ゑ18! 「闇と蛇と剣と月と光と骸と零と生と死」
「何で行かせたのよっ!!!」
思いっきり頬を張られた。
流石神と言うべきか、物凄い力で、軽く横に吹っ飛ぶ。
「あんたが…あんたが止められたでしょっ!何でっ!」
「やめろ、レリノア!」
テーベが声を出す。
目に涙を浮かべたレリノアは、俺を強く睨み付けている。
「今は、瑠璃が言った……仮苫が言った通り、ラムネスの【罰】を解除してもらうべきだ」
「私は良いわよ」
……!
何故、母さんがここに!?
「言ったでしょ、約束の四千年が過ぎるから召集されたんだって………私は、解除しても良いわよ」
「………ならっ、闇の【罰】だけでも、解除して下さいっ!」
レリノアがすがる様に頼み込んでいる。
母は厳しい顔をした。
「闇ならもう解除したわ………宇宙で、どちらの【罰】が有効か、知ってるかしら?」
「……闇、でしょっ?」
だが、母は首を振った。
「確かに闇の方が優先されがちね……だけど、決まってないのよ。だからこそ」
目が、鋭く細まった。
「闇なき今、光の【罰】、それも、地球より遥かに大きな【罰】がかかる」
「…!で、でも……月齢的には、まだアイヴンは夜だし!」
レリノアの言葉は、確かに正しい。
だが、
「月は、私の力の及ばない所。貴方の、つまり光の管轄なのよ…………だから、貴方の父親を説得して、【罰】を解除しないと、彼、間違いなく【罰】で終わるわ………………不死身であっても、二度と動けない程に」
それを聞いて、レリノアは涙を拭き、立ち上がる。
「父さん、来てっ!」
そう言いながら、右手の指で陣を描く。
すると、空中に光る陣が現れ、そして中から厳格そうな人物が出てきた。
「レリノア、一体何なんだ突然!」
「ラムネスのっ、【罰】を、今すぐ解除してっ!」
レリノアが凄い剣幕で光神に怒鳴る。
だが、光神は厳しく首を振った。
「ならん!四千年の追放はしたが、【罰】に期限をつけた覚えは無い!」
「なら!」
レリノアは、手に光の様な物を宿し、それを自らの顔に向けた。
「このままじゃラムネスが動けなくなっちゃう!それなら、私、死ぬから!」
死を覚悟した瞳で、迷い無く顔に近付ける。
「ま、待て、分かった!」
レリノアの手を止め、光神が言う。
光はレリノアの頬に少し擦り、たったそれだけで、レリノアの頬に大きく火傷の様な痕がついた。
光神は空いている方の手で空中に素早く印を描くと、レリノアの手の中の光を払い消した。
「【罰】はたった今消した!………レリノア、後でお仕置きがあるからな!……ちゃんと、生きてないと、お仕置きも受けられないんだ。分かったか?」
最後は言い諭す様に優しく、そういう光神は、良い父親の様に見えた。
だが、父親の顔をすぐに消し、厳しい表情でテーベを振り返った。
「……一体何の騒ぎだ、坊主」
ゑ
「シガイヤ、だと?」
「知ってるんですか!?」
驚いて聞き返すと、光神は眉を潜めながら言った。
「奴は、【シュバイツの森】に生きていた人間だ」
「人間?」
【シュバイツの森】に、人間が…?
「奴は、元は名の高い戦士だった。そしてある日、奴は【シュバイツの森】で恋に落ちた。一匹の、光の精霊に」
光神は、少しだけ懐かしそうに目を細めて、言う。
「わしの所に真っ先に来て、自分達の結婚を許してくれ、と言いおった。別にわしは、光の神ではあるが、シルビアの父ではないのにな」
そして、こちらを向いて言う。
「あのシガイヤが怒るとすれば、シルビアの事に相違無い」
シルビア…光の、精霊。
「闇は光を飲み込んだのかしら」
母が、淡々と言った言葉が、恐ろしい。
「生み出された闇ならば、光は通せど生かしはしない。それがただの闇ならば、光を通さず命も取らず、ね」
母が言うそれは、まるで意味は分からなかったが、とても重要な事の様に思えた。
テーベが、こちらを窺うようにしながら、母に声を掛けた。
「その事なんですが、闇よ。貴女のご子息である瑠璃は、恐らく闇を生み出す者とは少々異なるかと思います」
その言葉に母が目を鋭くした。
「……詳しい話は後で。今は、剣神と、私の長女が先です」
そうして、皆を見渡した。
「……ごめんなさいね、普通の人間は、全員ここに残って貰えるかしら」
その言葉に、皆が声を上げた。
「私たちだって、だいじょーぶです!」
秋川が、元気に。
「ラムネス君と、橘さんのお姉さんの為ですから」
縁野は、真っ直ぐに。
「俺だって、やるときはやるぜ!」
佐野は、震える声で。
「仲間のピンチに、すっこんでろっての?冗談よしてよ」
初嶺は、強気に。
「私は、行くわよ」
「美穂ちゃんは、俺が守る」
二人は、仲良く。
そして先生は―
「だめよ、あなた達」
「そんなっ…先生っ!」
秋川が言うが、紫野先生は首を振る。
「私が何の為に来たのか、分からない?言ったでしょ、あなた達を守るって」
そう言って、悔しそうに唇を噛む。
「…私じゃ、とても守れない。そんな場所に、あなた達を送れない」
「っ死ぬ覚悟なら、できてるよっ!守ってくれなくても、だいじょうぶだもん!」
秋川が、怒った様に言い返す。
バシッ
秋川の頬を、紫野先生がはたいた。
凄く、怒っている。
「死ぬ、覚悟、ですって……」
