表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神が創りしこの世界  作者: 小林マコト
この手を掴んで
20/45

 神々は反逆を考えた。現創造主はそれに気付いていたが、自分が神々を信じずには彼を信じろといえない。彼もきっと、この事に気付いているだろう。現創造主は信じた。神々が賢明である事を信じた。

 彼女がいなくなってからというもの、こんな事はいつ起こってもおかしくなかった。

 ただ、それを起こさないぎりぎりのバランスが、崩れかけていた。


 私は今日で、私ではなくなります。

 現世から離れるのです。


 マンションの屋上のフェンスの向こう。

 少しだけ足場がある所に、私は立ちます。

 このマンションの屋上のフェンスは、手すりと言っていいほど低いので、乗り越えるのは簡単でした。

 目下にはちっぽけな人間が、こちらに見向きもせずに行きかいます。


 私は思います。

 人間は、なんてちっぽけなのだろう。

 人間は、なんて愚かなのだろう。


 私だって人間なのですが、そんなことをしみじみ思いました。

 まあ、今日で私は私ではなくなるので、人間でもなくなるのです。

 だから、私はこんなにちっぽけな存在ではなくなるのでしょう。


 私がそろそろ落ちようか、と思ったところ、誰かの声がしました。


「そこのお嬢さん、何しているんだい?」


 背後から聞こえた声は、とても優しく、とても強い声でした。


「……見て解らないのですか。自殺しようとしているのですよ」

「いやぁ、世の中物騒だねぇ。若いのに自殺なんて」


 振り返りながら、私は言いました。

 声の主である彼女は、若い女性でした。大学生くらいでしょう。

 彼女は何故だか楽しそうでした。

 私の方を見て、唇の端だけを吊り上げて笑っているのです。


「どうして自殺なんてしようと思ったのか、話してくれるかい?」


 正直、苛々しました。

 だって、見知らぬ人間に自殺の邪魔をされたのです。

 その上理由を聞かせろ、だなんて。


 それだけならまだいいのです。

 まだ許せます。


 けれど、彼女は私を見て笑っているのです。

 私を、見下すように。


 私は見下されるのが何よりも嫌いです。


 私を見下すあなたは、私よりも偉いのですか。

 私を見下すあなたは、私よりも賢いのですか。

 私を見下すあなたは、私よりも――


 ――私よりも、価値のある人間なのですか。


 そう思ってしまうのです。

 だから私は、見下されるのが大嫌いです。


「……私が自殺をしたい理由を聞いて、どうするのですか」


 私が不機嫌さを隠さずにそう尋ねると、彼女は「おお、こわいこわい」と全く怖がっていないのに自分の体を抱きしめていました。

 その間も、笑っていたのですが。


「……いいでしょう。聞かせてあげます」


 苛々していた私は、彼女を怒らせたくて、そう言いました。

 すると彼女は、興味津々、といった様子で私にまたこう言いました。


「どうして自殺なんてしようと思ったのか、話してくれるかい?」


 私は即答します。


「この世界の人間全員が、私の価値を知らず、私に対して無礼な態度をとるからです」


 彼女は私の言葉を聞いて、目を見開きました。


「お嬢さん……本気でそんなことを思っているかい?」


 当然でしょう。

 このくらいで自殺なんて、馬鹿げているのだと、私だって解っています。


 けれど私は。

 本気でそう思ってしまっているのです。

 頷いた私を見て、彼女は声を出して笑いました。

 子供のように無邪気に。


 私はむっとして、もう無視して死のうかと思いました。

 しかし彼女は、ふっと笑うのをやめて、私に近付きながら言うのです。


「自殺をした人間の魂は、創造主に認識されないよ」


 コツン。

 彼女の足音が、やけに響きます。


「それにさ、人間の価値なんて皆同じようなものだよ」


 コツン。


「私の知り合いに創造主が居るんだけど、彼自身がそう言っていたから間違いない」


 コツン。


「創造主に認識されなかった魂は、どうなると思う?」


 フェンスのすぐ傍に来て、彼女は止まりました。


「創造主に認識されなかった魂は――」


 ――消滅してしまうのだよ。


 不意に彼女が低く言うので、ぞくり、と背に嫌なものが走りました。


「……消滅したら、どうなるのですか。そもそも、神なんて居るはずがありません」


 ははは、と彼女はまた笑います。

 そして悲しそうに答えてくれました。


「誰の記憶にも残らず、そこに何もなかったかのように、消えてしまうんだよ。創造主と呼ばれる神は、残忍なんだ。慈悲を持って存在を管理するから、罪を犯した魂を許さない。許してしまったら、世界は狂ってしまうから。神々はそうやって、我々の世界を守ってくれているんだ。神々の存在を信じるか信じないかは、お嬢さんの勝手だよ。だけど、自殺したら消滅してしまう、ということは覚えていなさい」


 彼女はそう言い終わると、私に向けて手を差し出しました。


「引き返すなら今だよ。今なら、特別。特別に殺人未遂を見逃してあげる」


 意味が解りませんでした。

 状況に脳が付いていきません。


 普段ならば笑い飛ばして、冗談だと思うこともできるのですが、何故でしょう。

 本当のことに思えて仕方がありませんでした。


「……私の命です。別に殺人にはならないでしょう」


 私は言い返しました。

 ここで引き返すことはできません。

 私は今日、死ぬのだと決めたのです。


 私が死んで、せめて私と関わった人間たちに、私の価値の大きさを思い知らせてやるのです。


「お嬢さんの命なんかじゃない。私の命だよ」

「どういう意味ですか」


 彼女が変なことを言いだしたものですから、私は全く理解できませんでした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