第12章
それにしても、あの順子という女には驚いた。
隆介の遺書を持ってやってきて、いきなり「昇平と隆介さんがどういう関係かということとは別に、純粋に私に投資していただけないでしょうか? 決して損はさせません」と言ったのだ。
そして「5000万円の遺贈分とは別に、北新地に店をもたせて下さい」だって?
“法外もいいとこだ”・・・悦子はあきれた。
しかし、順子は、そんな悦子を見透かしたように言った。
「ご挨拶がわりです。何かのお役に立つようでしたらお使い下さい」
そして、中井とのやり取りを収めたレコーダーを差し出した。
“確か、銀座のクラブで働いていたと聞いていたけれど、結構やるわね”
順子のしたたかさに、悦子は舌を巻いていた。
政治的な触覚と相手のニーズを探し出す嗅覚は、並じゃない。
度胸もすわっている。
“あの女に出資してみようか・・”
悦子は、順子に不思議な親近感を抱き始めていた。
『彼女なら、店に来た議員連中や地元の経営者たちから、旬な情報をうまくすくい上げてくるだろう。
それに、私には子供がいない。隆介の甥だという昇平とやらいう子も、意外なところで役に立つかもしれない・・・』
魑魅魍魎が闊歩する政治の世界では、いざという時、手元のカードが多い方が有利なのだ。
「タンスの引き出しは、多いほどいい・・・」
悦子は、田口に電話すると、北新地のクラブの掘り出し物件を探すように指示した。
・・・・・
順子が、北新地に『モナミ』をオープンして1年が過ぎた。
昇平は実家に預けて、それまでのマンションを引き払い、店から徒歩圏内の2DKで一人暮らしている。
人からは「子供と離れて暮らすのは辛いでしょう?」と同情されるが、順子は、それは少し違うと思っていた。
確かに、母性本能というのは存在するのだろうが、それは条件が整った環境の下での話だ。
苛酷な状況に暮らせば、母性本能を呼び覚ますスイッチさえも入らず、子供を虐待したり、自身が精神の疾患に病んだりする。
順子は、仕事柄、そういう事例を沢山目の当たりにしてきた。
だから、昇平と自分のために、別れて暮らす道を選んだのだった。
それに、水商売の女で一生を終わりたくなかった。
そのためには、時間を惜しんで働いて、お金と力を蓄えなければならない。
自分のビルを持って、そのテナントに多様な美容関連の店を入れて、そこに出向けば、エステからパーマ、岩盤浴からフィットネスまで、日帰りでフルに楽しんで綺麗になってもられるアミューズメント施設をつくりたかった。