赤ノ断罪 八
瞬間―――
炎が凍った。
一瞬にして。
だが、それは一瞬だけであり、一部分だけであった。
凍った部分は凍てつく炎のオブジェとして火炎の息吹の奔流から外れ地に転がるだけである。
後には何事も無く炎の奔流が押し寄せ今の行為の無意味さを嘲笑う。
極冷感応弾―――読んで字の如く極低温の冷却を感応させる効果を持つ特殊弾である。
小さな湖程度なら一瞬で凍りつかせる威力を秘めた弾であるがさすがに炎相手には分が悪いと見える。
むしろ、炎を凍らせるという偉業を成し遂げたことを褒めるべきか。
「あ、れ。……やっぱ無理か。……えへへ」
軽く科を作るような彼女独特の持ち方である座式持ちをしながら雫は微かに微笑んだ。
「いいからおめぇは攻撃するなッッッ!!!!、俺の盾を冷やしたら後退してくれ。
いいか? 打ち合わせ通りに行くぞッッ!!」
一平さんの言葉を聞いた雫が泣いてるような、笑っているような、なんとも言えない表情で呟く。
「ごめ……、それ、ちょっと……無理かな?」
「ああッ!? 何言っ――」
「……どうやら始まっちゃった……みたい」
雫が胸元を苦しげに掻き抱く。
それを見て一平さんが目を見開き愕然と呟く。
「そん……な、今月はあと十日程余裕があったはずだろ…………」
「あは、急に、始まっちゃった……みたい。
みんなに、あてられちゃった……の……かな?
でも、これなら、この激しさ……ならいける、かも」
一平さんが顔を強張らせながら問う。
「どんくらいだ? 少しでも無理そうなら――」
縋るような一平さんの言葉を雫が遮る。
「たぶん、これまでで一番……かな?
今なら『上位種』や『超越種』が相手でも負ける気が……しない、よ?」
一平さんの顔が絶望に塗りつぶされる。
雫は肩で激しく息をしている。
しばしの時を経て一平さんが口を開く。
その声音に迷いは無い。
「わかった。おめぇがそこまで言い切るんだから俺も腹ぁくくった。
とっととあいつぶっ倒してこいッッッッ!!!!」
だが、俺は見た。
その唇は血が出るほどに噛み締められているのを。
固く握りしめられている籠手の隙間から血が流れているのを。
なによりその『表情』が雄弁に語りかけてくる『内心』を。
理不尽と絶望の海に浮かぶ怒りと希望がないまぜになった仮初の笑顔を。
「う……ん、ありが、と」
雫がその場に崩折れそうになる程に苦しげに射撃姿勢を取った。
そして、先ほどと全く同じ様に彼女は引き金を引く。続いて銃口からも同様に白き弾丸が打ち出される。
弾道までもが先ほどの軌跡をなぞる。。
唯一、違っていたのは弾丸が打ち出された後に彼女の手が自らのお尻付近から伸びている九本の花飾りをかるく撫でた点だけである。
そして、その直後に白き弾丸は火炎の息吹に触れる前に姿を消した。
代わりに非常に奇妙な、この場に似つかわしくない者が八つ出現した。
荒れ狂う炎の道の両脇にまるで傅くように。
それは両手を大きく掲げるとまるで炎を抱きしめるかのように火炎の息吹に身を投げ出す。
だが、予想に反して体長およそ一メートル程の八体の禿人形は焼け落ちない。
それどころか自らの身体で以って炎の奔流を遮り脇に流していく。
結果、火炎の息吹は八体の禿人形の壁で以って削ぎ落とされて俺達の所まで届かなくなった。
これ以上は無駄だと悟ったのか『赤ノ断罪』がその獄炎の顎を閉じて火炎の息吹を止める。
耐火性能に優れた黒鉄真鋼製の大盾でさえみるみる内に溶け崩れる『赤ノ断罪』の火炎の息吹を八枚掛かりとはいえ無効化するとは一体どのような人形なのだろう?
