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ルルアは彼女の母親である。腹を痛めて産んだわけではない。しかし、彼女を産んだのは間違いなくルルアであり、彼女を育てたのも間違いなくルルアであった。
彼女は幼い頃から手のつけられない純粋な悪を持っていた。その頃からルルアは本館長であったため、彼女を放っておくことも多かった。だからだろう、彼女はルルアを親としてみた事が一度もなかった。
彼女が悪さをした事はない。彼女はよく頭が回る子で、自分がやったと知られずに他人に何か影響を及ぼすのが好きだった。
そんな彼女でも、ルルアは愛していた。
崩壊が始まった。
世界の、崩壊が。
一見いつもと変わらない天界から、一見いつもと変わらない地上を眺める。
こんなに綺麗な世界なのに、これでも崩壊が始まっているなんて。
「信じられないくらい……長かったなあ」
世界が始まって、壊れるまでの長い時間。長くて長くて、気が遠くなりそうなほど長くて。
ボクが創られてからボク自身が体験してきた時間も、それよりは短いものだけど、もう思い出せないことも沢山ある。
初めて彼女と会ったときのこと。
初めて彼女と目を合わせたときのこと。
始めて彼女と言葉を交わしたときのこと。
大切だったそれらの思い出すら、思い出すことは困難に思えて。思い出はいずれ思い出せなくなる、忘れてしまうものだ、と彼女は言っていたけれど、本当に、思い出にしたもの全てを思い出せなくなってしまった。
「いやだなあ、ほんと」
この世界がなくなるなんて、信じたくない。
長く長く存在していたこの世界が終わるなんて。
ソフィーさんとミサイドがあんなことになって、天使も神も悪魔もみんな消え去って。
ボクだけが最後に残って、世界の最期を見届けないといけないなんて。
「残酷だなあ」
笑えるほどに残酷だ。ボクは守りたいものを守りたかっただけなのに。なのに全部が無に返るのを見届けろ、なんて。
なんて酷い。
「ソフィー」
真っ白な天界の、真っ白な吹き抜けの広場。
どこまでもどこまでも高い天井へとそびえ立つ、大きな大きな氷。
その中に氷漬けにされているソフィーさんと、氷にもたれかかって動かないミサイド。
氷を見上げながら、触れる。
ソフィーもミサイドも動かない。氷は冷たく、まるでボクの心でも見透かしたみたい。




