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序章 壱 「夜野博子と七海霜月」

生まれて二番目ぐらいに書きました。



***************************************************

薄暗い、と言っていいほどの坑道の中。

まるでそこだけ月の明かりが差し込んでいるかのように彼女は美しかった。


伏せられた長い睫毛、すっきりとした細い眉、つややかな微かに開いた唇。

頬にはほんのりと薄紅色が差され控えめに存在を主張していた。

雪のような白い、無垢な肌。

瑞々しい肌には所々にうっすらと赤化粧が施されており、それがまた天然の化粧の様に均整のとれた肢体を彩っていた。

無駄な贅肉は一切無く、世の女性達が望んでも望んでも手に入れられないであろう端正なプロポーション。

ほっそりとした首筋から緩やかなカーヴを描いて豊かな双丘につながる曲線美。

まるで白雪の様に純白な双丘は重力に全く屈せず、白桃色の頂きと共に己の形を完璧に維持していた。

腰まで伸びる髪の毛はゆるくウェーブがかかっており、やや無造作に広がっている。

それが完璧な肢体の煌びやかさに対する対比の妙となりお互いの存在感を高め合っている。

その月の明かりのような銀色の瞬きと共に――


冷たい静寂の中、俺は身動き一つ取れずに佇んでいた。


そう、俺が彼女と出会うきっかけとなったのは四日前のあの日。

何の変哲もない出来事からだった。

***************************************************


カキィンッッッッ


澄んだ金属音が辺りに響き渡る。

硬く鋭い切っ先が激しく動く光点を貫く。

俺が振り下ろしたピッケルは見事、鉄鉱床(アイアン)の芯を捉えたようだ。

同時に鉛色の鉱床に『SUCCESS!!』の文字が表示されて鈍く光る鉄の原石がごろごろと吐き出されてくる。

ゆっくりと消滅する鉄鉱床(アイアン)を横目に見ながら俺は鞄の中から一枚の紙を取り出す。

その紙を原石に当てながら俺は命令(コマンド)を唱える。


CARD IN(カードイン) ッ」


同時に原石全体が光の粒子に包まれる。

サラサラと風に舞うように光の粒子は音もなく紙――アイテム収納用のインベントリカードに吸い込まれていく。

カードには先程までなかった鉄鉱原石(アイアン)のアイコンが追加されている。


「ふぅ・・・・」


俺は視覚情報ウインドウの端に表示されている数字を見る。

13140時間23分31秒、32秒、33秒・・・・・・・・・


俺 石金拓也(いしがねたくや)

