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赤ノ断罪 十一

……世界に静寂が訪れた。


汗が流れ顎の下を伝って手元に落ちる。


メイルが瞬きもせずに『赤ノ断罪』を見つめている。


まいんちゃんが目を瞑り祈りのポーズで固まっている。


全ての時が止まった。


空気すらもが息を潜めて。


誰も動くものが存在しない世界が此処に存在した。


「!!!!!!!!!!」


変化は静かに訪れた。

青き光が漏れ光る。

ピッケルの切っ先が突き刺さった『赤ノ断罪』の腹部から。

その光はどんどん大きく強くなっていく。


駄目……だったのか?

メイルが睫毛を微かに震わせながら瞼をゆっくりと閉じる。

まいんちゃんがその目をゆっくりと開ける。その瞳は何も写していない。


光は目を開けていられない程に輝きを増しやがて蒼光の爆発になる。

それはアークガルド、いやアークヒルズ全体を、この世界そのものも塗りつぶす程に巨大で強い輝きとなった。


同時に凄まじい激震が大地を襲う。

視界全てが残像を起こす程の滅茶苦茶な揺れが。

この大地そのものを崩れ壊しかねない程の暴滅震が。


そして俺の手に握ったピッケルが。

博子が作ってくれたアイアンピッケルが。

その鈍色の切っ先から亀裂が走る。


駄目……なのか……


「メイルッッッ、大丈夫かッッッ!!!!!」


俺はメイルに向かって大声で呼びかける。

返事がない。

俺はもう一度、声を限りに呼びかける。

無駄だとわかっていても、少しでも安全な場所に。


「メイル、早く逃げろッッッッ!!!!!!」


だが、(いら)えはない。

その身体はあくまで自然体でこんな大地震の中で、も…………ちょっと待て。

なんでメイルはこの凄まじい揺れの中でまっすぐ立っていられるんだ。

幾ら霊銀流だとしてもこんな大地そのものが崩れ去るような――


「拓也さん、これは地震じゃありません。揺れているのは拓也さん自身ですッッッッッッ!!!!」


え?


そして地の奥底から沸き上がってくるかの様な全てを壊しかねない程の手応えが両手に握ったピッケルを通して伝わった。

その瞬間、俺は総てを理解した。

ああ、超越者(オーバーロード)を採掘した時の手応えは震度(アンリミテッド)なんだな、と。


次の瞬間、この世界そのものを覆い尽くさんとする蒼光に亀裂が走り広がる。

そして澄んだ音を立てながらその全てが砕け散った。

蒼き光の破片がまるで雪のように揺らめきながらアークガルドの大地に舞い落ちる。


そして、巨大な『赤ノ断罪』の竜躯がゆっくりと赤き粒子に変換されていく。

それはまるで嵐のように轟々と激しく渦巻きながら俺自身の身体に吸い込まれた。


全身の力が抜け、俺はそのまま地面に大の字になった。

俺の目はアークロードの上空高くに浮かび上がる採掘成功のエフェクトである『SUCCESS!!』の巨大な飾り文字を捉えていた。


「やたぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」


まいんちゃんが視覚情報ウィンドウの中で飛び跳ねて歓喜の絶叫を上げる。


「お見事」


メイルは相変わらず超然としているがその銀砂の様な煌めきを見せる髪の間から生えている二本の角がピコピコと動いている所を見るとやはり興奮を隠し切れないみたいだ。ってかあれ動くんだ。


暮れなずむアークガルドの上空。

未だ蒼き破片の粒子に照らされる『蒼空』にキラリと光る物が見えた。

一枚の金貨が石畳に落ち、澄んだ音を響かせながら転がってきた。

金貨が俺の身体にぶつかって横に倒れた瞬間――

一斉にものすごい数の金貨、銀貨、銅貨が上空からまるで滝の様に降ってきた。

希少鉱石、強化素材、高価結界石、魔法回復薬、ありとあらゆる高価、希少、魔法アイテムが。

綺羅びやかな装飾が施された宝剣、希少印がふんだんに縫いこまれた軽鎧、漆黒の炎が燃え立つ大剣や堅牢な防御魔法が施された竜兜など強力な魔導(マジック)装具が大量に無数に降ってくる。

