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断頭台で冤罪処刑されるはずが、能力《チェンジ!》で王国をひっくり返しました

作者: 御厨そら
掲載日:2026/07/07

「シルヴィア、お前はルフィナ嬢と僕の仲を疑い、数々の悪意をルフィナに向けたな! さらに毒殺を企むとは何たることか!」


 シルヴィアは婚約パーティーの席で、婚約者であるアロルド第一王子から罵詈雑言を浴びせられていた。


 このパーティーで王族や高位貴族たちの前で行われるはずだった、シルヴィアとアロルド第一王子との婚約発表。

 しかし、会場の風向きが一気に変わった。


 シルヴィアは、貴族の男に支えられているルフィナに視線を向けた。顔面は蒼白で、髪の毛も乱れた状態。いかにも苦しんだ様子を見せている。


 ルフィナはシルヴィアを鋭く睨みつけた。


「私はシルヴィア様に差し出されたワインを飲んで、喉が焼けそうな痛みを感じました。慌ててバルコニーで吐いたのです。シルヴィア様は以前から私にさまざまな嫌がらせをしていました。……もう我慢の限界です!」


 その言葉を聞いたシルヴィアは、自分はそんなことはしていないと、周囲に同意を求める視線を送る。


 だが周りはシルヴィアに対して、侮蔑と憎しみの混ざり合った冷たい眼差しを向けていた。

 これは以前からルフィナ嬢が裏で根回しをして、シルヴィアに対する悪い噂を広めていた結果だった。


「シルヴィア、婚約は破棄する! お前は投獄だ!!」


 シルヴィアは即座に衛兵に両脇を固められ、両腕を掴まれた。


「私は何もしていません! これはルフィナ嬢の虚言です」


「ええい、言うな。これまではその美貌に目がくらんでいたが、今はそなたの心根の醜さに嫌悪を抱くばかりだ。あの優しいルフィナ嬢を陰でいじめるばかりか、殺害まで企てるとは尋常ではない。この始末は必ずつける!」


