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「いいから、早く。今死んでも意味はないよ。誰もお嬢さんの価値を知らないまま、お嬢さんという存在を忘れるだけだよ」
嘘でしょう。
私が死ねば、私の価値を思い知らされるはずです。
「ただ忘れるだけだよ。ヒトはそういうふうに創られてんだ。それに、自殺した魂は消滅する。よほどの理由がない限り、それはかわらない。お嬢さんの場合、即効消されるからよく考えるんだ」
私が消される?
私を消したら、どれほどの価値が失われるか、解っているのですか。
「お嬢さん、解ってないね。ヒトってのはあんまり個々に価値はないんだよ。ヒトが集まって初めて価値が生まれるんだ。お嬢さんは、沢山の命の中のひとつでしかない。お嬢さんが死んでも、代わりはいっぱい居るんだ」
私の代わりなんていません。
「居るよ。だって、創造主が新しくお嬢さんの代わりになるヒトを創ればいいだけだから。お嬢さんという存在をもう一回創りだして、お嬢さんが居たところに連れていけばいいんだから。みんな、新しいお嬢さんをお嬢さんだと思い込んで接するだろうね」
彼女はそう言って、もう一度私に手を差し出しました。
「特別大サービス。もう一回チャンスをあげる。この手を掴ませてあげるから、自殺なんてしないで。新しいお嬢さんを創りだすのは、大変なんだよ?」
ほら、よく思い出してごらん。
お嬢さんに対してみんながとった態度。
そう悪いものでもないだろう?
みんな、お嬢さんの価値なんてどうでもいいんだよ。
ただ、かけがえのない存在だと思っているだけなんだ。
そう思われていることが、どれだけ幸せなことか解るかい?
彼女のその優しい声が、私の周りに居た人間たちとの記憶をよみがえらせました。
私の周りで、泣いて、笑って、怒って。
ころころと変わる表情の中、共通していたのは、幸せそうなところでした。
私の周りの彼らは、私と居て楽しんでいるようでした。
私を、大切に思ってくれているようでした。
「価値がどうしたって言うんだ。お嬢さん、きみには大切なヒトたちが居るだろう? そのヒトたちのためにも、ほら、この手を掴んで、もう一度生きてみないかい?」
私は彼女の手を掴み、フェンスを乗り越えました。
彼女は満足そうに、笑います。
そして私を強く抱きしめ、優しく言います。
大丈夫だよ。
大丈夫。
きみには私が付いているよ。
きみにはみんなが付いているよ。
価値がどうとか、関係ないだろう?
ただ、一生懸命生きればいいんだ。
生きるのに価値なんていらない。
きみは本当は、自分に価値なんてないと思っていたんだろう?
大丈夫。
価値なんて関係ないんだ。
大丈夫。
大丈夫だから、生きていようよ。
生きてれば、価値なんてどうでもいいと思えるから。
きみには私が付いているよ。
ほら、大丈夫。
一緒に生きていよう。
私は彼女の胸の中で泣きました。
声をあげて泣きました。
彼女は私が泣き止むまで、ずっと優しく頭をなでてくれました。
私が泣き止むと、彼女は小さな声で私に尋ねました。
「お嬢さんをいじめたやつは、誰?」
驚きました。
本当に、心臓がいやにはねました。
どくん、どくん。
そんなふうに。
私は、いじめられた、なんて一言も言っていません。
彼女はいったい何者なのだろう。
今更ながら不安になってきて、私は彼女からほんの少し離れました。
「ああ、ごめんごめん。驚かせちゃったね。うん、言い方を直そう。お嬢さんは、いじめられていたんだろう?」
「……どうして知っているのですか」
「それは……企業秘密ってことで」
彼女は笑いました。
私はそんな彼女が怖くなって、後ずさりします。
「大丈夫、安心して。私はお嬢さんの味方だよ。いやなら別に言わなくてもいいから」
大丈夫。
そう繰り返し言い聞かせる彼女。
私はどうかしていたのでしょう。
彼女に言ってしまったのです。
「私をいじめていたひとたちの筆頭は、××です」
言ってしまったのです。
彼女は満足げに笑って、私に近づき、頭を撫で、抱きしめてくれました。
つらかったね。
でも、もう大丈夫。
我慢しなくていいよ。
彼女が私を包むと、私はとても安心してしまいました。
あたたかで、優しい彼女は、私の穢れごと包んでくれました。
せっかく泣き止んだのに、また泣いてしまいそうになったので、私は必死でこらえました。
「大丈夫。お嬢さんの穢れも、お嬢さんをいじめた彼女の穢れも、私が背負ってあげるよ」
そう彼女が言ったあと、強い風が吹きました。
気づけば彼女はフェンスの向こうに居て、風と共に落下していきました。
それこそ驚いて、私がフェンスへ駆け寄り、下を見ると、そこには、想像していた光景とはまったくもって違う光景が広がっていました。
私が想像していた光景とは、落下した彼女の無残な死体。
しかし、実際に見た光景は――
――落下したはずの彼女は、風に乗って飛んでいってしまったかのように、何も残っていなかったのです。
「……ああ、そういうことですか」
私はやっと気づきました。
彼女は、
「……全知全能にして、すべての存在の管理者」
彼女は、創造主と呼ばれる存在ではないのでしょうか。
今となっては、もう確かめようのないものです。