人形からは絶えず白い煙が上がっている。
その白煙は炎に接していた表面だけではなく背中の部分も含めて全身から激しく噴き出している様が見て取れる。
理由は明白。
この人形は付与を具現化したものだからである。
炎さえも凍てつかせる極冷感応弾の性質を。
禿の狐返り <挫式>―――打ち出した弾の性質を『八体』の禿人形に付与して具現化する力
具現化した禿人形はそれぞれに対応した花飾りを通じて操作することが出来る。
力としては非常に使い勝手が悪く使い手に要求する技量もかなり高いので実戦で用いられることはまず無い代物だ。
せいぜい演舞用に用いられる程度である。
しかし、彼女、酒居雫はその難しい力をあっさりと使いこなした。
あまつさえ唯の壁として立たせるのではなく炎の勢いをうまく捌くためにそれぞれの人形に微妙に異なる角度調整をも付けさせるという離れ業を。
さすがは元攻略組と言うべきか。
だが、俺はこの後思い知らされる。
彼女の真骨頂はこんなものではなかったと言う事を。
怒りの咆哮が、呪いの咆哮が、怨嗟の咆哮が周囲の空気を圧殺する。
血塗れの断罪者、瀕死の赤竜、手負いの超越種の姿が揺らめく。
竜族が竜族たる所以の証であり、ある種の威厳や畏怖を発する竜眼はまっすぐに彼女、雫を見据えていた。
雫も『赤ノ断罪』をしっかりと見据える。
緊張した時が流れる。
それはほんの数秒だったがそれよりも幾分長く感じた。
その眼差しは眼下にて彼女を待ち受ける『赤ノ断罪』に向けたまま動かない。
雫の様子にはつい先程の苦しげな様子はもう見受けられない。
だが、なんというか。
何かが先ほどとは違う――そんな印象を俺は抱いた。
ポツリと雫が呟く。
「逃げて……って言ったら怒る?」
「ああ、怒る」
まったく怒ってない、ひどく優しげな声音で一平さんが応える。
「そっか、やっぱそうだよね。一平ちゃんだもんね」
雫が微かに微笑む。
「まあな」
「じゃ、恥ずかしいけど、ちゃんと見ててね?」
「ああ、あいつをぶっ倒す所をしっかり目に焼き付けとくからな」
そこで雫さんが俺の方を向き口を開く。
「拓ちゃんは――」
「俺も見てますよ。雫さんがあいつに勝つ所を」
死ぬのは怖い。
だが。逃げるのはもっと怖い。
それはおそらく取り返しが付かないものになるのだから。
それは決して癒されない傷跡を残すことになるのだから。
それは後悔と悔恨に彩られた死者のみちになるのだから。
俺は死にたくない。
だからこそ俺は逃げずに全てを見届けなければならないんだ。
今、ここで逃げてしまったら俺の心は『死んで』しまう。
「わ、いけないんだ。人妻の恥ずかしい所が見たいなんて」
片目を瞑りながら軽くおどける雫。
「出来ればかっこいい所が見たいんですけどね」
「そっか、じゃ、頑張っちゃおうかな?」
そして、雫は何かを吹っ切るように空を一瞬見上げた後に微笑う。
「じゃあ、ばいばい」
俺たちに向かって雫がばいばいをした。
「またね―――」
またね―――の言葉を発すると同時に彼女の手が動く。
彼女の指は赤鹿孤式施条銃ではなく自らが纏っている四季折々の桜を艶やかに染め付けた上羽織に掛かった。
そして一息に己の身体に纏った上羽織を脱ぎ捨てた。
その瞬間、雫は雫になる。
彼女本来のその姿に。
彼女本来のその心に。
雫が上羽織の下に身に着けている装備は隠密軽装である『一桜』装備で『あった』
隠密軽装『一桜』―――強靭な皮膜を誇る小型水竜の一種である『紅小角』の皮膜を加工して作った装備である。
薄い皮膜を桜の花びらを模して身体にピッタリと張り付かせた耐刃、耐突、防水に長じた優れものだ。
形状としてはウェットスーツが近いだろうか。
だが、そこに彼女独自の改造が施された。
極限まで軽量化する為にその花びらを削ぎ落とす。
わずか0.01グラムの軽量化の為だけに心臓などの急所を覆っている箇所の桜までをも削ぎ落としたのだ。
この狂気の結果、彼女の身体を守るべき桜は防具という機能と引換えにほんの微かな軽量化を果たす。
