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赤ノ断罪 弐

静止した時の中で奇妙にしっくりとくる物静かな女性の声が聞こえた。


夢幻煌道アンリミテッド・ロード


一瞬にして視界に映る漆黒の闇が光の点で埋まり、歪み、炸裂し、光の粒子となった。

煌めく粒子は流れるように手にしていたピッケルの切っ先に吸い込まれる。

自らを捕らえていた巨大な漆黒ノ雷球や闇の柱の姿はどこにも見当たらない。


「なッ……!?」


一瞬、自らの状況を見失う。

目の前で起こった情景を単なる視覚情報としてしか受け取れない。

それは脳が情報処理能力としての機能を放棄していることに他ならない。

混乱の極みの中で再びその声が聞こえた。


「選択を。二度は表示されません」


不意に目の前に『YES』と『NO』の二つの選択肢が表示される。

それは通常のウィンドウでは無く。

白と黒の二色のみで。

ひどく簡素で厚みも飾りもなく。

古い旧式のフォントで構成されていた。

俺は奇妙な既視感(デジャブ)を感じながら『YES』に手を伸ばし触れた。

すると―――


ぴょこぴょこと視覚情報ウィンドウの中に何者かが歩いてくる。

白とピンクの可愛らしいひらひらした服にピッケルの刺繍がされた帽子をかぶった2頭身のSDキャラだ。

そいつは視界の右下辺りで立ち止まるとこちらに向き直りペコリを頭を下げた。


「ご契約ありがとうございます。早速ですが目の前に意識を集中して下さい」


「!??」


いつの間にか目の前には地を這う漆黒の稲妻が迫っていた。

驚愕する俺の意思とは関係なく俺の右手は自動的に手にしたピッケルをその稲妻に振り下ろす。

手の中に心地よい手応えが響き、ピッケルに貫かれた漆黒の稲妻が霧散して光の粒子となる。

粒子は軽く渦巻きながらピッケルに吸い込まれた。


「これこそが超越種(オーバーロード)に対抗し得るユニークスキル、夢幻採掘アンリミテッド・マインの力です。

実際に体験して頂いたほうがご理解が早いかと思いましたので私の独断で神経経路に介入させて頂きました。

この措置に関して異議がある場合はフォームに規定の事項を記入の上、送信して下さい」


視覚情報ウィンドウの端にフォームらしきアイコンが点滅する。

しかし、今の俺にはそんなものに構っている暇は無い。


「現し世の全ては夢幻の如く成。

全てのものを穿ち、無に還す力。

あらゆる災いを祓い、希望へと昇華する力。

無限の思いを夢幻の想いへと変換する力。

夢幻採掘アンリミテッド・マイン

さあ、次は貴方御自身でこの力を振るって下さい」


突如、怒気を孕んだ咆哮が響き渡る。

びりびりと大気が震え大地が揺れる。

荒れ狂う暴風圏が、漆黒の黒渦の姿が掻き消える。

そして―――

ゆっくりと、ゆっくりと黒闢の凶竜がこちらに向き直る。


触れるだけで失神しそうな程の激烈な敵意がまともに吹きつけられる。

歯の根は合わず、全身が恐怖による影響で縮こまる。

先ほどまでは『戦闘モード』による精神保護の障壁や思考速度の高速化の恩恵を十二分に受けることができた。

しかし、今現在『戦闘モード』は強制的に解除されており再発動も失敗した。

曰く『該当の装備では戦闘モードは発動できません』と。

これはつまり夢幻採掘アンリミテッド・マインとやらの力はあくまでも採掘のスキルの範疇に留まっているということを示している。

俺は『一般モード』でピッケル片手に『素』の自分自身でこの強大な敵と戦わなければならない。


ええい、くそ。どうする?信じていいのだろうか?

