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神が創りしこの世界  作者: 小林マコト
神様を殺した日
25/45

 私が創った人間という存在は、穢れの多い存在だ。


 感情を与えたから。

 選択肢を与えたから。

 寿命という期限を与えたから。


 何かを与えれば、その存在は自分で考え、自分で行動した。


 それは神たちや天使たち、悪魔たちも同じことだけど、人間には足りないものが多すぎて、間違いながら、進化をしていった。

 進化の過程には、穢れがどうしても必要だった。


 間違ってしまうから。


 私はそれを許した。

 人間たちが、羨ましかったから。

 間違って、穢れて。それでも守りたいものを守りきって死んでいく者たちを見て。

 そんなふうになりたいと、思った。


 そうだよ。

 私はどの堕天使たちや、堕ちた神たちよりも早くに、堕ちていたんだ。

 人間が羨ましくて。

 ただ羨ましいだけなら堕ちなかった。


 嫉妬の念を、抱いてしまった。


 だから私は穢れたんだ。


 けれど、私が穢れて記憶をなくし堕ちるたびに、ミサイドは私の穢れを浄化しようとしてくれた。

 ミサイドは、私のために多くのものを失ったのかもしれない。

 時間とか。

 そんなものを。

 私のために、自由に使えるはずの時間を、使ったのかもしれない。


 そうだ。

 ミサイドに時間を飛ぶチカラを与えたのは、私だ。

 時間を飛んで歴史を変えないようにイレギュラーな存在にしたのも、私だ。


 はは。

 笑えるよ。

 全部、私がしたことなのに。

 私が望んだ結果と、全然違うじゃないか。


 私はただ、神として、すべての存在を守りたかっただけだ。

 私はただ、神として、すべての存在を幸せにしたかっただけだ。


 なのに、逆じゃないか。


 私のしてきたことは何なんだ。

 無駄でしかないじゃないか。


 手に持つナイフを見る。

 これは人間になって生きようと思ったときに、護身用に体内に取り込んだ、天界の武器だ。

 私が地上に降りて、記憶をなくしたら、きっと悪魔が狙ってくるだろうと思ったから。

 案の定、予想通りになったけど。


 このナイフさえ体内に取り込んでいれば、まず悪魔は私に近づけない。

 身を守る術のない私の、最大の防御。

 結果として、今まで体内から出すことはなかったのだけど、最後には、これで終わらせるんだな。


 守る為のナイフを。

 殺す為のナイフに。


 自殺って、ダメなことなんだ。

 自分の命でも、私が与えた命だから、元はといえば私の命だ。

 ということは、私の命を殺したということになる。

 私は自殺した人の魂は消滅させてきた。

 私の命を奪ったのだから。

 だから、こうしたらきっと消えられるはず。

 自分を殺せば、きっと。


 でもなー。

 さっきも左胸を刺したけど、私は死ななかったんだ。

 私という存在は、いつまでも生きていないといけないみたいだ。


「ソフィア!」


 聞きなれた声が聞こえた。

 ミサイドの声だ。

 良かった。存在していたんだ。


「おーミサイド。ちょうどよかった。少し頼まれごとをしてくれないか」


 空間をねじまげて私のところに来たから、ミサイドは肩で息をしている。

 ミサイドも、人間の体で生きていたんだな、なんて。

 思ってみたり。


「私は、神だった。けれど、今のままじゃあ、真実(せかい)に行けない。介入できないように現創造主が邪魔をしているから。だから、私はちょっと軽い禁忌を犯してみようと思う」

「何を……!?」

「はは、そんなカオしないでよ。ミサイドじゃないみたいだ。ほら、私の知っているミサイドは、クールかつ鬼畜な神だよ? 今のミサイドと正反対じゃないか」


 あーあ。

 ミサイドの顔を見たら、決心が揺らぐじゃないか。

 やめてよ、まったく。

 ちょうど良かった、なんて、私もよく言えたものだ。


「私はこれから堕ちるとこまで堕ちて、悪魔にでもなろうと思う。人間にはもうなったしね。だから、ミサイド。私の存在を預かっていてくれないか? 私が悪魔として、穢れきったときに、私に存在を返してやってくれ」


 ミサイドが、それは無理だ、という。

 でしょうね。だって、これは禁忌。私だからこそ許されることだ。


「ミサイド、私は決めたんだ。決定事項なんだよ、これは。何年も、何十年も、何百年も、何千年も、下手したら何億年も私の為に時間を使ってくれたのは分かる。けど、それを知っているうえで頼む私を許してくれ」


 ナイフを左胸につん、と軽く刺す。

 あー、ちょっとだけ痛いな。さっきは痛くなかったのに。

 なんでだろう。人間の人生は、楽しすぎたからだろうか。


「ミサイド、今までありがとう。もう暫く、おまえの存在を私に縛り付けることを許してくれ」


 そう言って、思い切り心臓のあたりにナイフを突き刺す。

 痛いな。とっても痛い。激痛だ。死ぬかもしれない。

 死なないけど。

 ああ、痛いなぁ。痛すぎて泣けるよ。

 初めてかもしれないな、泣くのなんて。覚えてないから。


 涙が頬を伝うのが分かる。

 こんなにも、冷たいものなんだな、って、思う。涙なんて、流したことないし。

 でも、冷たいけど、温かく思える。

 なんでだろ。冷たいものは冷たいだけで。温かくなんて感じないはずなのに。

 人間のことは、やっぱり分からない。


「ソフィア」


 なんだよ、いつもみたいにソフィーって呼んでくれよ。よそよそしいじゃないか。


「ミサイド、私が気を失ったら、このナイフを持って行ってくれ。元々このナイフは、存在を封印するものなんだ。神としての存在をこのナイフに封じるから、ミサイドはこれを持っていてくれ。いつか、私が穢れきって、もう手遅れ、みたいな状況になったら、返してくれ。頼む。ミサイドくらいにしか、これは頼めないんだ」


 ミサイドは、私の考えを、理解してくれたのだろう。

 ナイフを握る私の右手に、ミサイドの手を添えて――


 ミサイドの浄化のチカラを使いながら、思い切り私の心臓の奥深くまで突き刺した。



           神様を殺した日  完


(あーあ、暇だなぁ)

(ソフィー)

(あれ? 噂に聞く神ミサイド様じゃないか。何故私の名を知っているんだい?)

(私が知らないことはない。それより、少し穢し合いを遣らないか)

(いいよー。ちょうど暇だったし。でも、私は悪魔だよ? 神様がそんなことしていいの?)

(私はイレギュラーな存在だからな。誰も咎めたりしないだろう)


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