序章 九 「もおど」
ウツロの山岳地帯から少々南に下った所にある森林地帯。
その中央には南北に通る道がある。
俺とメイルはその道をのんびりと歩いていた。
目的地はウツロの転移石。
日は既に落ちていたが煌々とした月明かりのお陰で昼間とさほど変わらずに歩けている。
時たま鳥か獣の鳴き声が聞こえてくるがそれ以外は風に揺れる木々のざわめきぐらいしか聞こえない。
そんな静かな雰囲気の中、俺はメイルに何度も踵を踏まれていた。
「痛っ」
「す、すまぬっ」
・・・
「いっ!?」
「ああっ!?」
最初はそんなでもなかったのだが徐々に制約の距離制限が短くなって来たらしい。
メイルもわざと俺の踵を踏んだり蹴っ飛ばしているわけではなく、メイル自身も後ろから見えない結界みたいな物に押されているみたいだ。
さすがに俺は足を止める。
「んー、どうしたもんかな?これ」
メイルも同じように足を止め小首をかしげて考える。
「むぅ、これはさすがに捨て置けぬな・・・じゃが」
そう、問題はなんで距離制限が短くなってきたかだ。
鍵となるのはメイルとの奴隷契約、奴隷システムとでもいうべき代物だろう。
メイルから詳しく聞いた所によると奴隷契約といっても様々なタイプの物があり俺とメイルとの奴隷契約はいわば、一心同体タイプってやつらしい。
メイルもどうしてそんなシステムがこの世界、仮想ゲームの世界に存在しているのかについては知らないらしい。
一心同体タイプはただ単に、主人が奴隷を一方的に支配するのではなく心の距離、お互いに相手を思いやる事を主眼において導入されたとか何とか。
片方が主人、片方が奴隷って時点でそれは無理なんじゃないかと思うんだが世の中にはいろんな性癖の人間がいるからな、それはまぁしょうがない。
大事なのは二人の心の距離。
だとすると、ここはベタだがアレをやるしかあるまいよ。ふふん。
俺はメイルに向かってさり気なく手を差し出す。
「む、主様よ・・・主様がその気なら仕方がない。勝負っ」
メイルが俺の差し出した手を素早く握り俺の親指を自分の親指で押し付け叫ぶ。
「一二三四五六七八九十ッ。ははっ、ワシの勝ちじゃ・・・ふふん、主様も不甲斐ないのう」
「いやいや、メイルさん。そうでなくてですね。これをこうしてこうする感じな訳ですよ」
俺は改めてメイルのほっそりとした手を掴み自分の手と繋ぎ直した。
「あ・・・」
みるみるメイルの頬が赤くなり、すぐさま顔を左右に振って平静を保つ。
「くっ、・・・これも誓約、いや制約の一種か・・・たまらんな・・・」
なんかメイルがブツブツ言っているがまぁ、いい。
「こんな感じで手をつないで歩けば俺も蹴っ飛ばされる心配も無いしメイルも楽じゃないか?」
「いやっ、そんな蹴っ飛ばすなどと・・・いや、確かに軽く主様の踵に・・・まぁ、それを蹴ったか蹴ってないかと問われると非常に難しい問題なのじゃが、
いやいや、そもそも主様の歩く速度とワシの歩く速度がずれておるのが最大の原因なのじゃからして・・・」
「まー、いーじゃないか。仲良くお手手繋いで歩こうぜ。なっ」
俺がメイルの手をぎゅっと握って歩き出す。
続けて手を俺に引かれる形でメイルが歩き出す。
「なっ、ワシは童子では無いぞ。主様っ、主様よっ。ええいっ。なんと強引な」
メイルがぶつくさ言いながらそれでも握った手を離さずに横に並んでくれる。
「なっ、歩きやすくなっただろ?」
「ふんっ、知らんっ」
事実、先ほどまでは俺と密着した距離でしか歩けなかったメイルが今は普通にのびのびと歩けるほど距離制限が緩くなっている。
・・・やっぱこれ俺とメイルが打ち解ければ打ち解けるほど制約が緩くなるんじゃないか?
反対にメイルと精神的な距離が離れれば離れるほど制約がきつくなるんじゃないのか?
