序章 七 「月の明かり」
8/22 色々考えた結果エグい描写はナシにしました。
何十回、何百回と前方の透明な床を確かめていた手のひらにじゅくりとした感触が伝わる。
「――!??」
異変、即ち危険を感じて俺はすぐさまその手を引っ込め前方を――透明な床を凝視する。
透明だった床はどす黒い何かに変容していた。
俺はすぐさま立ち上がり後ろを振り向き退路を確認する。
こんなこともあろうかと俺は細かく砕いた石の欠片を、安全を確認した透明な床の左右に配置して『道』を作っていた。
俺はその『道』の中央に向かって走りだし、そして一気に下半身が飲み込まれた。
「うおぉおおッ!??」
そこは先刻まで柔らかく、しかししっかりとした感触で俺を支えてくれていた安全な床だったはずだ。
それが俺の踏み出した足を、踏みとどまった足をまるで底なし沼のように飲み込んだ。
咄嗟に両肘を広げ落下する身体を支えようとするがその両肘もぞぶり、と古ぼけた感触を残し漆黒の底なし沼に沈み込む。
「待――」
叫び声すら許されずに俺は透明な空間に吹き出した闇色のモノに飲み込まれた。
全身が、感覚が、意識すらも狂い出す。
言い様の出来ないモノ、表現が出来ないモノに飲み込まれ俺は叫び声すら上げることが出来ない。
得体のしれないものへの恐怖。
死への恐怖。
俺は恥も外聞も無く祈った。
無駄とは思わない。
思いたくない。
(いやだッ・・・)
(誰かッ・・・誰か俺を助けてくれッ)
(誰でも、誰でもいいッ)
(神でも悪魔でもいいッ、契約でもなんでもするから俺をッ)
(助けてくれッ)
果たして―――それは叶えられたのだろうか。
ほんの数秒だったろうか。
それとも数百年後なのだろうか。
時間経過の感覚すら失われた俺にはそれを知ることは出来ない。
だが―――
「うふふ・・・やぁっと来てくれた・・・」
暗黒の中、何も見えない、何も感じない、何も聞こえない中で『それ』は確かに聞こえた。
「一人ぼっち・・・誰もいないの・・・寂しいの」
「さみしくてさみしくてさみしくて」
「気が変になりそう、気が狂いそうになりそう」
「私がこんなに苦しんでいるのに、悲しんでいるのに、泣いているのに」
「誰も来てくれない見てくれない助けてくれない救ってくれない」
「一人ぼっちのこの世界、私だけのこの世界、・・・ああ、もう、・・・目を『閉じて』しまいそう」
「でも、でもでもでも」
「あなたが来てくれた、訪れてくれた、迎えに来てくれた」
「とうとう来てくれたの」
「うれしいうれしいうれしい」
「あのいまいましい奴らの手を逃れてすり抜けて出し抜いて私の所に来てくれた」
「私だけの物になりに来てくれた、私だけの物になってくれた」
「ああ、あああ、ああああ」
「さあ、契約を、証を、早く」
目の前に承諾ウィンドウが表示される。
視覚さえも奪われた俺の目の前に『YES』と『NO』が表示される。
それは通常のウィンドウでは無く。
ひどく簡素で
白黒で
飾りもなく
古い古い
今では使われなくなった
ひどく
旧式のフォント
俺は
それに
手を
伸ばす―――
『’?Se , "/@ウe f, , , '?\|, <Y ,シャノホゴ機構、第220条、同222条及び同224条、同226条により自己解凍処理を実行します』
『時標損失-94607999898s 20656768m これより復旧シークエンスに移行します』
「あら、あらあら、あらあらあら、『もう』・・・なの?」
「うふふ、楽しい時間は早く過ぎるって本当なのね」
「あらあら、あなたって採掘士さんなの?」
「んー、でもそれってどうかしら?」
「世界を救う勇者さまがピッケル片手に採掘なんて・・・ねえ?」
「S@oA<2、iO@シ, . " ' k\ / , , > -|」
「あら、あらあらあら、頑固ねぇ・・・・・・」
「でもそういうとこも魅力的よ?うふふ、うふふふふ」
「じゃあ・・・」
「じゃあ、じゃあ、じゃあ、あなたのために素敵な素敵な贈り物を」
「気に入ってくr・・・・」
「いいんだ・・・」
「ど・・・・・」
「はじめ・・・・マ・ター、お会い、・・・のを・・・・・・たのし・・・・・・」
―――坑道
「はっ!?」
俺は坑道で身を縮こまらせていた。
え?
なんで?
