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ゑ6! 「最低のどん底に穴を掘ると何になるか」

 有り得ない。

 開けたのは寝室の扉だ。

 …ここは、どこだ?

 目の前の景色に圧倒される。

 ………そこは、森だった。

 暗くてよく見えないが、見た事の無い木々が生えている。

 鳥ともそれ以外の獣ともつかない鳴き声が響いてくる。

 (気持ち悪い。)

 物語ではこういう時、主人公達は驚きながらも迷いなく入っていくだろう。

 (怖い。)

 だけど、決意したはずの気持ちはすぐに恐怖に塗り替えられる。

 (何故だ?)

 何故俺は進む勇気を持てた。思い出せ。

 皆がいたから?

 良い答えだが違う。そうじゃない。

 守られているから?

 全然違う。俺は守りを捨てたはずだ。

 それは単純で、とても分かり易い理由だった。

 自分が情けなかったのだ。

 怖がってばっかの自分が。

 なら、ここで踏み出せなければ、俺は恐怖に負けた滅茶苦茶情けない男となる。

 こうなりゃ意地だ。

 物語みたいには格好良くもないが、何とか、森へ足を踏み入れる。

 大事な最初の一歩目を、意地をかき集めて大きく踏み出す。

 震える足は暗闇にしっかりと進み、そして…

「ひぃあっ……んべふっ!」

 入った瞬間、こけてしまった。

「大丈夫!?瑠璃!!」

 葵が慌てて駆け寄ってくる。

 ……情けねー。

 だが、情けないではあるが、妙にすっきりした気持ちの俺は、何だか変に面白くなって、笑い出していた。

 皆が呆れながら入って来るが、それでも笑いは止まらない。

「…大丈夫…なの?」

 葵が怪しげに聞いてきた。…まぁ、こんな状況で突然笑い出せばそうなるだろうな。

 で、大丈夫かと言えば、実はそうでも無かったようだ。木の根で右足の足首を傷付けたようで、足に激痛が走る。

 涙が出てきたが、笑いは止まらず、すごい顔になってる筈だ。

「ってあんた足すごい怪我じゃない!」

 葵が足の怪我に気付いたようで、しゃがみこんで傷口を覗いてくる。そして慌てた様子でテーベを振り返った。

「…瑠璃の足、すごい怪我なの!あんた、魔法神なんでしょ?怪我とか治せないの?」

 …自分で勝手に転んだだけなので、何だか気まずい。笑いもいつの間にか収まっていた。

 するとテーベは、呆れたように首を振った。

「ダメなの…」

 葵が失望したような顔をする。

「…いや、滅茶苦茶簡単な方だよ」

「…だったら!」

 葵が声を上げるが、テーベは言い聞かせるように言った。

「良いかい?僕は例え君達の全身が潰れようが溶けようが、まともに死んだなら、死後12時間までなら生き返らす事だって出来る。……でも、これは命に関わる怪我じゃない」

 そこで言葉を切り、俺と葵の目を真っ直ぐに見てくる。

 …つーか生き返らせる事が出来るって………マジかよ……。

「こんな自分で作った傷で騒いでるなら、この先他の何かにつけられた傷で、きっとショックで息が止まっちゃうよ。この程度の痛みと、誰かが傷付いているという事実には、早く慣れてくれ」

 葵は唇を噛んだが、テーベの言葉をちゃんと理解したようだ。

 俺から離れ、立ち上がって気遣うような視線を向けてくる。

「瑠璃、立てる?」

 葵の言葉で、そっと足に力を込めてみるが、………ダメだ。立てない。

 根性を振り絞っても、情けない事に痛みで涙が溢れるだけだった。

「………先、行ってくれ」

 涙声になっているが、伝わったらしい。

 葵は辛そうな顔をしたが、頷いた。

「……バカか君は?」

「……え」

 テーベが険しい顔を向けてくる。

「こんな森に怪我人が一人。格好の餌じゃないか!」

「…な、なら、………………俺は家で待っとけば……」

 テーベが軽蔑したような目を向けてくる。当然だ。

 ………俺は今、何て言った?

 また、一人だけ安全な場所にいるのか?

