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「ソフィーさん、君さ、本当はもう起きてるんでしょ?」
ボクがそう呟くように言うと、氷の中で目を閉じていたソフィーがすっと口元に弧を描いた。
「……随分前から、起きてたよ」
「ははっ、嘘はだめって前にボクに言ってたじゃない」
愁いを帯びたその目をボクに向けソフィーさんは、君も大変だったね、なんて笑いかけた。
笑いごとじゃないよ、と返したってソフィーは笑う。まるでボクがとても哀れに見えているかのように。哀れなのは、ソフィーさんの方なのに。
ごほっ、と彼女が咳込み氷の中で彼女が吐き出した空気が上へ浮かんで行った。あれ、氷なのに水の中みたいだ、と思える余裕があったなんて、と笑えた。自分が創った氷なのに。
「……ソフィー、血、出てるよ」
「ああ、ほんとだ。なんか赤いと思ったら。もうこの体にもガタがきてるみたいだ。思ったより短かったけど、ミサイドと関わっていてこれまでもったのが不思議なくらいだし、自然なことだろうね。この体も、もういつ死んだっておかしくない」
ミサイドは、死神さまだから。
やっぱり笑ってソフィーさんが言う。そんな、死神だなんて。ミサイドは死神なんかじゃないって言ったのは、ソフィーなのに。今更そうやって、助けてくれた相手を貶すなんて。
「……君は、酷いね」
「そうだよ、私は酷い神だ。私は、これ以上ないほど酷い神だ。だからこうやって生きているんだ。ほら、君にも見えているんだろう? 君の足元の死体がさ」
「……ほんと酷い。見ないように、してたのに」
足元に目をやると、たくさんの天使と神が息絶えていた。最初から見えていたけれど、見ないように、見えないようにしていたのに。ソフィーさんがそちらに注意を促すから、嫌でも見えてしまう。
ボクの記憶にあるソフィーは、こうだったっけ。こんなに酷い性格をしていたっけ。他者が嫌がることをわざわざ言うような性格をしていたっけ。
……違う。ボクの知ってるソフィーさんは、こんな性格じゃない。こんな神じゃない。
「見ないように、なんて駄目だよ。ちゃんと見ないと。神サマが目をそらしちゃいけない。真正面から受け入れてしまわないといけないんだ。そう教えなかったかな」
きっとソフィーはボクがこれほど傷付いているのを知っている。知っていて、もっともっと傷付けようとボクの心を探っているんだ。ソフィーさんの言葉で動揺しちゃいけない。わかっていても、どうしても気にしてしまう。
怖い。痛い。辛い。悲しい。
こんなの、ソフィーじゃない。
「ああそうか、アレクはヒトになりたかったんだよね。そうかそうか、それなら頷けるよ。望んだとおりヒトになった私は全部理解したけど、アレクはまだ、わからないんだよね」
……酷い。
酷すぎるよ、こんなの。
こんなの酷すぎて吐きそうだよ、ボクらの神様。
「ソフィーさんはずるいよ、ずるい。ボクだって人間になりたかったのに! ボクだって、ボクだって!」
そこまで言ってはっと我に返った。こんなこと言っちゃいけない。言っちゃいけないことだ。
ソフィーを見ると、すごく悲しそうに、すごく苦しそうに顔を歪めていた。