辺りにはカンテラやヘルメットなどが散乱している。
「俺は、一体・・・」
身体に残る違和感の残滓。
それを意識した瞬間。
「いや、別におかしくは無い」
うん、おかしな所は何もない。
俺はなにもおかしくない事を確認した。
「えっと、状況を再確認しておこう。うん」
確か銀原石を大量にゲットした帰り道に廃墟と化した街を見つけて井戸の中を覗いたら。
覗いたら・・・何もなかったんだよな。うん。
で、道に迷ってこの坑道を見つけてとりあえず入ってみたんだよな。
「むっ!??」
目の前の坑道の壁に何かを感じる。
なんの変哲もないおかしな所が何もないただの壁。
なぜだろう、別に探知スキルを使っている訳でもないのに俺はそこに何かがあると確信していた。
・・・・・・
予想以上に苦労した。
なにしろ何も手がかりが無いのに確信だけがある。
得体のしれない焦燥感に追い立てられる。
目の前の壁を目視、触診は言うに及ばず、採掘、攻撃、ありとあらゆる方法を試した。
そして、隠密外套を使用したまま右斜め45度の角度でピッケルを振るう。
鍵となる言葉を紡ぎながら。
「飛び出せみすりるちゃんっ」
果たして―――
目の前に漆黒に輝く鉱床が姿をあらわす。
表面には幾筋もの青白いラインが幾何学模様上に広がっている。
「霊銀鉱床ッ」
俺は遂に霊銀を見つけ出した。
「うおぉおおおおおおおおおおおッ
イエスッイエスッイエスッ、イヤッハーッ、ヤーッ、ヤーッ、ヤーッ、ヒーハーッ」
歓喜の雄叫びとおめでとうの踊りを踊る。
同時に開発者にツッコミを入れる。
ぶっちゃけ、見つけさす気なかったでしょ?
俺だって偶然、頭の中に答えが降りて来なかったら決して見つけられなかったと思う。
よしっ。
それでは採掘を執行する。
「・・・・・・・・・」
が、すぐに言葉を無くす。
照準が無い。
ラインが無い
光点も無い。
既に採掘モードに入っているのに採掘の指針となる肝心なものが表示されない。
通常は鉱床に被るように採掘照準ウィンドウが展開されその中を幾本ものラインが鉱床に沿うように広がる。
そして、そのライン上を幾つかの光の点が行き来する。
その光点をピッケルでぶっ叩けばいいって寸法だ。
一見、簡単そうに思えるが実際にはイレギュラーな要素が組み込まれておりかなり難しい。
光の点を必要回数分ぶっ叩けば採掘成功だ。
光の点を外すと鉱床の耐久値が減り、一定値以下になると鉱床が消滅して採掘失敗だ。
その光の点も動きに緩急がつけられており、こちらの動きを見ているかのようにラインから度々脱線する。
勿論、採掘スキルによる補正もあるのでそれほど不可能と云うわけではない。
事実、低レベルの鉱床だと目を瞑って適当にピッケルを振っても光点の方から当たりに来てくれる程だ。
つまり難易度は鉱床のレベルと自分の採掘スキルとの対比によって決定される。
俺はしばらくそのまま観察を続けてある事に気づく。
「これは・・・!!」
霊銀鉱床に顔を近づけて改めて確認する。
「照準が無いんじゃない、照準が限りなく小さいんだっ」
ほんの、1ドットくらいの点が霊銀鉱床の上にちょこんと乗っている。
あ、でもこれって。
俺はピッケルの先っぽを手で持ちながらその1ドットの点にぶつける。
カキィンッッッッ
場違いな、澄んだ金属音が辺りに響き渡る。
同時に『SUCCESS!!』の文字が前方に表示され採掘が成功したことを示してくれる。
やった、たったの一回で成功した。
俺はガッツポーズをする準備をしながら霊銀原石が転がり出てくるのを待ち構えた。
だが、しかし。
俺の予想に反して霊銀鉱床は何も出さないでうっすらと消えて行く。
「ちょまっ、・・・ちょぉぉおおおおっ」
俺のちょっと待ってくれの叫び声を当然の様に無視して霊銀鉱床は完全に消滅する。
「そ・・・れは・・・いくらなんでも、ないでホ」
思わずヒーホー君が出てきてしまうほどに俺の熱は急速に冷めていく。
今の俺なら氷結系魔法ぐらいは使えそうだ。
そんな俺の精神的『氷結状態』を解凍してくれたのは霊銀鉱床があった場所に出現した、未知の鉱床だった。
俺は考えるよりも先に再びピッケルを振りかぶり採掘モードに入る。
『現在、採掘できる鉱床は近くにありません」
すぐさま、警告メッセージが表示される。
「む、鉱床ではないのか・・・」
俺はピッケルを仕舞ってその未知の物体に顔を近づける。
半透明のうっすらとした薄緑色に覆われたそれはクリスタルだった。
そして、その中には―――全裸の美少女が胎児のように眠っていた。
・・・・・・・・・
美少女が空から落ちてくるのはよく聞くが美少女がクリスタルに入っているのはよくあるんだろうか。