 ………絶対に……嫌だ。

「………ラムネス」

 声を掛けると、ラムネスが「ん?」と言うような顔を向けてきた。

 テーベは察したようで、満足気な表情を浮かべた。

「あの………おんぶ、して」

 ………言い方が甘える女の子みたいだったな……。古島にからかわれるのもしょうがないかもしれない。

 だが、ラムネスは優しく微笑むと、俺を両腕で抱え上げた。

 …お姫様抱っこじゃないか、これ?

「…抱っこは、良いの?」

 葵がテーベを見た。

 確かに、怪我を治さない割には甘い気がする。

「僕は痛みに慣れろと言ったんだ。自分を過信しろと言った訳じゃない。恥を忍んで一緒に行こうという姿勢は良いものだしね」

 恥を忍んでとか言いやがった!

 テーベは頭上を仰ぐ様にした。

「……それに、今日は満月だしね。ラムネスの両手が塞がっても、問題ない」

 ……結局、抱っこの姿勢については言い出せないまま、森へと入っていった。



 どうやら、寝室が繋がっていたのは、【シュバイツの森】で合っていたらしい。

 何故なら、清水に会ったからだ。

 ただし、俺は気付けなかった。

 モンスターが出ると言われていた割には、何にも出会う事なく、俺達は森を歩いていた。

 ……いや、俺は運ばれてるんだけどね!

「……止まって」

 突然、ラムネスが声を上げた。

 全員の動きが止まる。足音が聞こえなくなった。

 森に静寂が広がり、暗闇に飲まれそうな錯覚を覚える。

 抱きかかえられていると言うのに、情けない事に恐怖ですくんでしまった。

 ……さっきから俺、情けなさすぎじゃねーか。

「…清水、いるな?」

 ラムネスが右手の方をじっと見ている。

 当然だが、月明かりは木々に遮られ、俺には何も見えなかった。

「明かりで示そうか?」

 テーベがそう言うと、突然、ラムネスの視線の先に広がる森が昼間の様に明るくなった。

 一直線に伸びる昼は、不思議な事にどこにも光を見受けられず、まるで周りの暗いところがサングラスを通して見ているように感じられる。

 昼は結構な距離を伸びており、悠に500mは有るんじゃないかと思わせた。

 その先に清水がいるのだろうか。残念ながら俺の視力は人並みなので、木々の隙間に人の影を見つける事は出来なかった。

 そう、俺はここに至ってまだ人の姿を探していたのだ。

 清水は既に【狼】だと聞いていたのに。

 ……いや、別に俺が【狼】の姿なら見つけたって訳じゃない。

 あんな暗い中、明るくなっても確認出来ない清水を見つけたラムネスは、人じゃない、と思わせる。

 ……いや、神なんだけどね!

 とにかく、俺は致命的なバカをやらかしたのだ。

 清水を人だと、まだ人間だと、扱っていたのだから。

 人間など。

 欠片も残ってないと。

 聞いたばかりだったのに。

 しばらくすると、昼の中を人程の大きさの黒い影が動いているのが見えた。

「清水か……?」

 良く見ようと目を凝らす。

 明るい中にも黒く存在するそれは、人の影には見えず、どこか不吉な感じがした。

 と、唐突にテーベは明かりを消した。

 黒い影は暗闇に紛れ、見えなくなる。

 だが、近づいてくる気配は確かにあった。

 足音が聞こえてくる訳ではないが、獣らしき匂いが強くする。

 しばらく待っている間に、何故か不安が大きく広がっていく。

 少し先の細い月明かりに、一瞬影がよぎる。

 そして、それは姿を見せた。

「……いやああああああっ!」

 バカだった。

 俺は、見た瞬間に叫んでしまったのだ。

 ラムネスが、確かに清水と言ったのに。

 テーベが、人間ではないと言ったのに。

 どうやら、思っていたよりも黒い影は遠くにいたようだ。

 遠近法で大きさを見間違える程に。

 【狼】。

 もののけ姫を知っているだろうか?

