第11章
悦子は、隆介の葬儀を終えて、疲れてはいたがホッとしていた。
点滴は余分な演出だったかもしれないが、将来的には“けなげな妻”という印象を周囲に記憶させるのに役立ったと思う。
・・『自身も病を抱え、夫の死に打ちしがれる妻。しかし、夫亡き後は、気持ちを奮い立たせて真正面から病と向き合い、克服。その後は、亡夫の遺志を継ぐべく政界に進出し、自己の移植体験をもとに臓器移植法案の改正に尽力。そして・・・』
・・悦子の自画像パズルは、ワンピ−スづつ着実に埋められ、やがて達成感と共に完成する予定だった。
ところが、このところ、産業廃棄物処理施設の設置許可を巡り、地検が動き出した模様で、業者や役所に事情聴取が入り始めた。
悦子は、この件に、隆介を含めて数名の議員が関与していたことを知っている。
だが、こういったケ−スでは、摘発されて衆目に晒されるのは氷山の一角だけなのだ。
大抵、一番弱い者がスケ−プゴ−トに仕立てられ、全貌は解明されないまま“悪人ほどよく笑う”の図式で終わる。
今回の場合は、もはや物言わぬ隆介に、全ての罪がきせられることになるだろう。
しかし、隆介の栄光の失墜は、悦子の次なるシナリオにとって大きなダメ−ジだ。
隆介は、若く、一途に闘った、栄えある政治家でなければならない。
「いよいよ、中井を使う時がきた・・・」
中井名義の通帳が、銀行の貸し金庫に入っている。
贈賄側からの入金、他の議員の便宜に対する謝礼等が、漏らさず記載されている。
実際の金のやりとりに関与したのは、以前に秘書だった田口だったが、彼は既に多大な報酬と共に手を引いていた。
「私設秘書というのは、詰まるところ、政治家の緊急時の盾として存在する」と、隆介はいつも言っていた。
だとしたら、中井には、今こそ、その職責を果たしてもらわなければならない。
“隆介の遺産の問題に関しても、何や画策していたようだし、どうも胡散臭い
。それに、自分が隆介の地盤を継ごうなんて、思い上がりもはなはだしい。
ともあれ、例の通帳から少し、金を引き出して中井に与えてみよう。迅速に着服の事実を積ませていかないと、時間切れになってしまう・・・”
悦子の頭の中で、非常ランプが点滅し始めた。