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神が創りしこの世界  作者: 小林マコト
死んだって幸せ。
31/45

「ミサイド、私は一体、何者なんだ?」

「……その質問の意味は」

「意味、って……。そのままの意味だよ。私はさ、何者なんだ」


 さらに怪訝そうな顔。

 私はそんなに変な質問をしたのだろうか。いや、そんなことはないはずだ。

 だって、人間以外の存在である天使や神が実在すると知って、私が少なからず自分が何者なのか考えていたことを彼は知っているはずだ。だから、私は彼の予測する範囲内から出たような質問はしていないはず。


「うっすらと感じていたことがあるんだ。いや、感じていることがあるんだ。私は私ではないのかもしれない。私が知っている私は、今ここにいる私ではないのかもしれない。むしろ私が知っている私はもうどこにもいないのかもしれない。私は私ではなく私以外の誰かであり私以外の何かでありそう考えてみると私は何者なのかって疑問に辿り着いてまた考えてみるけどやっぱり私の中には私以外の何かがいるように思えるし私自身が私という存在を理解していないのかもしれないって可能性にも辿り着くけど私は誰よりも私を理解しているし私を完全に理解できているのは私以外にいなくてだからやっぱり私は私ではなく私以外の誰かであり私以外の何かだとしか考えられない。だから私は一体何者なんだって最初の質問に戻っ――」


「黙れ!」


 一生懸命説明していたところをミサイドに遮られ、その上ミサイドの綺麗な白い手で口を塞がれてしまった。

 もがっ、なんて格好悪い効果音を出してしまったのがとても恥ずかしい。


「ソフィーはソフィー以外の何者でもない。だから、自分の存在に疑問を持つな!」


 あまりにもミサイドが必死だったため、呆気に取られたけれどなんとか頷いて見せる。


 ミサイドは自分の気に入らない行動を取る人間は嫌いだけど、ちゃんと言うことを聴く人間はそれなりに受け入れてくれる。特に機嫌の悪いときは、彼の言うことをしっかり聴かないともっと機嫌を損ねてしまう。


 ただでさえ今日は今までにないほど機嫌が悪いのだ。こういうときは、彼に限らず誰であっても言うことを聴いた方がいい。性格上、面倒なことは色々してきたので、それは痛いほど解る。痛いほど。辛いほど。苦しいほど。


「自分の存在に疑問を持ってはいけない。疑問を持って、それを暴こうとしてはいけない」


 まるで幼い子供にでも言い聞かすかのような言い方。

 そして、自分に言い聞かせているかのような言い方。


 ミサイドは私の口から手を離し、疲れ切ったように弱々しく座った。私の目には空気イスのようにも見えたが、イスがそこにはあった。透明なイスが、確かにあったのだ。

 まあ、私には見えていないけど。


「……前々から、ソフィーが疑問を持ち始めていることには気付いていた」


 小さく呟くようにミサイドは言った。

 悲しそうに悲しそうに。


「気付いてはいたんだ。だけど、私が言ったとして、歴史に介入は出来ないから、世界に介入は出来ないから、自分以外の存在に干渉することは出来ないから、あえて言わなかった。言っても無駄なことは言わない方がいいと思った。けれどそれも間違っていたのかもしれない。言うだけ言っておけばよかった。少なくとも、そうすればこんなことにはならなかったかもしれなかったのに。こうなってしまえば、もう時間を飛んでも意味がない」


 今更嘆いても、意味はないな。

 そう締めくくったミサイドは、本当に弱々しく見えた。


「まあいい。君が選んだ道だ。私がどうこう言うことは出来ない」


 なんだそれ。なんだよそれ。

 私はもうおいてけぼりを食らった気分だ。何が何だかよく理解出来ない。


 これはこうだからあれに繋がって、という風にひとり情報を整理していると、白いこの空間に影が落ちた。

 よくよく見てみると、影のように見えるそれは、黒い水だった。真っ白で果てがどこだか肉眼では解からないこの空間の、私の目に見えている一番遠くから、黒い水がこちらへ向かって流れてきた。

 私とミサイドを囲うようにしてこちらへと向かってくる黒い水は、不透明で白を塗りつぶしていく。


「迎えが、来たようだな」


 ミサイドは立ち上がり、段々と足元の白が塗りつぶされていくのを無表情で見下ろした。


 色々と混乱してるのにまた混乱の種となる現象が起こるなんて、私の頭がそれほどまでに良い出来だとでも思っているのか。こんな情報量を捌けるとでも思っているのか。私の頭はかなり悪いんだぞ。


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