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赤ノ断罪 壱

PCの中を整理していたら昔書いていた続きが見つかったのでうpします。

自分の気持にも話の上でも一応の一区切りは付きましたので満足です。

あと推敲とか改めてしていないので下書きとかメモとかが入り込んでいるかもしれません。

明朝、俺の頭を抱きかかえて窒息死させようとしていたメイルを叩き起こしてなんとか事なきを得る。

あぶないあぶない。

目が覚めるのがもう少し遅かったら逝ってたわ……てか、わざわざ朝の『コレ』まで再現しなくてもいいと思うんだが。

てな事を思いながらも適当に朝飯を済ませ俺たちは町に繰り出す。

目的は情報収集と保存食の購入である。

中でも『アークガルド魚勝店』の人気メニューである『炎下魚(フレイム・ロアー)の天然塩干し』は外せないね。


この街の北西に位置するガルド湖、そこには空気に触れると燃える性質があるという火水(ファイア・ウォーター)で構成されている世にも珍しい湖が存在している。

その轟々たる炎の下には炎下魚(フレイム・ロアー)と呼ばれている魚が生息していた。

見た目はまんまコマイそのものだがその中身は全く異なる。

炎下魚(フレイム・ロアー)は自身の体表から染み出している特殊な分泌液によって非常に高い水温である水面付近に身を潜める事を可能としている。

燃え盛る炎と高い水温の狭間に身を置く事によって外敵から完全に身を守る術を持っている特異個体種である。


ちなみに炎下魚(フレイム・ロアー)を釣り上げると体表から滲み出す特殊な分泌液と火水(ファイア・ウォーター)とが混ざって、釣り上げた瞬間に天然塩干し状態になってくれるという非常に手間いらずな魚だ。

だが、うかうかしていると水上で燃え盛る炎によって釣り上げた炎下魚(フレイム・ロアー)があっという間に黒焦げになってしまうリスクも存在する。

激しい炎に耐えうる漁具と強靭な肉体、高度(ハイレベル)な釣りスキルが求められる事もあって本来はかなり希少(レア)な存在なのだが何故か我がアークガルドでは広く出回っている。

勿論、アークガルドが誇る釣り(馬鹿)師である酒居一平(さかいいっぺい)の魚に掛ける情熱の賜である。


……………………


「おいおい、これじゃ店開けられねーじゃねーか」


『アークガルド魚勝店』の店主である酒居一平(さかいいっぺい)は何故かご機嫌ななめだった。

いつもの一平さんであればメイルに関して軽口の一つや二つは飛ばして雫さんとの夫婦漫才が始まるのだがどうやらそんな雰囲気では無さそうだ……

一平さんはトレードマークであるねじり鉢巻と店名が大きく入っている前掛けではなく布皮製の採集(つり)装備を身に着けていた。

薄手の上衣の上にはライフジャケット、下衣は膝のすぐ下辺りまでを脚絆(レギンス)と脛当てでカバーし、足には釣り用靴ウェーディングシューズまで履いておりガッチリと固めている。

しかも、全て黒色というこだわりだ。


話を聞くと、なんでも市場に商品を運んでくる卸売業者の商隊が今日に限って全然入ってこないらしい。

それも水産品だけではなく青果や食肉も全滅という話だ。

二次加工品を扱う飲食店等は在庫があるから二、三日ぐらいは持つらしいが、一次生産品を取り扱う一平さんらはそうもいかない。


一次生産品の有効期限(リミット)時間は大抵において一日未満に設定されている。

有効期限(リミット)が過ぎた食材は『傷み』状態になり売り物にならないので捨てるしかない。

つまり、一時生産品は有効期限(リミット)以内に適切な加工を施して二次生産物にして消費するか、もしくは更に加工を進めて三次、四次生産物か材料にする必要があるのだ。

勿論、一次生産品である魚介類の販売を行う一平さんの店では一部の例外を除いて一次生産品のまま顧客に渡す必要があるので、必然的に毎日仕入れ毎日販売を行なっている。

その一部の例外である『炎下魚(フレイム・ロアー)の天然塩干し』は釣り上げた直後に加工が施されたと判定されて二次生産品(特)となる。

ちなみに賞味期限である有効期限(リミット)は三十日という驚異的な長さであり、その深みのある味と空腹ゲージの回復量、ゲージボーナスの維持時間の長さは最早反則レベルである。


