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彼女と彼の物語は、いずれ淘汰されるのだろう。物語という形にしてもなお危険な物だ。本にして封印しようにも、どうにも限界がある。
そこで架空の物語の本の図書館における本館、支部を纏め上げる最高責任者は、本館長であるルルア=イージュに特殊な命令を与えた。
彼女と彼の物語を喰え、と。
「ヒカリは要りませんか。あたたかなヒカリ。あたしはすべてにヒカリを与える者。ヒカリは要りませんか」
その澄んだ声が聞こえる方に、私は目を向ける。
急に足を止めた私をよそに、ミサイドはそのまま歩いて行く。
ミサイドに待って、と言ってこちらへ呼び、先程の声は誰の声なのか、と訊く。
「ああ、あの声は確か、篝人形の声だ」
「カガリニンギョウ?」
「丁度良い。人形の説明もしよう」
そう言って、声がした方へミサイドは歩く。
天界に来て、三日ほどが過ぎた。
基本的に真っ白な壁が続く廊下や、どこからか聞こえる綺麗な歌声。そんなものに対し、私は何故か懐かしさを感じている。
今日はミサイドに天界を案内してもらっている。
天界は、地上とは違って、ひとつの大きな建物の中のようだ。ひとつの存在に対してひとつの部屋が与えられていて、与えられた部屋は、持ち主が好きなように使っている。
ミサイドの部屋は、何もなかったけど。
ちなみに、天界にある物は、すべて幻だ。
何かを想像することで、そこに実体をもつことになる。
だからそこにないのと同じらしい。
ミサイドの後を追っていくと、大きな鈍色の扉の前に行きついた。
扉に触れると、それは鉄のようなもので出来ているようだ。
見るからに重そうな扉の向こうから、先程の声が聞こえる。
右手をそっと扉にあて、ミサイドはさして力を入れる様子もなく、押した。
扉がそこまで重くなかったのか、はたまたミサイドの力が強かったのか、どういうわけかは解らないけれど、扉は簡単に開いた。そりゃあもう、簡単に。
扉の向こうは、真っ白な廊下や他の部屋と違い、金色の壁があった。正面の壁には、私の体より大きいのではないかと思うような、そんな大きな歯車のようなものがいくつもかけられていて、ひとつの大きな時計になっていた。
そしてその時計の下の方に、歯が欠けて動かない歯車が三つ並んでいた。時計とは独立しているようで、少しだけ壁から離れている。
三つの歯車は、真ん中の歯車が一番大きく、両脇の歯車は同じ大きさで真ん中の歯車の三分の一くらいの大きさだ。右側の歯車の穴からは、真っ赤な炎が出ている。対して左側の歯車の穴からは、右側の歯車とは正反対の、真っ青な炎が出ていた。どちらの炎も、激しく燃えている。
その三つの歯車は、歯車の下の台もあわせて、やはり金色をしていた。時計から少しとはいえ離れているため、ひとつのオブジェのように見える。それは私の背よりも少し高い。
そして、そのオブジェの前に、白髪の少年が両手を広げ立っている。身長は、オブジェの少し下。アレクと同じくらいだろう。
少年は赤い瞳をして、右目に眼帯をしている。髪は短い。顔立ちが整っており、ぱっと見ただけなら女の子にも見える。黒く長い手袋は、使い込んでいるようで、穴が開き指先がのぞいている。ぼろぼろになった金色のマントらしきものは、前が焼けた跡があり背面のみを隠していて、中の服はアニメか何かで見たことのあるような、民族衣装のようなものだった。
しかし、そんな他の特徴よりも目立っているのが、右腕だった。
長い手袋に開いた穴から見える、ところどころに張り付けられたような鉄。
まるで、機械か何かのような。
そんな、腕。
どれもが古びていて、かなり昔に作られたものだと解る。
部屋にある全ての金色は、少しだけ、場所によって色合いが違った。歯車だって、ひとつひとつ、微妙に色が違った。
「ヒカリをどうぞ。あたしのヒカリを。すべてを照らし輝く、黄金の太陽のヒカリをどうぞ。あたしはすべてにヒカリを与える者。ヒカリを。ヒカリをどうぞ」
少年が言う。
男の子にしては高い声だ。その見た目通り、まだ幼い声。
少年は顔全体に笑みを浮かべて声を張り上げる。作りもののような、笑みで。
叫んでいるわけではないのに、よく通る、澄んだ声。
「紹介しよう。彼は篝人形。この部屋の主だ」
はっ、と我に返る。
部屋の凄さや少年に目が奪われていた。
ミサイドは少年に近付き、少年の頭にぽん、と手を置いた。
けれど少年は全くそれに反応せず、じっと前を向いて笑みを浮かべていた。
正面に立っている私など、眼に入ってないかのように。




