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第1章

石山隆介は、ようやく痛みから解放され、深い脱力感の中、虚ろな眼差しで窓の外を見遣った。


「新緑の季節は、これで見納めだな」・・・。

諦観しているつもりでも、胸に迫り来るものがあった。



海を見下ろす高台のホスピスに入って2週間になる。

わずかの間に、入所時に顔見知りになったうちの2人が旅立っていった。


「順番にだんだんいなくなるわね。でも怖がらないで。死ぬことは終りじゃないのよ。」

検査でストレッチャ−に横たわっている時、すれ違いざまに車椅子の女が言った。


「自分ひとり、達観した気でいやがる」


・・そういうわかったようなことを人前で口にする奴を、昔からずっと軽蔑していた。



病院にいた頃は、日に十数組の来客があり、花もふんだんに飾られていて賑やかだった。

秘書の中井に仕事の指示を与えたり、議員仲間から相談をもちかけられたり、実際に動くことはできない身ではあったが、必要とされる充足感があった。

しかし、ここに来てからは、訪れる見舞い客もめっきり減った。



来てくれたところで、応対する元気もなくなっているのだが、それでも訪ねてくれる人が減るというのは、見捨てられたような気がして、自分で決めたこととはいえ辛いものがある。


振り返る今までの人生で、ここまでの寂しさを味わったことはなかった。


グッと瞼を閉じると、目から伝い落ちた涙が耳のくぼみに溜まって、顔を動かすと耳の奥にツーと生暖かいものが流れ込んできた。



隆介は、末期のすい臓ガンを患っている。既に「余命は長くて3ヶ月」と宣告されていた。


ここに入った時点で、社会的には死んだもの・・・と見なされるのかもしれない。

金で命が買えるのなら、ブルド−ザ−で何台分でも掻き集めてきてやるのだが、如何せん、もはや手遅れだ。

今の自分には、金なんて紙くず同然。何の役にも立たない。



ここは、完全看護で付き添いは不要だが、本来ならば、そばでかいがいしく世話を焼いてくれるはずの連れ合いも、他の病院に入院している。


妻といえば聞こえはいいが、我々の間には、世間でいうところの“夫婦の絆”とか“夫婦の情愛”なぞというものは、とうに・・・というか、そもそも初めから介在していない。


お互いが計算ずくの思惑があって一緒になっただけで、当初から、愛とか責任とか、気の滅入るようなものをしょいこんで歩く気はサラサラなかった。


互いに2度目の結婚だったし、子供も持たなかったから、実質的には独身と同じ自由な生活が続けられた。

わざわざ入籍したことの利点は、相手が所有するものを、相互に公然と有効利用できるということだった。


つまりは、俺の社会的名声と、あいつの金・・・。

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