とりあえずこれはざっくりとした仮説だがなかなか厄介な奴隷システムだよこれは。
少なくとも俺が思い描いていた『奴隷』とはかなり毛色が違う。
まぁ、そんな感じで調子に乗っていた俺が全面的に悪いんだけどね。
はい、遭遇ですよ。
音もなく目の前に現れたのは夜行性の森邪鬼の一群。
緑色の肌にお腹がぽっこり膨れた小さな体。
頭部には髪の毛は生えておらず白く濁った目と不揃いな牙をのぞかせる口元。
棍棒やら折れた剣やら木の枝などを手にキーキーと不快な鳴き声と共に敵意をむき出しにしている。
LVは・・・ウツロ周辺だからおよそ20前後ってとこか。
いくら邪鬼系は攻撃力が低いと言ってもそれはあくまで同レベルの話。
LV1の俺がまともに戦っていい敵ではない。
俺一人なら戦闘中でも使える逃走スキルが幾つかあるし、非常用のアイテムもバッチリ準備しているから逃げ切れる自信はある。
問題はメイルだ。
俺を組み伏せた力と動きはなかなかだったがなんせ俺の戦闘レベルは1。参考にはならない。
っていうかメイルのレベルとかスキルとか確認してなかった。
まずいな、今からそれを確認している時間は無い。
仕方がない、手持ちの逃走用アイテムをフルにばらまいて逃げるか。
煙幕系アイテム、いやいやこいつらの習性なら肉系か光偽装系が有効か・・・むー、こいつらごときに大損だ。
そんな感じで俺が素早く考えているというのに当のメイルはのほほんと歩いている。
っていうか止まらないんですが。
え、メイルさん?
それはちょいとばかしヤバイですよ?
「ちょ、ちょっと待て、メイル。敵、敵がいるっ」
俺の引きつった声もどこ吹く風、にこりと微笑む。
「敵?ああ、こやつらの事か?」
「ああ、そうだっ、俺が逃走用のアイテムをばら撒くから合図したら一気に逃げるぞっ。いいな?・・・て、おい・・・待てっ・・・ちょ」
メイルは歩みを一切緩めることをしない。
それどころか、俺の手を握ったまま森邪鬼の群れの中に歩き出す。
「ちょまっ・・・おぉぉおおおおいいいいいいいいい!?」
二十、いや三十程の森邪鬼が一斉に叫び声を上げ跳躍し、俺達に群がる。
死んだ、はい死んだ。いや、諦めねーよ。最後まで頑張れ俺。
俺は自分のモードが『一般』から『戦闘』に切り替わっているのを確認しながら腰を軽く落とし逃走の溜めを作る。
続けて腰につけたポーチから各種アイテムを取り出し―――
「!!?」
頭上から飛びかかって来た数匹の森邪鬼がそのまま地面に激突して動かなくなる。
正面から噛み付こうとした数匹もその勢いのまま俺たちを通り過ぎ地面に崩れ落ちる。
左右から錆びた槍や剣で俺たちを突き刺そうとした数匹もそのまま得物を取り落とし地面に倒れ伏す。
その間ほんの数秒。
あっという間に地面には緑色の屍が積み上がっていた。
生き残りの数匹はきぃきぃと悲鳴を上げながら逃走した。
「さて、主様よ。敵とはどこにおるのかの?」
メイルがこちらを向き悪戯っぽく笑う。
地面に倒れ伏した森邪鬼の身体が次々と光の粒子に変換されはじめる。
それに呼応するようにメイルの頭上に光り輝く天使が出現し彼女を祝福する――レベルアップ妖精による祝福エフェクトだ。
そして、それは取りも直さず彼女が森邪鬼の一群を倒したことを意味する。
「ふむ、れべるが上がったか。うむうむ」
目を細め満足そうに頷く彼女。
メイルがこいつらを倒した事に驚きはしたが別に不思議ではない。
単にこいつらよりメイルの方が強かったというだけだ。
だが、決して見逃すことが出来ない点がある。
それは―――
「メイル、『戦闘モード』に入らずにどうやって敵を倒したんだ?」
そう、メイルは『戦闘モード』を発動させずに敵と戦った。
これは通常ありえない事でありこの世界では自殺行為に分類される。
「ほれ、その『戦闘もおど』というのが曲者よ。
そもそも『戦闘もおど』とはなんじゃろうな。のう?主様や」
む、質問を質問で返すとはやりおる。
質問を質問で返されたから更に質問で返すという返しもあるが、全く意味がないので俺は素直に答えることにした。
「えっと、戦闘するためのモード。
このモードにする事によって本来素人であるはずの俺達がプロ顔負けの反応速度や恐怖心の制御をこなしまともに戦うことが出来る。
あとは身体が頑丈になり少々のことでは死ななくなる。
それに戦闘スキルを使用する事が可能となる」
要は戦闘モードにしないとスキルは使えないわ身体はまともに動かないわであっという間に敵に殺されてしまうってこった。
「そうじゃの、『戦闘もおど』にはそのような様々な恩恵がある。
この世界で生き延びるには必須と言っても過言ではない。
じゃが、この世界はそもそもまともな世界ではない。
ぷれいや全員をこの世界に幽閉しておる『しすてむ』
その『しすてむ』が操っておる『戦闘もおど』・・・それに易々と己の命を預けてもいいのかのう?」
「いや、それは話が飛躍しすぎだろう。
そもそもシステムに支配されたこの世界では仕方がないんじゃないか?
