ゑ14! 「海外旅行は確かに人生経験を豊かにし」
Σ
「……へぇー、そうなんだ!……で…」
「…そうか。良かったな。」
「全く、貴方と言う人は…ほんとに……」
話し声が聞こえる。
暗い森では珍しく、人の声帯から発せられた声だ。
葵は闇に溶けていた。
眠っていたのだが、話し声で目が覚めたのだ。
会話に集中してみる。
話しているのは四人組だ。
赤と青と白と……そして、黒。
話しているのは、他愛も無いこと。
そう思っていた。
「……そう言えば、少し前に、ここで人間を味見したな」
………………。
……………………。
「何ですって!?まさか、殺したりしてないでしょうね!?」
「いや、人にしては神と蛇の混ざった不味い味で、思わず毒を入れてしまった」
………………。
……………………。
「……黒、貴方がしたのは、どういう事か分かっていますか………」
「何、赤が気まぐれを起こして魂を救ったからな。問題有るまい」
………………。
……………………。
「大有りです!……そもそも、何で味見なんかしようと思ったんですか!」
「いや何、余りに悲惨な顔をしていたからな、旨そうだと思っただけだ。それに、あそこまで悲惨な顔なら……」
………、
「あの人間も、死ねて幸せだろうよ」
【っっっっっああああああああ!!!!!】
見つけた。
駄目だ。きっとまだ勝てない。
止まらない。
闇が濃い。暗く、また暗く、もっと暗く。
闇を集めて体を成し、黒髪を襲う。
時が止まった錯覚を覚える。
熊を貫いた時とは比べ物にならない程の闇で、力で、握られた拳を、相手の顔に伸ばす。
気付いた様子もなく、体はピクリとも動かない。
殺れる。
拳が、相手に触れそうになった瞬間。
漆黒の瞳が、こちらを向いた。
「遅いな。小娘」
後ろに、回られている…?
いつだ。
腕は空を切り、気付けば、四人に回りを囲まれていた。
白が口を開く。
「突然の襲撃とは穏やかではない………一体、何の御用でしょうか?」
耳に入らない。
体の中の、蛇が蠢く。
何だ。
体が、痛い。
全身が、無理矢理この肉体にもっと大きな何かを詰め込んでいる様で、物凄く痛い。蛇が、騒ぐ。
唐突に、理解した。
私は、この体を捨てた方が、強いのだ。
もっと自分の本質の形。
それは、瑠璃を殺したこいつと同じ。
「答えて貰えますか………落ち着け、と言っても聞こえていないようですね…」
駄目だ。
人の形じゃ、勝てない。
瑠璃に、二度と顔向け出来ない。
瑠璃の為。
体が、闇に戻るのを感じる。
「おや、もしや、群青様の御子様でしたか………まさか、貴方の弟が、殺された人間、ですか……?」
そして闇は、一つにまとまり、蛇の形を成した。
「おやおや、更に穏やかではない………全く、黒、貴方という人は……この様子では、謝っても許してはくれないでしょうね」
黒髪が鼻で笑う。
「謝る?冗談言うな。殺すに決まってるだろう」
そう言い、黒髪の輪郭が歪む。
「それは為りません」
白も同じ様に体を歪ませ、次の瞬間、赤と青を残し、三匹の蛇がそこに現れた。
一匹は、艶の有る漆黒の蛇。
一匹は、光を放つ純白の蛇。
そして二匹よりも少し大きめの蛇は、光の反射すらない完璧な闇色をしていた。
そして、闇色の蛇の姿が掻き消えた。
次の瞬間には、漆黒の蛇は場所を動いており、そして退いた場所には、闇色の巨躯が横たわっている。
「あーれぇー?黒、ちょっとまずくない?」
青がからかう様に言う間にも、漆黒と闇色は次々に場所を変える。
そのペースは徐々に上がっていき、遂には二つ、三つと残像が出来て見える迄になった。
そして。
【ちっ……】
漆黒の蛇に、傷が出来る。
傷は増えていき、段々と捉えられ始めている様だ。
【……力を抑え過ぎたか…】
呟きと同時に、漆黒の蛇が少し大きさを増した。
それだけ。
たったそれだけの事で。
一瞬で形成が逆転した。
大きさを増した直後には、人の姿に戻った葵を、漆黒の蛇が牙で優しくくわえていた。
少しでも力が入れば、間違いなく牙が突き刺さる。
だが、それでも。
「っ許さない、許さない許さない許さないっ!」
葵は止まらなかった。
牙を、拳で叩く。
牙はびくともせず、葵の手の皮が裂けた。
だが、止まらない。
分からない。
誰の為?
大切な人。
復讐。
勝てない。
悔しい。
【落ち着くのを待つより、落ち着かせてしまいますか】
純白の蛇の言葉と同時に、葵の意識は、途切れた。
ゑ
「ここだよ」
テーベが案内したのは、………秋川の家だった。
秋川が、首を傾げる。
「えー、うちにはないとおもうよー?」
そして、それだけでは足りないと気付いたのか、付け足す。
「だってー、まほーなんてどこにもみえないもーん!」
あ、確か秋川はジーニャに力を貰ったんだったな。
ちなみに清水は、子犬ほどの大きさになって、俺の胸ポケットに収まっている。
………可愛いーなぁ。
ヤバい、何度見ても可愛い。
狼は怖いけど、……うぅ、毎晩一緒に眠りたいくらいだ……。
「まぁ、見えないだろうね」
テーベがさも当然と言うように頷く。
「だって、ここは魔法なんて使ってないからさ」
……………………?