 シルヴィアは衛兵に挟まれるようにして、パーティー会場を後にした。行き先は、薄暗い地下牢だった。



**********



 アロルドがシルヴィア嬢の噂を初めて耳にしたのは、一年前のことだった。


 今、王国で一番の美少女だと評判の人物がいる、と。


 アロルド第一王子は高を括った。美人なら王国にいくらでもいる。どうせ大したことのない女だろう、と。


 ある日、アロルドは貴族学校の校門を出た制服姿のシルヴィアを、馬車の中から盗み見た。

 衝撃だった。顎が外れんばかりの美人だったのだ。


「まるでこの世のものとは思えない。女神のような存在じゃないか!」

 アロルドは馬車の中で笑い転げた。


「あの女は俺のものだ。手に入れて思う存分楽しませてもらうぞ、ガハハハ」



 アロルドの行動は早かった。

 すぐにシルヴィアの父であるエルミーニ伯爵のもとを訪れた。

 アロルドはエルミーニ伯爵に「素晴らしい娘さんです。ぜひ結婚を前提にお付き合いしたい」と懇願した。


 シルヴィアは、それまで面識のなかったアロルド第一王子からの突然の交際申し込みに困惑した。


 初めて対面したとき、アロルドはその三白眼で、彼女のドレス姿を上から下までなめ回すように見てきた。

 特に胸元へ向けられる視線は、ひどく気持ち悪かった。


 そもそもシルヴィアにとって、猪首でお腹の出た男は好みのタイプではない。

 アロルド第一王子が屋敷から帰ったあと、父に断ってもらおうとしたが、返ってきたのは「結婚しなさい!」の一言だった。


 シルヴィアの父母は、巨額の持参金と王族になれるという事実にすっかり舞い上がっていた。


 シルヴィアは、両親が実の娘を出世の道具としか見ていないことに深く落胆した。

 しかし、喜びはしゃぐ両親を見て、どうしても首を横に振ることはできなかった。


 その後、アロルド第一王子と何度かデートを重ねた。


 三回目のデートの際、身体を求められた。当然、きっぱりと断った。するとアロルドの眉間に深い皺が刻まれた。

 下から見上げるような目つきは不気味そのものだった。


「顔色が悪いですわ。大丈夫ですか?」

 シルヴィアの言葉に、アロルド第一王子はそっぽを向いて肩をワナワナ震わせた。



 その後、アロルド第一王子がルフィナ嬢と頻繁に密会しているという噂が風の便りに聞こえてきた。

 シルヴィアはあえて無視した。むしろ、このまま婚約が破談になればいいとひそかに願っていた。


 そして今回の婚約発表パーティーで、シルヴィアは身に覚えのない悪役令嬢のそしりを受け、地下牢へと投獄されたのだった。



     ◇



「死刑。断頭台送りにする」


 地下牢にやって来たアロルド第一王子が言い放った。


「シルヴィア、お前は俺に恥をかかせた。そんな奴は生かしておけない」

 アロルドは嗜虐的な目つきでシルヴィアを見下ろした。


 彼の背後では、ルフィナが勝ち誇ったようにほくそ笑んでいる。


「ところで……お前、なんでそんなに元気そうなんだ? ここ一ヶ月、この薄汚い場所でろくなものを食っていないはずなのに、肌艶はいいし、髪もベトついてなくてサラサラじゃないか」

 アロルド第一王子が目を細めた。疑心暗鬼の眼差しだった。


 シルヴィアは正式な裁判も開かれぬまま一ヶ月間、薄暗い地下牢に幽閉されていた。


「さー、どうしてでしょうね。ここの環境がいいからじゃないかしら」


 シルヴィアの返答に馬鹿にされたと感じたのか、アロルド第一王子は鼻に皺を寄せた。小さな目がさらに細められる。


「お前の処分は決まった。明後日に断頭台送りだ。国民の目にその無様な姿をさらすがいい」


「そうよ、私を毒殺しようとした結果をつぐなってもらうわ」

 アロルド第一王子の背後にいたルフィナ嬢が一歩前に出た。


「毒殺? 私はあなたに感謝しているのよ。私にしつこくまとわりつく王子を引き離してくれたから。そもそもアロルド第一王子はタイプじゃないの。身を任せるなんて考えただけでも鳥肌が立ったわ」


「なんですって!」

 ルフィナは上品な仮面を剥ぎ取った。激昂し、猿のように顔を真っ赤にする。


「……婚約解消して正解だったな。シルヴィア、お前と何度デートしてもその冷たい氷のような心は溶けなかった。その美貌に惹かれて婚約したのが間違いだった。ルフィナはお前と違って本当に優しい子だ。俺の望むものを何でもくれた」

 アロルドはルフィナに甘い眼差しを向けた。


 何かを思い出したのか、ルフィナの頬がぽっと赤く染まる。


「分かったわ。婚約者がいたのにルフィナと寝たのね。倫理観の欠如。それは裏切りというものよ」


「うぐぐ……」


 再びアロルド第一王子がルフィナに目を向けた。

 あの可愛らしかったルフィナの鼻腔が広がり、鼻息が荒くなっていた。怒り心頭の様子だった。


「そりゃあんたがやらせないからよ。結婚するまでおあずけなんて、今の時代に合わないの。指一本触らせてくれないあなたに代わって、私がアロルド第一王子を優しく慰めてあげたのよ。あなたと違って下級貴族に生まれた私は、高慢なプライドは持ってないわ!」


