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「……ソフィー?」
どこからか声が聞こえてきて、それがこの空間に反響した。
「ソフィー!」
次の瞬間には、私は若い男性に抱きしめられていた。
これまた突然である。
ミサイドは呆れたようにこちらを見るだけで助けてはくれない。
「まさかこんな形で再会するなんて……」
その人――多分神だけど――は私のことを知っているようだったから、私は一生懸命どこかで会ったことがあるか十数年の記憶をあさってみる。
しかし、どうしても思い出せないので会っていないだろうという結論が出た。
もしかしたらただ忘れているだけかもしれないので、彼の容姿をはっきりと見てみる。
肩につくくらいの長さの茶髪。
長い前髪を右側に流していて、そのせいで右目が隠されている。
よく見ると右目を隠す髪の下に包帯が巻かれていて右目は完全に隠されていた。
特におかしいところはなく、なんとなくぼーっとした雰囲気だ。
「……どっかで会ったかなぁ」
駄目だ。やっぱり私と彼は会ったことなんてない。
いや、会ったことがあるような気はするけれど、会えて嬉しいと感じる気もするけど、懐かしいと思う気もするけど、思い出せない。
こんな感覚は、ミサイドやアレク、レーデルと会ったときと同じ感覚だ。
「あまり今のソフィーを混乱させないでやってくれ。これ以上彼女を揺らすと、本当にどうなってしまうかわからない」
「……わかってる。でも、まさかお前が失敗するとは、思わなかった」
「私でもたまには失敗するさ。それがあれの想定内のことかどうかは知らないが」
「……お前が素直に、自分の失敗を認めるなんて」
「シャルル、おまえはかなり私の性格を誤解しているようだな」
シャルル、と呼ばれたその人は、やっぱり神らしい。
もういきなりこいつは神だ、なんて言われたって驚かないよ。何人もの神を見てきたんだ、信じないわけにはいかないさ。
「……ソフィー」
「何でしょう」
「……今から貴女は、冥界に行くことになってるけど」
「え、冥界ですか」
「……そう。貴女が自分で決めてしまったんだ。だから、多分もう覆せない」
ゆっくりとした、穏やかな声。
不思議とそのゆっくりな喋り方は聴きとりやすく、いらいらしたりしない。
「……貴女は、選んだ。だから最後まで、その道を歩かなければならない」
「私は一体、何を選んだというんだ」
「……俺の口から、説明することは、天界の規律に反する。だから言えないけど、それは俺より、貴女の方が知っているはずだ」
そう言われ考えてみるけれど、やっぱり無理だ。私は何を考えて冥界へ行くことを選んだのか。どうしてもわからなかった。
ただ、それは決して良い道ではなく、むしろ悪い道なのだ。それだけはわかる。
ならば、何故。
何故私は、その道を選んだのか。
死んでしまった理由もわからないし、冥界へ行くと決めた理由もわからない。
「わからないことだらけじゃないか……」
ミサイドやシャルルの様子を見れば、色々と私のことを心配してくれているのはよくわかる。
特にミサイドが心配してくれて、ここまで落ち込んでいるということは、私を監視するという仕事が全う出来なくなってしまうという理由だけではないはずだ。きっと、私を知っている他の神たち――アレクやレーデルも、心配しているかもしれない。
天界にいる、私の知らない神や天使たちにも迷惑をかけているかもしれない。私は特別な存在らしいし、人間が冥界へ行った、なんて話、いろんな話をしてくれたミサイドやアレクからも聴いたことがない。ということは、私はありえないことをやらかしてしまったのかもしれない。それは世界の枠を超えてしまって、それのせいで世界の均衡をおかしくしてしまったとか。
ありえない話ではないはずだ。
「ミサイド、せめて、私が死んだ理由を教えてくれないか? わからないことだらけで、まったく情報の処理が追いつかないよ。穴だらけで、欠片と欠片をくっつけることができない。せめて、死んだ理由さえわかれば、もう少し理解できるかもしれない」
本当に知りたいのか?
そう言いたいのだろう。ミサイドは少し考え、私に確認した。
「今以上に情報が溢れてしまうだろうが、いいのか?」
「私がそんなに多くの情報で成り立っているとは思えないけど、まあ、いいよ」
私がそう答えると、ミサイドはいたって平然な顔をして、でもどこか辛そうに話してくれた。




