ゑ24! 「生け贄。死者。桐枝画。堕騎士。終幕」
そこは、不思議な場所だった。
入るまでは何もないように見えた場所は、突然に視界が切り替わる様に薄く光る結界に入っていた。
ラムネス、テーベ、葵、黛、見知らぬ戦士らしき人。
光の鎖の様な物で繋がれ、結界の中心辺りにある複雑な陣に並べられてる。
直径10mは有りそうなその複雑な陣は、規則正しく並べられた五人の他に、後一人分の空きがあった。
成る程、自分が入れば完成するのだ。
自分を抱えた堕騎士は、やはり残虐な笑みを浮かべ、だが、その瞳は恐ろしい程に優しかった。
憐れむ様に、気遣う様に、こちらを見てくる。
やめろ。
そんな目で見るな。
そんな目をしてたら、残虐な笑みが嘘みたいじゃないか。
頼ってしまいたく、なるじゃないか。
もっと蔑んだ様な目をしろ。
どうして、憐れむ。
もっと喜びに満ちた目をしろ。
どうして、悲しむ。
残虐な笑顔が、薄っぺらく見える。
「これで、陣の完成だ……」
仮苫がそう言い、ジーニャは遂に笑みを消した。
口を固く結んだその顔は意外にも整っていて。
抱えられている俺から見たら。
「た…すけ…て……よ……」
騎士にしか、見えないじゃないか。
その言葉に、ジーニャは。
堕ちた、騎士は。
顔を歪め、苦悩に満ちた表情を浮かべ、俺から目を逸らした。
止めて。
もう、演技は止めて。
聞きたくない命令に従っているみたいに。
ほんとは救いたいみたいに。
それじゃ、思ってしまう。
希望が、見えてしまう。
助けてくれると、思ってしまう。
「きし…さ……ま………お願……い…で………す…」
貴方に、希望を抱いてしまう。
ジーニャは。
高潔に見える、騎士は。
「…申し訳………御座いません…」
どうして、そんなに悔しそうなの。
どうして、声が震えているの。
どうして。
涙を、流すの。
「本当に、申し訳、御座いません…」
騎士は俯く。
あぁ、下から顔が良く見える。
泣いてるな。
もう、瑠璃、死ぬんだよね。
皆も、死ぬんだよね。
嫌だなあ。生きて…いたいなあ………。
「仮苫、殿……本当に、申し訳ない」
騎士は、私をそっと陣の外に下ろした。
仮苫が、信じられないという顔でこちらを見ている。
騎士は、姿を掻き消し。
次の瞬間。
「希望の味は、甘いでしょう?」
「あ………ああああああああ!」
残虐な笑み。
目が、こちらを蔑んだ様に、悦んでいる様に、見てくる。
どうして。
どうして。
希望を、見せた。
騎士は私を元の様に優しく抱き上げ、そして笑った。
「…その何倍も、今の貴女は甘い蜜の様ですよ…」
絶望。
怒りも沸かない。
悲しみも感じない。
ただ、絶望感が、全身に回っている。
「…脅かすな………だが、良い趣味だな」
仮苫が、くつくつと笑う。
笑う。
楽しい。
笑う。
幸せ。
「あは、はは、は………」
気付いたら、私は笑っていた。
もう、何か疲れたな。
意識が、消えかかる。
「何だ、久々に月を見にきたってのに………出迎えも無しに何やってんだよ!苛めか!それとも劇の練習か?」
薄れゆく意識に、凄く場違いな声が聞こえた気がして、心から、自然に笑みが零れた。
………。
………………。
★
「ん、どうなんだ?」
馬鹿な。
何故こいつがここにいる。
緊急召集で………ああそうか。
召集をかける筈の本人に、ジーニャが召集を送る筈はない。
だって。
こいつが。
こんな適当な奴が。
こんなタイミングで現れる筈、無いだろう。
最高神が。
これじゃまるで。
物語みたいじゃないか。
ハッピーエンドが待ってるみたいじゃないか。
英雄の様に。
ヒーローの様に。
登場しやがって。
だが、ここで諦める訳にはいかない。
「…劇の練習ですよ、最高神」
仮苫はそう言って、微笑んでみせた。
「嘘だろ」
断言される。
だが、根拠はない筈だ。
自分は焦らない。
「本当ですよ。何、この子達が人に見られたくないと言うので、こんな所で結界を張って練習してるんですよ」
お粗末。
とても、余りにも下手な嘘だが、こいつなら十分だ。
「嘘、吐くなよ」
「吐いてませんよ。何、怪我も込みの劇なんです」
最高神は、何だかバカみたいな顔をしている。
ぼーっとしている様な……いや、考え事か?
分からない。
どうせバカだ。
「バカじゃねえよ」
ほら、また訳の分からない事を………!?
「今、何て言いましたか?」
最高神ははっきりと顔をしかめる。
「二度も言わせんじゃねーよ。バカっていう奴がバカだバーカ」
子供か。
いや、そうじゃない。
口に出してたのだろうか。
そんな筈はない。今は足の角度にも気を配っているのだ。
………まさか、心を読まれた?
「言っとくが、心は読んでねーぞ」
「……何の話をしているんですか?台詞にはそんなのは有りませんが」
大丈夫、誤魔化しきれる。
「あのな、俺は何も証拠が無くて言ってる訳じゃねー」
証拠が、有ると?
勘とか言わないだろうな。
「ジーニャが全部話してくれたからな」
……………。
「は?」
……何故?矢張、仲間では無かった?
「ジーニャから全部聞いたってんだよバーカ」
何故、このタイミングで?
意味が分からない。
まさか、先程の謝罪は演技では無かった?