「と、言うわけで俺たちはこれから自力で魚を釣って来ることにした。

魚屋が魚を売れないなど店の沽券に関わるからな。

じゃあな」


「じゃねー♪」


一平さんが釣竿片手に歩き出すと妻の酒居雫(さかいしずく)がウィンクしながらその後に続く。

雫さんはいつもの魚料理専門店『雫』の女将姿である落ち着いた色の着物ではなく薄桜色の江戸小紋姿だった。

小さい正方形がまるで無地に見えるほどに細かく染め付けられた布地、帯には可愛らしくデフォルトされた魚の紋に白金糸の帯締めといった装いで非常に華やかに着こなしている。

なんというかなんとも言えないようなこの二人の装いの対比に結局俺は何も言えなかった。

でも、せめて釣竿は現地についてから出せばいいんじゃないかな、と思ったが……まぁ、でもこういうのは気分の問題なんだろうな。


「しかし、まいったな。午後あたりにまた来るか」


「商品がないんじゃ仕方ないのぉ」


俺の提案にメイルが同意する。

その後、俺たち二人は各種消耗品の購入や情報収集、甘いものめぐりなどをのんびりとこなしていった。

いつの間にか日が高くなり地面に落ちる影が短くなった頃。

俺たちは昼飯を何にしようか話し合っていた。


「いや、昼飯に蜂蜜団子はおかしい。あれはおやつであってご飯ではない。却下だ」


「異議あり。蜂蜜団子はもはやおやつなどというちっぽけな存在ではないのじゃ。

あれはすでに蜂蜜団子という蜂蜜団子を蜂蜜団子しているのじゃ。

の?」


「いやいや、何言ってるか全くわからないんだけど」


「じゃから、蜂蜜団子はもはや蜂蜜団子という蜂蜜団子的存在になっておるという話でおやつとかご飯とかいう次元の問題ではないのじゃっ」


「おやつでもご飯でも無いんだったら昼飯にはならんだろ」


「はっ!? い、いや、そういう話ではないのじゃ。

主様なら……主様ならばこの問答の真の意味を汲み取ってくれると信じておる訳であってお昼にはやはり蜂蜜団子が食べたいなぁ……と」


「んー……」


俺がどうしようかと考えあぐねて繁華街の中心にある時計塔を見上げた時だった―――

何の前触れも無く異変は起こった。

突如、轟雷が鳴り響く。

空は雲ひとつ無い快晴であるにも関わらず、だ。


「なッ!?」


俺の目に地面を走る何本もの黒いギザギザの線が映る。

黒い線は漆黒の稲光を纏わせながら蜘蛛の巣状に広がり進む。

次の瞬間、視界の全てが紅く染まる。

大地を歪ませる激震と大気を引き裂く轟音が同時に続く。

地面を疾走る漆黒の稲妻が赤黒く揺らめく。


己を遮る全てのものに―――

己に触れた全てのものを―――

己を見下ろす全てのものへ―――


等しく<赤ノ断罪>が下される。


天昇る真紅の炎柱が地を這う漆黒の稲妻から産まれ上る。

人々の命の灯火を糧にしながら。


轟々と渦巻く炎に包まれる洒落たカフェテラス。

通り沿いに立ち並ぶ種々雑多な品物を扱う屋台や露天が次々と消し飛ぶ。

異国情緒あふれるエスニックレストランが燃え崩れる。

石造りの堅牢な聖堂ですら一瞬で紅に染まりその青碧美麗なステンドグラスが飴の様に溶け落ちる。

