表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/23

赤ノ断罪 九

――――!!!!


「まったく、今度は人妻に手を出すとか・・・その節操の無さに呆れを通り越して逆に感心しますね」


まいんちゃんがジト目で俺を睨む。


「ふむふむ、男子足るもの人妻の一人や二人、寝とる(NTL)ぐらいの甲斐性がなければの。

さすがは主様じゃ……の?」


メイルが口調とは裏腹にハイレベルなジト目で俺を睨み、口に加えていた霊銀(ミスリル)原石を一息に噛み砕く。

瞬間、黒と蒼のエフェクトがメイルの全身を包む。

そして身に着けている紅無地の小袖に紋様として霊銀花(ミスリルフラワー)がうっすらと浮き上がってくる。

帯にも霊銀花の特徴である幾何学模様が染み出す。結び方と相まって蝶紋(バタフライアート)の如く幻想的な情景を映し出す。

ワンポイントの紅銀花(ヒヒイロフラワー)が印象的な白足袋に、赤桜を基調に花飾りを可愛くあしらった草履が足元を飾り付ける。

今、ここに紅染撫子霊銀花の小振袖が完成した。


可愛らしい小袖を愛らしく振りながらメイルが微笑う。


「うむ、美味し!!

さすがは主様が獲ってきてくれた霊銀(ミスリル)原石じゃ。その旨さ足るや蜂蜜団子に勝るとも劣らな…………やはり蜂蜜団子の方が美味いのぉ……」


地面から幾何学模様に彩られた黒と蒼の霊銀の掌が『赤ノ断罪』の下顎を掴みその動きを止めている。

そして、上顎には(アイアンピッケル)から発動する夢幻採掘アンリミテッド・マインの力がその竜牙の一部をポッカリと無に還した。

その柄の部分には『夜野博子』と製作者の名前が彫られている。

いつぞやの博子から強奪した(アイアンピッケル)だ。

額に入れて博子をからかってやろうと鞄の裏ポケットに入れていたのを今の今まで忘れていたのだ。


「拓…………ちゃん……あの……ね…………」


憑物がとれたような悲しげな顔で雫が見つめてくる。

仮面の下の仮面が剥がれ落ちた彼女はとても儚げで今にも消えてしまいそうな程に淡く沈んでいた。

その手は胸元の傷跡残しアンヒーリング・スカーを隠すかのように動く。


……なら、俺はこう言うしか無いじゃないか。


「雫さんって、結構おっぱい大きいんですね。俺おっきなおっぱい大好きなんで今度揉ませて下さいね」


視覚情報ウィンドウの中でまいんちゃんが盛大に吹き出す。

ぴきりとメイルの微笑みが凍り付く。

昏く沈んでいた雫の顔が驚きの形を成す。

そして、軽く吹き出した後に口元に手を当てながら身体を小刻みに震わせる。

身体をくの字に曲げて、肩を震わせて笑う。

やがてひとしきり笑い終わった彼女は柔らかな笑顔で微笑む。

そして目尻に溜まった涙を人指し指の第二関節で掬い取りながら口を開く。


「こんなおっぱいでよければ、ふふっ…………」


「駄目に決まってんだろぉがッッッ!!!!、この野郎ぉぉぉぉぉおおおおおおおッッッッッ!!!!」


青筋を立てた一平さんが間に割り込んであっという間に雫を掻っ攫っていった。

あー、こりゃ、後で一平さんに何言われるか……。


一平さんにお姫様抱っこの体勢で後方に運ばれる雫。

その笑顔はヴァン・ケインハルツで一人の吸血鬼(ヴァンパイア)傷跡残しアンヒーリング・スカーを刻まれる前の、彼女本来の見る者全てを魅了するような魅力的なものであった。



眼前の紅の断罪者が咆哮する。


憤激の顎をその五本の指で固定していた巨大な霊銀の銀掌がひび割れビキビキと砕け散る。

メイルの頭部から生えている黒緑の角に真紅の幾何学模様の線が走りビキビキと光り猛る。

視覚情報ウィンドウの中で睨むまいんちゃんの額に青筋が疾走る音がビキビキと鳴り響く。


あれ? もしかして俺三方向から集中放火食らってね?


