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序章 八 「ラッキー」

「二度は言わぬ。一言でも言葉を発したら殺す」


それは一切の感情がこもっていない、全てを凍てつかせる様な声であった。

それでいて、聞く者全てを魅了せざるを得ない程に凛――とした不可思議な声音である。

首元に冷たく、尖ったものを押し付けられたのを感じた。

右肩の激痛と共に俺は自分が地面に仰向けに組み伏せられている事を知った。

俺はこくこくと唯一動かすことが許された頭部を上下に揺らし肯定の意を伝える。


「これからワシが云う言葉を一文一句違わず口にせい。それ以外の言葉を口にしたら殺す」


俺に拒否権はない。

こくこくと首を上下に揺らす。


「主として『メイル・シュトローム』に命ずる。これは最上位命令である。できうる限りに自由にしろ。自分で考え自分で動け。主として一切干渉はしない。これは永続命令であり取り消し不可能である」


俺はその通りに復唱する。


「主として『メイル・シュトローム』に命ずる。これは最上位命令である。できうる限りに自由にしろ。自分で考え自分で動け。主として一切干渉はしない。これは永続命令であり取り消し不可能である」


ここで初めて彼女は小さくため息をつき俺の関節を極めていた手を離す。


「さて、主様よ、ワシの名は『メイル・シュトローム』と申す者。見ての通り主様の従順な奴隷じゃ」


先ほどの殺気は嘘のように消え、その声音も同一人物とは思えぬほどに穏やかで優しいものに変わっていた。

薄緑色の瞳が興味深そうに俺の目をのぞき込んでいる。

頭部の角も消え失せ優しく柔らかく微笑んでいる。

俺はまったくもって一体全体何が何だがわからなかった。

彼女に見とれてしまった事を除いて。


・・・・・・・・・


「有り体に云えばじゃ、ワシは記憶喪失じゃ。それも自分に関する事柄だけのな。

それ以外の言葉とか基本的な知識とかはあるのじゃがな・・・うむん

ああ、それと先程のワシの行動、主を痛めつけて脅して無理やり言霊を言わせたことについてはこの通りじゃ。すまぬ・・・すまぬ。

ワシを生き返らせてくれた事、この事についてはいくら礼を言っても足りぬぐらいありがたく思うておる。

勿論、この恩義は生涯忘れぬし、できうる限りの礼はしよう。

じゃが、じゃがの、一切の意思、行動の自由を奪われた状態ではそれは生きているとは云わんじゃろ?

生き返ったとは云わんじゃろ?

ワシとて人じゃ、これこのように自分で考え自分で動く。

これこそが人としての最低限、そして極当たり前のことではなかろうか?

