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序章 十 「平穏」

アークガルドの端っこにある小さい一軒家。

それがこの世界の俺の家だ。

10帖程度の部屋にベッドとソファ、小さなテーブルがある。

少々狭いが俺一人が暮らすには十分な広さだ。

あとは台所、風呂とトイレがついている。

つまり現実世界と同じく洗練された生活を送ることが可能と言うわけだ。

それはこの街のような基幹拠点の街ならばどこも同じである。

これについてはゲームの開発時に賛否両論があったらしい。

しかし、結局、リアリティよりもユーザビリティを取るということで決着した。


そんな感じで俺は我が家に帰ってきて風呂に入っているのだが・・・・・・・・・


「主様や?」


ちなみに風呂はめっちゃ狭い。

シャワーを浴びるスペースは人一人がやっと立てる大きさ。

浴槽はそこまで狭くはないが膝を曲げなければ入ることは出来ない。

俺はその浴槽にのんびりと浸かっていたのだが・・・

なんというかまずい、非常にまずい。

俺の顔のすぐ横にぷるぷると柔らかそうに揺れる水蜜桃のようなお尻が見える。

風呂場が狭いがゆえにほぼ密着といっていい。

美しい白い肌がうっすらと上気してややピンク色に色づいている様はイッツ・ア・デンジャラス。

しかもその肌の上に水滴が滴りその瑞々しさを更に強調するのだ。

まさしく濡れたような肌。いや濡れた肌が非常にヤバイ。


「さて、主様?

そろそろ背中を流して差し上げようと思うのだが・・・よかろ?」


「い、いやいや、それはちょっとご遠慮願おうかと思うのだが」


「いやいや、居候するのじゃ。せめて背中ぐらいは・・・の」


メイルがこちらの腕に手を絡ませてくる。

おぐっ、その感触だけでアウトになりそうだ。


「いや、メイルが入る前に自分で十分に、十二分に洗ったからっ、だ、大丈夫、大丈夫。うん」


「むぅ、それでは仕方がないのう・・・もう少し早く来るべきじゃったか」


さらりと恐ろしいことを口走るメイルさん。

いやいや、そのお気持ちだけで十分ですよ?


「では・・・そろそろ」


ほっ、やっと出ていってくれるか。

さすがにのぼせすぎて身体が限界だ。

俺は安堵の溜息をつき下を向く。


ちゃぽっ、という水音が聞こえる。

水面に映ってはいけないものが映る。


「ちょっ・・・・・・・・」


待て、と俺は言いかけて顔をあげる。


「む、主様・・・・・・・・・・・・・」


その姿勢のままメイルが頬を赤らめて目を逸らす。


「・・・・・・・・っ」


そのままメイルが浴槽に腰を落とす。

狭い浴槽なので自然と互いの身体が密着する。

俺は・・・もう、限界・・・だった。


「主様?・・・主様っ、・・・む、これはいかん・・・主様やっ」



・・・・・・・・・


・・・・・・


・・・


気がついたら目の前にメイルの心配そうな顔があった。

ああ、後頭部に柔らかい感触。


「気が付かれたか。ああ、そのままそのまま。無理はしないほうがよかろ」


ああ、風が気持ちいいな。扇いでくれているのか。


「えっと、俺は・・・・・・・・・・ん?」


「ああ、主様は風呂場でのぼせられての・・・まぁ、一時的なものじゃとは思うが一応安静にな?」


ああ、そっか。風呂場で倒れたのか俺。

でも俺、服着てるし身体も濡れてない。

・・・・・・・・・・・・・・・・

いや、深く考えるのはやめよう。

忘れよう。うん。それがいい。

そしてさっさと寝よう。


・・・・・・・・・


翌朝、別々に寝ていたはずのメイルがいつの間にか俺の身体に抱きついていたという謎の現象に見まわれながら俺は出かける準備をする。

働かざるもの食うべからず、それはこの世界でも同じ事。

採掘師の俺は様々な鉱石を売って日銭を稼がなければわびしい馬小屋生活が待っているのだ。

と、そんな訳で午前中は『アイソー』で低レベル鉱石を売り払って2000焉程度の小銭を稼いだ。

一応メイルのことも紹介しておいたけど博子はクリスタルの事も含めて全く信用していなかった。


『アイソー』を後にしてから俺はメイルに詫びをいれる。

博子との売り値交渉が白熱してしまってメイルが口を挟める雰囲気ではなくなってしまっていたのだ。


「ふー、退屈だったか。ごめんな」


「別に退屈ではなかったがの」


「そっか、それなら良かった」


「・・・ところで主様は博子殿とはどういった関係なのかの?」


横目でメイルが問いかけてくる。


「んー、別にどうといった関係ではないな。ただの常連だな」


「ただの常連にしては随分打ち解けておったようじゃが?」


「いやいや、あいつひどいやつなんだよ。

この前なんかこう、腕を胸で挟んでさ?