目の前で凶暴な前足が振り上げられ振り下ろされる。

地を這う黒き死神の鎌が稲光を纏わせながら俺を襲う。

迷っている暇は無い。

そんな贅沢な時間など俺には許されてはいない。

俺はピッケルを握り締める。

今まで何千回、何万回と振るってきた感覚。

薄紙を一枚一枚重ねてうっすらと色づかせる。

そんな気が遠くなる様な地道な積み重ね。

俺はそれを強く想う。

目の前に迫った黒き死神。

そいつに力の限りピッケルを振り下ろす―――


切っ先は見事命中した。

そして地を這う黒き雷は空を流れ煌めく粒子と成る。


「よしッッッッ!!!」


自らの手に伝わる確かな振動、感触を掴み俺は思わず喜びの声をあげた。


「so good!!

お見事です。

しばらくこの調子で敵の攻撃を凌ぎましょう」


「おうっ!!」


やれる。俺でもやれる。やってやる。

一瞬にして全身が沸騰し、気分が高揚し、力がみなぎる。

高揚は恐怖を払い、震えを止める。

続けざまに二本の闇の雷が迫り来る。

俺は片方に攻撃を振り下ろし、続けてもう片方に―――


「ぐッ!!」


切っ先が動かない。

いや、正確にはスキル終了後の僅かな硬直時間に引っかかっただけだ。

しかし、その僅かな時間すらもこのタイミングでは命取りだ。

俺は全身全霊の力を込めて動かない身体を無理やり捻る。

足先に漆黒の稲光が迫る。

どう見ても間に合わない。

かに見えたが、神の威光か僥倖か地を這う死神の鎌は俺の足下をすり抜けて背後に抜けてくれた。

俺は勢い余って無様に空中でバランスを崩し地に伏せってしまう。

すかさず目前に迫る次の稲妻をピッケルで破砕しながら立ち上がり次の攻撃に備える。


「気をつけて下さい。

夢幻採掘アンリミテッド・マインは極めて強力なスキルですがそれを使う貴方自身は強力でありません」


SDキャラがやれやれといった風に首を振るのが見える。


「そうだな、心は熱く頭は冷静にいくか」


それから俺は暫くの間、敵の攻撃を凌ぎながら感覚を慣らしていく。

そして、十回ほど『赤ノ断罪』の攻撃を打ち消した辺りで違和感に気づく。

身体が妙に重い。

あたりの空気が凝固したように身体に引っかかる。

まるで、水の中で戦っているように。

だが―――


「そうです、それが夢幻採掘アンリミテッド・マインのもう一つの力思考加速(センス・バースト)です。

敵を穿つ度に貴方の思考速度は加速されます。

ですが、それによって実際の身体を動かすにあたって各種神経伝達の速度と乖離が生じています。

ありていに申し上げるとするならば思考速度が身体の反応リミットを凌駕し始めているのです」


「なる程、それでか」


先程からの違和感の正体、敵の攻撃が徐々に遅くなってきた現象について合点がいった。


「はい、これは戦闘における大変有利なアドバンテージと考えられます。

これが思考加速(センス・バースト)のバーストゲージです」


SDキャラがぴこぴことバーストゲージを指し示す。

っていうか名前はあるのかなこいつは。

俺がそう思った瞬間にそのSDキャラはこちらをじとりと睨む。


「こいつではありません。パーソナルネームはきちんと設定されています」


心を読まれたッ!?


「驚くことはありません。

円滑なインターフェースを実現するためにプレイヤーである貴方とシステムメニューは思考接続がなされています。

私はイレギュラーな存在ではありますがシステムメニューの一翼を担う存在ですのでこれは当然の結果です」


SDキャラはコホンと一つ咳払いをすると改めてペコリと一礼をした。


「それでは改めまして。

私は能力保持者(スキルホルダー)解説(チュートリアル)をさせて頂きます対話型インターフェースです。

以後、私の事は『まいん』もしくは『まいんちゃん』とお呼び下さい」


「そっか、よろしくな。まいん」


俺は眼前に迫る数本の黒き稲妻を余裕を持って次々に粉砕しながら挨拶をする。

相手の動きがゆっくりに見えるだけではなく、攻撃後のスキルの硬直も短くなっている。

今の攻撃だってさっきまでだったら全部粉砕することなんて不可能だったはずだ。


「スキルの発動速度や事後硬直は思考の速度に影響されます。

硬直だけではなく発動速度も早くなっているはずですよ」


まいんが補足説明をしてくれる。


「成る程ね。掘れば掘るほど早くなるってか。

そいつは頼もしいな」


俺は漆黒の雷層を纏う巨竜―――『赤ノ断罪』に向き直る。

先ほどまでの威圧、恐怖感は薄れ、代わりにやってやるぜっていう気力が湧いてくる。


(へっ、ちょっと力を持ったからって随分強気だな、おい)