「ルフィナ、感謝感激だわ。おかげでアロルド第一王子のねっとりした変質者の目つきから解放されたわ。あれが苦手だったのよ」


 その言葉にルフィナは動揺した。

 さてはルフィナも同じことを思っているなと、シルヴィアは察した。



 ルフィナの父親は、元高級ホテルのオーナーだった。

 貴族とのコネを利用して王宮に商品を納品するバイヤー(商人)に転身し、大出世を遂げた人物だ。

 今では男爵の爵位を持っているが、娘のルフィナは貴族学校で「成り上がり」だと陰口を叩かれていた。


 ルフィナはシルヴィアの見透かすような目つきに苛立った。


(そうよ。貴族学校ではシルヴィアのような冷たい目で見られたわ。校舎の裏で髪の毛を引っ張られて、泥水に顔をつけられた。あの屈辱は絶対に忘れない)


 ルフィナがアロルド第一王子に近づいたのは、貴族学校で自分をいじめた奴らを見返すためだった。


「な、なに言ってるのよ! 私はアロルド様を心の底から愛してるのよ、あなたと違って」

 ルフィナはアロルド第一王子の反応を伺った。気にしていない様子を見てホッと胸をなでおろす。


「ふん、その憎まれ口が叩けるのも今のうちだ。断頭台で泣き叫ぶお前の姿が見ものだ」


「そうよ。落ちた首を国民にさらされるのが楽しみね、ククク」


「お前には言ってなかったが、俺が王になったあかつきには、貴族院を解散して帝政を敷くつもりだ。絶対君主として政務は俺が決定するのだ。逆らった奴は断頭台で処分してやる。その先例になってくれて、俺は嬉しいぞ。ガハハハ」


 二人は満足げに地下牢から出て行った。



**********



「俺は夢でも見てるのか?」


 消灯前の見回りに来た牢番が、シルヴィアの牢の前で立ちすくんだ。


 地下牢は本来、壁に虫が這う石造りの殺風景な場所だ。

 ベッドは板張りで、薄汚れた粗布の毛布、バケツのトイレがあるだけの最低限の居住空間のはずが……目の前には豪華絢爛な貴族の居間が出現していた。


 牢屋の中央には高価そうな楕円形のローテーブルと、その左右にふかふかのソファ。

 床には異国の絨毯が敷かれ、壁の四方には美しい壁紙が貼られ、燭台の蝋燭に火が灯っていた。


 テーブルには紅茶ポットとカップが置かれている。 シルヴィアは紅茶を一口飲むと、ようやく牢番の存在に気づいたようだった。


「あら、よかったらケーキでもどうですか?」


「これはいったい!?」


「最後の晩餐をすませて、今はデザートを食べているの。よかったらケーキをおすそ分けしますわ」


「明日の処刑日まで扉を開けてはならない。これは上司に厳命された……」


「ねー朝までこのままにしといてね。最後の夜ぐらいぐっすり眠りたいじゃない」


 牢屋の奥には天幕付きの豪奢なベッドがあった。狭い牢屋が、なぜかとてつもなく広い部屋へと変貌を遂げていた。


「……俺はきっと幻覚を見ているんだ。こっそり飲んだ酒のせいだ」


 牢番は現実逃避するように首を振り、その場を去っていった。



    ◇



 ──処刑日当日。


 正午近く、シルヴィアは牢屋から出された。

 顔に黒い布地を被せられ、前が見えないまま、後ろ手を縄で縛られて連れて行かれる。


 地下牢の暗い通路を抜け、一気に明るい場所へと連れ出された。そこは広場の端に特設の舞台が設置された、処刑場だった。舞台の上には、禍々しい断頭台が鎮座している。


「うわー、来たぞ!」


「顔を見せろ!」

 広場を埋め尽くした民衆の野次が響き渡る。


 顔の布地が外された。


 シルヴィアは眩しさに思わず目を閉じた。一ヶ月ぶりの外の世界。新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。髪をなびかせる心地よい風に、少しだけホッとした。