恋人同士の愛の語らいも、家族揃っての一家団欒も、友達同士の気の置けない会話も、仕事仲間との何気ない一言も。

全てが天と地を穿つ無慈悲な鉄槌によって灰に帰す。

大勢の人々の怒号と悲鳴が響き渡る。

必死に愛する人の名前を叫ぶ悲痛な声。

親は子を、子は親を半狂乱になって呼び求める。

目の前の友人が、隣の店の主人が灼熱の炎の舌に巻かれ縊り殺される。

もうもうと天を衝くように立ち上る黒煙。

建物が崩れ落ち、大量の火の粉と煙を巻き起こす。


そして、目の前で更なる怪異が実を結ぶ。

地を這い、触れるもの全てを灰と化す黒き稲妻。

暴虐の限りを尽くすその漆黒の死神が渦を巻くように収斂する。

同心円上に幾重にも黒が重ねられる。

黒は黒で塗りつぶされ漆黒と成り、漆黒は暗黒の子宮を成し、忌まわしき産道より昏き闇が生まれる―――

闇は歓喜の産声を上げ、宙を侵蝕し巨大な体躯を形作る。


悪夢(ナイトメア)級第一種警戒災害(ディザスター)『赤ノ断罪』

竜種であって竜種ではない超越種(オーバーロード)じゃ」


いつの間にかメイルが横にピッタリとくっつき俺の手を強く握りしめている。

その手は小刻みに震えていた。



――― エリア H-9 ライド森林


「ライド森林方面軍第四小隊応答せよ。こちら金猫騎士団災害(ディザスター)統合対策本部である。

繰り返すライド森林方面軍第四小隊応答せよ。

くりかえす―――」


広々とした赤茶けた大地にぽつんと転がる焼け焦げた『碧の石』

携帯用通信端末であるそれは奇跡的に機能が生きているようだ。

だが、その機能を使える人間はこのエリアにはもはや存在しない。

命あふれる生命の森。

瑞々しい新緑の木々。食物連鎖の輪の中でたくましく生きる森の動物達。そして人間。

それらは一瞬の内に灰塵と化した。

懺悔の時間すら許されずに。

地と天を貫く漆黒と真紅の裁きによって。




――― エリア G-6 南ガルド野営地


誰一人動くものがいない中、ぶすぶすと黒煙を上げ続ける残骸。

門は焼け焦げ柵ももはや形を成していない。




――― エリア E-5 南アークガルド街道


街道の周囲に広がる様々な木々と草原。

無残にも紅く染まるそれらは轟々と渦巻き、勢いを増して周囲を呑み込んでいく。

逃げ場を失った家畜や人が炎に飲まれて消えていく。




――― 金猫騎士団災害(ディザスター)統合対策本部


「だめですっ。

南ガルド野営地、南アークガルド街道共に応答がありません」


広々とした部屋に大勢の人数がせわしなく動いている。

金猫騎士団で災害(ディザスター)の対策を主な任務とする金緑大隊の統合対策本部である。

応対者(オペレーター)が大勢座っている場所から少し下がった位置には一段高い指揮所がある。


「呼びかけを続けろっ。どんな小さな音も聞き逃すなっ」


その指揮所で声を枯らして指示を出すのは金緑大隊で副隊長を務める長身の男。


「くそっ、森大蟹(フォレストクラブ)だと?

あの、無能者めっ、何が『真』だっ。

だから俺は、あの莫迦野郎に第四小隊を任せるのは反対だったんだ」


副官はせわしなく自らの親指の爪を噛む。


「よりによって、よりによって、今この時に!!