瞬く間に俺の周りには金銀財宝の山が築かれ、眩いばかりの装飾品が、攻略組ならずとも垂涎のレアアイテムやユニークアイテムが無造作に転がる様相になった。


「ドロップです、拓哉さん。これ、全部『赤ノ断罪』のドロップアイテムですよッッッッッ!!!!

なにこれすごいッッッッッ!!!!????」


まいんちゃんが天から次々と降り注ぐドロップアイテムに興奮の声を上げる。


「ふむ、さすがに『ないとめあ』級のどろっぷあいてむは桁違いじゃの」


メイルが自らの角に引っかかった絢爛豪奢な装飾と数多の宝石が施された宝冠(ティアラ)を掴みしげしげとそれを見つめる。

そんな中、漆黒のピッケルがまるで最初からそこに収まるのが決まっていた様に俺の手の中に落ちてきた。

金属部分である切っ先には直線からなる蒼のラインが入っている。


「あ、それは――」


まいんちゃんに聞かなくてもわかる。

霊銀(ミスリル)ピッケルだ。

まだどんな工房も製法が確認されていない上位(ハイレベル)を超えた幻のピッケル。

ふっ、どんな聖剣や魔剣よりも俺にお似合いの得物(アイテム)だ。


「拓哉さん。これで晴れて超越種殺戮者オーバーロードスレイヤーですね?」


まいんちゃんがまるで自分の事のようにうれしそうに話しかけてくる。


「ああ、そうだな。

でも俺としては竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の呼び名の方が好みなんだけどな」


「全く、主様は欲張りじゃの」


そんな感じで俺達三人が話していると、なんだか周囲がざわざわとしているのが耳に入る。

瓦礫と化したアークガルド。

半壊した公民館の横から、焼け崩れた石造りの礼拝所から、倒壊した様々な家屋の向こう側から、右半分が蒸発した酒場の屋上から。

次々と人影が姿を表し、その数はどんどんと増えていった。

埃に汚れた胸甲姿の兵士、半ば焦げ落ちた軽鎧を身につけた女傭兵、商人風の男もその高そうな服が煤で真っ黒で所々破けていた。

大通りでアクセサリーを売っていた職人見習いも、律儀に大きな荷物を背負ったままのNPC荷役も、胸元が大きく開けたドレスを身につけた夜の町の妖精も。

身に着けている服はボロボロで、頭から血を流している者、手や足に大怪我を負っている者、地べたにへたり込んでいる者。

その顔は煤で汚れ、服も見れたものじゃない、身体も傷だらけ。

皆、汚れ、傷つき、血を流している。


だが、その目は輝き、その顔は熱狂していた。

この町を襲った恐るべき災厄(ディザスター)、忌むべき災禍(メイル・シュトローム)


未曾有の悲劇(トラジディ)

圧倒的な絶望(ディスペア)

不可避の悪夢(ナイトメア)


それら全てを打ち破った英雄が。

この街を滅びから救った英雄が。

世界の終末を追い払った英雄が。

        

