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赤ノ断罪 三

天と地が入れ替わり足元の天が頭上に向かって落下していく。

この場にいる全ての者がそう形容せざるを得ない感覚に襲われた。

心臓がまるで点にでもなったかの様に押しつぶされ固められる。

苦しみから逃れようと両手は自らの胸を掻き抱き、両足から力が抜け大地に膝が付く。

敬虔な拝礼者の如き格好になっても彼らが受けるのは祝福などではない。

身体の内側から灼かれ凍らされるという二律背反を身を持って証明させられるという矛盾であった。

死よりも辛いこの苦行から逃れ得る方法は唯一つ、死を賜ることのみ。


許しがたいことに、最初に死を賜るべき男は断罪者の正面で不敬にも膝を付いていなかった。

だが、その顔色は地獄の亡者共の方がまだましといえるほどにひどい有様である。

彼、石金拓也(いしがねたくや)の精神状態はこの短い間に絶望から希望、そして高揚へと変容していった。

もし、彼に今少しの時間、猶予が与えられたのであれば、それは熱した柔らかい鉄が冷え固まるようにより強靭な勇気へと昇華したであろう。

しかし、残念ながらその機会は永遠に逸した―――


怖い、寒い、熱い、痛い、苦しい。

逃げ出したい、このまま崩折れたい、倒れたい。

楽になりたい、目を瞑り、耳を塞ぎ、その場に伏せってしまいたい。

全てを放り出して、本能の求めるまま、理性をかなぐり捨ててしまいたい。

そうすることによって全ての問題が片付くのではないか?

その考えはとても甘美でやさしく俺自身を撫で回す。

そうだよ、俺は頑張ったじゃないか。ここまでよくやったじゃないか。今まで生きてきた中で一番一生懸命だったじゃないか。

もう十分じゃないか?

ここで止めても文句を言う奴なんていないんじゃないか?

もし仮に文句を言う奴がいたら言ってやればいい。

お前が代わりにやってみろ、と。

大体、あんな恐ろしい奴に戦いを挑むなんてまるっきり『自殺行為』だ。

どこの世界に『自殺行為』を好んでする奴がいるってんだ。


(メイルにとっては『自殺行為』は自殺行為ではなく自身の身の安全の為の行為なのだ)


……いるはずがない。

俺は黙殺する。


(己が一番信用できるものは何か?

己が命を預ける事ができるものは何か?

生き延びるためにはその見極めが必要となろう。

のう、主様よ?)


頭の中に以前聞いた言葉が反響する。

一番信用できるもの?そんなのわっかんねぇよ。

命を預ける事ができるもの?それもわっかんねぇよ。

言葉でならいくらでも言えるさ。

自分の力とかなんとか。

俺は命懸けで何かに打ち込んだことも、何かを成した事もない。

採掘を頑張った?

ピッケルを何千回、何万回と振るってきた?

戦うことから逃げて、敵から逃げて、逃げて逃げて逃げ続けた末のたった二ヶ月間の採掘に何の価値があるってんだ。

そんなもんは上っ面だけの薄っぺらい自己満足だ。

俺には確たるものが何もないんだ。

あるとすれば迷いだけだ。


(ならば、その迷いと共に生きていけばいいのじゃ。

答えが出るその日まで。

の?)


だから、今この場を切り抜けないと死んでしまうんだって。

そん―――な簡単に、といいかけてふと想う。


ああ、俺が死んだらメイルも死ぬんだなってことに。


こんなに苦労して、苦しい思いをしたのはそもそもなんの為だっけ?