またもやもう一人の自分が俺の中で囁く。


「ふっ、そういうお前はどうなんだ?まだ尻尾巻いて逃げろってか?」


(冗談、せっかく奴をぶん殴れる力を得たっていうのにそんなもったいないことする訳ねーだろ)


「奇遇だな。俺も全く同じ意見だ」


(ケッ)


そして俺たちは同時に叫ぶ。


「いくぜッ!!」


俺は地を蹴り上げ奴に向かって突進する。

足元から襲いかかる漆黒の稲妻を走りながら叩き、突き刺し、横殴りに薙いで蹴散らす。

周囲の全てが、自分自身の動きすらも緩慢に感じられる中、黒き凶竜の間合いに一気に踏み込む。

怒りの咆哮と共に黒き稲光を纏わせた巨大な前足が眼前に迫る。

それを軽く身を沈めながら躱し無防備な脇腹にすれ違いざまに三連撃を叩きこむ。

すかさず振り返り構える。

『赤ノ断罪』を覆う漆黒の雷層の一部が剥がれ落ち、真紅の液体が血に零れ落ちる。

威嚇でもなく、怒りでもなく、苦悶の咆哮が大気を震わす。


「good!!

素晴らしい。

あなたは人の身で超越種(オーバーロード)に手傷を負わせた数少ないプレイヤーの一人となりました。

この上は―――」


超越種殺戮者オーバーロードスレイヤーになれってか?」


俺は唇の端を吊り上げながら笑う。


「はい、それこそが貴方が生き残る唯一の道にして責務であると考えます」


「責務は知らんが生き残る事に関しては全く同意だな」


俺は呼吸を整え再び奴に突っ込む。

迫り来る様々な攻撃を粉砕する。

既に一つ一つの稲妻をいちいち狙ってはいない。

大体の狙いをつけたらそのエリアに三連撃、五連撃といった連撃を叩きこむか、多数の稲妻を一気に薙いで処理する。

思考加速(センス・バースト)の力か、慣れか、おそらくはその両方によって俺は恐るべき漆黒の巨竜とまともに戦い得る事ができている。

気持ちが昂ぶり、心が湧き躍る。

敵の動きがはっきりと見え、その後の予測も当たる。

背後に周り無防備な背中に七連撃。

激昂した巨大な尻尾によるぶんまわしを身を沈め、躱しながら薙ぎ穿つ。

巨大な(アギト)による噛み付きすらも余裕を持って避けながらその鼻面に渾身の一撃を叩きこむ。

怒りか苦悶か絶望か巨大な体躯を震わせながら咆哮が放たれる。

既に漆黒の凶竜の表面を覆っていた雷層は半分ほど削げ落とされ、真紅の液体に塗れていた。

動きも緩慢になり、咆哮も弱々しく、双眸の光もくすんでいる。


俺はここぞとばかりに奴に向かって距離を詰める。

弱々しい二本の地を這う雷が伸びてくる。

それらを蹴散らそうとして寸前で気づく。

自らのST(スタミナ)ゲージが残り数ドットしか無いことを。

今、何かアクションをしてしまったらSTゲージが0になってしまい5秒ほど完全硬直してしまう。

そして、それは死と同義だ。

慌てて攻撃を寸前で引き、身体を捻って最小限の動きでやり過ごす。

STゲージは0になる事を免れ、ゆっくりと回復していく。

しかし、それは思考加速(センス・バースト)の恩恵を受けている俺には亀以下の速度に感じられる。

さりとて、手持ちのポーションの類は先程の暴風圏を突破するときに使い果たしてしまった。

どうしようかと思案している俺の目に地面に転がっている黄色の見慣れたアンプルが映る。

俺は反射的にそのアンプルを踏み潰す。

黄色のエフェクトと共にみるみるSTゲージが高速回復していく。

それはやはりスタミナ回復ポーションであった。

おそらく、先ほどの攻防の余波でどこかからこぼれ落ちて来たのだろう。