職業 剣士 LV1

主なスキル 採掘 29


俺がこのログアウト不可能の仮想ゲーム世界の中に閉じ込められてからおよそ一年と半年程が経過した。

始まりの街『アークガルド』の周囲にポップするのは動物型のノンアクティブモンスターのみ。

俺はそれらの可愛らしい動物たちを殺してLV上げをすることがどうしても出来なかった。

近づくと小首をかしげる小動物。

尻尾を振りながら頭を擦り付ける犬や猫によく似た動物達。

ピコピコと大きな耳を動かしながら周りをくるくる回る動物達。

うん、無理。

俺には出来ない。

早々にゲームの攻略を諦めた俺は色々試した結果、採掘士の道に進むことにした。

俺以外にも様々な理由でこのゲームの攻略を諦めたプレイヤーをいる。

その中には自分の店を開いて商人としての道を選んだ者もいる。


・・・・・・・・・


・・・・・・


「ちぃーす」


俺は『アークガルド』の街の中心部から程遠い小さい雑貨店『アイソー』の扉を開けた。


「ちぃーす」


挨拶を返したのはこの店の店主、夜野博子(やのひろこ)だ。

大きめの眼鏡をだらしなく掛けながらカウンターに半ば突っ伏している様は客商売を舐めきっているとしか思えない。

彼女もゲームの攻略を諦めたプレイヤーの一人だ。

幸い生産スキルと商才スキルに才能があったようでのんびりと店を経営している。


CARD OUT(カードアウト) ッ」


俺がインベントリカードのアイコンを指しながら命令すると目の前のテーブルに先ほど採掘したばかりの原石が幾つか出現する。


「これだけあれば足りるか?」


「うーん、足りるけどぉ~、うーん」


歯切れが悪いな。


「どしたん?」


「材料は足りているんだけどぉ~、あたしのスキルが足りないみたいぃ~」


「まじ?鉄器作成スキル20でも無理なんかよ・・・・」


「ん~ん、21になったよぉ、それでも無理・・・」


「参ったな、博子でも作成が無理だったらもうこの街じゃ手に入らないな・・・」


この街でピッケルや伐採斧などの鉄器作成スキルが一番高いのは俺が知っている限りでは博子だ。

俺もそろそろ(カッパー)ピッケルを卒業してアイアン)ピッケルを使いたいと思ってたんだがな・・・

なにより今使っている(カッパー)ピッケルだとこれ以上採掘スキルをLVアップさせることができない。

採掘スキルを30にするには銀鉱床(シルバー)を掘らなければならない。

しかし、銀鉱床(シルバー)(カッパー)ピッケルでは太刀打ち出来ない。

最低でもアイアン)ピッケルは必要だ。

出来れば(シルバー)ピッケルを手に入れておきたい。


採掘はスキルやPSも必要だが一番重要なのはピッケルの質だ。

良質のピッケル、より上位クラスのピッケルを使うことによって採掘効率は飛躍的に上昇する。

それはすなわち成長速度や金策といったゲームを有利に進められることを指し示している。

もちろん俺はこのゲームをまともに攻略するつもりは無いが、採掘士のプライドとして銀鉱床(シルバー)の奴だけはクリアしておきたい。


「じゃあ、しょうがないな」


そう言いながらテーブルの上の原石を引っ込めようとした俺の手に柔らかい感触が触れる。

博子のほっそりとした両手が俺の手に絡み付いてくる。

まるで獲物を逃がさない蛇のように。


「・・・お願いがあるんだけどぉ~」


博子が上目遣いでこちらを見ながら俺の手をさする。


「断る」


「最近経営が苦しいのよぉ~、助けると思って~」


「ちなみにいくらで買い取るつもりだ?」


「うん、スマイル0(えん)でどぉ?」


「話にならんな、帰らせてもらう」


「待って待ってぇ~、最近ライバルにお客さんを取られて苦しいのぉ、ね、助けると思って」


博子が俺の手を自らの胸元に持っていきそのままぎゅっと押し付ける。

ふにゅっとした感触に身体の奥芯が熱くなる。


「ほら、こんなに胸が苦しいのぉ・・・・」


切なげな熱い吐息が俺の耳元をくすぐる。


「いやいや、その苦しいのは意味が違うだろ、それに毎回毎回色仕掛けに屈する俺ではない。離せっ」


「くっ、今回はなかなか粘るわねっ・・・それではこれでどぉ~」


博子が俺の手を一旦下に下げたかと思うとそのまま一気に自らの上着の中に潜り込ませた。


「直接だとっ!?」


ほんのりと温かい体温を感じた直後に柔肌に指がふかふかと沈み込む。

手の平全体にしっとりと吸い付くような感触が広がりその中心の固い感触を否が応にも際立たせていた。


「ねぇ、お願い、今回だけ助けると思ってぇ~。いいでしょ?」


博子が更に身体を密着させ、耳たぶをかぷかぷと甘噛みしてくる。


・・・・・・・・・


「まいどありぃ~♪ またのお越しを~♪」


満面の笑みの雑貨店の店主に見送られ俺は敗北感に打ちひしがれながらとぼとぼと歩く。

なんで、この街の女はどいつもこいつも俺に色仕掛けを仕掛けてくるんだ・・・はぁ、大赤字だ。

失意の中ぼんやりと歩いていた俺の目に、真新しい雑貨店の看板が入ってきた。


「ん、こんなとこに雑貨店なんてあったっけ・・・」


先ほどの博子のセリフが頭の中で反芻される。


「そっか、これがライバル店か・・・」


外から見た感じでは結構品揃えも豊富そうだし、質もなかなかっぽいな。

ちょっくら見てみるか。

俺はその雑貨店『Ruby』の中に足を踏み入れた。


「いらっしゃいませぇ~、ようこそ雑貨具の殿堂『Ruby』へ。

日用品から殺戮道具までなんでも揃いますよ~♪

どうぞごゆっくりご覧下さいねっ」


店内はきらびやかな装飾と怪しい照明に照らされおよそ雑貨店の内装とは思えない。

途端に数人の女性従業人に囲まれボックス席に案内される・・・ボックス席?


