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帰ってきた彼女はどこかおかしかった。けれど変わらず優しく、神々も天使も安心した。
ただ、現創造主は違った。
違和感を覚えていたが、彼女と彼が幸せならそれでいいと忘れようとした。
気が付いたら私は悪魔だった。
いや、生まれたときから悪魔であるはずなんだけど、ふっと私は悪魔だ、と思い出したかのように意識したのだ。
生まれたときからこれまでの記憶はちゃんとある。不自然なところも全くなく、ちゃんとある。それは本当に不自然なところも不可解なところもなく、完璧な記憶として残されていた。
けれど、何かおかしい。
私は大切な、大切な何かを忘れている。
記憶が抜けているというのは気持ちが悪い。だから私は抜けた記憶を呼び覚まそうと必死なのだけど、霧がかかったように手が届かない。
気持ち悪い気持ち悪い。
どうにかして思い出そうと、私はふらり旅に出た。
身体のつくりを人間と同じものにして、人間の真似事をしながら旅をした。
「ソフィー、少し私の話を聞いてくれないか」
どうしても思い出せず、色々な場所を旅してみたのだけど、もうだめかな、と思ったときに彼に声をかけられた。
振り向くと、何故か懐かしいような気分が押し寄せた。真っ黒な彼を、きっと私はどこかで見たことがある。
「……どうして私の名前を」
「この世に私が知らないことはない。君の名前くらい、知っているよ」
馴れ馴れしくそう言った彼。
彼を私は知っている。記憶がどうのこうの言ってられないくらい、つい最近も、ずっと前も知っていた。
「……ミサイド様」
彼は、ミサイドという名の天使様だ。
いや、神様だ。多くの神様の中でもイレギュラーな神。時を操り、すべての情報を司る、自由奔放な神。
悪魔の世界でも彼の名は有名で、変わり者だ変人だ、なんて言われているのをよく耳にする。悪魔と神とは対立した存在ながら、彼はむやみやたらと私たち悪魔を殺したりしない。もちろん、昔ある人間を守る任務を与えられたときは沢山の悪魔を殺したという話を聞いたが。
彼はどこか悲しそうに私を見た。私も彼といつどこでどういう関係にあったのかわからなかったから、思い出すために彼を見た。
「ソフィー、久しいな、探したよ」
「……ミサイド様、どうか私を殺さないで下さい。私は今、失われた記憶を取り戻すために旅をしているのです。せめてその記憶を取り戻すまでは、殺さないで下さい」
「大丈夫だ、私はもう、悪魔を殺すべき立場にいない。悪魔を浄化するのは他の神やら天使やらがやればいい。私には関係ない」
本当に、この神様は変わり者だ。
殺されるのは怖くないが、まだ思い出せていない記憶を取り戻すまでは死にたくないと思っている私にとって、今殺されるのはとても困る。だからどうか殺さないで、と彼に頼んだのに、彼は元よりそんな気はないという。
変わり者だ。とても。
神や天使は、初代創造主の穢れから生まれた私たちを憎んでいる。それは少ない感情しか与えられなかった、明るい感情しか与えられなかった彼らの中で唯一、大きく膨らんでいく感情であり、暗い暗い感情だ。だからかは知らないが、彼らは穢れとして私たち悪魔を浄化しようと躍起になるし、私たち悪魔は彼らが初代創造主の穢れを認めないのということに失望するのだ。
初代創造主は、ちゃんと知っていたのに。世界は美しいだけでは成り立たないと。多くの穢れがあるからこそ、その中に隠された美しさを正面から『美しい』と思えるのだと。
私たちは確かに穢れだ。けれど私たちは初代創造主が憎いわけじゃない。むしろ、私たちをこの世界に創り出してくれたことに感謝するほどだ。悪魔にとっても初代創造主は大切な存在であり、特別な存在だ。




