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神が創りしこの世界  作者: 小林マコト
英雄のなれの果て
37/45

 何をするのかと思っていたら、ミサイドは、こう言って指を鳴らした。


「篝人形の役目は、世界中を照らすこと。そして――」


「――創造主から与えられた、世界中の時間軸を照らし続けること」


 パチン。


 とても気持ちの良い音が部屋中に響いたかと思うと、少年の背にある時計の壁以外の壁――私の両脇の壁に、ずらっと様々な色、形、大きさの時計が現れた。

 中にはデジタル時計なるものや、腕時計なるものもあり、多種多様、という言葉がとても当てはまっていると思う。


 私は驚いているのだが、少年は、やはり前を向いたままだった。


「篝人形の存在があるから、世界中の時間軸は守られ、全ての存在がそこにあることができるのだよ」

「カガリニンギョウ……」


 私は少年に近付く。

 少年の赤い瞳は、何の感情も映していない。


 顔立ちが整っていることも手伝い、本当に人形のようだ。


「人間……英雄……人形。神々のチカラが、人間に宿った結末……」


 この少年は、かつて何を思い、何をしたのか。

 ミサイドは英雄と呼ばれた存在について話してくれた。

 しかし、この少年の生涯については話してくれなかった。


 心を失くした少年は、これからどう生きていくのだろうか。

 出来ることならば、私としては心を持って生きてほしいと思う。

 自ら記憶を封印しているのだから、私如きには、きっと出来ないのだろうけど、もしも、もしもの話として、少年に心を持たせられるとしたら。


 私は、少年に地上の話を聞かせるだろう。


 何故少年が記憶を封印したのかは、私には解らない。

 けれど、少年が心を取り戻したら、私が知っている地上の話をしたい。


 地上はそれほど悪くない。

 そう、伝えたい。


 君が守ってくれた時間軸の中で、私は生きてきた。

 生きていた。

 私が生きることが出来たのは、君が時間軸を守ってくれていたからだよ。

 私が生きることが出来たのは、君がヒカリを与えてくれていたからだよ。

 ありがとう。

 そう、伝えたい。

 少年の頬に、そっと触れると、人間の温かさがあった。


「……篝人形のカガリは、篝火の篝だよね?」


 私はミサイドに問う。

 ミサイドは「そうだ」と答えた。


「篝人形、初めまして。私は穹だ。天界のみんなからはソフィーとかソフィアと呼ばれてる。よろしく」


 まずは名乗る。


「私は人間なんだ。地上に居た。天界に来たのは、三日前」


 そして、人間だったことを伝える。

 すると、ずっと反応がなかった少年が、やっと私という存在をその美しい眼に映して、私に向けて言葉を放ってくれた。


「あなたはヒトですか? あたしはヒトでした」

「そう。私はヒトだよ。人間だよ。篝人形、君も人間だったんだってね」

「あたしは英雄と呼ばれていました。死んで天界に来ました。あなたも死んで天界に来たのですか?」

「私も死んでここに来たよ。一緒だね」

「あなたが生きていたとき、地上は平和でしたか? ヒカリは足りていましたか?」


 少年と会話しているということが、嬉しくなって、私は話し続ける。

 少年は少しカタコトな喋り方だった。例えるならば、日本語を勉強し始めたばかりの外国の人間のようだ。


「戦争をしている国もあったけど、私の国は平和だったよ。ヒカリも足りていた」

「そうですか。ならば、ヒトが争わぬよう、世界にヒカリを、もっと、溢れさせましょう。あたしの役目を、果たすのです」


 三つの歯車の、右側と左側の炎が、一気に強くなった。

 そして、少年の両掌から、金色の炎が創りだされた。


「君が創るヒカリは、希望のことかい?」


 私が問うと、今まで会話していたものの、一切表情を変えなかった少年が、ほんの少し、驚いた表情を浮かべる。


「よくおわかりで」

「世界に必要なヒカリは、太陽光だけじゃない。電気の光だけじゃない。一番必要なのは、希望の光だからね」

「あたしがうみだすヒカリの正体を見抜いたのは、ソフィアさん、あなたとミサイド様だけです」


 少年は、私のことをソフィアと呼ぶことに決めたようだ。


 少年のヒカリの正体を、ミサイドが知っているのは当たり前だろう。

 ミサイドはこの世界の全てを知っているのだから。


「ひとつ、訊いてもいいかな?」


 私の問いに、少年は頷く。


「君の名前を、教えて?」


 少年は私の問いに、また驚きの表情をほんの少し浮かべ、一瞬で笑顔に戻り、答えてくれた。


「テュール、と申します。白髪のテュールと呼ばれておりました」



          英雄のなれの果て  完


(テュールかぁ。なんかシャルルを思い出す)

(シャルルは一応神だから、人形と一緒にしたら機嫌を悪くすると思うぞ)

(マジですか。じゃあ前言撤回)

(しかしまあ、篝人形が心を取り戻すとは)

(あ、心戻ったの?)

(ソフィーが戻したんだ)


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