ああ、メイルを助ける為だっけ。


じゃあ、今ここで俺が諦めてしまったらその全てが無駄になってしまう。


ああ、それはちょっと腹ただしいな。


「少なくとも昼飯に蜂蜜団子を食わされるよりも、だ」


状況は絶望を通り越して墓石の中に突っ込んでしまっている。

俺は顔の筋肉を総動員して無理やり笑う。

崩折れそうな膝に活をいれて持たせる。

目線を恐るべき真紅の断罪者に合わせる。

しかし、現実は無情だ。

身体が言うことを全く聞いてくれない。

気合でなんとか持たしているが、戦うには程遠い。

それこそ奇跡でも起きない限り。


「はーい、奇跡宅配便でーす」


底抜けに、明るい声が聞こえた気がした。

勿論それは幻想で幻聴であった。

実際に鼓膜を打ったのはもう少しマシな代物ではあったが。


「見よ、暗雲たる雷を、不浄の炎の塊を、地より出で立ちる呪われし不浄よ」

「我れ、理に依りて、汝に穢れを祓う力を与えん」

「いざ、清浄なる意志を以って災いを振り払わん事を」


凛、とした空気がこの場に張りつめる。

一瞬にして全身を襲っていた恐るべき獄落焦土(カース)が取り除かれる。

深々と空気を吸い、吐く。

凍えていた血流が全身を駆け巡り熱さを取り戻す。


「これはバトルソング?、いや神式結界か」


果たして、それは神式結界であった。

言を奉ずることにより何者も干渉できぬ精神結界を作り出す能力。

分類としては吟遊詩人(バード)/踊りダンサーの亜流と位置づけられているがその本質は全く異なる。

闘志を掻き立て恐怖を忘れさせ人を戦いへと駆り立て戦闘能力を上昇させる吟遊詩人(バード)/踊りダンサー

穢れを祓う、ただその一点のみを追求した尖った性能である神官/巫女。

だが、精神攻撃をしかけてくる敵はこの第一層で確認されていない。

更に巫女装束は別に巫女じゃなくても着ることが可能である。

結論として神官/巫女はごくごく一部の酔狂な物好き以外見向きもされなかった不遇職となった。

そして俺はその酔狂な物好きを一人だけ知っている。

即ち、道具屋の主人にして眼鏡巫女である彼女を。




――― 金猫騎士団災害(ディザスター)統合対策本部


いまだ静寂が支配する空間にオペレーターの遠慮がちな報告が流れた。


「巫女装束活性化の警告(アラート)反応を検知しました。場所は……」


苛立たしげな声が途中で遮る。


「ああ? 巫女? 巫女だと? 馬鹿か貴様は。

巫女の監視なぞ放っておけ。

今はアークガルド以外の事なぞに関わっている暇はない」


報告を受けた当人である金緑大隊副隊長は指揮所の椅子に座りオペレーターを睨みつける。

だが、そのオペレーターは怯えながらも報告を続ける。


「いえ、その、検知場所がそのアークガルドなのですが……」


「なんだと………………」


苦虫を一挙に十匹も噛み潰したような顔で副隊長が応じる。

すぐさま近くに控えている連絡担当官に問う。


「アークガルドに向かわせた部隊の現在位置は?」


「エリア G-6 南ガルド野営地の辺りです」


打てば響く、といった風にすぐさま返事が返ってくる。


「急がせろ、脱落者が出てもかまわん。ああ、巫女の特定も主要任務に加えておけ。

生死に関わらず、だ」


「はっ」


副隊長はあからさまな舌打ちを隠さなかった。

畜生、厄介事が次から次へと。世界は俺に恨みでもあるのか?

ああ、仮想世界だったなくそったれが。



――― アークガルド中央通り繁華街


眼鏡をしている人、即ち眼鏡人(グラスホルダー)にとってレンズとは何人足りとも手を触れる事かなわぬ絶対的領域―――いわば聖域(サンクチュアリ)である。

その楽園たる聖域(サンクチュアリ)に手を触れる事、ましてや手の脂をつける行為は決して許されざる禁忌(タブー)であることは世界の摂理と言えよう。

その、彼女が。

ヒビが入った眼鏡をしている。

これだけでどれほどの異常事態であるのかが見て取れる。

彼女、夜野博子(やのひろこ)は眼鏡を『供えた』巫女、眼鏡巫女としてこの場に降臨した(厳密にはヒビ割れ眼鏡巫女だが)

ヒビ割れ眼鏡のその奥には憤怒を抑えた冷徹なる意志が見て取れる。

手の脂をつける事が禁忌(タブー)ならば、眼鏡をヒビ割れさせるという行為がどれほどのものに該当するのだろうか?

『赤ノ断罪』はその大罪を身をもって受けねばならない、彼女はそう命じているのだ。

誰に?