目の前に実在しているのだから。


愛する者を失い、大切な人を亡くす。

かけがえの無い日々に、平穏な日常。

なんでもない様な事が、幸せだった。

決して戻らない、ささやかな暮らし。


人々は熱狂する。


熱に浮かされながらもあえて気づかない振りをしながら涙を流す。

この後に襲ってくる圧倒的な喪失感、虚無感が理解っていながら。

今、この瞬間だけは目の前の英雄達と我が身との一体化を求める。

我が身を鞭打つ寂寥感、無力感を今一時だけは忘れ去ろうとする。


人々は投影する。


人は英雄を求める。求めざるを得ない。根源的な充足を得る為に。

自らが為し得ない事、己には不可能な英雄譚へ自己投影する為に。

己に変わってこの世のあらゆる困難を打ち破る様を見たいが為に。

自分が抑圧される無情な現実を跳ね返す瞬間を体験したいが為に。


人々は――――


「あいつ、超越種(オーバーロード)倒しちゃったぞ」


「すげぇ、なにもんだあいつ」


「あの手に持ってるのってピッケルでしょ?」


「嘘つけ、ピッケルでモンスター倒せるわけねぇべ」


「はっ、拓坊の奴、とうとうやりやがった」


「いやいや、確かにピッケルだぁ。俺、この目でしっかと見たぞ」


「ほんまに? ほんまにピッケルで倒したんでっか?」


「私のピッケルで倒したんだから当然私にも取得権限が有るはずよね♪ ふふん」


「えー、ピッケルでどうやって倒すと?」


人々のざわめきが徐々に大きくなる。


「ピッケルで(ドラゴン)倒しちゃったの? うそ……」


「じゃあ、ドラゴン、ドラゴンスレ――」


その時ひときわ大きい声が響き渡った。


竜掘士(ドラゴンピッケラー)だッッッ!!!!」


え?


「ドラゴン、そうか……ふむ、ドラゴンをピッケルで倒したんだもんな」


え、いや。


「アークガルドを救った英雄は竜掘士(ドラゴンピッケラー)だっッッ!!!」


竜掘士(ドラゴンピッケラー)竜掘士(ドラゴンピッケラー)竜掘士(ドラゴンピッケラー)


「い、いや、ここは常識的に考えてドラゴンスレ――」


俺の抗議の声は辺りに鳴り響く竜掘士(ドラゴンピッケラー)の大合唱に掻き消されてしまった。

ちょ、ちょっと待てぃ。

ここは本人の意見を尊重してだな、ドラゴ――


「良かったですね。この世に竜殺し(ドラゴンスレイヤー)超越種殺戮者オーバーロードスレイヤー悪夢祓師(ナイトメアバスター)などの称号は存在しますけど、

竜掘士(ドラゴンピッケラー)の称号を獲得したのは拓哉さんが最初で最後だと思いますよ?」


「はぁ……………………、そうだな。

でも、もう少しかっこいい呼び名がよかったんだけど」


「まぁまぁ、それが主様の主様たる所以じゃ、の?」


なぜか嬉しそうなまいんちゃんと興味深そうな様子のメイル。


ま、いっか。


俺は生き残った。


そして。


そして。


そして、俺は罪を犯した。


俺の身体から熱の残滓がゆっくりと消え失せていく。

生と死の狭間の煉獄に灼かれていた時には気づかなかった、意識出来なかった。

『赤ノ断罪』を倒した高揚感に浮かれていた瞬間には目を逸らすことが出来ていた現実。


胸が、痛む。

いや、違う。

痛いじゃなくて苦しい、だ。

胸が苦しい。締め付けられる。

どうしようもなく。


どうしようも無かった。

正当防衛、だよな。

殺さなければ殺される。

それは分かっているし理解っているさ。

他に道は無く、俺は『赤ノ断罪』を弑し、英雄とやらになった。

確か一人殺せば殺人鬼、百万人殺せば英雄だって言葉があったな。


じゃあ俺は。


後、九十九万九千九百九十九回弑さなければならないのか?

後、九十九万九千九百九十九回苦しまなければならないのか?

後、九十九万九千九百九十九回繰り返さなければならないのか?


いや、違う違う。それは間違っている。

俺は既に英雄だ。

アークガルドの町を救った英雄だ。英雄様だ。くそったれが。

苦しむ必要なんて無い。

俺は殺るべき事を殺っただけだ。

ゲームの世界でモンスターを倒し、殺し、奪う。

当たり前の事だし、やらなければならない事だ、他のプレイヤーもみんな殺っている唯の作業だ。

敵を倒して何が悪い。モンスターを殺して何が悪い。

仮想ゲーム世界の単なる敵キャラを倒してなんでこんなに苦しむ必要があるんだ?