「はぁーい、おしぼりどうぞっ♪」


猫耳のカチューシャをつけたメイドが満面の笑みでおしぼりを渡してくる。


「あ、ありがとう」


困惑しながらおしぼりでとりあえず手とかを拭いていると反対側の女の子がメニューを開いて見せてくれる。


えーと、なになに・・・・・回復薬 一つ・・・・1500(えん)だって!?

いやいや、高級回復薬ですら相場は500焉ぐらいだぜ。

いくら高めでも150焉ほどに落ち着くはずだ。こりゃ、表記ミスだな。


「えっと、この回復薬なんだけど、0が1つ多くない?実際は150焉じゃないかな?」


「いいぇぇ、回復薬1つ1500焉で間違いないですよ~♪」


メニューを持った女の子が猫耳をぴこぴこ動かしながら満面の笑みで答える。

ん、っていうかその猫耳本物かっ、とすると獣人?うわ初めて見た。


このゲームでは出身種族ごとにスタート地点が異なっている。

人間ならば人間の街、獣人ならば獣人の街。

そして、街にいるNPCノンプレイヤーキャラクターもそれに準じる。

今、俺がいる『アークガルド』は人間種のスタート地点の街の一つだ。

当然、NPCは全て人間種である。

俺はこの街から離れたことは無いし、獣人種のプレイヤーもわざわざこんな始まりの街なんかに来る物好きはいない。


「もしかしてぇ~、お客さん冷やかしですかぁ?」


縦長の瞳孔の瞳がスッと細められた。


「うわ、この人超貧乏、300焉ぐらいしか持ってないよ?」


おい、勝手に人のインベントリを覗くな、ノーマナーだぞ。


「てんちょぉ~、この人チャージ料すら払えないド貧乏なんですけど~、領主の警吏に引渡します?」


先ほどとはうって変わってふてぶてしい、人を小馬鹿にした態度で猫耳メイドがひらひらと紙切れを振りながら店長を呼ぶ。


ちょっと待て、俺はその紙切れをひったくって内訳を見る。


チャージ料 2000焉

指名料   1000焉

おしぼり  500焉

小計    3500焉


ちょっと待て、ちょっと待て、大いに待て。

なんだこのボッタクリを超えたキング・オブボッタクリ店は。

っていうかここ雑貨屋だよね?チャージ料ってナニ?


「ふざけんな、こんなボッタクリ認められるわけないだろっ」


俺は怒りのあまりその明細書をびりびりと破いた。


「ところがきちんと領主にみとめらているって寸法なのです。採掘士さん」


小柄な女の子が腕組みをしながら俺を見上げていた。

なんでこんなところに小さな女の子が?

っていうか今のセリフからすると、この子がこの店の主って事になるのか。

上等だ、俺は相手が怖いおっさんとかだととことん気弱になるが、ちっこい女の子相手となると俄然勇気が湧いてくるんだ。


彼女が手を振ると周りにいた猫耳(本物)メイドたちが去っていく。

そして、彼女は明るい色のツインテールをなびかせながら座った。

そう、俺の膝の上に・・・え?

そのまま彼女は俺の首に手を回してきた。

え?

冗談じゃない、これ以上膝乗り料とか首まわし料とか恋人料とか取られてたまるかっ


「はなせっ」


俺は彼女の両腕を掴んで引き剥がそうとうする。

ぐっ、見た目に反して結構力強いな。

腕力アップ系のスキルか?

拉致があかないので両手で彼女の胴体を掴んで思いっきり腕を突っ張る。


「あーん、ひどいです。そんなに乱暴に胸を弄られたら痛いですー」


「ぶほぅっっっ」


俺は彼女を引き剥がすことを断念した。もうどうにでもなれ。




「私はギルド『金猫騎士団』の下部組織、『黒猫雑貨FC』のエリアマネージャーの『七海霜月』と申します。

この度アークガルドにお店を出店することになりました。よろしくお願いします」


霜月は俺の膝の上に座ったまま、足をぶらぶらさせながら話し始める。


「単刀直入に言います。拓也さん、ウチの店に採掘した鉱石を卸していただけませんか?