 外の光に目が慣れて見渡すと、広場にはぎっしりと人々が集まっていた。その異様な熱気に圧倒される。


 シルヴィアの姿が露わになると、群衆から大きなどよめきが起こった。


「すげー美人じゃないか。わが国で一番の美人が断頭台で殺されるってのは本当なんだ」


「なによ、あんな悪女、死ねばいいのよ」


「おい、俺に当たるなよ」

 と、ざわめきは一向にやまない。



 目の前の断頭台は高さ4メートル。刃の落下距離は2メートル30センチ。


 これまでに幾多もの首と胴体を切断してきたであろう冷徹な刃物に、シルヴィアの目が釘付けになった。

 シルヴィアの心臓は、張り裂けんばかりに激しく鼓動を刻んだ。



 ドクッ、ドクッ、ドクッ──。



 シルヴィアは地下牢に入れられてからも強気を保っていた。しかし、中身はまだ18歳の少女だ。

 死の足音がすぐそこまで近づいていることに耳を塞ぎたくなり、涙がこぼれそうになる。


ーーこわい。怖いよ……お母様!


 断頭台の向こう側には、王族たちが居並んでいた。国王に王妃、第一王子と新たな婚約者であるルフィナ嬢、そして政権幹部の貴族たちが特等席で威張っている。


 シルヴィアは、ルフィナの口角が吊り上がるのを見た。その目には狂喜の色が浮かんでいる。


ーーそんなに私が邪魔なら、そう言ってくれたらよかったのに。アロルド第一王子にふさわしいのは私じゃない。ルフィナ、あなたこそお似合いよ。いくら両親の勧めでも、気に入らない婚約ははっきりと断るべきだったわ。両親を悲しませたくないという思いが、そもそも間違っていたのね。


 ルフィナの勝ち誇った笑みが、引き金だった。絶望の淵に立たされたシルヴィアの胸に、激しい怒りがふつふつとこみ上げてくる。

 シルヴィアはその怒りを、前を向くための原動力に変えようと、胸の奥で小さな炎を燃え上がらせた。



 アロルド第一王子が悠然と断頭台へと近づいた。

 そして、広場に集まった観衆に向けて、傲慢に右手を突き上げた。



 わーっ、と沸き立つ民衆。



「わが国で随一の美人と謳われた私の前婚約者シルヴィアは、希代の悪女であった。男爵令嬢ルフィナが目障りであると認識すると、さまざまないじめや過酷な暴言、さらには毒殺しようと計ったのである。私は元婚約者であろうとも、断固として正義の裁きを受けさせます。国民よ、悪女の成れの果てをその目に焼き付けてくれ!」


 広場の民衆を煽るアロルド第一王子。それに呼応して、大歓声が沸き起こった。


 シルヴィアはむしろ感心していた。

 アロルド第一王子は、民衆の心理を掌握するのが絶妙にうまい。まさかこんな才能があったとは知らなかった。



 アロルドが断頭台の執行官に合図を送ると、シルヴィアは目隠しの布を巻かれた。そして、断頭台の板へと首を固定される。


 先ほどまで割れんばかりだった歓声が、徐々に小さくなっていった。

 やがて、息苦しいほどの静寂が広場を包み込む。



 しーんと、世界が時間を止めたかのようだった。



 誰もが息を呑み、次の凄惨な瞬間を待っている。



ーー私は……まだ死にたくない! 生きて、本物の恋がしたいのよ!



「よし、やれ!」


 アロルド第一王子が執行官に最終宣告を下した。

 執行官が、断頭台のギロチンを繋ぎ止めていた縄を外す。



──ギロチンの刃が、凄まじい速度で落下した。



《チェンジ!》



 ガッシーーン!


 首が切断された。

 ゴロリと、受け止める桶の中へと転がる。



 首の切り口から大量の血が吹き出した。まるで噴水のように勢いよく飛び散る。

 断頭台のすぐ近くにいた観衆たちは、その血のシャワーを浴びてしまった。


 うおおおお──!


「悪女が死んだ!」


「やったぜ!」


 アロルド第一王子が、満足げに断頭台の前の桶へと近づいた。

 そして転がった首の髪の毛を掴み、民衆へと高く掲げた。


 しかし、その生首を見た広場の民衆から、奇妙なざわめきが起こる。


「──あれ? シルヴィア嬢の髪の毛は金髪じゃなかったか。なんで茶髪なんだ……」


 不穏なざわめきに気づいたアロルド第一王子が、持ち上げた首の顔を慌てて自分の方へと向けた。



 ヒィィィィ──!



