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エンディング

ソードアンドマジックオンライン。

世界初のVRMMOであるこのゲームはサービス開始直後に原因不明のトラブルにより多くのプレイヤーを仮想世界に幽閉した。

それから約一年、正確には8908時間17分25秒が経過して尚、原因究明及びプレイヤーの救出は為されていない。

『仮想世界でログアウト不能』に陥ったプレイヤーは現実世界から情報の一欠片すら入ってきていない現状に最初は怒り、不安になりやがて悲しみ、諦観を経て開き直りの心境に達しようとしていた。

この仮想世界こそが現実であるという欺瞞に。



VRMMOの技術は元々は精神疾患のメカニズムの解析の為に開発された物である。

高度精神医療の分野で急速に頭角を現してきた剣野真帆博士率いる医療法人剣野精神医療センターのVRリハビリテーション科特機開発部。

その開発部が患者のリハビリ適応係数を仮想的に計測する為に試験的に作り出した『りはびり君三号』が原型になっている(尚、命名は当時の開発主任である赤野津美によるものである)

だが、『りはびり君三号』による臨床試験中の患者が脳死する重大事故(シビアアクシデント)が起こった(患者名:城坂彩香)

原因はVRフルダイブシステム中の物理的な断線による電力供給の停止、そして強制切断。

そしてそれによって引き起こされた表層意識と深層意識の断裂による不可逆な意識混濁と永続的な潜心(ダイブ)状態による心理階層の壊滅的な破壊症状。

この事故により開発の責任者である赤野開発主任、及び リハビリテーション課の荒木課長が患者の遺族に医療訴訟を起こされる事となる。

通常であれば狂ったように騒ぎ立てるマスメディアは沈黙を守って通り一遍等の報道しかしなかった。

結局裁判は遺族側の意見の混乱もあり多少の長期化を経て最終的には遺族側が示談に応じて訴訟は取り下げになった。

勿論、遺族側の懐には多額の示談金が転がり込んだことは想像に難くない。

そして、法の目を掻い潜って怪しいネタを載せる一部の三流ゴシップ誌が面白おかしく書き立てた程度でこの事件は収束する。


事件収束から約一ヶ月後、開発主任の赤野津美は『りはびり君三号』に関する研究費の私的流用が発覚した後に行方不明となった。


その後、『りはびり君三号』の安全機構(セーフティネット)を大幅に拡充した後継改良機であるヴァーチャルリハビリテーションフルダイブシステム、通称『VRFDシステム』により様々な精神疾患の治療を仮想空間を利用して行うという総合VR精神医療が剣野博士により提唱される。

そして厚生労働省の正式な認可を得て臨床試験がスタートした。

申請から認可を経て臨床試験のスタートまで全て含めておよそ二ヶ月の短さである。

これは医療訴訟を起こされた事を勘案しなくても極めて異例中の異例の早さであると言えよう。

尚、同年に社団法人日ノ本総合VR精神医療学会が発足した。初代理事長は勿論、剣野真帆博士である。



ここに剣野博士が提唱した総合VR精神医療の具体例をニ、三記しておく。


精神的うつ病におけるVRシステムによる治療例

仮想リラクゼーション頭痛や腰痛などの身体的な痛みを抱えているうつ病患者の意識をVR空間に転座させることによって身体の痛みを切り離して治療の前段階とする。

仮想電気痙攣療法VR空間内において仮想的に電気痙攣療法を行い刺激を与える。

利点:肉体的な損傷や損耗に依る死亡または重度障害の危険性をほぼ0にすることが出来る(理論上は0である)


心身症におけるVRシステムによる治療例

VR空間での自己想定問答予め患者個人の症例に合わせた仮想世界や登場人物、想定問答集などを設定しておきVR空間の中で患者本人に会話してもらい症例の確認、軽減を計る。

VR空間での心理社会の構築患者が現実に保持している社会的関わりを仮想的にVR空間に再現して症例の確認、及び各種治療やリハビリなどを行う。


幻覚におけるVRシステムによる治療例

VR空間での幻肢の解消VR空間において患者の幻肢が発生している箇所を再生してイメージの再認識を促す。

場合によっては痛覚を調整した上で幻視箇所をVR空間内にて切断するショック療法も可能である。


病院の運営における利点

拘束が必要な患者を一時的にVR空間に仮想入院してもらうことによってリソースを多大に消費する患者に対するコストを軽減できる。

(VR空間に仮想入院中の患者への介護は統括システムとNPC介護師が当たる)