もちろん、色々仰りたいことはわかります。

ですから、まず最初にこれをお近づきの印に差し上げますっ」


彼女がポケットからインベントリカードを出してCARD OUT(カードアウト)と唱える。

カードから光り輝く粒子が放出されテーブルの上で形を成す。


「お、おおおおおおおおっ、(ゴールド)ピッケル」


俺は黄金に光り輝く(ゴールド)ピッケルを手に取る。

おおお、このずっしりとした感触、しかもこれは・・・・

俺の反応を満足気に眺めながら霜月が言葉を続ける。


「ええ、疲労軽減(フェザー)鉱物の精霊(マイン)の印付きです。拓也さんなら使いこなせると思いますよ」


これさえあれば、あの銀鉱床(シルバー)を殺れるっ。

いや、それどころかまだ見ぬ金鉱床(ゴールド)やはたまた霊銀鉱床(ミスリル)までもいけるかもっ。

おおおお、燃えてきたぁあああああっ


「本当に、これ貰っていいの?本当にほんと?」


「もちろんです。金猫の名にかけて嘘は申しません」


う、そういえば金猫の下部組織とか言ってたな。


金猫騎士団 団の規模自体は中くらいだが持っている資産規模はおそらく全ギルドの中でも一二を争うと言われている。

とにかく犯罪ぎりぎりの金策をしてのし上がったギルドである。

そして、その有り余る財力に物を言わせて高級装備で身を固め高級消耗品をふんだんに使用してゲームを攻略している。

そのせいでプレイヤーからの評判は良くない。

もちろん、俺もいい印象は抱いていない。

だが、主だった攻略ギルドが全滅した今、第一階層のボスを倒せるのはこの金満ギルドしかいないと噂されていることも確かだ。


「これはまだ秘密なんですが、我が金猫騎士団は近々第一階層のボスを攻略します」


おおぅ、ついに金猫が動くか。


「それで全ての下部組織に命じて強力な武具、高級消耗品、その他さまざまなアイテムを集めている最中です。

ですが、武具を作成する材料、原石が足りないのです。

具体的には竜鉄原石(エインドラグーン)、や水鉄原石(エイセンフロート)といった上位鉱石。

そして最も必要なのが幻の金属と言われている銀鉱石(シルバー)です。

我が金猫騎士団でもお抱えの採掘士はいるのですが残念ながら絶対数が足りません。

他の採掘師をスカウトしようにもたいていはどこかのギルドのお抱えか、専属契約をしていて手が出せません。

て、いうか採掘士自体の数が少ないのです。

戦闘系の職業の人はいっぱいいるのですが・・・

そんな時に『アークガルド』に腕のいい採掘士がいると聞いて飛んで来たって寸法なのです」


「なるほど、だが俺は・・・」


脳裏にずり下げメガネの博子の胸元が浮かぶ。

正式に契約はしてないが結構長い付き合いだからな・・・


「『アイソー』の夜野博子(やのひろこ)さんですね。勿論彼女と拓也さんが親しい間柄という事は承知しています」


おい、微妙に誤解されてるな。


「ですので、拓也さんには今までどおり『アイソー』に鉱石を卸していただいて結構です」


「へ、いいの?」


「はい♪」


「でも、それじゃ俺ピッケルもらっただけになっちゃうけど」


「そこです、その私達が差し上げた(ゴールド)ピッケルを使えば今までの倍、いや三倍以上の鉱石を採掘することが可能なはずです」


「なるほど、つまり、この(ゴールド)ピッケルを使って多く獲れた分をこの店に卸せばいいんだな?」


「話が早くて助かります♪」


霜月がニッコリと笑う。


ふむ、悪くない話だ。と、いうか破格の話だ。

銀原石(シルバー)金原石(ゴールド)は加工するにも高レベルのスキルが必要だ。

言っちゃ悪いがこの街にはそんな高レベルのスキルを持っている生産職のプレイヤーはいない。

博子でさえ鉄の加工ができないんだからな。

つまり、銅などの低レベルの鉱石は『アイソー』に卸して竜鉄や幻銅、銀などの高レベルの鉱石はここ『Ruby』に卸せばいい訳だ。


「乗った」


途端に唇が柔らかい物に塞がれた。

目の前には霜月の閉じた瞳がドアップ。

そのまま十秒ほど経過した後にゆっくりと霜月は俺から唇を離した。


「へへ、毎度ありがとうございます♪ これは先払いですぅ」


「この店は、誰にでもこんなことしてるのか?」


俺の憮然とした質問に霜月は


「いえ、拓也さんが初めてです・・・」


と顔を伏せながら両手で自らの頬を隠す。


その頬には先程と違って微かに朱が差していた。


うそつけ、と俺は心のなかでそっと突っ込んだ。

なんか続きそうなので連載にしてみました。

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