それは勿論間違っている。故に正しい。間違っているが故に『一筆桜』は正しく輝く。
上羽織のその下には何もない。ただ、花びらが舞うのみ。
いや、それは正確な表現ではない。
薄桃色の頂の上には同色の淡い桜の花びらを模した代物が張り付いている。
そしてそれは一筆書きの様に背中や腰を経てヘソの下に伸び股で折り返してから尾てい骨の辺りで九本の花飾りに分かたれる。
それはまるで桜の鎖に組み伏せられているかの様な禁忌さの象徴としてある種の神々しさまでをも感じさせる情景であった。
雫によって『一桜』は『一筆桜』としてより輝きを増したのだ。
だが、人々の目を引き付けるのはその美しさだけではない。
雫の手が見事なカーヴを描く己の丘稜に伸び、そこに刻まれた傷跡を爪で掻き毟る。
一筋の赤き雫が起伏に富むその肢体を流れ落ちる。
二つ一組の穿孔による傷跡から。
それは普通の傷跡では無い。
通常であれば傷がふさがった後に肉が盛り上がり、周囲の皮を引っ張って歪むはずの傷跡では決して無い。
傷跡の表面はあくまでなめらかに絹のような曲線を描く。
手触りもそれに準じるかそれ以上だろう。
しかし、視覚がそれを裏切る。
その胸に刻まれたモノが間違えようがない忌まわしい傷跡であるとそれを証明する。
傷跡残し
吸血鬼の種族スキルであり、自らが吸血した者に残す印。
そして呪われた祝福を授ける御標
吸血鬼にとっては気まぐれに人間を吸血した、食事をしたという印をつけただけである。
だが、吸血された者にとっては屈辱の印であり、周囲の者にとっては傷物の証と写る。
そして標は力と絶望を贄に授ける。
反射的に目を逸らそうとした俺の心を読んだかのように一平さんが口を開く。
「目ぇ、離すなよ。あいつの晴れ舞台だ」
一平さんはただ静かに見つめている。
そして誰に語りかけるのでもなく口を開く。
「俺はあいつの心を守ることが出来なかった。癒すことが出来なかった。
笑っちまうよな、こうして見ることしか出来ないなんてな」
一平さんはいつもの自身たっぷりな様子ではなく、ひどくやつれた感じで呟く。
「はっ、たった一人の女すら守れなくてなにがタンカーだ。
惚れた女一人守れないでなに偉そうな事ほざいてんだっつう話だよな」
自嘲気味に呟く一平さんはひどく小さく見えた。
雫が自らの血液を掬いとる。
そのたおやかなる指に塗られた赤き色化粧で以って彼女の唇に紅が引かれた。
紅が軽く曲線を描く。
瞳の中の瞳孔も真紅に濡れる。
そして雫は音もなく屋上から翔び降りる。
獄吼一閃。
そのタイミングを狙っていたかのように血塗れの赤竜の顎から獄炎の奔流が放たれ落下中の彼女を襲う。
落下中の彼女に為す術はない。
「禿の狐返り <太刀式>」
彼女は常と全く変わらぬ声音で詠唱した。
そして、『空中』で一瞬立ち止まった後に『空を蹴って』煉獄の炎を避けながら地面に降り立った。
一瞬遅れて、背後の建造物が崩れ落ちる音と振動が轟く。
すらりと背筋を伸ばし地に立つその姿の脇に八つの影が付き従う。
出現と同時に空中で彼女の踏み台になった禿人形達である。
だが、先ほどの<挫式>とは違い八つの人形の両手には色とりどりの太刀が握られている。
十六の太刀と二挺拳銃、合わせて拾八の攻め手が『赤ノ断罪』に襲いかかる。
瀕死の竜躯が猛る。
その周囲をそれぞれが全く異なる動きをしながら翻弄する『九つ』の人影が存在した。
灼熱の炎が吹き出す太刀が、極寒の吹雪を思わせる太刀が、雷撃の激しさを感じさせる太刀が、毒牙の様に怪しく濡れる太刀が、
裂帛の風刃の如く切りつける太刀が、鉄の鋼の様な意志を押し通す太刀が、朽ち果てた枯れ木の様な太刀が、朧気な陽炎を映すだけの太刀が。
生と死が織りなす剣戟と銃撃の宴にて客をもてなす。
剣神演舞と銃人武侠の狂演の極致にてこの場を支配する。
その絢爛な業火の宴を雫は駆け抜ける。
天を地に、地を天に、目も眩むような連続攻撃を仕掛ける禿達を踏み台にして彼女は宙を自由自在に疾走る。