 アロルド第一王子は悲鳴を上げ、掴んでいた髪の毛を思わず放り出した。


 床をゴロゴロと首が転がり、断頭台の前にいた観衆の足元で止まった。


「ル、ルフィナじゃないか!」


 ワナワナと激しく震えるアロルド第一王子の視線が、先ほどまでルフィナが立っていた場所へと向けられる。


 そこには、何食わぬ顔で王族たちに混ざって佇むシルヴィアの姿があった。


「あいつだ! 衛兵、その槍で始末しろ!」

 アロルドの狂乱した命令に従い、近くの衛兵がシルヴィアの腹部めがけて鋭い槍を突き刺した。


 その瞬間、シルヴィアとアロルド第一王子の位置が瞬時に入れ替わった。


 アロルドは自らの衛兵の槍で腹を深く突かれ、口から大量の血を吐き出した。



──ゲホゲホッ!



 膝を床につけたアロルドは、そのまま絶命した。



「あの女は魔女だ! 殺せ!!」

 国王が叫び、命令を下した。


ーー失礼ね、魔女じゃないわよ。


 シルヴィアの周囲を完全に囲んだ衛兵たちの槍が、一斉に彼女の身体を貫くかのように見えた。

 もちろん、答えは《チェンジ!》である。

 

 今度は国王と王妃、第二王子、第三王子の身体と槍の軌道が入れ替わった。


 次に人々が気づいた頃には、壇上にいた王族と衛兵の主立った者たちは、すべて床に横たわって息絶えていた。



**********



 シルヴィアがその力に気づいたのは、わずか5歳のときだった。

 テーブルに置かれた姉のケーキが、自分のものより明らかに大きかったので文句を言った。だが姉は無視をして、そのケーキを口に運ぼうとした。


 その瞬間、シルヴィアは心の中で強く《チェンジ!》と叫んだのだ。


 すると一瞬にして、姉のケーキとシルヴィアのケーキが入れ替わった。

 シルヴィアは大きい方のケーキを、何事もなかったかのような平然とした顔で平らげた。


 しかし、姉はシルヴィアの顔を見てひどく驚いた。

シルヴィアの鼻の右側の穴から、スーッと血が流れ落ちていたからだ。


「お母様たいへん、シルヴィーが鼻血出した!」


 その夜、シルヴィアは知恵熱のような高熱を出して寝込んだ。翌朝には熱も下がり、すっかり元気になった。


 家族四人で王都に出かけたとき、彼女は繁華街で道行く同世代の女の子たちの顔をじっくりと吟味しながら歩いた。すると、向こうからぱっちりとした大きな瞳の女の子が歩いてきた。


《チェンジ!》


 一瞬にして、その子の目とシルヴィアの目が入れ替わった。


 王都から屋敷に戻ると、姉が怪訝そうに首を傾げた。


「お母様、シルヴィーの顔、前より綺麗になってない?」


「何言ってるのよ」

 母は娘の顔を見て一瞬びっくりした表情を浮かべた。


「そう言えば、背も大きくなったし……顔も成長とともに変わるのよ、きっと」


「ほんとかな?」

 姉はどこか訝しげにシルヴィアを睨みつけた。


 その夜、シルヴィアは再び激しい高熱を出した。体調が戻り、自力で歩けるようになったのは、それから一週間も経ってからのことだった。




 鼻の形を変えたのは、それから一ヶ月後のことだった。

 一気に変えるとさすがに周囲に怪しまれるため、慎重に時間をかけることにしたのだ。


 目と鼻の次は、顔の輪郭や耳の形。一年ごとに重要なパーツを少しずつ交換していった。


 いろいろ試して分かったのは、愛する存在からは《チェンジ!》できなかったことだ。姉から眉毛をいただこうとしたけど失敗した。いつも喧嘩ばかりしてたのに姉のこと大好きなんだ。