の?」


俺とメイルは坑道の地面に座って話をしている。

俺は普通にあぐらをかいて座っている。

彼女も俺に倣ってあぐらをかいているのだが困ったことに彼女は服を、下着すらもつけていないので目のやり場に困る。

それも隠すどころか胸を反らして身を乗り出して熱心に話し込んで来るので非常に(嬉しいが)困る。

そのせいでメイルの話に全然集中できない。


「主様よ、先程から何かに気を取られているようじゃが・・・なにか思うところでもあるのかえ?」


メイルが俺の目の前に顔をグイッと近づけてくる。

丁度、両手で自らの胸を強調するようにはさみながら、なんていうか女豹のポーズ?そんな感じのヤバ目のポーズだ。

先端部分は彼女の髪の毛がうまい具合に被さって見えないのだが、それがかえってやらしさを強調してなんていうか拷問だ。

もし、彼女が無意識にやっているのであれば生まれ持ってのサディストの才能があるに違いない。


「い、いやっ、別に、・・・ええと、つかぬ事をお聞きしますが服は着ないのでしょうか?」


「服、ああ、そういえばそんな風習もあったの・・・ほいっ、これで良いか?」


彼女が腕を一振りするとあっという間に服を身に着けていた。

ほう、早着替えスキルか。そういえばそんな一般生活スキルもあったな。

だが、これはこれでうーん。なんというかグッドだな。

白を基調にしたゆったりとした和服ベースに西洋風のアレンジが随所に加えられているのがいいね。

胸元は大きく開き、和服にあるまじき裾の短さ、そしてその裾の隙間からチラチラと見えるピッタリとした布地に包まれた謎のVゾーン。

エロさ変わらんじゃねーか、と心のなかで突っ込んどいた。

まぁ、とりあえずこれで18禁状態を脱してR指定くらいにはなったかな。


「ああ、おーけーだ。で、どこまで話してたっけ?」


「じゃからの、ワシと主様はいわゆる主人と奴隷の間柄となっておる。これには色々と制約があるのじゃが一番厄介なのは・・・まぁ、これは実際にやってみせるか」


パシィッ


乾いた音が響く、少し遅れて頬に走る鋭い痛み。

え、叩かれた?なんで?


「ちょ・・・」


何か言おうとする俺を制してメイルが自分の左頬を指さす。

相変わらず肌がきめ細やかでシミひとつなくすべすべして・・・え。

俺が見ている間にその頬はゆっくりと赤みを帯びていく。

まるで、平手で叩かれたかの様に、ってまさか?


「そう、そのまさかよ、主人が傷つけば奴隷も傷つく。要は主様が傷つけばワシも同じように傷つくと云うわけじゃ。

じゃが、奴隷が傷ついても主人は傷つかぬ。安心するがよい」


メイルが説明を続ける。


「と、言いたい所じゃが残念ながら奴隷が死ねば主人も死ぬ理となっておる。ワシが死ねば主様も死ぬ。二人仲良く三途の川を渡るはめになろう」


そんな馬鹿な、と言いかけて言葉を飲み込む。


「そんな馬鹿な、と言いたい気持ちはよく分かる。じゃが、これは現実じゃ。主様とワシはいわば一つの心の臓にて括られて生かされておる状態よ。くっくっく。

あとはこれも厄介といえば厄介じゃの」


「!??」


メイルがいきなり走りだす。

その瞬間、その華奢な身体は空中で見えないゴムに囚われ十分に伸びきった所で一気に反対側に飛ばされる。

ええ、つまり俺の方です。


「ごふぅっ」


俺は勢い良く飛んできたメイルの身体にぶつかり地面に押し倒される。


「く、くるし・・・」


丁度俺の顔をメイルの太ももが挟む形で着地する。

いや、それよりも鼻と口がなにかに押さえつけられて息ができない。

空気と求めて俺は頭部を振ってもがく。


「これ・・・んっ、・・・主様や、そのような所を・・・」


・・・・・・・・・


「はぁっ、はっ、はっ、・・・死ぬかと思った」


あの体勢って本当に体験すると結構苦しいんだな。

また一つ賢くなってしまった・・・


「いや、ワシも悪かった。まさかあれほど的確に飛ぶとは思わなんだわ。はっはっは。

まぁ、これも先ほどの平手打ちと同じよ。奴隷は主人より一定距離以上離れることが出来ないのじゃ。

勿論、この法則は主人には当てはまらん。あくまで、奴隷の行動についての制限事項じゃの」


なるほど、一口に奴隷といっても色々制約やら制限があるんだな。


「さて、ワシから説明できることはこれぐらいじゃがよいかの?」


「ああ、だいたいのところは分かった。まぁ、よろしく頼むよメイル」


そう言って俺はメイルに右手を差し出す。


「うむ、では主様・・・そういえば主様の名前を聞いてなかったのぅ」


あ、そうだった。


「俺の名は石金拓也(いしがねたくや)だ。よろしく頼む」


「拓也か、うむ、いい名じゃの。では拓也様・・・・・・」


「あー、ストップストップ、その主様とか拓也様とか出来ればやめて欲しいんだけど。ただの拓也でいいよ」


「うむん、これも奴隷制約の一つでの・・・今のところは主様の事は『様』付けでしか呼べないのじゃ」


うげ、そんなトコにも制約があんのかよ。


「じゃ、じゃあ、とりあえず主様でいいや」


「うむ、コホン・・・主様や不埒な不束者じゃが、どうぞよろしくお願い致す」


メイルが俺の差し出した手を柔らかく、しかししっかりと握ってきた。

こうして俺達の奇妙な主従生活が始まった。

なるだけ軽くいこうかの、うむん

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