無数の剣戟を受けながらも凄まじい咆哮を上げて狂ったように逆棘塗れの巨大なる尻尾を滅茶苦茶に振り回す。
触れるもの全てを天獄に突き上げるが如き逆竜牙を振り乱し、この世の果てを掻き毟るかの様な断罪の爪にて裂き乱れる『赤の断罪』
だが、その身体に深く刻まれた傷はその動きを、攻撃を鈍らせる。
両手を振り上げ、その巨体でのしかかろうと身体を起こした瞬間に後ろ足に複数の禿人形の太刀が命中する。
紅の巨躯がよろめき真横に傾く。
その機を逃さずに雫が禿人形を順々に踏み台にしながら一気に宙を駆け上がる。
そのまま、天高く宙返りをした様な体勢で彼女は輝く。
遥かなる高天をそのしなやかなる両足で踏みしめながら。
その手に握った黒鷹式二挺拳銃で無慈悲に優雅に狙い撃つ。
鈍色の弾丸が狙い違わず『赤ノ断罪』の深く抉られた傷跡に着弾する。
派手な爆発も無い、特別な効果もない地味な鈍色の弾丸による攻撃。
単純な物理的な力に特化した射撃が硬い鱗に守られてない深く抉られた傷跡の奥の柔らかい肉を正確に穿つ。
紅の巨体が震え、憤激の咆哮が放たれる。
だが、脚を刻まれ立ち上がる事が出来ない。
三八口径の銃口と九ミリの銃弾が奏でる惨劇が弾ける。
『赤ノ断罪』のその肩口に、深く抉られた傷跡に、先ほどと寸分違わぬ位置に鈍色の弾丸が着弾した。
背筋が寒くなるような呪いの咆哮とそれに続く射撃音が何度も繰り返される。
執拗に、何度も、何度も同じ箇所を攻撃し 肉を抉る。
己の胸の谷間から取り出した弾を回転式の弾倉に一つずつ込めながら雫はわらう。
雫の顔をした何者かは流し目でわらう、とても嬉しそうに。
身動きできない獲物を前に本当に楽しそうに。
その体は上気し、噴き出る汗が艶かしく身体を照らす。
優しげな眼差しで獲物を見つめながら、その舌は桜色の唇を割り艶かしく舐め上げる。
雫が軽く身体を揺らすと同時に苦悶の咆哮が轟く。
立ち上がろうとした血塗れの断罪者の四本の手足を八体の禿人形が十六の太刀にて斬撃を加え挫いたのだ。
俺は目が離せなかった。
一平さんに言われたからではない。
どうしても彼女の顔、その笑顔から目を離すことが出来なかった。
確かに、彼女のその身体は非常に魅力的で劣情さえ催す程に背徳的な美しさが溢れている。
胸元に穿たれた傷跡残しは見る者に強烈な印象を及ぼすだろう。
だが、一番に目を引くのはその顔、その笑顔だった。
他のどんな箇所よりもその笑顔こそが一番の禁忌として俺の眼を磔にする。
雫さんは笑顔が素敵な人だ。
いつも店先でにこにこと微笑んでいるのを何度も見ている。
だからこそ理解る。
そして実感した。
笑顔自体になにか違いが有るわけではない。
だけど、俺は『今日初めて』この人の笑顔をみたんだって事を。
『微笑う』ではなく、『嗤う』でもなく、『嘲笑う』でもない。
ああ、自分の誤謬能力の無さが恨めしい。
あえて表現するならば『|_<わら>う』……か?
肉を穿つ音と断末魔の狂奏の中で雫は一人佇む。
その様子は店先でにこにこと話しかけてきた時と全く同じだ。
その笑顔は一平さんと夫婦漫才を演じていた時と全く同じだ。
その口元は楽しそうに微笑んでいるのをみた時と全く同じだ。
それ故にこそ、それは非現実の色合いを増す。
いっそ、狂ったように哄笑するかしてくれたほうがどんなにも楽だろうか。
しかし、その願いは叶わない。
俺はただ、魅入られるように見つめることしか許されなかった。
人間とは仮面を被る生き物である。
人はその仮面無しには生きられない生物である。
彼女はその分厚い仮面の下でひっそりと壊れていた。
雫はその笑顔の下で密やかに壊されていた。
ひっそりと、そして密やかに壊れていたのだ。
そして分厚い仮面のその下でそれは変容する、変質する。
なにか別の何者かへと。
彼女は踊る。
他者の為ではなく己を満たす為だけに。
彼女は踊る。
踊り続ける――――――――――
この狂気の惨状を前に俺の心が微かに警鐘を鳴らす。
何かがおかしい。