色仕掛けなんか仕掛けてきやがってさ。

お陰で大損したよ、ははは」


「それは主様に隙があるからじゃ」


ピシャリと言われた。


「いや、でもさ」


「否も応もない。どんな小さな隙でも命取りと成りうるのじゃ。

まったく・・・・」


「・・・・・・・・」


「・・・・・・・・」


え、なんで俺怒られてるの?

と、そんな戸惑う俺の鼻孔に甘ったるい匂いが漂ってきた。

うわ、まだ潰れてないんだあの屋台。


「ぬ、主様っ、こ、この匂いは・・・何かの?」


何かの・・・って、俺が答える前に手を握ってぐいぐい引っ張っていっているんだけど。

素早く屋台のおっちゃんに注文するメイル。

ああ、はいはい、500焉ね。勿論俺が払うんだよね。はい。

屋台で売っているのは『蜂蜜団子』

その名の通り団子に蜂蜜を掛けた代物で甘いを通り越してつらい代物だ。

一口食べるだけで胸焼けする事間違いなし――のこぶし大の大きさの団子に一気にかぶりつくメイル。

その瞬間―――

メイルの(歓喜の)絶叫が響き渡る。

通りの人間全てがこちらを振り返り、何事かとざわめく。

うわー、何この晒し物の刑。

その後、一つ食べる度に豊富な語彙と卓越した表現力で『うんまい』を実況中継するメイル。

しまいには見物客まで集まってきて小銭を投げる始末。

結局、100個近く蜂蜜団子を平らげて満足したのだが、何故か食べる前より所持金が増えているという不可思議な事態になっていた。


「ふぃー、食うた食うた。世の中にこれほどまでに美味な物があったとうはのう・・・・主様や後で又こような?」


お腹を満足気にさすりながらメイルが言う。

って、腹が全く膨らんでいないんだが、どこに消えた?