紫野先生の目に、涙が見えた。
「何があっても、必死で生き抜く覚悟を持ちなさいよっ!!!」
「……せん、せ」
秋川が、皆がはっとする。
「勝手に……勝手に死ぬんじゃないの…!……私が、責任もって、守るから…」
過去に、何かあったのだろうか。先生は、悔やむようにしている。
そして、先生は涙を拭いて、厳しく言った。
「私達には、余りにも危険な、辛い場所なのよ……だから、止めてくれた。そうでしょう?」
そう言って紫野先生は、母を見た。
「瑠璃、ほんとに良い先生に教えて貰っているのね」
母が、こちらに笑いかけてくる。
そして、申し訳なさそうに頷いた。
「えぇ、残念だけれど、あなた達を守るのも、厳しい場所なの。だから、ここに残ってちょうだい。………レリノア、貴女も」
「…そんな!っ何故ですかっ?月は私の家も有ります!家に帰るなって言うんですかっ!」
レリノアが食い下がるが、母は冷静に言った。
「なら、家から一歩も出ないでちょうだい。………今の貴女は、不安定よ。私達は月に行くのに、その月が死ねば、私達も無事ではすまなくなる」
「っでも、ラムネスがぁっ!」
母は、優しく目を細めた。
「私達が、絶対に助けるから、安心しなさい………貴女も、解呪の必要が無くなったのだから、ラムネスの傷を、家から癒してあげて、ね?」
レリノアはまだ何か言いたそうだったが、やがて頷いた。
「急ぐよ。あいつはもう着いてる筈だ」
テーベが言う。
「行こうか、月へ」
そして、レリノアの陣で月へと向かった。
着いたのはやはり一瞬で、前とは違い、レリノアは誰が乗ろうとずっと泣いていた。
Σ
「おや、珍しい。久し振りの【居住区】ですね」
白柱が居住区の入口である部屋にいると、一人の男が入ってきた。
「名前は、何と言いますか?」
男は、白柱の前に跪き、頭を垂れた。
「シガイヤと申します。そちらは、白柱の御方と存じています。………つかぬことをお聞きしますが…」
再び上げられた顔は、復讐の色に満ちていた。
「ここに、闇の蛇はいらっしゃらないでしょうか」
その名を聞いて、表情には出さずに少し驚く。
あの子が誰かに恨まれるとは、到底思えない。だが、彼の顔に浮かんでいる表情は、ただ事ではない。
さて、どう答えたものかと刹那で考えを巡らした時、
「私、です」
後ろから、紛れもない葵の声が聞こえた。
振り返ると、葵と、そして………
「黒柱、何故貴方が彼女と……?」
葵は、まだまだ許せる状態ではなかった筈だ。
「お前が、闇の、蛇、だと……?」
シガイヤの掠れた声で、はっとする。
「シガイヤ、何が有ったかは存じませんが、彼女は貴方の追う相手とは違うと思いますよ……彼女は、自らに責を科す人ですから、仮に彼女が原因だとしても、事情が有ったのは間違いないです」
「いいえ」
葵は、首を振る。
「私はそんなに良いものじゃないです。……初めの内は、加減が分からずに何人も傷付けてしまったし、それでも何も思わなかった。……それに」
そして、震える声で、葵は言う。
「黒柱から聞いた……貴方の大切な人を、私は奪ってしまった……私は、瑠璃を殺され、復讐をしようとして、そして……」
葵の目から、涙が零れた。
「私もまた、大切な人を奪ってしまった………」
シガイヤは、動かない。
「瑠璃に、怒られちゃうな……これじゃ、二度と顔向けなんて出来ない。だから…」
葵は、嘆願する様に、シガイヤを見つめた。
「私を、殺して…」
だが、シガイヤは動かない。
やがて、シガイヤは口を開いた。
「女だとは、しかも子供だとは思わなかった……それでは、斬れない」
そう言って、上を向く。
「シルビア、すまない。君の敵は、君が斬るなと言ってた物だ。どうか、許してくれ……」
「そんな……!殺して、下さいっ!」
葵は、地面に頭をつける。
だが、シガイヤは言った。
「私は愛する人を失った。その気持ちが分かるのならば、」
葵に背を向ける。
「罪を背負って、生きていけ」
そう言って、シガイヤは来た扉から出ようとする。
「待て、戦士」
赤柱が、いつの間に居たのか、シガイヤを呼び止めた。
「お前は、誰から闇がシルビアを殺したと聞いた」
無表情ながら、恐ろしい程の真剣さが伝わってくる。
「仮苫」
シガイヤは言いながら、部屋を出ていく。
「仮苫、零徒ですよ」
Σ
「舞台が整った……美奈、待っててね、すぐに生き返らせるから……」
仮苫は、アイヴンを見つめ、言った。
「神が1.2.3……蛇神四柱も合わせて八人か……」
仮苫は、目を細めて、アイヴンを見透かすようにした。
「闇の蛇が三匹、ね………月の女神が見えないが…まぁ、問題ない」
そして、手に不思議な道具を持つ。
針の様に細い木が、立方体に幾つも組み合わさって出来ているそれ。紋様が、召喚陣の様で、だがそれよりも複雑な陣である事が一目で分かる。
「【桐枝画の箱】…望む願いに相当する代償を払えば、どんな願いも叶う…恐ろしい箱だな」
呟き、しげしげと箱を眺めた。
「お前も、そう思うだろう?」
「いいえ…寧ろ、美しいとすら、思いますがねぇ」
仮苫が語りかけた人物は、まるで誰かの死を心から祝福する様な、笑みを浮かべた。
ゑ18!終わり
ゑ19!に続く




