第二章 平穏
この物語は、私が平穏と不穏を同時に経験した物語。
この時の私は、不穏なんて無縁だと信じていた。
けれど現実は残酷で、気づけば私の味方はいなくなっていた。
入学式が終わり、体育館にいた生徒たちは、自分の教室へと向かった。
みやび「やっと終わった⋯」
詩織「やっぱり緊張していたんだ?」
そう言うとみやびは、ぷくーっと、頬を膨らませながらこちらを見ている。
みやび「緊張なんかしてない!それは詩織ちゃんでしょ?」
詩織「お互い緊張していたね」
もう!と、元気な声を響かせるみやび。
そういう元気なところは羨ましいと、そう思った。
教室に入り、それぞれが自分の席へと着いた。
みやび「今思ったけど、私の席は詩織ちゃんの前だ!」
詩織「あ、本当だ。最初は適当に座っているのかと思ったよ」
えへへ、と笑う彼女の顔には、どこか懐かしさを覚える。
ついに新しい学校での生活が、幕を開ける。
私たちのクラスの担任の先生は、体育会系教師だ。
生憎私は運動が大の苦手で、体育の授業は少しサボろうかと悩んでいる。
みやび「うちらの担任って、あんなにゴリゴリ系なんだね」
みやびは、少しだけ不安そうにしていたけれど、その不安は一気に掻き消された。
担任「今日から一年間、このクラスの担任をすることになった山浦だ、みんな気を緩まないように!」
『えー』とか、『暑苦しい⋯』など、ヒソヒソ言っている声もあったけれど、体育会系特有の情熱が、そこにはあった。
みやび「どうしよう詩織ちゃん⋯」
詩織「どうしたの?てか、前向かないと怒られるよ⋯」
どうやらみやびは、何か心配事があるらしい。
その事が少しだけ気になって、山浦先生の話は何一つ覚えていない。
山浦先生「ほらそこ!前向け!」
ビクッとみやびの肩が一瞬だけ反応した。
その反応で大体わかったかもしれない。
みやびは『あーいうタイプ』が一番苦手ってこと。
詩織「ほら言わんこっちゃない⋯」
私は軽く視線を外の風景へと向け、授業が終わるのをただ黙って待っていた。
そんな事ができるのは、一番左後ろの特権でもある。
窓側の席は特に落ち着く。
みやび「詩織ちゃん、ねぇ詩織ちゃんってば」
校庭では他学年が体育の授業をしている中、私はのんびり外の風景を見ながら授業を受けている。
『最高の瞬間』って、こんな感じなのだろうと、そう思った。
みやび「詩織ちゃん!授業終わったよ!」
強く名前を呼ばれ、私は現実へと引き戻された。
どうやらボーッとしすぎて、授業を聴いていなかったみたいだ。
みやび「そういえば、山浦先生が『職員室に来い』って言ってたよ?」
その言葉を聞いた時の私は、心の何処かで『不穏』の予感がした。
昔から直感は当たったことは無いけれど、こういう時の予想はずば抜けて当たる。
良いのか悪いのか分からない。
詩織「えー、絶対怒られるじゃんそれ⋯」
行ってきなよーと、彼女は優しく微笑み、私を送り出した。
そうして職員室に着き、山浦先生のとこへと向かう。
詩織「なんでしょうか⋯」
山浦先生「進学早々授業受けるのが面倒くさい気持ちは分かるが、しっかり受けないとこの先大変だぞ?」
ほらやっぱり、恒例行事お説教タイム。
詩織「す、すみません⋯」
私はあとでみやびに愚痴を言おうと、決心をした。
”そんなこと”で、お説教しなくて良いのになぁ⋯と、そう思った。
私みたいに新学期早々お説教タイムされている人は日本中、いや世界中でどれくらいの人がいるのだろう?
数千?それとも数億?
いずれにせよ、計り知れない規模の人数っていうことだけは分かる。
山浦先生「早乙女、分かったのか?」
詩織「はい、すみません⋯」
全く⋯という顔をしている山浦先生は、その後すぐ体育会系特有の雰囲気へと戻った。
山浦先生「そういえば早乙女、確か全寮制だよな?」
山浦先生は、『何か』を探るように質問してきた。
詩織「はい、そうですけど⋯」
山浦先生「実は、あの全寮制の寮は、築年数がやばいから取り壊しになったんだ」
詩織「え、取り壊しって⋯」
山浦先生「焦るのも分かる、けど新しい家を探さないといけないし、高校生で探すってなっても大変だから、費用は学校で負担することになったぞ」
好きなところに住め!と、続けて言う山浦先生。
好きなところに住めと言われても、一体どこに住めば良いのか⋯。
その心配をしていると山浦先生は察知したみたいに続けて言う。
山浦先生「駅前なんかどうだ?色々なものがあるし楽しいと思うけど、この件は他言無用!」
ま、早乙女の好きな所にしろよ!と、元気に声を張る山浦先生。
衝撃なことを突きつけられた私は、その後教室へと向かった。
みやび「あ、おかえり!ん⋯?」
みやびは私の顔を覗き込むように見ている。
みやび「どうしたの?顔ゲッソリしてるよ?」
山浦先生怒るとそんなに怖いの⋯?と、不安そうにしている。
詩織「だ、大丈夫だよ!」
と、私はみやびの不安を取り除くようにすぐさま返事をした。
まさか、新生活一日目で取り壊しが決定するなんて思ってもいなかった。
希望と絶望が駆け引きゼロのように、現実は残酷でそして冷酷だ。
みやびが窓際により掛かるそのすぐ目の前の所で、『あれ』が不自然にそびえ立ち、その『欠片』が教室内へと入り込む。
その瞬間を見た私は、胸の奥がいつも以上に鳴り響いた。
みやびが言っていた『綺麗なものには毒がある』それは、本当なのかもしれない。
その時の私は少しずつ『平穏』から『不穏』へと、吸い込まれていくような感覚がした。
みやび「詩織ちゃん、本当に大丈夫⋯?」
詩織「あ、うん!全然平気⋯!」
私は『他言無用』の事を思い出し、それ以上何も言えなかったし、彼女も何も聞いてこなかった。
少し心配させちゃったかな、と私はそう思った。
みやび「あ、そうだ!」
彼女は何かを思い出したかのような話し声をしている。
みやび「せっかく友達になったんだから、ゲームセンター行かない?」
詩織「行く行く!」
私はノリノリで返した。
ゲームセンターなんて、行くのは何年ぶりだろう?
それくらい、久しく行っていなかった。
新しく出来た友達と一緒に行くゲームセンターは、とても楽しいだろうなと、深く思った。
――『その時までは』。
続く。