「気のせいじゃ」


「気のせいです」


「で、ですよねー? あはは」


そして俺達は真上から叩きつけられる二本の巨大な角による攻撃を左右に別れて回避する。

深淵に沈む黒金剛の如きこの世ならざる不浄を撒き散らしながら大地が次元ごと抉られる。

抉られた地面から無数の亡者の腕が生え蠢き触れる物全てを無間の地獄に引き摺り落とす。


それらから更に距離を取りながら俺はまいんちゃんに問う。


「気のせいかも知れないけどあいつの傷、回復してないか?」


「そうですね」


「え?、い、いやいや、そうじゃなくてもっとこう、なんというか情報をだな」


「人妻キラーに渡す情報はありません」


ぶほっ


「ちょ、そ……」


「そうじゃ、それで正しい。

相手に渡す情報が少なければ少ないほど戦い(こい)とはうまくいくものじゃ」


にやりと微笑うメイル。その口端からギラリと光る牙が覗く。

うわー、めっちゃかわいいけどめっちゃ怖いんですけど。

って、メイルも普通にまいんちゃんとの(独り言の筈の)会話に混ざってるし。

まいんちゃんが視覚情報ウィンドウの中で肩をすくめる。


「まー、今更どんな事が起こっても驚きませんよ。

後付けで考えるのならば誓約システムによる主従の意識同調に加え生命流転によってメイルさんの生命エネルギーが拓也さんに流れ込んだ共鳴現象、といったところですかね?」


「まー、確かにな」


俺も釣られて肩をすくめる。

確かに、もうどんなことが起こっても驚きに値しないな。

てか、メイルの身体は大丈夫なのかな?


「ん? ワシか?」


メイルがこちらを振り返った瞬間、宙を疾走る断罪の炎が彼女を襲う。


「危ないッッッ!!!!」


咄嗟に彼女を庇おうと一歩踏み出した瞬間に大地から霊銀の壁が現れメイルを守る。

轟音と共に断罪の炎は弾かれ消える。

そして、霊銀の壁も表面に現れた赤い幾何学模様の形にヒビが入り砕け散る。


「ふむふむ、やはり腐っても『超越者(オーバーロード)』の攻撃じゃな。

壁を薄くして数枚備えにするか、それとも壁を厚くして一点集中で防ぐか……」


メイルは自らの頭部に屹立している黒と蒼の角をさすりながら思案に耽る。

と、思い出したようにこちらを見て答える。


「少なくとも奴を倒すまでは余裕で持ちそうじゃの」


メイルがニッコリと微笑いながら続ける。


「それよりも、一つ思い出したことがある。

どうやらワシは霊銀種という代物らしい」


霊銀……種?


霊銀(ミスリル)鉱床より転生すると伝えられている封印希少(シールレア)種です。

詳細は不明ですが霊銀との感応能力により特殊能力が使えると事です。いわゆる種族スキルですね。

でも、まさか霊銀原石を体内に取り込んで体力を回復するとは思いませんでしたが」


「カッカッカ、ワシもびっくりしたわ。気がついたら霊銀の破片が口の中に入っておってな?