おかしい事だらけのこの狂った宴を前に俺は目を、頭を働かせる。
凍りついた頭から答えを必死に絞り出す。
それは一雫の違和感となった。
だが、遅い。
全てはもう、始まっていたのだから。
動けないはずの赤紅の凶竜がその場で微かに揺らめく。
瞬間、凶悪な逆棘に塗れた巨大な尻尾が貫き通される。
たった今まで雫が居た空間を。
一筆桜を纏った雫が寸前で身を躱し後方に飛び退く。
同時に八体の禿人形が弾かれたように一瞬だけ飛び跳ねそして崩折れる。
雫の腰から伸びていた九本の花飾りが断ち切られたのだ。
激しい嵐に散らされる様に色とりどりの華やかな花びらが舞う、散り散りに。
禍々しい歪曲剣が凶爪の如く生え揃う断罪の前足が可愛らしい衣装に身を包んだ禿達を踏み潰す。
独特の髪型で精緻に結ってある頭部がひしゃげ爆ぜる。
白桔梗を愛らしく染め付けたゆったりした紅打掛が引き裂かれる。
復讐の超越者があっという間に四体の禿人形を貪り犯す。
軽く朱が挿された雫の頬に一筋の汗が流れ落ちる。
それを掬い取るように艶かしく濡れる舌が動き、その笑みを深くする。
一拍遅れて残り四体の禿人形が再起動を果たす。
ゆっくりと歩みを進める血塗れの断罪者。
強力な属性太刀にて刻まれた脚の裂傷が無属性の物理弾丸にて穿たれた肩口の穿孔が。
新しい肉が盛り上がり濡れ光る紅鱗に覆われる。
反作用の翼によって全身に穿たれた傷も徐々に再生し始めている。
その周囲を囲むように五つの人影が飛び跳ね動く。
艶やかな裾をなびかせながら風神の刃にて連撃の嵐を巻き起こす。
可愛らしい染付模様を灼熱の業火に照らしながら真炎の太刀にて押し通る。
白と黒との対比が美しい娘下駄が宙を掛けながら双鏡陽炎の禊の儀式にて全てを濯ぐ。
四季折々の花々を見事に織り成した振袖が竜神の力を借りて天の白雷にて我が敵を討ち滅ぼす。
四体の禿がまるで格子に閉じ込めるように『赤ノ断罪』を囲み無限の太刀を浴びせ続ける。
その禿を柔らかく踏みしめ、引っ掛け、時には馬乗りになりながら雫は重力に逆らい舞い続ける。
豊かな胸元を激しく揺らしながら、柔らかく引き締まった腰を仰け反らせながら、熟しきる寸前の果実の様な太ももを大胆にも広げて。
禿格子のその中を縦横無尽に舞いながら両の手に持った黒き拳銃にて連弾の銃撃を穿ち放つ。
だが、無限の連撃を、銃弾を受け続けている筈の紅の巨竜は怯まない。
それどころか攻撃をうけた箇所からみるみる内に傷が塞がっていく。
業火の太刀を受けた瞬間にその攻撃を禿ごと弾き返す。
陽炎の太刀のその恐るべき力も発動した瞬間に喰らい千切る。
徐々に、確実に四体の禿人形と一人の人間は追い詰められていく。
一つの綻びがあっという間に広がりそれは修復不可能な傷口となる。
暴虐の断罪者、その頭部に屹立する二本の角。
黒金剛にも似たそのごつごつとした表面と直線にて不気味に捻くれたその形状はこの世のモノとは思えないほどの尊厳を天下に示す。
その忌まわしい角が激しく振り回されて禿人形の一体を襲う。
寸前にて禿人形はその剛角を避けるのに成功した。
だが、無理に避けた禿人形と一筆桜が激突する。
雫の身体がくの字に折れ曲がると同時にその口元から大きく息が吐き出されその肺を空にする。
同時に残りの禿人形が動きを停止する。
禿の狐返り <絶式>
息を止めている間だけ有効な禿の緊急用操作術式である。
そのまま大地に背中から激しく叩きつけられる雫。
口を大きく開け、呼吸が出来ない。
その雫の頭上に影が差す。
大地に横たわっても尚、笑顔を顔に貼り付かせたままの雫の頭上から『赤ノ断罪』が覆いかぶさる。
白く濁った唾液がぼたぼたと雫の顔と大きく上下に揺れる胸元に垂らされその肢体を汚す。
その眼差しは一瞬、俺に微笑んだ気がした。
「待ッ…………」
一平さんが弾かれたように飛び出す。
その直後。
むせ返るような獣臭を吐きつけながら、ずらりと不揃いに生え揃った無数の竜牙がまるで剣ヶ峰の如く。
その流麗な藍色の髪にて飾り付けられた雫の頭部を噛み砕く。