最悪だ。

くそっ、くそくそっ」


「アークガルドから連絡が来ましたっ、つなぎます」


オペレーターの一人が強張った声を張り上げる。

一分一秒を争う非常事態のため命令を待たずに通信をつなぐ。

副官はそれすらも気づかずに指揮所の正面に映しだされた映像を食い入るように見つめる。

画面に年若い青年の顔が映し出される。

どうやら詰所らしく青年の後ろでも数名の兵士が慌ただしく動いているのが見て取れる。


「こちら、アークガルド駐屯防衛第二分隊で・・・」


瞬間、轟音が響き目の前の青年が下から吹き上がった灼熱の炎に包まれる。

この世のものとは思えぬ凄まじい絶叫の多重奏が時間差で奏でられる。

青年が、兵士が、詰所が、一瞬で地獄の業火に焼きつくされる。

そして、映像は唐突に途絶える。

何も映す事ができなくなった虚無の映像を前に凍り付くような静寂がこの場を支配する。

目の前で起こった事態、それが何を意味するかを理解しているが故の沈黙。

これまで基幹拠点である『街』が災害(ディザスター)に襲われた事例は存在しない。

それは『街』にさえいれば身の安全が100%保証される事を示している。

この事実は人々のもっとも大きい心の拠り所でありこの世界を形作る絶対の常識であった。

その常識が目の前で、根底から覆されたのである。

安全であるが故にまともな防衛部隊が駐屯していない『アークガルド』はこの事態に対処する術を持たない。


―――皆殺しになる―――


今から救援部隊を派遣しても到底間に合わない。

そもそも災害ディザスターは討伐するものではなく、進路上の人々の避難誘導を持って対処するものである。

故に災害ディザスターと呼称されているのだ。

事ここに至っては打つ手が無い。

この場に居合わせた者の沈黙は静寂を経て絶望と成った。



――― アークガルド中央通り繁華街


恐るべき凶雷から生じた豪炎が周囲の全てを飲み込み広がる。

火は風を産み炎を育む。

生まれ落ちた煉獄が建物を飲み込み咀嚼する。

周囲の大気を圧殺し強風を生じさせ更に自らを煽り立てる。

視界の全てが赤に染まり轟々と吹き付ける火の粉混じりの熱風が唸りを上げる。

そして目の前で空間が揺らぎ軋みを上げる。

禍々しい稲光を纏わせた漆黒の衣が狂炎を背に巨竜の輪郭を浮かび上がらせる。

全身を流れ蠢く黒き雷層に包まれながらそれは爛々と闇の中で光る双眸をこちらに向ける。


「主様ッッッッ!!!!」


悲鳴にも似た刹那の叫び声と共に鈍い衝撃。

もんどりうって倒れる視界にたった今まで己が立っていた場所が映る。

煉獄の炎に灼かれる人型の炎が流たれる。

可愛らしい桜と小梅の染付模様が咲き誇る小振袖が真の紅火に包まれる。

そしてそれは一瞬で天穿つ赤き火柱と成り果てる。


「うわぁああああッッッ!!、ぐぅうううううぁああああああああッッッッッ!!!」


言葉に成らぬ絶叫が俺の口から溢れだす。

それは恐怖か、怒りか、絶望か。

その答えを知る前に俺は聞き覚えのある声に救われる。


「ぐぅぅぅうううううッッッッ!!」


一瞬で早着替えスキル―――瞬時着脱(クロシング・アーリー)を使い凶炎から逃れえたメイル。

だが、彼女の身体はスキル間反作用の力場によってまるで独楽の様に空中を回転しながら吹き飛ぶ。

メイルは紅打掛の振袖を振り回しながらそのまま道端にて行商を営んでいた果物の屋台に激突した。


屋台は一瞬で崩れ落ち彼女の身体は色とりどりの果物に埋もれる。


「メイルッッッ、無事かッッッ!!」


「…………う………………ぐ………………」


俺の必死の呼びかけに彼女はくぐもったうめき声を返すのみ。

果物がクッションになったのか彼女自身の力によるものなのかは分からないがとりあえずは命に別状は無いらしい。

咄嗟に屋台に駆け寄ろうとするが思いとどまる。

揺らめきにも似た逡巡を経て俺は。

あろうことか。

長剣を構えていた。


長剣(ロングソード)+5


まだ、ゲーム攻略を諦めていなかった頃に貯金をはたいて入手した逸品だ。

ある手順を経なければ入手できないレア性と手堅く強力な性能で序盤の定番装備といってもいい。

別名『騎士の鑑ナイツオブダイヤモンド』―――金剛石を要所に散りばめたその構造は見た目と性能を見事に両立している。


「もっとも、こいつに通用するとは思ってないがな…………」


目の前の化物は俺とメイルを前にして迷っているように見える。

恐ろしい力を持つ化物だが知能はそんなに高くないように見える。

それならば俺でも誘導できるように見える。


(見える、見える……見えるばっかだな。

はっ、そんなあやふやなもんに命を懸けるのか?)