それが甘露の如く美味うて、夢中で口を動かしている内に身体に力が満ちてきたって次第じゃ。

同時に霊銀に関して幾つか記憶が戻った訳じゃ、の」


メイルが『の』、と言うと同時に大地から巨大な霊銀の腕が屹立し突進してきた『赤ノ断罪』を霊銀の掌にて柔らかく受け止める。

瞬間――紅の凶竜の天地が逆になった。

自らの突進の力をいなされ、崩された後に背中から大地に叩きつけられる。


「そうじゃの、『天地霊銀流』とでも名付けておくかの」


メイルが目を細めながら地に倒れ伏す凶竜を眺める。

すげぇ、素人目の俺でもなんかすごい技を使ったってことがわかる。


「力のベクトルを解析した結果、メイルさんは殆どベクトルの動きを発していません。

『赤ノ断罪』は自らの突進の力にて自ら大地に叩き落されました」


あれか、合気道とか柔術とかのアレか。

仮想ゲーム世界で合気道の技を見るとは思わなかった。

そんな俺の心の中の声にメイルが反応する。


「いやいや、ワシはあくまでも『理』の中に身を置いておるだけじゃ。

主様のあんりみてっどまいんの方が易々と『理』の境界線を飛び越えておると思うのじゃがの」


うーん、俺の(スキル)はただのいんちき(チート)っぽい感じがしないでも無いんだが。

そんな事を考えている隙に『俺の右手が勝手に』地より生れ出づる黒き雷を夢幻採掘アンリミテッド・マインの力にて薙ぎ払い無に還す。


視覚情報ウィンドウの中で腰に手を当てて可愛く睨むまいんちゃん。


「拓也さん? 油断大敵ですよ? まったくもぉ」


まいんちゃんの俺の神経経路への強制介入により俺は間一髪助けられた。

うむ、かくなる上は。


「ところで苦情のフォームじゃなくて感謝のフォームって奴はないのか?」


「そ、そんな物あるわけないでしょッッッ!!」


「そっか、そいつは残念。でもありがとな。

俺、まいんちゃんがパートナーで本当に良かったと思ってるよ」


「も、もぉぉおお、止めて下さいってばッッ、怒りますよ?」


顔を真っ赤にして両手を交差したり振り上げたりする動作がすごく可愛らしい。

やべ、めっちゃ可愛いんだけど。


「いい加減にして下さいッッッ!!!!」


「あぎゃぁぁぁああああああああッッッッ!!!!????」


「カッカッカ、仲良き事は美しき哉じゃな」


そして、間髪入れずに空駆ける煉獄の炎と地を這う漆黒の稲妻が俺たちを襲う。


夢幻採掘アンリミテッド・マイン


「霊銀の理」


「現在『赤ノ断罪』の身体はゆっくりと回復している模様です。

原因は不明ですが体内に取り込んだ可想粒子ヴァーチャル・パーティクルエネルギーの影響が高いと推測します」


俺が空を統べる灼熱の炎を薙ぎ削って消滅させる。

メイルが掌を大地に当て、各種地脈との感応により地を這う黒き雷をその場にて天焦がす赤き火柱にして無効化する。

まいんちゃんが敵を解析してくれてる。


「あと、計測数値から判明したのですが『赤ノ断罪』の回復速度は徐々に早くなっています。

このままですと手に負えなくなる可能性があると推測されます」


マジか。そりゃヤバイな。


「となると、じゃ」


「短期決戦、ですね」


「だな」


戦法は決まった。

後はやるだけだ。

力の限りに戦う。


不思議だ。


俺達三人が力を合わせたらどんな敵にも負けない気がしてきた。

それは間違った錯覚かもしれない、甘い幻想なのかもしれない。

でも、そんな幻想を実現するのが仮想世界ってもんじゃないか?