勿論、彼女の店の常連客に。


炎が燃え盛るか如き低い唸り声と共に真紅の巨体が疾走る。

だが、その速度は今までと比べ物にならないほど素早い。


「うおッッッ!?」


弧を描く紅の斬撃が空を切る。

寸前まで俺の頭があった位置を。

続いて二撃目、三撃目の攻撃が地を連続で穿つ。

それらを間一髪で避け続けてなんとか距離を取る。

マジかよ・・・思考加速(センス・バースト)でも凌ぐのが精一杯じゃねーか。


「そもそも、あいつは全身血まみれで弱ってたんじゃねーのかよ」


今も赤濡れる液体がじくじくと染み出し凶竜を真紅に彩っている。


「あの液体は血液ではなく体液、なんらかの働きをする一種の保護剤ではないかと推測します」


まいんが憎たらしいほどの冷静さで指摘する。


「つまり、俺は奴の外殻を削っただけで奴本体は無傷、と」


「外殻が雷層を指しているのであればそういうことになります。

また、先程と比べて大幅な速度上昇が確認できます。

これは、雷層がなくなった事と関連付けて考えることが妥当と判断します」


おいおい、俺は奴を身軽にしただけってことか……。


「また、速度上昇に比例し攻撃力も上昇したと推測できますがそれに関しては気にする必要は無いものと判断します」


「どっちにしろ直撃を食らえば一撃で死ぬからとかか?」


「so good!!

その通りです」


うわぁい、全然うれしくない。


「さて、どうするか……

恐るべきスピードだが雷層が無くなったお陰で遠距離攻撃の心配がなくなっ―――」


「直下に高熱量の竜脈反応を確認ッ!!」


まいんが俺の言葉を素早く遮る。

俺を中心に赤色の円形サークル、竜脈陣ドラグーンズ・サークルが足元の地面に発現する。


「ってねぇじゃねぇかッッッッ!!」


俺は竜脈陣の外側に体ごと投げ出す感じで退避する。

同時に地面から漆黒の雷撃が円柱状に立ち昇る。

円柱は一瞬で消え失せたが地面には円状に黒き稲光が怪しく蠢いておりとても足を踏み入れる気にはならない。

続けて二撃、三撃、四撃と足元に竜脈陣の攻撃を受ける。

それらをぎりぎりで回避する俺だがSTゲージが点滅してスタミナが低下している事を知らせる。

手近の地面に落ちているSTポーションを見つけ手をのばす、が寸前で足元に竜脈陣が発現しやむなく後方に飛び退く。

・・・仕方ない、少し距離をおいて後方にあるSTポーションを探すか。

俺がそう思った瞬間―――


紅の巨体が空高く跳躍した。

その姿は陽光を遮り俺の周囲の地面に影を落とす。

圧殺(ストンプ)攻撃。

即ち、俺を圧殺しようと単純かつ強力な攻撃を仕掛けてきた訳だ。

だが……


「はっ、さすがにその攻撃はバレバレだぜ」


俺はその攻撃を余裕をもって避ける。

直後、今まで俺が立っていた地面を真紅の巨躯が叩き潰す。

凄まじい轟音と揺れ、爆風が発生し思わず吹き飛ばされそうになった。

なんとか体勢を立て直し奴に向き直るが辺りにはもうもうと砂煙が立ち上り視界が塞がる。

正直、攻撃そのものよりも着地後の爆風と砂煙の方がよほど厄介だ。

砂煙が収まるのを待って俺は周囲に落ちているであろうポーションを……ちょっと待て。

マジかよ、今の攻撃で全て吹き飛んでいるじゃねーか。

休む間も無く俺をぐるりと囲むように一斉に竜脈陣が発現し黒き雷撃が立ち昇る。

円状に広がる漆黒の雷撃サークルは大きく助走なしで飛び越えるのは無理そうだ。

そして、再び紅の凶竜が跳躍した。

逃げ道を塞いだ上で俺を仕留めるつもりだろう、だが―――


「消しちまえば問題ねぇッ」


俺も跳躍しながら地面に広がる漆黒の雷撃サークルに一撃を加えて消滅させ……え?