俺の中のもう一人の自分が囁く。


「知らないのか?

男ってのは女の子を救うためには命を懸けるもんだぜ?」


(はぁ?寝言は寝て言えよこのクソ野郎が

それとも自分に酔ってんのか?)


「ふっ、シラフじゃ無いことは確かだがな」


(ああ? ヒーローのつもりか?

よく考えろよ。お前はそんなんじゃないだろ?

分をわきまえろよ。今ならまだ間に合う。

全力で逃げろ)


「ああ、そういえば『誓約』とやらがあったな。

確か、メイルが死ぬと俺が死ぬんだっけか?」


(ちっ…………そんなもん信じるのかよ)


「いいからお前も死にたくなければ協力しろ。嫌なら黙ってすっこんでろっ」


(………………)


もう一人の自分を退けた俺は暗黒の巨竜に正対する。

荒れ狂う熱風は更に勢いを増し俺の顔に吹き付ける。

額に浮かぶ滝のような汗が鼻筋を通り首元に流れ落ちる。

生と死が交差し煉獄と漆黒が支配する絶望の舞台の中で俺はごくりと唾を呑み込む。

そして、手に持った長剣を大きく掲げる。

バチバチと稲光を纏わせた乱杭竜牙の隙間から遠雷の様な音が漏れ聞こえる。

漆黒に揺れ蠢く闇の中に光る双眸がこちらを睨む。

よし、こちらを見ているな。

俺は奴の足元から目を離さずにゆっくりと足を運ぶ。

注意すべきは地面を疾走る黒い稲妻だ。

俺は全神経を奴の足元に注ぎ込みいつでも飛びのけるように構える。


「……!!」


奴の全身をゆらゆらと不気味に蠢く漆黒の稲光が足元に向かう。

逆棘まみれの巨大な前足が地面に叩きつけられる。

凄まじい破砕音と共に大地を大きく揺るがす轟振。

砂煙がもうもうと立ち上り、宙に叩き上げられた石つぶてと火の粉がバラバラと降り注ぐ。

そして、不吉な影法師の如く地を這う何本もの黒き稲妻。

その全てが俺に向かって死神の牙を剥く。

俺は全身の筋肉を総動員して力の限りに真横に跳躍する。

空に逃れた両足の真下を次々と通り過ぎていく黒き雷。

着地すると同時に背後で炸裂する轟雷音の連鎖。

続いて鈍い地響きと共に数本の火柱が立ち昇る。


「やった……、いける。俺でもいけるっ」


何のことは無い。

稲妻の形状であっても速度は光速どころか音速ですらない。

冷静に見ていれば俺でも対処できる攻撃だった。

不意打ちではなく来るとわかっていれば避けられる。

問題はいつまで失敗せずにこれが続けられるかという話だ。


「出来れば町の外まで誘導したいんだがな……」


町の外で携帯転移石を使って街の中央に戻る。

そこでメイルと共に遠くの街に飛ぶ。

これで助かる。

そんな俺の微かな希望を打ち砕くように更なる断罪が具現する。


<天駆ケル漆黒ノ雷球> 『永劫ノ楔ニテ幽閉スル断罪ノ獄炎』


「ご丁寧に技名と説明付きかよッ!!」


視覚情報ウィンドウに表示された情報を俺は睨みつける。


「永劫っ!?楔っ?幽閉っ?