ふと、俺は一瞬だけそんな事を思い浮かべた。

そして叫ぶ。


「いくぞッッッ!!!!」


「承知ッッッッ!!!!」


「はいッッッッ!!!!」


灼熱の(アギト)から煉獄の息吹(ブレス)が放たれる。

横にステップして回避した俺の足元に竜脈陣ドラグーンズ・サークルが無数に湧き出る。

咄嗟に横方向にステップして逃れた俺の目に正面から迫り来る無数の空駆ける黒き雷が写る。

疾い――それに数が多すぎる。

この疾さと物量相手だと薙いだ直後の僅かの硬直時間にて串刺しになる。

ならば――

俺はあえて前方に踏み込みながら正面の黒き雷だけを袈裟斬りにて無に還す。

夢幻採掘アンリミテッド・マインの硬直時間にて固まっている俺の後ろ髪スレスレを掠めて残りの黒き雷が背後の空間を突き刺す。


「…………」


一瞬、違和感が疾走る。

だがそれは、真上から叩きつけられる錆刃の如き剣呑さを示す不浄の爪にて脇に追いやられた。

鉄錆びの表面を鋭利な刃物でこすったような不協和音が辺りに轟き、夢幻採掘アンリミテッド・マインの力が込められたピッケルに穿たれた箇所の爪が削ぎ消される。


俺はそのまま『赤ノ断罪』の脇腹を撫で切りながら後方に抜ける。

激烈なる憤激の吼号を天に叩きつけながら血塗れの断罪者が猛る。

無数の黒き雷が空を掻き毟りながら俺に向かって死の牙を向ける。


「霊銀返し……とでも名付けて置くかの」


地面からまるで畳返しのように霊銀の盾が起き上がり漆黒の稲妻を防ぎ通す。

盾の表面には律儀にも織り目と畳縁までもが再現されている。

なんというか無駄に凝る性質(たち)なんだな。


「無駄とは失礼な。せめて粋というてほしいものじゃがのぉ」


軽く頬を膨らませながらメイルがまるで散歩でもするかのように暴虐の巨竜に向かって歩みを進める。

その様子にはまるで力が入っておらずこれ以上ないぐらいの自然体に映った。

一瞬、ここがどこかの庭園かなにかだと錯覚するほどにその姿は自然で、風流とすら形容できた。

少なくとも『赤ノ断罪』と戦っている者には見えない。

だが、それは当然だ。

彼女は戦っていないのだから。

敵の力に逆らわずに柔らかく受け止め合理的な円運動により返し技とする。

こう書けば簡単そうに見えるだろうがとんでもない。

少なくともこの規格外の超越者(オーバーロード)相手に涼しい顔をしてこんな真似が出来る奴が他にいたら顔が見てみたいくらいだ。

そして、特筆すべきはこのような力の使い方が出来る者が他者を弑す事を躊躇わない点だ。

彼女は決して平和主義者では無い。あくまでも自分から手を出さないだけだ。

いつぞやの森邪鬼(ウッドゴブリン)をあっさりと殺した様に彼女は自らに振りかかる火の粉には容赦はしない。

殺る時は殺る、そんな女だ。


それが何よりも恐ろしい、と同時にそこに強く惹かれている自分が存在する事も確かだ。

メイルは自分がどんなに望んでも決して手に入れることが出来ない激しさを持っている。

その力を俺を守る為に振るってくれるとあればそこには幾ばくかの優越感さえ存在した。

そんな色々な想いがない混ぜになった視線を送る先でメイルの技が更なる冴えを見せる。


まるで毒血の如き鮮やかな色を魅せる『赤ノ断罪』の表鱗から燃え煌めく数筋の奔流が降り注ぐ。

メイルが歩みを進める頭上に向けて。

そして唐突に宙が爆ぜた。

そう表現せざるをえないほどに数筋の奔流は幾千、幾万筋もの白き炎柱となってメイルが歩いていた地上は言うに及ばす、空中、地下の空間ごと爆ぜ尽くす。

途端に視界は地面が煮沸する蒸気と砂ホコリ、空を焦がす黒煙に包まれる。

その眼前に立ちはだかる真紅の巨躯がぐらりと傾く。

紅に染まる濡鱗に覆われた胸部から真血にて洗い流される『巨大な小太刀』が黒と蒼と紅の三重奏を奏で貫く。

崩折れる致命の断罪者のその背後には八重牙をぎらりと光日に照らしながら微笑う霊銀種が存在した。

どうやら『天地霊銀流』は小太刀を用いた攻撃も修めているらしい。


崩折れるかに見えた鮮血の断罪者が竜躯を捻りながら逆棘に塗れた前足をメイルに叩きつける。

大地から生えている強大な霊銀の手が『赤ノ断罪』から小太刀を抜く。

そのまま流れるような動きで小太刀を垂直に立てながら横方向からの前足を受け止める。

驚嘆すべきは凄まじい速度と質量を以って小太刀に衝突した筈なのに激突音が全く存在しなかった点だ。

どのような魔法を使ったか知らないがメイルは敵の攻撃を完全に殺し切った上で受け止めた。

神業という表現以外、見当たらない。


だが、『超越者(オーバーロード)』にもそれなりに矜持と言うものが有ると見える。

