お嬢様は一度馬車を止め、不服そうに頬を膨らませて兵士達と何かを話しているようだった。
私としては、こんな雪の中で止められるのなら、早いとこ目的の場所まで歩いていきたかった。
フラミンゴのように片足で立っていても、上げている足は温かくはならない。
体が冷え切っているから当たり前のことなんだけど。
やや大きな、そして不満の混じった声を合図に、倒れた者は切り離された。
首の鎖から解放されて、すでに事切れている者や弱々しく生きていることを証明している者もいた。
その姿を見て、まだ鎖に繋がっている者達の間で良からぬ顔をしている者が出始めた。
最年少の私ですら、その考えは簡単に見抜くことができる。
歩けなくなったフリをすれば解放してもらえる。
いち早く異常に気が付いたのは、以外にもお嬢様だった。
楽天家なだけかと思っていたけれど、嫌な方向での勘は鋭いみたいだ。
「外したやつの首は落としときなさい。見せつけるように、ね」
程なくして、私の目の前でも残虐な行為が始まった。
雪道はラズベリーソースをこぼしたかのように染まっていった。
しっかりと見てしまっていたが、それは結局のところ他人の首で、私はまだ生きている。
くだらないショーを見せられるくらいなら、さっさと馬車を進めてほしい。
それに、胃袋の中に蓄えが全くないので、酸味のあるソースをかけた雪が、少し美味しそうに見えてしまっていたから。
全員分のソレは終わり、出発の準備が整ったようだ。
足だけでなく心まで冷えてしまった気がするが、それはきっと気のせい。
「城に着くまでに何人が残ってるかしらねぇ」
呟くように漏れた声。
その声からは、楽しそうとは言えないような感じだった。
いったいどういう事だろう?
奴隷を買い集めて悪趣味な事を楽しむだけかと思っていた。
しかし、その発言からはどうも裏があるように聞こえる。
まぁ、城に着いた時に人数が少ないと、その分だけ出来ることが少なくてつまらないだけだろうけど。
冷たい鎖が軋み、足の感覚はとうに消えた。
首を落とした時の返り血が付いて、風に吹かれて冷えた。
仲の良かった人も、私の目の前でお別れした。
涙を流して私を見つめていたけど、私は何でもいいから早く温まりたかった。
ようやく城らしきものが見えてきた時には、さらに半分にまで減っていた。
ここまで減ると倒れていくものはほとんどおらず、それにお嬢様はやや不満を持っているようだった。
列の一番後ろで監視していた兵士の甲冑の擦れる音が、すぐ近くで聞こえてくる。
もうすぐ、もうすぐ着くんだ。
そう思うと、どこに残っていたのか分からない希望が急に込み上げてきた。
周りの人の表情にも、僅かに明るいものが見えている気がした。
歩けば歩くほど大きくなっていく建物。
馬車はその影の中へと入って行った。
「…結構残ったわね。それじゃ、誰かこれ、部屋に入れといてちょうだい」
顎で物呼ばわりされたが腹は立たない。
馬車から鎖が離されて、私達は「それなり」の部屋に入れられた。
安堵感から、ほぼ全員が倒れ伏せるように床に寝そべった。
それは私も例外ではない。
勝った。
悪趣味お嬢様とのゲームに勝ったんだ。
刺すように足が痛むが、そんなものを気にかけるほど暇ではなかった。
地獄のような場所に入れられて以来、初めて笑い、そのままで眠っていた。
おそらくハッピーエンド。
いや、むしろここからが始まり。
お読みいただきありがとうございました!