だが、そんな俺の考えを裏切るようにポーションのアンプルが次々と転がって来た。


「???」


俺の知る限り自走式のポーションなどという珍妙な代物は存在しない。

と、するならば―――

半ば焼け落ちた屋根の上から、崩れ落ちた建物の向こう側から、うず高く積み上がった残骸の陰からそれらは投げられていた。

いや、投げ込んでくれているのだ。

煤にまみれた短い髪の商人が、血にまみれた片腕をだらりと垂らしている胸甲(プレートアーマー)姿の兵士が、荷役姿の獣人すらもがアンプルを手にしている。

種々雑多に地面に散らばるポーションには『Ruby』の店名入りの物も混じっている。


――― 道向こうの臨時陣地


「打方、よおいッ!!」


揃いのメイド服に身を包んだ獣人娘達が急拵えの射出機(カタパルト)に取り付いている。

煤で汚れたり、焦げたりといった出で立ちはまだ良い方で中には半裸状態で衣服の残り滓をまとわせている娘もいる。


「打ぇッ!!」


ツインテールの小柄の少女の号令と共に各種様々なポーション、結界石の類が放物線を描いて飛んでいく。


「装填急げーッ!!」


横列に並べられた射出機(カタパルト)に一人が射角制御、一人が弾の装填を行い、二人が弦を引き絞る。

敵を倒すためではなく味方を、たった一人で奮闘している者を助ける為。

『Ruby』店長の七海霜月(ななみしもつき)とその仲間たちも彼女なりのやり方で『赤ノ断罪』と戦い得ていた。


――― アークガルド中央通り繁華街


物陰に隠れている人たちは一言も声を発さずに無言のまま支援物資を投げ入れてくれた。

それは声無き声援。


それなりに勉強をこなしてきた中学時代。

球技大会でも体育祭でも声援は受けたことはある。

だが心のどこかで冷めていた自分に向けられるのは表面だけ取り繕った声援だ。

その自分が『声援』をうけている。

いや、唯の声援ではない。

自らの命すらも危険に晒しながらの声援。

文字通り、命を懸けての声援。

重い、とてつもなく重い。

だが、同時に非常に心強く感じる。

全身から力が溢れだしてくる。


俺は各種ポーションなどを踏み潰し、エフェクトの中に身を置く。

ひどい状態だったCD(コンディション)ゲージやHP(ヒットポイント)ゲージがみるみるMAXに回復していく。


俺は地を蹴り奴に向かって突進し無数の連撃を繰り出す。

一瞬にしてSTゲージがごそりと減るのを足元のアンプルを踏み潰し相殺する。

攻防一体の敵の攻撃をアンプルを連続消費しながらの夢幻の連撃で叩き潰す。


周囲の人影からも思わず感嘆の声が漏れ聞こえてくる。

それほどまでに攻勢は一方的であった。

瞬く間に漆黒の凶竜が己が血液で真紅に染まる。

黒き稲光を纏わせ不気味に蠢いていた雷層は無残に剥がされ今や跡形もなくなっていた。


戦いは既に終了した。

彼我の戦力差は見る者をそう思わしむに足るものであった。

勿論、自身も驕りではなく傲慢でもなく冷静にそう分析していた。


今、この瞬間までは―――


其ハ吼怒一閃為。

是レ轟吼赫怒ト表シム。

以ッテ四天零落ガ完成セリ。


この場に存在する全ての人が知る。知った。知ってしまった。

超越種(オーバーロード)が放つ竜の咆哮(ドラゴンブレス)とは一体どのような意味を持つものなのかを。

不幸にも自らの身体で拝謁する栄誉に浴してしまった事を。

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