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神が創りしこの世界  作者: 小林マコト
我慢比べと珈琲二つ
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 初代創造主である彼女は世界を創り出し、すべての存在を管理した。そこには理解する事も不可能な程に大きな彼女の思惑があり、それは誰にも知られる事なく隠されていた。幾億の年月を重ね、世界が安定し出した頃、彼女は天から姿を消した。自らのチカラの九割を、一番に創り出した「彼」に託して。

 天に住む者たちは動揺し、彼に助けを求めたが、彼は皆の期待を裏切り何も行動しようとしなかった。

 自分には、やるべき事が他にある、と――。


 いつからか、私の隣には自称天使が居るようになっていた。

 名はミサイドというらしい。

 ミサイドは、自分は天使だと言う。ミサイドがそれを――どうやってかは忘れたけど――証明してくれたから、私はミサイドが天使だということを信じてはいる。

 けれどまだ、彼の存在を認めきれていないのだと思う。


 彼は天使というにはあまりにも人間のような仕草をしたり、見た目だって人間にしか見えない。

 そもそも、彼が天使だとして、彼のような真っ黒な天使はどこに居るんだ。

 服も髪も、黒い。

 肌は、まあ、白いけど。

 違うのはただひとつ、目だけだ。

 その鋭い目つきは、流石の私でも初めは恐ろしかったものだ。この、恐れ知らずで有名な私でさえも。

 まあ、それ以上に、彼の瞳の色に目が行ったのだが。

 彼の瞳は、見るたびに違う色をしている。

 青だったり。

 赤だったり。

 黄色だったり。

 緑だったり。

 見るたびに、違った。

 どうやら意識して変えているわけではないらしい。

 彼は自分の姿を自由に、というか、人間の姿と天使の姿とを自由に変えられるらしい。

 けれど、人間の姿になったら、瞳の色が毎回違うという。

 でも、一度も黒になったことはない。

 黒は、穢れの色らしいから、きっと、天使である彼の瞳が黒になることはないだろう。

 そんなことを言ったら、彼の髪も服も黒だから、矛盾しているのだろうけど。


 彼は今日も、私の隣に居る。

 会話は、今日はまだない。

 私は彼が話しかけてこなければ、彼の存在を認識できないことになっているし、認識してはいけないことになっている。

 だから、彼が隣に居ることも、まだ、認識していないことになっている。

 面倒だが、そういう設定になっているのだ。

 最初はもちろんそうだったさ。私が初めて彼に会ったときも、彼が居たのを見たからではなく、彼が神から与えられた仕事として私に声をかけてきたからだ。

 そうして、私は彼という存在を認識したのだ。

 けれど今日はどうだろう。

 昨日まではその設定通り、私は彼に話しかけられてから彼の存在を認識した。

 今日は、まだ話しかけられていない。

 だけど私は、彼が隣に居ることに気が付いてしまった。


 さて、これからどうしようか。

 きっと私から話しかけることは許されない。

 神が定めた設定だから、勝手に設定を変更してはいけないのだろう。多分、いや、確実に、そんなことをしたら私はミサイドに会うことを許されなくなるだろう。最悪、私という存在が消されてしまうかもしれない。

 いやはや、神とは恐いものだ。

 それにしても、今日は何故気づいてしまったのだろう。

 神が決めたのならば、私のような人間如きに設定を曲げるなどという大それたことができるわけがない。


 では、何故。


 私がおかしくなったのだろうか。

 可能性は十分にある。

 彼と出会ってからというもの、私は普通の人間より優れていってしまったところがいくつかある。

 例えば、正夢を見ることとか。

 くだらないだろうけど、これがかなりの確率で見るようになったら、最早その夢は夢ではなく先見になってしまう。

 私は、毎夜それを見るようになった。

 昨日は夢で見た通り、階段から足を滑らせて落ちたし。

 おかげで今日は朝から病院だ。

 落ちた時に頭を強くぶつけてしまったから、念のために検査をするとのことだ。

 面倒臭い。

 回避しなかった私も私だけど。


 それにしても。

 ミサイドはいつまで私に話しかけないつもりなんだ。

 待ちくたびれたぞ。

 いつもはどうだか知らない。ミサイドが私の隣に来て話しかけるまでに、どのくらいの時間を置くのかは知らない。だって話しかけられるまで私はミサイドの存在を認識できないのだから。知っているはずがないのだ。

 もしかしたら、いつもこれくらいの時間を置いているのかもしれない。ああでも、もうミサイドが私の隣に現れて一時間はたっている。気まぐれなミサイドでもこんなに時間を置くことがあるだろうか。何も話さないでいて、退屈ではないのだろうか。


 私はミサイドが現れる前からずっと本を読んでいるから退屈ではないのだけど、気づいていないふりをしながら読書などしても、文章が頭に入ってこない。まったく、迷惑なことだ。明日までにこの本を読んで感想を発表しないといけないというのに。