 あれには、犬神のモロと言う、巨大な白い犬が出てくる。

 狼はみなあれ程に大きいのだろうかと、犬神に対して妙な事を思ったりした物だ。

 とんでもない。

 実際の狼は、胴の長さは精々160㎝で、肩から地面までは大きくても1mにしかならない。

 じゃあ、目の前のこれは何なのだろう。

 周りの木々は、それぞれ20mは越えていそうな高いものばかりだが、その木の横にそれがいると、身長より少し高いかな、位にしか感じきれない。

 悲鳴は止まらない。

 肩から地面に1m。

 こいつのそれは、15mは有りそうだ。

 顔を上に向ければ、木のてっぺんに届きそうじゃないか。

 こんな巨大な【狼】。

 それは、悪夢で、怪物で。

 清水だったのだろう。

 そして、俺は。

 清水に対して。

 悲鳴を、上げたのだった。

 目の前の【狼】の巨大な目に、悲しみの色が見えた気がした。

 その瞬間、ラムネスの、テーベの言葉が、頭に響いた。

(これは、清水だ)

 頭がようやく理解する。

 周りが目に入る。

 ラムネスが、何かを俺に言っているようだ。

 葵は、【狼】を見て固まっている。

 黛は、どこともつかない明後日の方向を凝視している。

 テーベは、【狼】に何か語りかけてくる。

 そこに至っても、尚、俺の悲鳴は出続ける。身体中の酸素を吐ききるんじゃないかという程に。

 そして。

 【狼】の声が、耳に届く。

【瑠璃、俺だ、清水だ】

 その声を聞いて、悲鳴が止まった。

 ああ、やはり、こいつは清水だ。

 恐怖感が、消えていく。

「…り!瑠璃!…落ち着いたか?」

 ラムネスの声が耳に入ってきた。

 清水がいた。

 そして、無事に生きていた。

 安堵感が全身に広がり、俺は口を開いた。



「…来るな!…お前は清水じゃない!」



 …何を言っている?

 俺の口だ。俺の声だ。

 でも。だけど。

「……この、化け物!」

 誰の、意思だ?

 清水は獣の目でもそれと分かる程に目を見開き、次の瞬間、駆け出した。

 闇に紛れるその姿は見えなくなるが、誰も後を追おうとしない。

 しばらくの沈黙が、辺りを包んだ。

 葵が、突然こちらに近寄ってきた。

 その顔が、信じられないと言っている。

 頬に、すごい衝撃が走った。

 抱っこされたままなので、当たり方が変ですげぇ痛い。

 当然だ。

 俺は、何を言った?

 何を言おうとして、あんな事を言ったんだ?

 自分が、分からない。

 清水の消えた方向を見るが、影どころかいた形跡すらない。

「…………いやいや、全く…酷い事を言うものですねぇ」

 突然声が響き、ぎょっとする。

 黛の凝視していた方から、聞き覚えのある声がした。

 ぞくっ。

 寒気がした。

 自分を抱えているラムネスから、恐ろしい程の何かが感じられる。

 ラムネスの目が、暗闇で赤く光っていた。

「そう警戒しないで下さい…………本当に…瑠璃さん、良くあんな事言えましたねぇ?…………心が痛まないのですか?」

 サディスティックな笑み。

 人を蔑むような目。

 それは紛れもなく、堕ちた騎士、ジーニャだった。

「お、れは…………」

 言い返そうとする。

 だが、先程の清水の顔が浮かび、言葉が続かない。

「…………言い訳すら出来ないのですか?………そうですね……死んだ方が良いのでは?」

 死んだ方が良い。

 そうだ。

 俺は、清水に何て事を。

 ジーニャの目が、責めるように俺を見ている。やめろ、そんな目で見るな。




 気が付けば、俺は駆け出していた。

 森の奥へと。




 瑠璃が駆け出した後、ジーニャは残虐な笑みを浮かべた。

「足の怪我は、もう無いみたいですねぇ?」



ゑ6!終わり

ゑ7!に続く


今回の更新はここまでです。

あ、質問等、よく分からないところが有りましたら是非言って下さいね。

解説いたします。出来る範囲で、ですけど。

ネタバレにならない事なら、なるべく答えるので、質問してくださいね!

ではでは。

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