3
何をするのかと思っていたら、ミサイドは、こう言って指を鳴らした。
「篝人形の役目は、世界中を照らすこと。そして――」
「――創造主から与えられた、世界中の時間軸を照らし続けること」
パチン。
とても気持ちの良い音が部屋中に響いたかと思うと、少年の背にある時計の壁以外の壁――私の両脇の壁に、ずらっと様々な色、形、大きさの時計が現れた。
中にはデジタル時計なるものや、腕時計なるものもあり、多種多様、という言葉がとても当てはまっていると思う。
私は驚いているのだが、少年は、やはり前を向いたままだった。
「篝人形の存在があるから、世界中の時間軸は守られ、全ての存在がそこにあることができるのだよ」
「カガリニンギョウ……」
私は少年に近付く。
少年の赤い瞳は、何の感情も映していない。
顔立ちが整っていることも手伝い、本当に人形のようだ。
「人間……英雄……人形。神々のチカラが、人間に宿った結末……」
この少年は、かつて何を思い、何をしたのか。
ミサイドは英雄と呼ばれた存在について話してくれた。
しかし、この少年の生涯については話してくれなかった。
心を失くした少年は、これからどう生きていくのだろうか。
出来ることならば、私としては心を持って生きてほしいと思う。
自ら記憶を封印しているのだから、私如きには、きっと出来ないのだろうけど、もしも、もしもの話として、少年に心を持たせられるとしたら。
私は、少年に地上の話を聞かせるだろう。
何故少年が記憶を封印したのかは、私には解らない。
けれど、少年が心を取り戻したら、私が知っている地上の話をしたい。
地上はそれほど悪くない。
そう、伝えたい。
君が守ってくれた時間軸の中で、私は生きてきた。
生きていた。
私が生きることが出来たのは、君が時間軸を守ってくれていたからだよ。
私が生きることが出来たのは、君がヒカリを与えてくれていたからだよ。
ありがとう。
そう、伝えたい。
少年の頬に、そっと触れると、人間の温かさがあった。
「……篝人形のカガリは、篝火の篝だよね?」
私はミサイドに問う。
ミサイドは「そうだ」と答えた。
「篝人形、初めまして。私は穹だ。天界のみんなからはソフィーとかソフィアと呼ばれてる。よろしく」
まずは名乗る。
「私は人間なんだ。地上に居た。天界に来たのは、三日前」
そして、人間だったことを伝える。
すると、ずっと反応がなかった少年が、やっと私という存在をその美しい眼に映して、私に向けて言葉を放ってくれた。
「あなたはヒトですか? あたしはヒトでした」
「そう。私はヒトだよ。人間だよ。篝人形、君も人間だったんだってね」
「あたしは英雄と呼ばれていました。死んで天界に来ました。あなたも死んで天界に来たのですか?」
「私も死んでここに来たよ。一緒だね」
「あなたが生きていたとき、地上は平和でしたか? ヒカリは足りていましたか?」
少年と会話しているということが、嬉しくなって、私は話し続ける。
少年は少しカタコトな喋り方だった。例えるならば、日本語を勉強し始めたばかりの外国の人間のようだ。
「戦争をしている国もあったけど、私の国は平和だったよ。ヒカリも足りていた」
「そうですか。ならば、ヒトが争わぬよう、世界にヒカリを、もっと、溢れさせましょう。あたしの役目を、果たすのです」
三つの歯車の、右側と左側の炎が、一気に強くなった。
そして、少年の両掌から、金色の炎が創りだされた。
「君が創るヒカリは、希望のことかい?」
私が問うと、今まで会話していたものの、一切表情を変えなかった少年が、ほんの少し、驚いた表情を浮かべる。
「よくおわかりで」
「世界に必要なヒカリは、太陽光だけじゃない。電気の光だけじゃない。一番必要なのは、希望の光だからね」
「あたしがうみだすヒカリの正体を見抜いたのは、ソフィアさん、あなたとミサイド様だけです」
少年は、私のことをソフィアと呼ぶことに決めたようだ。
少年のヒカリの正体を、ミサイドが知っているのは当たり前だろう。
ミサイドはこの世界の全てを知っているのだから。
「ひとつ、訊いてもいいかな?」
私の問いに、少年は頷く。
「君の名前を、教えて?」
少年は私の問いに、また驚きの表情をほんの少し浮かべ、一瞬で笑顔に戻り、答えてくれた。
「テュール、と申します。白髪のテュールと呼ばれておりました」
英雄のなれの果て 完
(テュールかぁ。なんかシャルルを思い出す)
(シャルルは一応神だから、人形と一緒にしたら機嫌を悪くすると思うぞ)
(マジですか。じゃあ前言撤回)
(しかしまあ、篝人形が心を取り戻すとは)
(あ、心戻ったの?)
(ソフィーが戻したんだ)