 というか、ここまで気づいていないふりをしている私を褒めてほしいものだ。私だって気づいていないふりがこんなに辛いことだとは分からなかった。きっとこのまま話しかけられなかったら、私は鬱にでもなるだろう。鬱病とやらは本当に厄介な病気らしいから、できるだけその道はさけたいと思う。だからミサイド、早く私に話しかけてくれ。そして私が鬱になる道を回避させてくれ。


 そんなことを心の中で言ってみる。

 ミサイドに聞こえるわけないけど。

 いや、もしかしたらミサイドは、私がミサイドの存在を認識していることに気が付いているのかもしれない。心の中で色々と呟いていることも、今こうして考えていることも、何もかもお見通しなのかもしれない。


 そもそもの話、何故私はその可能性を考えなかったんだ。

 そうしたらきっと、もっとポジティブに考えることができたかもしれない。

 というか、何も考えなかっただろうに。

 こんなにミサイドのことを考えて、私はなんて人間なんだ。汚らわしい。

 ミサイドは、世界中のどんなことでも知っているらしい。

 人間のいうあれだ。あの……そうだ、ラジエルだ。

 ラジエルと呼ばれている天使と、同じようなものらしい。

 ミサイドの話では、地上での神話などは、かなりの確率で作り話らしい。神々の名前だってすべて間違いだという。

 けれど、神々の特徴と一致するところもあるらしい。

 さっきのラジエルとミサイドの話のように。

 ラジエルの書、というのは、ミサイドが創った世界中の情報を集めた本のことだという。昔々、宗教とやらができる前、神話とやらができる前に、地上に降りて、たまたまその本について人間に訊かれたから無意識のうちに話してしまったことがあって、それがどのようにか分からないけど変化していって、ミサイドはラジエルとして、ミサイドの持っていた本はラジエルの書として、人間に神話として語り継がれたという。


 よく分からないけれど。

 彼の話は私にとって理解に苦しむ話だ。

 流石は天使、とでも言っておこう。スケールが大きすぎて、正直話についていけない。

 でもそんなミサイドでも、ちゃんと私が質問したら答えてくれるんだよなぁ。


 なんて。

 思ってみたり。


 おーいミサイド。私のこの考えが聞こえているのかい? 聞こえているのだったら、さっきの話は褒めているんだぞ。喜べー。偉大なる人間様が褒めてやっているんだぞー。

 ああごめん。偉大なる、ってのは言いすぎた。君からみたら、人間なんてありんこよりも小さい存在だったね。本当にごめん。


 あーあ。なんか自分が可哀そうになってきた。ずっとこんなふうに考えてさ。イタイ人じゃないか。

 ミサイドはイタイって意味分かるかな? この前友達に向かって言ったら分かってなかったし。これくらいもう一般常識なのに。

 でもミサイドが知らなくても責められないよね。だって天使だもん。人間の一般常識になんて入りきらない存在だもん。

 あ、ミサイドはラジエルなんだっけ。

 もうどうでもいいや、ミサイドはミサイドだ。


 にしても、遅い。

 本当に鬱になりそうだから早く話しかけてくれはしないか。

 嗚呼天使様、大天使ミサイド様。

 どうかこの汚らわしく罪深い私に慈悲を。


 とかなんとか。


 ミサイドが大天使かどうかなんて知らないし。

 興味ないし。

 だってミサイドはミサイドだもん。

 大天使だろうが天使だろうが、はたまた神や悪魔であろうが、私には関係ないのだ。私はミサイドという存在しか知らないのだから。その存在がどのような類に分類されるのかなんて知らない。関係ない。

 それにさ、よく考えてみるとあれだね。慈悲なんていらないや。

 慈悲をもらうくらいなら、祝福をもらったほうが得だ。

 損得を考える人間なんて、両方貰えないだろうけど。


 よくよく考えてみれば、ミサイドは何のために私の隣に居るのだろう。

 私の前に現れた意味も、聞いたことがない。

 別に興味もなかったし聞かなかったけど、この際一度聞いてみようか。

 もちろんミサイドが話しかけてきたら、だけど。


 よし、こうなったら我慢比べだ。

 私がこの状況に狂ったらミサイドの勝ち。ミサイドが話しかけるまでに私が狂わなかったら私の勝ち。

 いいね、私が絶対的有利。

 すごく頑張らないといけなさそうだけど。

 ミサイドと何か勝負をするたびに、必ず私は負けるんだよな。

 前にしりとりしたときも、私が負けたし。

 よく考えれば私も馬鹿だよね。世界中のすべてを知っているミサイドに勝負を挑むなんて。

 流石、恐れ知らずで有名な阿呆だ。


 ……………………。

 ああもう!

 いつまで私を待たせるんだ!

 勝手に私の部屋に入ってきたくせに!

