第7章
隆介は無性に順子に逢いたかった。
謝ったり、別れを惜しんだりの感傷からではない。
第一、順子を騙したことなど一度もない。
「俺は、自分のことにしか興味を持たない冷たい人間だから、それがお前の負担になるようだったら別れよう」と、いつも順子に言ってきた。
順子も自己責任で、俺の勝手を受け入れてくれたと思っている。
順子の透き通るような白い肌と、その肌を這う血管から滲み出す郷愁を誘うような甘い香り・・・俺は、それをこよなく愛し、同時に嫌悪した。
だが、今ようやく、俺が何者で、なぜ順子という一人の女が俺の人生に執拗に関わり続けたのか・・・謎を解く糸口が見えてきた。
隆介は、父の良介を心底、軽蔑していた。
だから、母の残した半分に破られた写真に、ずっとこだわり続けた。
「俺には、父と違う別の血が流れている」・・・いつの頃からか、そう確信するようになっていた。
頭の中で、若かりし日の母が顔の分からない相手と幸せそうに手をつないだ写真と、民団の代表と母との劇的な対面シ−ンが重なってくる。
多分、あの時、母の目には涙が宿っていたように思う。
相手の男も、こぶしを握り締めて微動だにせず、尋常じゃなかった。
人生の総括という意味でも、真相を解明する必要があった。
そして今日、金に糸目をつけずに興信所に調べさせた結果があがってきた。
俺の父は、おそらく高い確率で、韓 泰栄だろう。
在日韓国人の間では、リ−ダ−的存在として有名な人だったらしい。
手広く精肉業を営み、その金と影響力をバックに同胞の経済的自立を支援し、政治的にも相当ラディカルに動いていたらしい。
母との接点は定かではないが、ふたつの家族が住んでいた場所が、とても近接していた一時期がある。
何かのきっかけで恋仲になった二人は、当時の人種差別の因襲の下、無理やり引き裂かれ、事実を隠蔽するために別々の人生を強要されたのではなかろうか?・・・
そして、身ごもった母を、有無を言わせる間もなく凡庸な父の元に嫁がせ、夫婦の第一子として俺がうまれた・・・
そんな稚拙な筋書きがでっち上げられただろうことは、想像に難くない。
でなければ、実業家で富裕だった母の実家が、貧しい官吏の家へ娘を嫁がせるなんてことはありえない。
そして、それが真実であればこそ、その後の母の父への徹底した忍従が、懺悔の証だったと納得できるというもんだ。
いずれにせよ、古い話で詳細は憶測の域を出ないけれども、これで俺には、他に兄弟がいたことが、ほぼ確実になった。
韓 泰栄には、妻との間に二男二女がいて、長男は韓 泰俊といった。
かつて、順子の内縁の夫だった男だ。
店で、2・3度見かけたことがあるが、口は笑っていても眼は鋭く、あいつの横を通る時、やけにテンションが上がったのを覚えている。
あいつが、俺の腹違いの弟とはな・・・
順子は何というだろう?
あいつと俺が似ている・・・などと言うのだろうか?
隆介は、ふっ〜と小さく息をして、疲れた目を閉じた。