薬物によって無理やり寝かしたり、拘束器具で押さえつける訳ではないので患者への治療を継続したままに患者本人への負担や医師、看護師、介護師の負担が軽減できる。

又、夜間などの治療に関わる人員が十分に確保できない場合も一時的に仮想入院させるという処置も可能である。

(現職人員の悪質なリストラにつながるとの懸念もあるので導入には第三者機関による外部監視委員会の立ち上げが必要であると此処に提言する)


この総合VR精神医療により精神医療の分野は飛躍的な進歩を遂げることになった。

そして、剣野精神医療センターは国内大手の製薬会社と共同で研究開発を進める事となる。



近年、遺伝子工学を組み込んだ研究開発手法により急速に台頭してきたバイオテクノロジー企業群により従来型の地道な研究開発に頼る国内大手製薬会社である竹中薬品工業とアマテラス製薬の業績は伸び悩んでいた。

市場シェアの一位と二位は堅守しているものの売上高の減少による利益率の下降、それに付随する財務体質の悪化から経営の行き詰まりを感じていた両社は剣野博士が申し入れた総合VR精神医療を用いた向精神薬の共同研究開発計画に飛びついた。

翌年、画期的な向精神薬である第ニ種認可向精神薬『ツルギノエスターク』の開発に成功する。

この薬は瞬く間に国内の向精神薬市場の八割を占め、総売上高は一千億を超えた。

(尚、前年には国内の新薬審査期間の大幅な短縮及び各種医薬品の製造販売許認可の手続き簡略化についての薬事法の改正法案が超党派の議員連盟により提起され、与野党を含む賛成多数にて成立した。異例ともいえる新薬の市場投入の早さはこの法案の成立あってのことだと此処に記しておく)


また、『ツルギノエスターク』に使われている様々な技術や特許はまとめてパッケージとして諸外国の大手製薬会社にも供与された。

アメリカ環太平洋連邦共和国のニューヨークに本社を構えるファイバーでは『アストロノウカ』、同国のニュージャージーに本社を構えるジョンソン&スミスでは『アナカリリス』として名称を変更して販売される事になった。

名称こそ変更されているが『ツルギノエスターク』の向精神薬世界市場でのシェアは同年、五割を越え売上高は150億ドル(為替換算して約三兆円)を超える事になる。


これらによって得た莫大なパテント料を剣野博士は『VRFDシステム』を利用した脳科学研究に注ぎ込んだ。

結果、脳機能の解明が大幅に進み、それに関連して様々な脳疾患の症状に対する有効な治療薬が幾つも開発される事となる。

(天才と言う言葉は極力使用を控えたいのだが剣野真帆博士は正真正銘の超天才であった)


その中で最大の成果は加齢による脳機能の老化を大幅に抑制する治療薬『サン・ブロント』である。(開発会社は竹中薬品工業、アマテラス製薬、剣野総合脳研究センターによる三社共同の出資により設立されたキングベヒモスバイオテクノロジー製薬である)

この薬は元々は認知神経学の分野にて認知症の治療を目的に開発された治療薬であったが、その効果は治療と言うよりは若返りと表現したほうが妥当と言えるほどに劇的なものであった。

又、脳機能が若返ることによって身体全体の代謝機能や細胞分裂が『つられて』活発化するメカニズムも解明され事実上の不老薬として全世界を驚嘆させた。

『サン・ブロント』は国内では認知症の治療薬として認可を受けて販売が開始された。

後に健康食品として医者に処方してもらわなくても摂取できる若干の成分が調整された健康食品(サプリメント)としての『ブロント・サン』の販売が開始された。

『ブロント・サン』のパッケージには堂々と『老化防止』の文字が表示されており、これは薬事法の観点から見ると健康食品(サプリメント)としては本来は許されない表現である。

これについては老化防止の健康食品(サプリメント)を欲する大勢の国民の声、剣野博士による厚生労働省への働きかけ、『ブロント・サン』の有用な効能と高い安全性が上げられる。

しかし、何よりも国を動かす永田町や霞が関、千代田区の辺りに生息する御老体の強い意向が働いたことが大きいだろう。

不老こそは彼らのようなモノノケ共が喉から手が出るほど欲しがっており、そして歴史上どのような権力者も手にする事が叶わなかった悲願なのだから。

同年、『ブロント・サン』の国内総売上高の合計は二十兆円を超え、国外も含めた全世界の総売上高は百二十兆円を超えた。

この数字は富裕層だけではなくいわゆる貧困層の人々も不老に強い関心を持っており食費を削っても『ブロント・サン』を買い求める事実を立証した。

(同年のBOP(ベースオブピラミッド)食品市場、いわゆる低所得者層の食品市場の規模が(調査対象人口が増加しているにも関わらず)大きく縮小した事はこれを裏付ける)