 いつものことだけど。

 私の隣に居て、何が楽しいんだろうか。

 ちょっとミサイドのアタマが心配になってきた。

 私のアタマももう少しで狂いそうだけど。


 もう!

 ミサイドの顔なんて見たくねえよ!

 ヤクザみたいに鋭い目をしているくせに天使だなんて言いやがって!

 ヤクザさんの目なんて見たことないけど。

 くそう、ミサイドの馬鹿め!


 もうお前の話なんて聞きたくねえよ!

 スケールでかすぎるんだよ!

 面白いけど。


 あーあ。

 疲れてきた。

 少しくらい話しかけてくれたっていいのに。

 いつまで私は気づいてないふりをしないといけないんだ。

 もうすぐこの本もおわりだぞ!


 それにしても。


 ミサイドは今日、何をしに来たんだろう。

 話もしないし、私の隣に座っているだけだ。

 隣に座るくらいなら、話しかけてくれたっていいものを。

 本当に天使らしくないやつだ。

 悪魔に見えるのは見かけだけにしろ。


 あ、前言撤回。

 ミサイドは悪魔なんかじゃない。

 天使だ。天使様だ。

 なんだかんだ優しいし、私が困ったときはすぐ助言してくれる。

 無視したら「私の話を聞かないからだ」なんて言われるけど。


 一応ミサイドに悪い印象なんてないし。

 その見かけ以外。


 ごめん。今のもナシ。

 ミサイドは格好いいよ。

 いーけーめーんー(棒読み)。


 正直、ミサイドに助けられたことはたくさんある。


 実は私は悪魔どもに狙われているらしい。

 ミサイドから聞いた。

 私のところに来たのは、それが理由じゃないかと思う。

 思うだけ。

 確信は持てない。

 間違っていないという証拠がない。

 私が悪魔に狙われる理由は、知らない。

 ミサイドが教えてくれない。

 狙われているのは私なのに。

 もしかしたら、知ることで何かできるかもしれないのに。

 教えてはくれない。

 何もかも。

 

 私は本当は、ミサイドのことは全然知らないんだ。

 その姿と、名前と、声と、性格と。

 知っているのはそれくらい。

 性格だっていくらでも演技できるから、知っていると胸を張っていうことはできないし。

 知っていることは少ないんだ。


 なんか寂しくなってきたなー。

 もうミサイドと仲良くなったと思ってたのに。


 そういや、ミサイドが言ってたな。

 天使や悪魔、それらに慣れてはいけない。

 なんて。

 あー言ってたなーそんなこと。

 慣れちゃいけないのか。

 ということは、ミサイドにも。

 畏れ敬わなければいけないのか。

 他人行儀に。

 そう接しなければならないのか。


 そんなの、寂しいじゃないか。

 天使も悪魔も神も人間も何も、関係ない。

 そこに存在する限り、私はすべての存在を知って、仲良くなりたい。

 無理かもしれないけど、私はそうしたいんだ。

 神にだって、そのへんは譲らない。絶対に、曲げない。


 あーあ。どうしよう。

 なんかミサイドの話みたいにスケールが大きくなっちまった。

 やだやだ。私のキャラじゃない。


 というか。

 もうそろそろミサイドも話しかけてくれていいんじゃないだろうか。

 本も読み終わったし。


 あー。

 何故私の家なのにこんなに肩身狭い思いをしなければいけないんだ。


 やめたやめた。

 我慢比べなんて。

 私の負けでいいよ。


 私はソファーから立ちあがって、台所に向かう。

 珈琲でも飲もうと思ったから。

 ふと、ミサイドが目に入る。


「……なんだ」


 寝てるんじゃないか。声を出しても大丈夫じゃないか。

 気づいていないふりをするためにミサイドのほうを見なかったから、気づかなかった。


「ミサイド」

「何だ」


 起きたみたいだ。

 はたまた、寝たふりをしていただけだろうか。

 まあ、どちらでもいい。

 私が我慢比べで負けたのは事実だし。

 設定を変えたのも事実だし。

 なんだよ何も起こらないじゃないか。神ってのも案外大雑把なものだな。設定されてないようだ。

 私はミサイドに問う。


「珈琲を飲みますか」


 答えは聞かなくても分かるけど。

 台所へ向かって、マグカップを二つ用意する。


「ミサイドの分、もうあるからね」


 答えようとしたミサイドをさえぎる。

 ミサイドは少しだけ驚いた表情を浮かべ、そして満足そうに言う。


「分かってるじゃないか」






        我慢比べと珈琲二つ  完


(にしても、ミサイド。なんで寝たふりなんてしてたんだよ)

(どんな反応するか興味があった)

(やっぱそれだけか。ミサイドらしい)

(君も相変わらず馬鹿な考えをする。筒抜けで煩かった。男みたいな喋り方だし余計に)

(聞いてたのか!? てか、男みたいな喋り方とか関係ないだろ)


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