 そして、《チェンジ!》の反動により、シルヴィアは激しい昏睡状態に陥ってしまった。

 医師も完全に匙を投げ、今夜が峠だと両親に宣告するまでに至った。



 ──その夜中の出来事。


「シルヴィア、お前の寿命は今夜途絶えるぞ」


 シルヴィアは汗まみれになり、夢うつつの意識の中で、頭に直接響く声を聞いた。


「あなたは誰?」


「死神じゃよ。死んだお前の魂を貰いに来た。こと切れるのを今か今かと待っておる。イレギュラーで冥界の神の能力がお前に与えられたが、それも魂と一緒に返してもらうぞ」


「死神さんって、とても元気そうね。すごく健康そうじゃない」


「健康じゃないとこの仕事は務まらん。自慢じゃないが、死神には病気も体の不調も一切ないのだ。ハハハ」


《チェンジ!》


「えっ」


 突如として、死神が激しく苦しみ出した。


「ウギァァァアアア──!」


 シルヴィアは、自らの死に直面している短い命と、死神が持つ永遠の命を《チェンジ!》したのだ。


 不滅の存在であったはずの死神は、光の塵のようになって消え去った。


 それと同時に、ベッドで昏睡状態だったシルヴィアは突如目を覚まし、上体を起こした。

 驚愕する両親に向かって、シルヴィアは平然と言い放った。


「お母様、お腹が空いたわ。何か食べるものないかしら?」



「どうやら《チェンジ!》は物理的なものだけではなく、目に見えないもの──状態や記憶、感情や魂すらも交換できるみたいね」



**********



 断頭台の舞台が設置された広場。

 王族や貴族、衛兵たちが次々と倒れ、唖然として声も出せない民衆たち。


 シルヴィアは壇上の最前列へと進み出ると、堂々とその姿を人々に晒した。

 そして、広場の隅々にまで響き渡る美しい声で語り出した。


「安心してください。実際は誰も死んでいません!」


 シルヴィアの凛とした声に、広場の人々は一斉に我に返った。


 先ほど断頭台の至近距離で血の飛沫を浴びた男は、濡れた自分の服の汚れが、赤みはあるもののほぼ透明な水分であることに気づいた。


「──血じゃないぞ!」


 民衆の視線が、一斉に断頭台へと向く。

 シルヴィアが断頭台のロープをぐっと引き揚げた。

 そこにあったはずの生首の断面が、いつの間にか、瑞々しい丸いスイカの切り口へと変わっていた。



 槍で刺されたはずのアロルド第一王子が、信じられないといった様子で立ち上がった。腹部に手を当ててみても、痛みはおろか服の破れすら一切なかった。


「これはどういうことだ!」


 国王や王妃、その他の王族や高級貴族たち、そして衛兵たちも全員が無事だった。


ーーこれはね。槍で刺された『現実』と、刺される前の『過去』を《チェンジ!》したのよ。


 シルヴィアはつかつかとアロルド第一王子の前に歩み寄った。


「アロルド第一王子、寸劇は終わりました。広場に集まった民に対して、あなたがこれまで犯してきた罪をすべて告白してください」


「な、何を言う……」


《チェンジ!》


ーーアロルド第一王子の『悪意』と、世の中に存在する『真っ正直な人の良心』をチェンジしたわ。


 アロルドはふらふらとした足取りで舞台の先端へと進み出た。

 固唾を呑んで見守る民衆たち。



「──皆さんにお話ししたいことがあります!」



 民衆は、ここまでの騒動がすべて何らかの派手なイベント(寸劇)だったのだと思い始めていた。シルヴィアが放った「寸劇」という言葉が、絶妙に民衆の心理に刷り込まれたのだ。