山の如き体躯を背中が見えるほどに捻りながら繰り出すは凶悪な逆棘と鋭利な角、錆刃の如き歪鱗の塊と化した巨大な尻尾による重撃だ。

下から掬い上げるような重撃を一瞬にして逆手に持ち替えた小太刀にて柔らかく受け止め、接触点を軸にしながら

手首の動きだけで捌いてしまう霊銀ノ手が映える。

いなされた赤の凶竜がその勢いを殺さずに自らの体躯を半回転させて激麟に覆われる(アギト)を大きく開く。

この世の悪意を全て煮染めたかの様な乱杭竜牙と呪われし天獄に突きあげるが如き逆竜大牙がギラギラとした濁光を放つ。

その濁った光が初雪の中に咲く冬桜の様な唇から覗く八重牙のギラリとした光と衝突する。


「しつっこいのぉ……じゃが」


幾何学模様の霊銀花が控えめに染め付けられた紅作りの小振袖が静かに揺れる。

袖から白く染め付けられた月夜の粉雪の様な腕が覗く。

霊銀の手では無く、ほっそりとしたメイル自身の生身の右腕が『赤ノ断罪』の(アギト)にピタリと添えられる。

そして添えられた接地点はそのままに体を(アギト)の横に滑りこませ左の掌を『赤ノ断罪』の後頭部にピタリと添える。

そのまま目標を失って前方につんのめる『赤ノ断罪』の巨躯をまるで牛の鼻輪を持って引きずり回すかのように半回転させ、(たい)を完全に崩した相手が自ら起き上がろうとする力を利用して後方に倒れ伏させる。


……だめだ、今この瞬間を見ていたとしても信じられない。

人間が竜を投げ飛ばすなど絵的にあり得ない。

いくらなんでも無茶苦茶だ。

そんな俺の心のざわめきを多少は和らげてくれる物が視界に入ってきた。

メイルの足元には微かに盛り上がった霊銀の塊が見えており、それが彼女の身体を支えていたらしい。

さすがに完全に生身ではあの巨大な質量は御しきれなかったらしい。

それでも、それでも神業にも限度ってもんがあるだろうメイル?


だが、当のメイルはめくれた振袖をさり気なく直しながら涼しい顔で微笑う。


「しつこい殿方をうまく捌くのも女子(おなご)(たしな)みよ。ま、それができて半人前じゃ」


そして、メイルは胸元から取り出した霊銀原石を右手で高く掲げた後にまるで果実を絞るかのようにぎゅっと握り潰した。

まるでワインの様に紅く澄んだ霊銀液が滴り落ちる。

いったい、どのような原理によって固い鉱石をまるで柔らかい果物の様に絞れるのかは全く分からないがそれはおそらく

霊銀種の種族スキルなのだろうと俺は自分を納得させた。


メイルは顎を上げながら口を大きく開けて自らが絞った霊銀液をだらりと伸ばした舌で受け止める。

そのままごくりごくりと喉を鳴らして滴る赤液を美味そうに飲み続ける。

口の端から零れた赤き液体がその艶かしく上下する麗喉を軽く愛撫しながら形が整った鎖骨を通り過ぎて胸元に落ちる。

だらりと伸びたやや長めの舌と豊かに盛り上がった双丘の谷間にまるで鮮血が垂らされたかのような情景に俺はいけないものを見ているかのような気恥ずかしさを感じた。

と、同時に一つの感想が否応無しに浮き上がってきてしまった。

これは哀しい男の性なのだろうか?


でも、雫さんのが大きか――


瞬間、この場の空気が凍った。


見よ、『超越者(オーバーロード)』たる『赤ノ断罪』までもが今まで感じたことが無い殺気に反応して後退しているではないか。


「『後退しているではないか(まる)』じゃありませんよ拓也さん? 貴方は本当に馬鹿なんですね?

それとも男の人ってみんな『こう』なんですか?」


まいんちゃんが視覚情報ウィンドウの中で今までに表示したことが無い表情パターンでこちらを見下ろしている。

……なんか『腐った豚を見下ろす眼』とかいらない情報も表示されているのがそこはかとなくどうしようもない感を増幅させた。

ふー、『小汚いブツをじっくりと観察する眼』だったらアウトだったわ。いやいやどんだけポジティブやねん。


「あ、お望みならそれもやってあげましょうか?」


「いや、それは勘弁して下さい。俺にはそっち方面の趣味()は無いです」


そして、俺の背後には二本の角を生やした鬼が存在した。

逆光に翳るそのシルエットに紅く光る双眸が煌めく。


「……ッッッ!?」


思わず身構えた俺の背中に柔らかい、陳腐な表現だが正にマシュマロのような感触が柔らかく広がった。

両腕が肩に回され背後から抱きしめられる。

耳元に熱い吐息が掛かり、くっきりとした二箇所の感覚を否が応にも認識させられた。

だが、全ての熱情をとろかすような紅色の吐息と共に吐き出されたのは非常に冷徹な、心胆を寒からしめんとするような声音であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