「ジーニャ、お前……!!」
怒りが込み上げる。
最高神にはとても敵わない。
だが、あいつだけなら!
堕騎士は無表情をして、こちらを見ている。
遅い。遅すぎる。
瞬きが、止まって見える。
ジーニャの前に移動し、手に【破滅の神兵】の力の一つである、光の塊を宿す。
レリノアのとは違い、焼け付く様な熱さは無い。
ただ、触れた物を【破壊】する。
ジーニャに光が触れ、最早感触すらなく手が進む。
堕騎士はその間も表情を変えない。
何だこいつは。俺より強いんじゃなかったのか。
呆気ない。気付いてすらいない。
死ぬ瞬間に、何も分かってない。
なんて、愚かで。
苛々する。
こんな奴に、邪魔されたのか。
「……気はすんだか、馬鹿」
背後から冷たい声が聞こえた。
「全部嘘だよバーカ」
「な……?」
何だ…と?
「ジーニャは悪くねえっつってんだ………騙されたな、馬鹿野郎が」
………それでは。
「あぁ、確かに」
自分が一番馬鹿じゃないか。
「悪いな、一息で殺す」
Σ
「酷い事をしますねぇ………全く、私じゃなかったら仮苫に殺されてますよ」
死んだ筈のジーニャが、傷一つ無い仮苫の死体の横に立った。
「どうせお前は死なねーだろ。良いじゃん別に」
ジーニャは足元の死体をちらと見て、蔑んだ様な笑みを浮かべた。
「んで?良い話は書けそうか?」
最高神の突然の問いかけに、ジーニャは満足気な表情で頷いた。
「良い、終わり方ですね。ハッピーエンド……最高の終わり方です」
だが、最高神は首を振り、並べられた5人と瑠璃を指差した。
「エピローグがまだだろうが……しっかり締めねえとな」
そして、最高神が軽く手を叩く。
たったそれだけで。
傷付いていた皆が綺麗に元通りになり、そして……。
「仮苫っ!!……………ああ………くそっ」
テーベが起き上がり、一目で全てを判断した様に悪態を吐いた。
他の皆も起き上がり、そして目を白黒させた。
シガイヤは最高神に頭を下げ、それからジーニャにも丁寧に頭を下げると、そのまま歩き去った。
「生き…て……る?」
瑠璃が、信じられないと言う様に呟く。
そして、涙を流しながら笑い始めた。
「よかったぁ………ほんとに……よか………た」
葵は起きてすぐに仮苫の死体を見て、それからジーニャに目をやった。
その顔が憎しみに歪み、震える声を出した。
「……あんた…何で、生きてるの…?」
その言葉に瑠璃は泣き笑いを止め、そしてジーニャを見た。
瑠璃の顔から、表情が消える。
葵がジーニャに更に言葉を掛けようとすると、瑠璃が手で制した。
そして、一切変わらない表情でジーニャを見つめる。
ジーニャは瞳を真っ直ぐに見つめ返し、口を開いた。
「貴女を傷付けた事を謝ろうとは思いません。ですが……」
ジーニャは、優しく微笑んだ。
「何か、して欲しいことが、有るんでしょう?」
瑠璃は、仮面の様な表情を一瞬だけ崩した。まるで、今にも泣きそうなその顔。
すぐに無表情に戻った瑠璃は、地面に手を付いて、頭を下げる。
「お願いがあります」
頭を上げて、しっかりとジーニャを見つめた。
「二度と現れるなとは言いません。死んでくれとも、言いません」
瑠璃の顔が歪み、涙が頬を伝い始めた。
「これ以上……優しく…しないで……」
ジーニャの目が見開かれた。
意外な言葉に、驚いている様だ。
瑠璃は、震える声で続ける。
「あんな事されたら……誰も、信じれなくなっちゃう……から…だから、私に、優しくしないで下さい」
最後にそうはっきりと言い、瑠璃はまた頭を下げた。
ジーニャは目を細め、優しげに瑠璃を見つめた。
そして、息を一つ吸って、嗜虐的な表情になる。
口を開いて、しっかりと言った。
「嫌です」
頭を下げていた瑠璃の肩がびくんと震え、それから……泣き声が聞こえてきた。
絶望にまみれた様な声を上げて泣く瑠璃に、ジーニャは嗜虐的な表情のまま近付き、そして、瑠璃をじっと見つめる。
「………ぅああぁぁぁぁあああああ」
瑠璃は気付いてもいない様子で、声を上げ続ける。
ジーニャは、蔑む様に瑠璃を見下ろしている。
他の誰も動かない中、ジーニャはゆっくりと瑠璃に手を伸ばした。
「その代わりに、一生優しいままでいてあげます」
瑠璃の体をゆっくりと起こし、優しく抱き締めた。
嗜虐的な笑みは消えていて、まるで怯える子供をあやす様な、そんな綺麗な顔をしていた。
瑠璃の表情が、はっとした様になる。
瑠璃は、泣きながら、恐々と、けれども希望を滲ませる声で、ジーニャに問いかける。
「ほ………ん…と……?」
ジーニャは瑠璃をしっかりと抱き締めながら、
「はい」
と言った。
瑠璃は安心した様に顔の表情を緩め、そしてふっと意識が切れた様に眠り始めた。
他の皆は険しい顔でジーニャを見ているが、優しく瑠璃を守る騎士の姿は、とても高潔に見えた。
ゑ24!終わり
第一期エピローグに続く
勇者が登場!
みたいな。
結局、主人公は何も出来ませんでした。
解決してくれたのは、そう、あの人ですね。
それでは、残すところエピローグのみです。