システムがその気になったら俺達は一瞬で消えちまうだろうし」
「そうなったらそれまでじゃ。じゃがの。
ワシが危惧しているのは『ろぐあうと』と同じように『戦闘もおど』もある日突然使えなくなってしまったら?
と言う事じゃ」
「それは・・・」
「無い、とは言い切れまい。
無論、あるとも言い切れないがの。
なに、『しすてむ』の全てを疑えと云うておる訳ではない。
『戦闘もおど』を利用した方が良い場合は素直に使えばよいだけじゃ。
生き残るための手札は多ければ多いほど良いじゃろ?
の?」
うーん、それはそうなんだけどなんか話がずれてきているな。
俺が知りたいのはどうやって『戦闘モード』にならずに敵を倒したか?
その答えなんだが。
「えっと、それはそれとして具体的にどうやって敵を倒したかだけ教えて欲しいんだけど」
「おっと、少々話が脱線したの。
これで奴らの急所を突き刺しただけじゃ」
メイルがそう云いながら胸元から一本の枝を取り出す。
「無論、これは別に魔剣でも何でもない正真正銘のただの枝じゃ」
俺は苦笑する。
「ただの枝で敵は倒せんだろ?まだ素手の方の攻撃力が高いぜ」
メイルが驚いたように目を丸くする。
「ほう、主様はこれで首筋を貫かれても全然痛くないと!?」
「いや、そりゃ痛いよ。っていうか死ぬだ・・・ろ。
ちょっと待て、その尖った枝をさっきの邪鬼の首にぶっ刺したのか?」
「いかにも」
ちょっと待て。
「それは不可能だ。
そもそも戦闘中は特定のアイテム以外持てないし使えな・・・」
自分で言って気がついた。
メイルは『戦闘モード』になっていなかった。
我が意を得たり、とばかりにメイルが微笑む。
「ワシは『一般もおど』のまま手に持った木の枝で邪鬼どもの急所、首筋をちょちょいと差してやっただけじゃ。
種も仕掛けもない話じゃろ?」
「な・・・」
言葉にすればその通りだがそれを実際にやれと言われて出来る奴はいない。
たとえるならば、武器も鎧も盾も持たずに敵と戦えと言われているに等しい。
どう考えてもリスクとリターンが吊り合わない。
そもそも、そんなリスクを犯すぐらいなら地道に敵を倒して経験値を貯めてレベルアップをすればいい。
それこそが安全で着実で王道だ。
メイルがやったことは今まで誰も思いつかなかった事ではない。
思いついたけどあえてやる意味が無いから誰もやらなかった事だ。
しかし、メイルはゲームシステム、『戦闘モード』そのものに懐疑心を抱きリスクと判断した。
そして、それに頼らずに戦う事に意味を見出した。
自分の身の安全、それが彼女のリターンだ。
メイルにとっては『自殺行為』は自殺行為ではなく、安全の為の行為なのだ。
メイルが身体を寄せ、耳元で囁く。
「己が一番信用できるものは何か?
己が命を預ける事ができるものは何か?
生き延びるためにはその見極めが必要となろう。
のう、主様よ?」
俺は彼女の言葉を受け、改めて考える。
俺はこの世界でどう生きるべきなのかを。
そんな俺を引き戻したのはメイルの何気ない一言であった―――
むずかしいのぉ




