第10章
隆介の葬儀は盛大なものだった。
沢山の政財界関係者・支援者が次々と訪れ、腕章をした地方版担当の新聞記者やカメラマンが行き交った。
悦子は、点滴チュ−ブをつけたまま、丁重に参列者に応対して『気丈な未亡人』と人々の同情を集めていた。
順子は、人目につかぬように手早く記帳を済まし、うつむき加減に歩き出したところで、背後から声をかけられた。
「失礼ですが、先程お名前を拝見いたしましたが、香川順子さんでらっしゃいますね?」
「はい」とうなずくと、男は「私は以前、先生の秘書をしておりました田口と申します。先生から生前、香川様に直接手渡しするようにと書状を預かっておりました」と言って、一通の封書を差し出した。
順子は、それが隆介の遺書だと見てとると、丁寧に御礼を言って手紙を受け取った。そして、焼香を済ませると、電車を乗り継いで、遠い昔、隆介とよくデ−トした川沿いの公園を訪れた。
肌を刺すような日差しと、暑さを煽るような蝉の鳴き声とで、順子は眩暈がしそうだったが、ペットボトルのお茶を一口飲み深呼吸をした後、手紙を読み始めた。
…・・・・・・・・・・・・・・・・
順子へ
君が、この手紙を読む頃には、当然のことながら、僕はこの世にいない。
あの世があればいいのだけれど、こればかりは死んでみないとわからない。
行き場所があるのかどうか、少し不安だよ。
生きている間、君には本当に世話になった。
今更、弁解するつもりはないが、君は僕のせいで、随分と悲しんだり苦しんだりしたんだろうと思う。
どうか、許して欲しい。
君の前では、僕は赤子のように無防備でいれた。
君は、僕が無理を言って怒らせても、最後はいつも許してくれた。
僕は、そんな君に甘えているうちに、それが当然だと慢心して、ますます君に多くの犠牲を強いた。
どんなに君が傷ついていたか・・・なんて考えずにね。
とんだ、わがまま坊主だった。
実際、僕は強く生きたいと思ってガムシャラに突っ走っていた頃、目的のためには手段を選ばなかった。
ささやかな幸せを望む内なる声に耳をふさいで、君を容赦なく切り捨てた。
だけど、僕の魂は、いつも孤独地獄でのたうちまわってた。ずっと、ヒリヒリするくらい寂しかったんだ。
病気になって、いよいよ死が近づいてくるのがわかるようになって初めて、君を手放したことを後悔した。
本当に、僕ってバカだよな。
結局、僕という男は、君にとって害悪以外の何ものでもなかったけれど、最後に少しだけ、償いの気持ちをこめて、君の将来に経済的な援助をさせてもらえればと思う。
詳しくは、弁護士の先生に預けてあるから、それに従って欲しい。
それから、今後の君の人生について、もしアドバイスが必要なら、中井よりも悦子に相談したまえ。
中井などよりあいつの方が、ずっと君の役に立つはずだ。
それと、終幕を飾るハッピ−なニュ−スをひとつ、残していきたい。
君の前のご亭主だった韓 泰俊は、僕の腹違いの弟らしい。
とすれば、昇平君は僕の甥ということになる。
信じられないって?
僕も始めはそうだった。
でも、僕と君は、そういう見えない糸で、ずっと結ばれていたのかもしれない。
さぁ、もうそろそろ喋りすぎて限界だ。
では、君のこれからの人生に幸多かれと祈っている。
石山 隆介
追伸
これは余談になるが、僕は、非閉塞性無精子症という病気で、医者から「奇跡でも起こらない限り、子供はできない」と言われていたんだ。
だから、昇平君と僕が、君を介して同じ血を共有していると知って飛び上がるほど嬉しかったよ。
君の手で、りっぱに育ててやってくれ。
では、順子、今度は本当に お別れだ・・・・