 アロルド第一王子は、自

らがこれまでに犯してきた数々の悪行を、朗々と告白し始めた。



 身の回りの侍女を弄んだ末に殺害したこと。

 国民の血税を横領して贅沢三昧の限りを尽くしていたこと。

 さらに奴隷農場に国民を次々と送り込んでいたことを話した。

 そして、シルヴィアの悪逆非道な罪はすべて、自分とルフィナ嬢が結託して仕組んだ真っ赤な冤罪であることを白状したのだった。



「……そうだったのか。あの国民の誉れ高き美女は、完全に無罪だったのか」


「ふざけんじゃねぇぞ! 王族だからって好き勝手やられてたまるか!」


「奴隷農場だと。国民への裏切りじゃねーか!」


「絶対に許さないぞ!」


「やっちまえ!」


 誰かの怒号を皮切りに、広場の民衆が我先にと壇上へ押し寄せ始めた。

 まるで押しくらまんじゅうのように次から次へと詰めかけてくる。その顔は一様に、激しい憤怒に満ちていた。


《チェンジ!》


 アロルド第一王子は、ハッと我に返った。


 驚愕の表情だ。顔から汗が吹き出た。


(俺は、なぜ悪事を告白したんだ? わからない……)


 アロルドは怒りに燃える民衆の男に胸ぐらを掴まれて押し倒された。その体の上に人々が覆いかぶさった。

 

 アロルドは、生まれて初めて恐怖で顔を歪めた。


「助けてくれー!」



 ルフィナは忍び足で逃げようと背中を向けた。


「おい、あの女を逃がすなよ。あいつが冤罪事件の共犯者だ」


「ヒィィ! 私じゃないわ。首謀者はアロルドよ、あいつが一番悪い奴なの!」


 髪の毛を引っ張られて捕まったルフィナが、泣き叫んだ。


 アロルドは、がっくりとうなだれた。





ーーあとのことは国民の皆さんが決めてね。王政を打破して共和国になるのもいいかもしれないわ。もし私の力が必要になったら、その時は影ながら力になってあげるから。





「シルヴィア! 大丈夫か!」

 

 広場の人混みをかき分けて、父と母、そして姉が必死に声をかけた。


「お父様、お母様、お姉ちゃんも来てくれたのね」


 シルヴィアは家族の姿を見た瞬間、張り詰めていた緊張の糸が一気に切れ、目から大粒の涙を流した。


ーー本当はすごく怖かったのよ。アロルド第一王子の残忍さは、異常だったもの。今になって身体の震えが止まらないわ。

 

 無事に合流を果たしたエルミーニ伯爵一家。彼らはシルヴィアを優しく囲み、強く抱きしめ合った。父も母も、そして姉も涙に暮れていた。


「シルヴィア、すまなかった。お前を出世の道具としてしか扱わなかったことを、本当に心の底から後悔している。許してくれ」


 父であるエルミーニ伯爵は、その場に崩れ落ちるように土下座した。


「シルヴィー、あなたを守れなくてごめんなさい」

 母が頭を下げた。


「お父様お母様、顔を上げてください。私もこれからは、自分の意思で自分の人生を生きたいと思います。もちろん、大好きな家族があっての私です」


 父と母は、シルヴィアの優しい言葉に救われ、ホッとしたようにお互いの顔を見合わせた。


 シルヴィアは愛らしい笑顔を浮かべ、目尻の涙を指先でそっと拭った。


 姉が再びきつくハグをしてくれた。背中に回された腕の温もりが、とても力強かった。


ーー子供の頃からよく喧嘩ばかりしていたお姉ちゃんだけど、本当は世界で一番大好きなのよ。


「シルヴィー、もう婚約なんてこりごりよね」

 姉が少し涙ぐみながら、いたずらっぽく言った。


 シルヴィアは少しだけ小首を傾げて考え、それから嬉しそうに首を振った。


「ううん、今度は本当に心から好きな人と恋をするわ。……だって、好きな人の心だけは、私の能力でも《チェンジ!》できないもの」


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