これらの功績により剣野博士は社団法人日ノ本精神医療学会の副理事長、社団法人日ノ本総合神経科学学会の常務理事、社団法人日ノ本医人会の理事に名を連ねる事になった。

勿論、全て理事就任時における最年少記録を塗り替えての事である。

他にも数えきれない程の団体から役職者への就任を要請されたが剣野博士は研究時間が取れないとの理由で全て断った。


そして全世界からの天文学的なパテント料の収益を背景に剣野博士は株式会社SAMを設立し、かねてより関心があったヴァーチャル・マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム、所謂VRMMOの開発に手を進める事になった。


尚、ソードアンドマジックオンラインの監督官庁は経済産業省では無く厚生労働省に決定した。

VRMMOが国民の精神的な生活水準を上昇させるいわば普遍的な福祉事業であるとの横紙破りな強引な解釈によって、厚生労働省の内局である『国民の生活が第一課』が担当する事となった。

無論、本来の監督官庁であり情報通信産業全般を所管する経済産業省商務情報政策局はそれを認めなかった。

そして電波や周波数の割り当てを含む情報通信政策全般などを所管する総務省や風俗営業法を監督する国家公安委員会の特務機関である警察省も通産省と肩を並べて激烈な工作活動に勤しんだ。

それら一つ一つの問題(ていこう)をまるで玉ねぎの皮を剥くようにしたたかに、狡猾に、時には優しく時には脅しを掛けながらありとあらゆる方面を利用し又、ありとあらゆる方面に気を配りながら剣野博士は解していった。まるで簡単な方程式を解いていくかの様に。

結果、剣野博士の資産管理団体である『エイジ・オルタネイティブ』の資産は一%程目減りし御剣明夜理事長の機嫌がちょっぴり悪くなった。

そして、国内では財団法人や外郭団体などが数多く誕生する事となりちょっとした設立ブームが起きる事態となる。

それらの団体の役員の名簿には中央省庁に勤めていたそうそうたるOB達の名前が並ぶ事になった。

勿論、中央政界や地元の議会、様々な経済団体やマスメディア等の各種団体もご相伴に預かった事も含めて公然の秘密である事は言うまでもない。


司法、行政、立法といった三権の監視を自認する大手マスメディアは編集の名のもとに思想や意向といったものを情報に塗りつけ『嘘ではない程度』に真実の(ゆがめられた)報道を(うそぶ)く行為に勤しんでいた。

だが、それは自らの組織を守り利潤を追求するという利権組織(かいしゃ)として見ると正しい。

真実の報道とやらにうつつを抜かして飼い主からの餌が少なくなってしまったのでは本末転倒なのだから。

勿論、飼い主に牙を剥く不届き者も存在するがその殆どは小さな取るに足らない出版社か個人であった。

そして、其奴らの組織や資金力が大きくなり権力に近づけば近づくほどにその牙は潜め従順になるのである。

これもまた、権力に備わった一種の自己防衛本能なのだろうか。


第四の権力者になりおおせた巨大マスメディアと省庁の意向を垂れ流す単なるスピーカーと化した大臣や政治家。

今日もこの世は良い感じに腐り蝕まれていた。


剣野博士は自らのグループの中枢である医療法人剣野精神医療センターと株式会社SAMだけは一人として天下りを受け入れなかった。

それについては非常にけしからんと言う意見が多方面から湧き上がったがすぐに立ち消える事になった。

剣野真帆が自分たちにもたらしている利益を天秤にかけた結果、利益が乗せられた天秤の方が重かったのである。

又、彼らのような人種に付き物の何ら根拠のない選人思考もその判断を後押しした。

それぐらいの我儘は許してやるのが飼い主が持つべき度量ではないか?、と。

それは勿論間違っている。それ故に彼らの濁った目が映した事実と明晰な頭脳が導き出した結論が真実の剣野真帆を捉えていない事は双方に取って(片方にとっては単に煩わしさの問題だけであったが)幸運であった。

結局の所、彼らにとっては己が座る椅子の座り心地だけが関心の的であってその椅子がどこのオフィスにあるのかという点についてはさしたる関心が無かったのである。

一度だけ地元の市会議員が横槍を入れてきた事があったが、暫くしてその市会議員は不正献金問題が発覚した後に議員辞職に追い込まれた。

その後、同選挙区における補欠選挙を制して当選したのは厚生労働省の外郭団体のOBである某某であった。

それ以降、剣野真帆はこのような(瑣末な)問題に煩わせられることは無くなった。


そのような経緯を経てソードアンドマジックオンラインは完成した。

それは大多数の人達が望まぬ、だが一部の人達が望む形ではあったが。



第一部 『赤ノ罪』編 完

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