「ほれ、よく言うじゃろ。甘い物は別腹と」


それは違うだろ、って心を読むな心を。


「でも、とりあえずはここでの仕事を終えてからだな」


目の前には『Ruby』の看板。

俺は頼まれていた(シルバー)原石を卸しに来たのだ。


・・・・・・・・・


「ほいっと、ざっとこんなもんだな」


VIPルームの広い豪華なテーブルの上に銀色に輝く原石が転がり落ちる。

表面の幾何学模様が照明を反射してキラキラと輝く。

(シルバー)原石だ。


「いやぁ、まさか本当に(シルバー)原石を取ってきてしまうとは・・・拓也さん、どんな魔法を使ったんですか?」


ツインテールをピコピコと揺らしながら小柄な女の子もといこの店の店長七海霜月(ななみしもつき)が目を見張る。

今日はメイルがいるためか俺の膝ではなく対面に普通に座っている。


「いやー、ウツロの山岳地帯にいったらなんかしらないけどゴロゴロとれちゃってさー。正直チョロかったよ」


「ウツロの山岳地帯・・・確かあそこは危険すぎて立入禁止になってたはずですが」


「え、あそこって推定レベルが20程度の場所じゃなかったっけ。現にLV1の俺でもなんとかなる場所だし」


霜月が顔を若干強張らせながら口を開く。


「いえ、半月ほど前からウツロ周辺は災害(ディザスター)が留まっており警戒区域として立入禁止の布告が出ていますよ」


「え、嘘でしょ。俺のシステムメニューにはそんな情報はないんだけど」


俺はシステムメニューを操作してディザスター警戒CHを表示させる。

ちなみにディザスター警戒CHは金猫騎士団の金緑大隊って所が担当しているらしい。

俺が表示したディザスター警戒CHにはやっぱりウツロは表示されていない。


「あれ、おかしいですね。私や他の人にはちゃんと表示されているんですけど」


今度は霜月や他の従業員が自分の警戒CHを表示させる。

それにはウツロはきちんと表示されている。


「あれ、ホントだ。なんでだろう」


「うーん、同期がうまくいってなかったのかも知れませんね。もしかしてCHの同期調整とかサボってません?」


「あ、ひと月前にやったきりだ」


「もー、だめですよー。命にかかわる情報なんですからー、遠出する前は必ず同期調整しないと・・・ですよ?」


「そっかー、やっぱ面倒臭がっちゃだめだな。でもそのおかげでこいつを獲ってこれたわけだからいいんじゃね?」


「それはそうですけど・・・」


それでも何か言いたそうにしている霜月だがメイルの為にあまり長話する訳にはいかない。


「まー、とりあえず査定しちゃってくれよ。誓約書の件もあるからそれも差し引いて」


「あ、そうですね。それでは失礼して・・・」


霜月が原石の鑑定に入る。


・・・・・・・・・


「全部で95000焉か、まぁまぁなのかな?」


実は密かに100万ぐらい行くと思っていたのだが世の中そんなに甘くないらしい。


霜月が申し訳なさそうに頭を下げる。


「申し訳ありません。本来の等級からすれば低すぎる査定だと思います。

ですが、それはある意味仕方がないことかも知れません。

なにせ、競争相手が存在せず事実上独占状態なのですから」


「独占?」


「この世界で(シルバー)の加工が出来る職人は数えるほどしかいません。

そしてその全員が同一ギルドに属しているのです。

この買取価格はそのギルドが示したもので我々黒猫は取り付いだにすぎません」


「ああ、つまりこの価格に不満なら『よそ』に持って行ってくれって話か。

そしてその『よそ』は存在しない、と」


「はい、我々としても心苦しいのですが『ヴァン・ケインハルツ』の攻略を控えている関係上、そこのギルドの機嫌を損ねるわけにはいかないのです。

又、我々が勝手に買取価格に上乗せすることも禁止されています。

勿論、この取引履歴も先方に提出する契約になっています」


「うわ、えげつねー。そこまでして金儲けしたいのかよ。そいつらは」


「私が言うのもなんですが、世の中金・・・ですからね。

お金は即ち力。

力があれば大抵の事はできますからね」


「世知辛いな・・・」


「世知辛いですね・・・」


・・・・・・・・・


無事、取引を終えた俺はメイルも交えて他愛のない会話を楽しんだ後に『Ruby』を後にした。

結構長居してしまったらしく日差しは傾き影も長く伸びている。

空も夕焼け色に染まり夜の気配を漂わせている。

その中を俺とメイルは並んで歩いている。

会話はないが別に気まずいと言うわけではなくなんとなくゆったりと時間が流れる。


「主様よ」


「ん?」


「最初に会うた時の事を覚えているかの?」


「最初って、まだ昨夜会ったばかりだろ。勿論覚えているさ。

めちゃ痛かったし」


「そ、その最初ではないっ、最初にワシを掘り出した時の事じゃっ!!」


メイルが途端に顔を寄せてくる。

顔が真っ赤だ。


「お、おう。でもあの時お前寝てなかったっけ?」


「いや、薄目を開けて主様を見ておった。随分鼻の下を伸ばしておったぞ。くっくっく」


「ちょ、それは反則だろ」


「ふふんっ、でもあの時の主の狼狽ぶり。

今でもはっきりと思い出せるぞ?