おかしいだろ?

馬鹿じゃねーのか?

この腐った頭とこの胸は。

皆が俺のことを讃える、褒める、熱狂する。英雄だと。

じゃあ、俺は皆が望む英雄とやらにならなければならない。

胸を張れ。背筋を伸ばせ。笑顔を見せろ。俯くな。

畜生、畜生畜生。

これは唯の食事、俺が生きるために奴を、『赤ノ断罪』を喰らった。

唯、それだけの事だ。

それすらも受け入れられないと云うのならば何も口に入れるな、何も食べるな、肉も、野菜も、何もかも。

そしてそのまま死んでしまえ馬鹿野郎めが。この救いがたい大馬鹿野郎が。

この意気地なしが、この弱虫が、この卑怯者が、この逃亡者が。

嫌ならさっさと、その腐りきった目を開けろ。

死にたくないなら他者を殺せ、そして生きろ。

石金拓也(いしがねたくや)



気がつくと俺は涙を流していた。

何時の間にかに俺は泣いていた。


後から後から止め処もなく。

それは俺の感情(すべて)を洗い流す。


苦しさも、悲しみも、慚愧も、悔恨も、自己嫌悪も、熱く溢れるこの感触が。

無力感も、喪失感も、失望も、挫折も、自己弁護も、激しく流れるこの涙が。


恥ずかしいと思う前に。

顔を背け様とする前に。


唐突に気がつき。

唐突に気づいた。


そっか、そういうことなんだ。

ははは、こういうことなのか。


哀しいこと辛いこと嫌なこと押しつぶされそうなこと。

それら全てを涙は洗い流す、それら全部を忘却(わすれ)させる。


だから人は涙を流す。

人々は涙を流すんだ。


そっか。そっか。そうなのか。そうなんだよな。

はは、なんだ俺。知らない事ばかりじゃないか。

俺の頬を濡らす熱い涙は止め処なく溢れてくる。

後から後から止まらずに。次から次へと次々と。


ふわり、と抱きしめられた。


大地に仰向けに倒れている俺の上半身をメイルが抱きしめてくれた。

何も言わずに、何も問わずに、ただ、ひたすらに、ただ、柔らかく。


視覚情報ウィンドウの中ではまいんちゃんが必死に届かない手を伸ばして俺を抱きしめようとしてくれてる。

つぶらな瞳に涙をいっぱい貯めながら、小さな掌を一生懸命伸ばしながら、泣き笑いの笑顔を濡らしながら。


ああ、そっか。俺は一人じゃない。

その瞬間、新たな涙が溢れてきた。


でもそれは悲しみや辛い事を消し去る為の、全てを忘れ去るが為の涙じゃない。


はは、駄目だな俺。本当に何も知らないでやんの。

うれしい時にも涙が出るなんてそれこそ反則(チート)だろ。


ありがとう、メイル。

ありがとう、まいんちゃん。

本当に、ありがとう。



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<スキル 夢幻採掘アンリミテッド・マイン正式習得(ラーニング)されました>


称号獲得    竜掘士(ドラゴンピッケラー)

称号剥奪無殺(キルゼロ)


レベル     1 > 1


累積取得経験値 0 > -1


累積KILL数0 > 1


スキル     採掘 29 > 30


習得スキル   夢幻採掘アンリミテッド・マイン

付記夢幻採掘アンリミテッド・マインのレベル調整が可能になりました


特例事項    ユニークスキル取得により特例コストが発生しました。

        付帯インターフェース(パーソナルネーム―まいん)よりコスト指定が為されなかったためにランダムにてユニークスキルコストが決定されました。


ユニークスキルコスト レベル固定のコスト。 以後の経験値取得が全て0になり、現在のレベルに固定されます。累積取得経験値の表示は(-1)となります。

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