俺の攻撃は確かに直撃したが雷撃サークルは消滅していない。

いや、正確にはピッケルの切っ先が直撃した点のみが消えている。


「えーと、つまり……」


「雷撃サークルは単体ではなく無数の点の集合体と判断します。

この場合は『点』ではなく『面』での攻撃が必要だと推測されます」


「ちょっと待てぇぇぇええええッッ!!」


俺は地面に突き刺さったピッケルを支点になんとか身体をよじって反対側に……いや、無理無理。そんなん無理です。

無情にも俺の身体は暗黒の稲光が蠢く死のサークルに落下していく。

襲い来るであろう無慈悲な雷撃で黒焦げに灼かれる己の姿を想像し思わず身を固くした瞬間、大地を揺るがす轟音と轟震が轟き凄まじい爆風が俺を弾き飛ばす。

『赤ノ断罪』による圧殺(ストンプ)攻撃の余波によって俺の身体は辛くも漆黒の雷撃サークルの餌食にならずにすんだ。


「敵の攻撃に救われるとはな……こういうのは不幸中の幸いって言うんだっけか」


「いえ、単なる不注意かと」


まいんがしれっと指摘する。


くっ、小憎たらし過ぎる。


「じゃあ、どうすればよかったんだよッ」


「それは貴方が考えるべき事です。

少なくともピッケルの腹で攻撃する事を試しても良かったのでは?」


ぐぬぬ……………………いや、いい。俺が不注意だった。

今は目の前の敵に集中しよう。

しかし、相変わらずスタミナゲージが少なくまともに動けない。

地面に落ちているSTポーションを拾おうとしても竜脈陣で吹き飛ばされる。

ポーションが多く落ちている所に退いても圧殺(ストンプ)攻撃で邪魔される。

一回二回なら偶然で済ませる事も可能だがいくらなんでも不自然だであり必然ではないかとの疑念が生じる。

間違いない、こいつは俺よりも地面に落ちているポーションを攻撃している。

何のために?

勿論、俺に回復させないために。


ぞくり、と背筋が震えた。

人の身体は弱い―――これは厳然たる事実だ。

素手で戦えば虎やライオンどころか犬にすら勝てないだろう。

そんな脆弱な人間が地球の支配者足り得たのは知性、頭脳が発達して様々な道具や武器を開発しそれらを使いこなしたからである。

だが、この目の前の圧倒的な身体能力を誇る超越種(オーバーロード)に『知性』があったら?


「それこそ本当のチート、じゃねぇかよおい」


超越種(オーバーロード)にかぎらず災害(ディザスター)の習性は千差万別です。

単純なタイプから恐ろしく狡猾なタイプまで幅広く存在が確認されています。

ですが、これまでに明確に知性をもったタイプの出現が報告された事例は存在しません。

よくある例ですが、一部の野生動物が取る行動―――特に種の保存に関わる狩猟や繁殖行動の中には人間すらも舌を巻く非常に理にかなった行動を取る場合があります。

ですがそれは長い時間をかけて選択と淘汰が為された結果、理にかなった行動を取ったグループが生き残って繁殖したに過ぎません。

この世界は仮想現実ですが現実世界をモチーフにして構築された以上そのようなモンスターが存在していても不思議ではないと考えられます。

それにこのゲームは今現在、ログアウトが不可能という非常事態に陥っていますがゲーム自体の基本設計は至極まっとうな物であります。

このような強大な敵に『知性』を付けてしまったら誰も倒せなくなる可能性があります。

そもそもこうやって正面切ってまともに戦わずにもっと卑怯に自らの安全を図りながら一方的に襲ってくる事が考えられます」


まいんが淡々と答える。


「おいおい、『知性』って奴は随分卑怯なんだな」


「『卑怯』とは安全に敵を倒す『最適解』であると考えられます。むしろ賞賛すべき事柄かと」


その受け答えの最中にも俺はスタミナゲージを気にしながら攻撃を凌いでいる。

最早、攻撃どころか回避アクションすら使えずにギリギリで身を躱している。


「だがなぁ、明らかに『狙ってる』よな?」


「『赤ノ断罪』に知性があるかどうかは現時点の情報では判断できかねます」


「ふーん、まいんにも知らない事があるんだな」


「……スタミナゲージが危険水準に達していますが何らかの対策を取る必要があると判断します」


まいんが話を逸らす。


(知らないと認めるのが嫌なのかな?)