確か・・・『奴隷NPC亜人種として復活』がどうしても押せなかったのじゃろ?」


「そうだ、それは本当は押したくなかった」


「じゃが、それでは偽善以下の行いとなろう。

目の前の問題から目を逸らし逃げ去るだけじゃ。

主はあえて逃げずに選択をした。

その選択のお陰でワシは生きておる。

意思を持ち、考え、行動する。

制約により多少縛られてはおるがワシはワシとして生きていける。

主様には本当に感謝しておる」


「まー、半ば脅されながら言わされたけどな」


「ふむ、ワシとしてはいまいち確信が持てなかったためにあのような強硬手段に及んだのじゃが・・・

主様が主様であると知っておれば無用の用心じゃったかもの」


「そうそう、俺も最初から話し合うつもりであの選択肢を押したんだけどな」


「ふふっ、それについては素直に謝らねばならぬな。

主という人物を見誤ったのじゃから、の?」


「そうそう・・・て、うわっ」


いきなり足に軽い衝撃が伝わった。

見ると5、6才ぐらいの男の子が地面に尻もちをついている。


「おっと、ごめんな。大丈夫か?」


「・・ぅ・・・・ぅぅ・・・・・っく」


きょとんとした顔が次第に崩れくしゃくしゃになっていく。

目尻から涙が滲み口元もゆがむ。

うわ、やばい噴火寸前だ。

どうしていいかわからずにいる俺を尻目にメイルはてきぱきと事を収めていく。

一見優しく、でも優しすぎずにあくまで自分の力で立ち上がるように諭し勇気づける。

すりむいた傷口も近くの水場で洗い流し応急処置をする。

あえて、便利な回復道具を使わないことで傷に対しての正しい知識を与えるんだそうだ。

って、どうせNPCなんだからそこまでしなくてもとは思ったがなんとなく楽しそうだから俺は黙っていた。


「ふぅ、童子はやっぱりかわいいのぉ」


男の子はペコリと頭を下げてどこかへ去っていった。

うーむ、こうしてみると人間と見分けがつかんな。


「子供の扱いうまいなー。俺はあんまり接したことが無いからどうしていいかわかんなかったよ」


メイルが俺の隣に来て手を絡ませてくる。


「主様や、主様は子供は好きかの?」


「まぁ、嫌いじゃないな。賑やかで明るくて楽しいしな」


「結婚した場合にはどのくらい欲しいと思っておるかの?」


「いきなりだな。うーん、結婚かー。そうだなー、男一人で女二人の三人だな」


「ほう、なかなか堅実じゃの。確かに三人なら経済的にも妥当なところじゃと思う。

それに小さき子供でも女手があれば家の用事は格段と楽になろう。

小さき弟の世話も場合によっては任せることもできるからの」


「弟、・・・いやそれは却下だ。

俺は兄と妹しか認めん。

勿論、姉萌えを否定する気はさらさらないがな。

だが、俺はやはり妹派なのだ」


「う、うむ、主様がなにを云うておるのかさっぱりわからぬが、とにかく楽しい家庭になりそうじゃの。ふふっ」


・・・・・・・・・


そんなこんなで俺の平穏な一日は終わった。

ふぅー、やっぱ平和が一番だわ。




―――― エリア H-9 ライド森林


鬱蒼と茂った木々が揺れ動く。

焦点が定まらない黒い影がゆっくりと空間から染み出し周囲の木々を圧迫しなぎ倒す。

そして、それを囲むように走る幾つもの影。

金猫騎士団で災害(ディザスター)の監視と誘導を担う金緑大隊の者たちだ。


「ラ、ライド森林方面第四小隊です。

災害(ディザスター)の出現を確認。

繰り返す、災害(ディザスター)の出現をきゃく、確認」


その中の一人が緊張した面持ちで本部に報告している。


「おいおい、なに噛んでんだてめーはよぉ。俺の査定が落ちたらどーすんだこら?」


大柄な上司らしき男がたったいま本部に報告をした新入りっぽい男を蹴っ飛ばす。

鈍い音と共に地面に転がる男。


「も、申し訳・・・ありません。」


そんな酷い扱いを受けても反論一つせずに従うあたり階級は絶対なのだろう。


「そーよぉ?あんたのせいで中央に戻るのが遅れたらどうすんのよ。ばーか」


大柄な男、隊長にしなだれかかりながら細身の女性、副隊長が口を挟む

美人だがキツ目の瞳と酷薄そうな唇が全体の印象を冷たい感じにしている。


「まったくよぉ、こんなドサ回りしなきゃならないなんて。あのクソオヤジが。

戻ったらただじゃおかねぇ。ぶっ殺してやる」


「きゃー、マーくんかっこいいー、惚れ直しちゃうっ」


「ふっ、俺に惚れすぎてやけどするなよ?」


二人がうんざりするような会話を交わしている間にも周囲の隊員は素早く所定の位置に陣取る。

丁度、先ほど出現した黒い影を中心に大きく囲む。

やや、遠巻きにしている事から安全マージンを大きく取っている事が見て取れる。

その黒い影――災害(ディザスター)はその場で輪郭線をごわごわと波立たせ蠢いているだけだ。


「隊長、本部から形状を報告せよとの命令が来ました」


新人君がおずおずと隊長に報告する。


「形状か、そうだな森大蟹(フォレストクラブ)とでも報告しとけ」


「はいっ、森大蟹(フォレストクラブ)ですね。了解しました」


「んー、マーくん。形状はまだ定まってないんじゃないのー?」


「ばっかお前、それをそのまま報告したら俺らが『形状の確認も出来ない無能』になっちゃうだろ?

ここはビッと報告したほうが有能さをアピールできて査定も高評価をとれるじゃねーか」


「・・・すごい、すごいわマーくん。更に惚れ直しちゃった♪」


そんな和やかな会話を続けている二人を尻目に災害(ディザスター)はゆっくりと、だが確実のその身体を変容させていく。

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