第3章
順子は、在日韓国人が集まって住む大阪の下町で生まれた。
祖父母は、在日1世で、戦争や言葉で大変な苦労をしたというが、父母は、日本で教育を受け、流暢に日本語を話した。
夫婦で焼き肉店を切り盛りし、父は、民団の支部団長も務め、店には、その関係の人も頻繁に出入りして繁盛していた。
順子は、2人の兄弟と店を手伝いながら、府立高校の定時制に通った。
そして、その高校の全日制の1年先輩には隆介が在籍していた。
テニス部の昼・夜間部合同の親睦会で二人は出会った。
キリッとした端正な美貌の順子に、隆介は一目ぼれだった。
順子も、部員を束ねるリ−ダ−としての資質に秀でた隆介に、強く惹かれた。
そして、二人に『太陽の季節』が始まった。
2年後、成績のよい隆介は、東京の有名私大に現役合格し、順子もその1年後、隆介を追って上京した。
昼はデパ−トの化粧品売り場で働き、夕方、買い物袋を下げて、足しげく隆介のもとを訪れては、まめまめしく世話を焼く順子だった。
口には出さないまでも、将来を誓い合った仲だと、順子は信じていた。
やがて、隆介が商社に就職し、出張や接待ですれ違いが重なり始め、ふたりの関係は微妙に変化していった。
そして、ある日、唐突に「順子、オレ、結婚するワ。何も言わんと行かせて欲しい」と、隆介から電話があった。
「やっぱり・・」
漠然とした不安が、突然、現実となった衝撃で、順子は言葉が出なかった。
だけど、順子は、去っていく男を追いかけたりするほど不毛なことはないと知っていた。
「終りだわ・・・」
潔く観念しようと心に決めた。
在日ゆえに、世間から差別されたり裏切られたりする、血と涙の理不尽な世界に長く身を置いてきた。
だから、どんな辛いことにも必ず終りがあるということを、身をもって知っていた。
3日3晩泣き明かした後、順子は、ふっきれたように夜の街へ羽ばたいていった。
さなぎから脱皮した蝶は、ネオンが織り成す華麗な銀座の世界へと飛び立っていったのだった。