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私が創った人間という存在は、穢れの多い存在だ。
感情を与えたから。
選択肢を与えたから。
寿命という期限を与えたから。
何かを与えれば、その存在は自分で考え、自分で行動した。
それは神たちや天使たち、悪魔たちも同じことだけど、人間には足りないものが多すぎて、間違いながら、進化をしていった。
進化の過程には、穢れがどうしても必要だった。
間違ってしまうから。
私はそれを許した。
人間たちが、羨ましかったから。
間違って、穢れて。それでも守りたいものを守りきって死んでいく者たちを見て。
そんなふうになりたいと、思った。
そうだよ。
私はどの堕天使たちや、堕ちた神たちよりも早くに、堕ちていたんだ。
人間が羨ましくて。
ただ羨ましいだけなら堕ちなかった。
嫉妬の念を、抱いてしまった。
だから私は穢れたんだ。
けれど、私が穢れて記憶をなくし堕ちるたびに、ミサイドは私の穢れを浄化しようとしてくれた。
ミサイドは、私のために多くのものを失ったのかもしれない。
時間とか。
そんなものを。
私のために、自由に使えるはずの時間を、使ったのかもしれない。
そうだ。
ミサイドに時間を飛ぶチカラを与えたのは、私だ。
時間を飛んで歴史を変えないようにイレギュラーな存在にしたのも、私だ。
はは。
笑えるよ。
全部、私がしたことなのに。
私が望んだ結果と、全然違うじゃないか。
私はただ、神として、すべての存在を守りたかっただけだ。
私はただ、神として、すべての存在を幸せにしたかっただけだ。
なのに、逆じゃないか。
私のしてきたことは何なんだ。
無駄でしかないじゃないか。
手に持つナイフを見る。
これは人間になって生きようと思ったときに、護身用に体内に取り込んだ、天界の武器だ。
私が地上に降りて、記憶をなくしたら、きっと悪魔が狙ってくるだろうと思ったから。
案の定、予想通りになったけど。
このナイフさえ体内に取り込んでいれば、まず悪魔は私に近づけない。
身を守る術のない私の、最大の防御。
結果として、今まで体内から出すことはなかったのだけど、最後には、これで終わらせるんだな。
守る為のナイフを。
殺す為のナイフに。
自殺って、ダメなことなんだ。
自分の命でも、私が与えた命だから、元はといえば私の命だ。
ということは、私の命を殺したということになる。
私は自殺した人の魂は消滅させてきた。
私の命を奪ったのだから。
だから、こうしたらきっと消えられるはず。
自分を殺せば、きっと。
でもなー。
さっきも左胸を刺したけど、私は死ななかったんだ。
私という存在は、いつまでも生きていないといけないみたいだ。
「ソフィア!」
聞きなれた声が聞こえた。
ミサイドの声だ。
良かった。存在していたんだ。
「おーミサイド。ちょうどよかった。少し頼まれごとをしてくれないか」
空間をねじまげて私のところに来たから、ミサイドは肩で息をしている。
ミサイドも、人間の体で生きていたんだな、なんて。
思ってみたり。
「私は、神だった。けれど、今のままじゃあ、真実に行けない。介入できないように現創造主が邪魔をしているから。だから、私はちょっと軽い禁忌を犯してみようと思う」
「何を……!?」
「はは、そんなカオしないでよ。ミサイドじゃないみたいだ。ほら、私の知っているミサイドは、クールかつ鬼畜な神だよ? 今のミサイドと正反対じゃないか」
あーあ。
ミサイドの顔を見たら、決心が揺らぐじゃないか。
やめてよ、まったく。
ちょうど良かった、なんて、私もよく言えたものだ。
「私はこれから堕ちるとこまで堕ちて、悪魔にでもなろうと思う。人間にはもうなったしね。だから、ミサイド。私の存在を預かっていてくれないか? 私が悪魔として、穢れきったときに、私に存在を返してやってくれ」
ミサイドが、それは無理だ、という。
でしょうね。だって、これは禁忌。私だからこそ許されることだ。
「ミサイド、私は決めたんだ。決定事項なんだよ、これは。何年も、何十年も、何百年も、何千年も、下手したら何億年も私の為に時間を使ってくれたのは分かる。けど、それを知っているうえで頼む私を許してくれ」
ナイフを左胸につん、と軽く刺す。
あー、ちょっとだけ痛いな。さっきは痛くなかったのに。
なんでだろう。人間の人生は、楽しすぎたからだろうか。
「ミサイド、今までありがとう。もう暫く、おまえの存在を私に縛り付けることを許してくれ」
そう言って、思い切り心臓のあたりにナイフを突き刺す。
痛いな。とっても痛い。激痛だ。死ぬかもしれない。
死なないけど。
ああ、痛いなぁ。痛すぎて泣けるよ。
初めてかもしれないな、泣くのなんて。覚えてないから。
涙が頬を伝うのが分かる。
こんなにも、冷たいものなんだな、って、思う。涙なんて、流したことないし。
でも、冷たいけど、温かく思える。
なんでだろ。冷たいものは冷たいだけで。温かくなんて感じないはずなのに。
人間のことは、やっぱり分からない。
「ソフィア」
なんだよ、いつもみたいにソフィーって呼んでくれよ。よそよそしいじゃないか。
「ミサイド、私が気を失ったら、このナイフを持って行ってくれ。元々このナイフは、存在を封印するものなんだ。神としての存在をこのナイフに封じるから、ミサイドはこれを持っていてくれ。いつか、私が穢れきって、もう手遅れ、みたいな状況になったら、返してくれ。頼む。ミサイドくらいにしか、これは頼めないんだ」
ミサイドは、私の考えを、理解してくれたのだろう。
ナイフを握る私の右手に、ミサイドの手を添えて――
ミサイドの浄化のチカラを使いながら、思い切り私の心臓の奥深くまで突き刺した。
神様を殺した日 完
(あーあ、暇だなぁ)
(ソフィー)
(あれ? 噂に聞く神ミサイド様じゃないか。何故私の名を知っているんだい?)
(私が知らないことはない。それより、少し穢し合いを遣らないか)
(いいよー。ちょうど暇だったし。でも、私は悪魔だよ? 神様がそんなことしていいの?)
(私はイレギュラーな存在だからな。誰も咎めたりしないだろう)