どっちにしても食らったら楽しくねー事請け合いだなっ」


天駆ケル雷球って事は地面じゃなくて空中を飛んでくるって事だな。

俺はどちらの方向にも動けるように自然体で待ち構える。

勿論、全ての五感をフル活用して少しの変化も見逃さない。


――闇の中に真紅の華が咲く。


漆黒の巨躯を覆う暗黒の雷層が波打ち、さざめき、打ち震える。

波は波紋と成りて渦潮となる。

渦潮は無限の回廊を超えて原罪の(アギト)に禁断の果実を流し込む。

竜の(アギト)が限界を超えて大きく開き――咆哮する。


一瞬にして周囲は荒れ狂う暴風の圏内と相成った。

木の残骸が、石の壁片が、柱が、屋根が、炎が、煙が、土が、砂が、空を切り裂く黒渦に呑み込まれる。

否、暴風圏には唯一の死角となり得る静寂の空間が存在する。

俺と奴とを結ぶ直線上の空間のみが暴撃の風神から身を守り得る絶対の安全圏を賜る。

勿論、それは俺にとっては逃げ道を、退路を絶たれた死刑宣告に等しい。

触れるだけで五体がバラバラになりそうな凄まじい暴風の壁に左右と背後を固められ俺は絶望の笑みを浮かべる。


「ちっぽけな人間相手に随分念入りな事するじゃねぇかっ、ええおい?」


軽口を叩きながら俺はどうするかを必死に考える。

横にも背後にも逃げられない。

動ける空間は前方のみ。

おいおい、冗談じゃねぇぞ。

アレに突っ込むぐらいならこの暴風圏に突っ込んだほうがまだマシだ。

そして、俺の逡巡を一顧だにしない暴虐の断罪者が揺らめく。

ぱちぱちと周囲の空間が総毛立つ。

大地から空から宙から周囲の暴風圏からも青白い稲光が染み出し、揺らめき、生み出され、紅き華に吸い込まれる。

血に濡れた暴竜の口蓋へと。

(アギト)の狭間で青白き稲光は渦となり球へと溶け漆黒ノ雷球と成る。


「いちいち前置きが長ぇんだよッ!!」


俺は手にした長剣を力任せに雷球にぶん投げる。

同時に回復薬や持続回復薬、防御力や耐性を上昇させる様々な結界石を自らの身体に叩きつけながら荒れ狂う暴風圏に身を投げ出す。


「ぐがぁぁあああああああッッッッ!!!!」


天地が逆転し三半規管が悲鳴を上げる。

身体が捻じれ骨が軋み肉が叩きつけられる。

黒禍の暴風圏に捕らえられた柱や石像、バラバラになった建造物の残骸などが俺を襲う。

俺は片手で頭部や首などの急所を守りもう片方の手でありったけの回復薬を死にものぐるいで使い続ける。


「ぐはッッッ!!!??」


俺は錐揉み状態で回転しながら建物の残骸に叩きつけられた。

ぐにゃぐにゃと歪む視界には業火に灼かれるアークガルドの街並みがぼんやりと映る。

がくがくと震える足に力を込めて立ち上がる。

死の暴風圏を脱したとは言え、安心できるとは口が裂けても言えない状況だ。

手持ちの道具も今のでほとんど使い果たしてしまった。

少しでも安全を、少しでも距離を稼がなければ。

思うように動かない己の足に活を入れようと下を見た俺の目に奇妙な物が映る。

影が丸い。

俺の足元には人の影ではなく丸い影が張り付いていた。

バチバチとした音が俺の鼓膜をひそやかに叩く。

まるで電気や稲光が爆ぜる時に出す様な音が頭上から聞こえてくる。

ゆっくりと、ゆっくりと祈るような気持ちで俺は己の頭上を仰ぎ見る。


大イナル漆黒ノ雷球―――


光さえも飲み込み反射しない完全なる黒の球が俺の頭上にピタリと浮かんでいた。

その球から数十本、数百本の闇の柱がゆるやかに周囲に降りてくる。

俺は小さい頃に遊んだジャングルジムを思い浮かべていた。

全てがスローモーションに感じられる静寂の時の中、闇の柱から一斉に死神の鎌が生み出され俺の胸を刺し貫く―――


しかし、俺の目はそれらとは全く別の物を捉えていた。

視覚情報ウィンドウに表示されたメッセージ。


<スキル 夢幻採掘アンリミテッド・マイン開錠(アンロック)されました>

能力保持者(スキルホルダー)特例協約 第四条の適用によりこれより解説(チュートリアル)を開始します>

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