「今はそのような話をしている暇はないと申し上げているのですッ。

しっかりして下さい」


(拗ねてるのかな?)


「拗ねてませんッ」


まいんが顔を真赤にしてこちらを睨む。

まぁ、いい気分転換になったかな、さすがに緊張しっぱなしじゃ精神の糸が切れる。

さて。


俺は眼前にそびえる赤き凶竜を見据える。

アークガルド繁華街の中央通りに道を塞ぐように鎮座して恐るべき威圧感を発している。

俺は、ゆっくりと奴を中心に円を描くように移動する。

すぐさま俺の行く手に幾つもの竜脈陣が発現する。

そして凶悪な棘や逆巻いた突起物が紅濡れる巨大な尻尾で俺のいる空間を一気に薙ぐ―――

その攻撃を寸前で身を沈めて躱した俺の背後に禁断の果実を咀嚼した真紅の(アギト)が迫るッ。

STゲージは?

よし、ギリギリいけるッ


「振りを短く最小限の動作で……ここだッ!!」


俺は大きく開いた真紅の(アギト)めがけてカウンターを合わせる。

切っ先が奴の口蓋に深々と突き刺さる寸前―――眼前の紅の竜躯がピタリと止まった。

そして足元に湧き出る無数の竜脈陣。

俺は冷静に横方向に跳躍し、その勢いを利用して一気に疾走する。

奴が中央通りのこちら側に移動したお陰で反対側に開いた建造物との僅かな隙間を目指す。

狙いは奴の向こう側の地面に落ちている大量の結界石やポーション類。

向こう側にまで行く事ができれば一気に攻勢を掛けることが可能となる。

俺はそれに賭けて残り僅かなSTゲージを消費して疾走する。

後少し、次々と地面に発現する竜脈陣を攻撃判定が出る前に駆け抜けてやり過ごす。

俺が紅の凶竜の脇をすり抜けようとした瞬間―――奇跡的に生き残っていた建物。

高価な竜鉄輝石(パイロドラグーン)をふんだんに使用した天竜大壁画を誇るアークガルド公会堂が一気に倒壊し大通りに崩れ落ちて道を塞ぐ。

その頭上には天穿つ黒き漆黒の雷撃が立ち昇っている。

結果、天竜大壁画と共に俺の目論見も瓦解した。

袋小路に追い詰められる愚を避けるために俺は今来た道を戻り後退せざる負えない。

その後も同じような展開が続く。

絶妙のタイミングで発現する竜脈陣に足止めされ、時には『赤ノ断罪』そのものが俺の目の前に回りこんで行く手を塞ぐ。

俺はジリジリと後退を余儀なくされる。


「マジかよ……そこまでして向こうに俺を行かせたくないってか」


知らず知らずに愚痴が口を付いて出る。

だが、その内容とは裏腹に口調には軽いものが交じる。

何故ならば俺もただ一方的に後退していた訳ではないからだ。

俺は瓦礫や半壊した建造物、地面の凸凹が多い所を選んで後退していた。

何のために?

通常ならば敵の攻撃を避けやすく行動しやすい場所を選ぶのが定石だ。

邪魔な瓦礫などが無く地面が平らな場所を。

しかし、この場合それは上策ではなく下策だ。

俺の今の目的は行動の自由を得るためのスタミナゲージの回復である。

敵はそれを阻害するために様々な手を打ってきている。

例えば圧殺(ストンプ)攻撃での爆風で地面のポーション類を吹き飛ばす、とかな。

じゃあ、爆風で吹き飛ばされたポーションはどこに飛んでいってどのような場所で止まるのか?


「答えは瓦礫や生き残った建造物、そして地面の凸凹の箇所に引っかかる、だ」


俺は瓦礫に引っかかっているSTポーションを拾い上げ握りつぶす。

黄色に輝く回復エフェクトと共にSTゲージが回復する。

後退している間に他のポーション類や結界石による補給のお陰で各種ゲージは大体5割ぐらいまで回復した。

だが、まだまだ。

中途半端なゲージ量のまま反撃に出るわけにはいかない。

無理は禁物、だ。


―――結果としてその判断は間違っていた。

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