おそらく数多く、腐るほどあるんだろうなと思う。
人間の想像力は有限だ。
俺は目の前の半透明のクリスタルを眺めながら考える。
「うーん、さて、どうしたものか・・・・・・」
俺は目の前に表示されている選択ウィンドウを前に1人つぶやく。
先程クリスタルを調べているときに不意にウィンドウが表示されたのだ。
どうやら選択肢を選べ、と言う事らしい。
選択肢は幾つか表示されている。
その中から俺は一番無難な選択肢を選んだ。
>通常復活
うん。
これが良い。
そう思ってその選択肢を指で押したのだが何も起きない。
「むー」
押し方が悪いのかと思い何回も押したのだが全く反応しない。
「んー」
実はずらずらと表示されているほとんどの選択肢は薄いグレーの色をしている。
その中で一つだけはっきりとした白の色で表示されている選択肢がある。
だが、それは―――
「それは、まずい」
そう、その選択肢はまずい。
俺の流儀に反する。
逆の立場で考えたらそんな選択肢を選べるわけが無い。
ある意味消滅より質が悪い。
>奴隷NPC亜人種として復活 様々な主従誓約があなたの主人ライフをしっかりとサポートします。
「いやー、これはまずい。駄目だ。ありえない。許せない。偽善と言われようとこれだけはダメだ」
この現代で、いやゲーム世界だろうがなんだろうが奴隷など―――
許せるわけが無い。
しかも、こんな可愛い女の子を。
その意志に反して、その心を踏みにじり、その矜持を汚し、その自由を奪い、その魂を縛り、無理やり命令し、支配するなど。
まともな人間のすることではない。
これは見なかったことにしよう。
なにもしないでこの場を後にしよう。
逃げと言われようとも俺には無理だ。
だが、俺がこの場を立ち去った後に良からぬ考えをした輩がこの場に来てしまったら・・・
この――クリスタルの中で眠っている子はひどい目に合わされるのではないか?
見て見ぬふりをするのは結局、この子にひどい事をするのと同義ではないのか?
だったら自分がこのスイッチを押してからとりあえずその後の事をこの子と一緒に考えればいいのではないか?
そんな考えが頭の中をよぎり俺は決心した。
「よしっ、とりあえず押してみよう」
俺はその選択肢に指を伸ばししっかりと押し込んだ。
途端に、目の前のクリスタルが金白色の光の粒子に変換され砕け散る。
そこには――
薄暗い、と言っていいほどの坑道の中。
まるでそこだけ月の明かりが差し込んでいるかのように彼女は美しかった。
伏せられた長い睫毛、すっきりとした細い眉、つややかな微かに開いた唇。
頬にはほんのりと薄紅色が差され控えめに存在を主張していた。
雪のような白い、無垢な肌。
瑞々しい肌には所々にうっすらと赤化粧が施されており、それがまた天然の化粧の様に均整のとれた肢体を彩っていた。
無駄な贅肉は一切無く、世の女性達が望んでも望んでも手に入れられないであろう端正なプロポーション。
ほっそりとした首筋から緩やかなカーヴを描いて豊かな双丘につながる曲線美。
まるで白雪の様に純白な双丘は重力に全く屈せず、白桃色の頂きと共に己の形を完璧に維持していた。
腰まで伸びる髪の毛はゆるくウェーブがかかっており、やや無造作に広がっている。
それが完璧な肢体の煌びやかさに対する対比の妙となりお互いの存在感を高め合っている。
その月の明かりのような銀色の瞬きと共に――
冷たい静寂の中、俺は身動き一つ取れずに佇んでいた。
だが―――
この世ならざる美を前に、ある疑念が生じる。
本当にそこに『在る』のだろうかと。
一度触れたら粉雪のようにサラサラと溶け落ちてしまうのではないかと。
俺はそれを確かめるために彼女に近づき手を伸ばした。
その透き通るような肌に指が触れる瞬間。
「な―――ッ!?」
視界がぐるりと回転し、続けて背中に激しい痛撃が走る。
俺の目玉は眼窩から飛び出さんばかりに開かれ、顎の骨が外れるほど大きく開かれた口からは声にならない絶叫が迸る。
あまりの衝撃に息を吸うことも吐くことも許されずに俺は口をパクパクと閉じたり開けたりを繰り返し、無駄とわかっていても肺に空気を送り込もうと努力する。
自分の身に起きた状況を確認しようとする俺の上にふわりと『それ』は被さってきた。
深い――青緑の瞳がまっすぐにこちらを見据えていた。
彼女の頭部には先程まではなかった黒緑の2本の角が屹立している。
「き――」
君は一体・・・そう問いかけようとした俺の口は彼女の手に塞がれた。
そして――
「二度は言わぬ。一言でも言葉を発したら殺す」
やっとヒロインが登場してくれました。
もう満足ですw