「要するに、初めから結界が張ってないんだ」
……て事は、
「そんなんで向こうから化物共は来ないのかい?」
有沢が静かに問いかける。
そうだ。結界が無いなら、怪物が来るのでは?
「いや、問題ない」
テーベは真っ直ぐ上を指差した。
「だって、それはこっから300mくらいの高さにあるんだから、探しようも、入りようもないよ」
そして、付け加える様に言った。
「……それに、入口はミーナと僕の家だから、その…………まぁ、怪物は来れない」
……ミーナは確か、奥さんの名前だっけ。
すると、初嶺が率直な疑問をぶつけた。
「どうやってそこまで登んだよ?」
テーベは突然両手を広げ、その場でくるりと一回転した。
直後、俺達全員をあの時の召喚陣の様な円が取り囲み、線と線が縁から延びて、複雑な模様を描いていった。
「まぁ、イルミネーションよりスッゴい良いじゃない!」
紫野先生がそう呟く。
……今は夏なんだけどな………まぁ、良いけどさ。
そして陣が完成し、俺達は静かに地面から浮かび上がった。
「お、落ちたり、しないです、よね…」
縁野が不安そうに言うと、初嶺が縁野を抱き締めて頭を撫でてやっていた。
…端から見るとあんな感じなのか……俺、ずっとあんな感じだったのか………。
滅茶苦茶守られてます!
「ああそうだ。古島、佐野、それと、葉山先生」
テーベが思い出した様に付け加えた。
「僕のミーナと目を合わせたら、【シュバイツの森】に捨ててくるからそのつもりで」
「目を合わせるのも駄目なのっ!?ちょっとそれ、過保護過ぎない……?」
紫野先生が騒いだが、古島は鼻で笑った。
「何、俺の目には美穂ちゃんしか見えないさ。……愛してるよ、美穂ちゃん」
有沢が頬を真っ赤にして、
「も、もぅ……突き落としちゃうぞ♪」
「有沢それはまずいって!」
端の方にいた古島に、言葉通りに伸びていた手を、ギリギリで止める。
「良いよ」
「は?」
頭大丈夫かこいつ。
だが、古島は真剣な顔をしている。
「美穂ちゃんになら、殺されたって良い」
…こいつこんなキャラだっけ?
有沢は目を見開き、少し逡巡した様だが、驚くべき事に古島に抱き着いた。
「きゃ、出来立てほやほやの恋人同士?……私達も抱き合お、テーベ」
いつの間にか着いていたのか、突然の声に有沢が弾かれたように古島から離れた。
空中にぽっかりと空いた穴には、庭が広がっていて、その庭の真ん中で、テーベと女神が抱き合っていた。……テーベの移動、早くないか!?さっきまで俺の隣にいたのに………。
なるほど、確かに可愛い、いや、どちらかと言えば美しい。
俺達は庭に足を踏み入れ、その広さに驚いた。
「一光年はありそーなんだよ!」
ねーよ!地球より遥かにでかいじゃねーか!
「…ここも空中なのか……?」
さっきの300mは、そこまで高くはなく、雲は頭上の遥かにあった。
だが、ここは雲は一つとして見えない。まさかと思うが、雲の上なのだろうか。
「分かってはいると思うけど、ここは雲の上だよ」
……一瞬心を読まれたかと思った。
だが、テーベは誰に言ったというよりは、当たり前の事をただ言っただけ、という感じだ。
「じゃあ、皆も取り敢えず上がってよ」
ミーナはそう言うと、広い庭とは対照的な一軒家(ただし、けして安っぽくは無い。むしろ、色合いや何かは、そこらの豪邸より遥かに良かった)に入っていった。
こうして、俺達の夏休みは幕を開けたのだった。
Σ
場所は、蛇神四柱の棲む場所、アイヴン。
「殺す事はなりません。何度も言っているでしょう」
白がそう言い、ぐったりした葵を体で守るように立っていた。
「殺さないと危険だ。理由も言わずに襲いかかってくるのは、お前の嫌いな<悪>では無いのか?」
黒がそう言うと、白は首を振った。
「私が嫌っているのは、魂が穢れている様な外道だけですよ。少なくとも、この方は違うでしょう」
そう言うと、葵の方を向いて、その体を優しく抱き上げる。
「とにかく、この方には傷一つ付けないで下さい。私の部屋に寝かせておきます」
その言葉と共に、静かに歩き出した。
「全く…度が過ぎた聖人は只の愚か者だな」
「黒だって、年寄りと子供には甘いじゃーん?あれは愚か者って言わないの~?」
青がからかうと、黒は何も言わずに姿を消した。
「ねぇ、赤、どう思う?」
「何がだ」
青は少し目を細めて、長い廊下の向こうを歩く白柱と、その腕の中の葵を見た。
「あの子、あのままじゃあ危険だ。力に振り回されて、世界を滅ぼしかねない」
「そうか。その時は止めれば良いだろう」
赤の言葉に、青は呆れたように声を上げる。
「あのさぁ、もっとあの子の立場に立ってあげなよ…世界を危険に立たせたという業は、罪は、ちょっと重すぎる」
「…確かに、あの娘は自らに重く責を課すようだからな」
「だろう?だからさ…」
そこで青は悪戯を仲間に打ち明ける子供のように、声を潜めた。
「あの子、僕達が助けてあげない?」
「助ける?」
青の瞳は悪戯っぽい表情の中で、とても真剣な色を帯びていた。
「あの子の罪を、僕達で償わせようって言ってるんだよ」
ゑ14!終わり
ゑ15!に続く
青さんマジイケメン!
やばい、蛇神四柱サイコー!!




